夜。食事を済ませた我々は宿、籠屋にて思い思いの時間を過ごしている。マイネンは男同士、カキサと酒などを酌み交わし、なにやら肩を組んだりと楽しそうに過ごしている。サクナはクマと大狼に挟まれて幸せそうに頬を緩ませている。うむ、あれはいいな。あとで混ざるとしよう。
「さて、ナガヒメ。人間がなぜ我々を奴隷にしたのか。その心当たりについて、話をさせていただきます」
「承知。その前に、まず一献」
私と母は、彼らから少し離れた部屋の端、そこに椅子と小さな机を置いて向き合っている。間に置かれたのは宝石魚の焼き物と、このアマノで作られた地酒らしい。名はウズメとか。よく冷えたそれを、母と私の椀に注ぎ、まずは乾杯。
「では」
母の合図で、ぐっと喉に酒を流す。これはなかなか、熱く、そして辛い。心地が残っているうちに、宝石肴の焼き物を軽く喰む。良いな。酒の肴ともよく合う。と、舌鼓を打つのはここまでにしておこうか。
「さて、母上。いくつか心当たりがある、とのことでしたが」
私がそう切り出すと、母は椀を机に置いて、肴を喰む。そして、ふっと、息を吐くと。
「ええ。いくつか。覚えている限りでも、そうですね…3つほど」
ほう、3つ。随分と具体的な数だ。頷いて促すと、母も頷いて言葉を続けた。
「1つ。まずは、戦力としての我々を欲したという所です」
「戦力」
確かに、間違いない理由の一つだろう。我らをもし独占できたのならば、その国は間違いなく強国になり得る。ま、とはいえ、暴力だけが強いとしても長く続くわけはないのだがな。…と、考えると、ハイネケンは既に200年は続いている国。運営能力は長けているのかも知れないな。と、思考が逸れた。いかんいかん。
「はい。やはり、我々を取り込めれば周辺国に負けることはありませんから。ただ」
「ただ?」
「最初の交渉の時、サクナから聞いているでしょうが、我が夫が長に成ってから、一瞬で我が里は崩されました」
うむ。聞いてる。騙し討に近いものがあったと。
「ただ、その時、交渉していたのはハイネケンだけではありませんでした。北のタンドリー、東のタカアマ、西のヨハム、そして南のハイネケンの連合と交渉していたのです」
「…む?」
それは、変な話だな。マイネンらと行動を共にして判ってきたが、今、この時、ハイネケンのみが戦力となる亜人を有しているはず。タンドリーも、タカアマも、『亜人が居るハイネケン』に対して親切に…というか、大人しく従っていると見える。
「疑問に思うでしょう?今この時、亜人といえばハイネケン王国だけのもの、となっていますからね」
「何故?」
「正直、その頃の記憶が曖昧…といいますか、丁度5代目の王の時代だったのですが。当時、毎日のように夜伽の相手をしていましてね…その、外の記憶が少なく。確実なのは4代目までは連合の所有物でした。サクナも、私も。しかし、5代目亡き後、6代目に変わった時には既に、亜人はハイネケンの専売、という形になっておりました」
5代目、ハイネケンの王。確か、サクナもやたらと変態行為を受けたという奴か。しかも、記憶をイジった可能性もある5代目の王。なんというか、厄介な匂いしかせん。藪蛇を突きたくはないが、まぁ、王の城に行くということは、いずれ突くことにはなるのだろう。クワバラ、クワバラ。
「ふむ。5代目のハイネケン王の時に、何かがあった、か」
「ええ。おそらく。と、少し本題から逸れましたね」
んん、と喉を鳴らして、そして再び酒を煽る母。呑まねばやってられん、というようなどこかヤサグレさを感じる。…まぁ、父ではない男を抱いたのだ。然るべきというところか。
「…そういえば母上」
そこまで思い浮かぶと、当然の疑問が浮かぶ。
「父上は何処に?」
父上。我が父であり、1000年前は神官であり、そして武力の大将格であったはず。そして、200年前は里の長。となると、母と同じ様に王の周りに居るのではないか?
「…4代目のハイネケンの王より前は、ヨハムにて隷属させられていたはずです。しかし、その後は」
「左様でしたか」
そう言って、母は首を横に振る。ふむ…。生きているか、死んでいるかは不明か。もしやと思ったのだがな。確か、サクナも身内は居ない…と言っていたが、記憶を弄られていたのだから、あの言葉はどこまで信じて良いものか判らん。
やはり何にしても、現王にしかりと話を聴かねばなるまいな。
「…と、いけませんね。どうも、感傷に」
そう言って、再び母は酒を煽った。ならばと、その一杯に私も付き合う。静かに過ごす夜。窓からは、アマノの町並みの明かりがよく、見える。
「さて…話がそれましたが、2つ目の心当たりを。それは、我々の土地です」
「土地」
椀を置いて、装いを正した母が、改めて口を開いた。土地と来たか。
「ええ。我らの里は、今となれば分割されてしまっていますが…。本来は、ヨハム、タンドリー、タカアマ、ハイネケン。そして今は消えてしまったいくつかの小国のど真ん中にその領土を構えています。覚えていますよね、ナガヒメ」
「う、む」
「あまり、覚えていませんか?」
「正直」
記憶が薄い。何せ、1000年前でも興味が無かったことだ。ただ、覚えているのは、致死の森を囲うように我が亜人の街が点在し、それぞれが大きな都市であったことだ。
「そんなことだろうと。ナガヒメ、前々から言っていますが、貴女は我が一族の跡取り候補の一人。いい加減政のひとつも…ああ、いいえ、なんでもありません」
ふいに母の琴線に触れたようだ。1000年前、よく言われたことを思い出す。だが、私は刀が好きなのだ。それに、私以外でも跡取りは十二分におろう。姉やら、兄やら、サクナやら。
「すいませんね。ナガヒメ。癖で。全く、国が無くなったというのに…」
どこか、寂しそうに呟いた母。私は、何も言えん。
「…気を取り直しましょう。ええ、ひとまず、その土地ですよ。丁度、致死の森の恵みを一番得られる土地柄でしたからね。水は清らかで乾き知らず。土は黒く、豊穣の色。そして、森の恵みのさまざま。今、私達が食べているこの宝石魚。それが一匹で城一つを買えるという事からしても、権力者や金持ちの人間は、喉から手が出るほど、我らの土地を欲したことでしょうね」
誤魔化すように言葉を続けながら、しかし、途中から恨みを吐くように、忌々しく母は語っていた。欲深い人間、その欲の深さは、我らの武力を超えてしまったのだろう。恐ろしいことだ。
「そして、最後の3つ目」
母はそう言って、肴に手を伸ばす。
「恨み、辛み」
がじり、とそれを喰むと、今までよりも激しく、椀の酒を空けた。
「恨み、辛み?」
「ええ。我々亜人は、外交における交渉材料として、各国に戦力を派遣していたことは覚えていますね?」
「無論。父上、母上も、駆り出されていた」
「そうでしょう。そして、その人間の敵を斬り殺し、契約を完了する。そこまでは良いですね?」
無論、と頷く。
「故に、我々は周辺国とは全て交易がありました。故に、各国から感謝され、そして、各国から恨まれる立場でもあったわけです」
確かに。亜人を味方に付けた国は間違いなく勝利し、しかし、味方に付けることが出来なかった国は間違いなく負ける。それは、1000年前の日常であった。その判断基準は里の長が決めるため、私も詳細は知らん。だが、その条件によっては…相当な恨みを買っているのかもしれん。
「…まぁ、お互い持ちつ持たれつ、ではありましたが」
確か、食料などは人間の国から仕入れたものもあったはず。ただ、里では人間を見る機会など無かった。そう考えれば…当時から、亜人は、人間にとって恐ろしいものであり、そして、恨み辛みの対象であったのかも知れない。