おにぎり   作:灯火011

63 / 71
野営の夜、闇の夜

 飯を食い終わり、各々が天幕で休む。野営の醍醐味の一つというやつであろう。天幕は2つあり、1つは男共、1つは女共が使う。ただ、もちろん全員が寝るというわけではない。休めていた体を起こし、天幕から這い出る。

 

『交代、カキサ』

 

 妹から習った言葉を、見張りと、火の番を続けるカキサに投げた。ついでに、水筒も渡しておく。

 

『おお、これはこれは。ご苦労様でございますな、鬼姫殿』

 

 言葉が通じないのは相変わらず。ただ、鬼姫という単語は判るようになってきたし、雰囲気で言葉を感じ取れる。カキサは水筒から水を一口飲む。そして、お互いに会釈をすると、カキサはマイネンが休んでいる天幕へと入っていった。

 

「さぁて」

 

 見張り、と言ってもやることはほぼ無い。何せ、クマや大狼らもいる。我々が休んでいる天幕の脇で、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 

「奴らが」

 

 目を覚まさぬ限り、まず、脅威は迫ってはいまい。左手で刀を弄びながら、天を仰ぐ。すると、そこにあったのは満点の星空である。

 

「ああ、なるほど」

 

 新月か。月が無い。ならば、焚き火が無いと周囲が見渡せぬ暗さ、この星空の美しさも理解が出来る。そして、静寂。唯一聞こえてくるのは、どこかからの沢の音と、空気が流れる音。そして、寝息を立てるマイネン、カキサ、母、妹らの呼吸ぐらいなものだ。

 

「む」

「ガ」

 

 気づけば、天には大きな鳥の姿。あの鳴き声、そして、あの巨大さ。間違いなく。

 

「大鴉」

 

 左の脚を引き、体を斜に構える。以前は疲れからか、体を持っていかれたが今日はそうは行かぬ。…と気合を入れたのだが。

 

「ガ」

 

 クマや大狼らが起きない。そして、何やら大鴉も此方に近づいてこない。闘争の、雰囲気ではない。ふむ、ならばと、刀から手を外し、正面に鴉を捉える。

 

「何か、用か」

 

 私が告げると、鴉は静かに地面に降り立った。どうやら、以前のときのように殺気はない。私と、獲って食おうというわけでもないらしい。

 

「ガ」

 

 ひと鳴きした鴉が、何かをずい、と此方に押し出した。ふむ。何であろうかとそれを見ると。

 

「木の実、蓮の実?」

 

 見慣れた、しかし、ここでは手に入らない物だ。どういうことだ?

 

「ガ」

 

 更に、鴉がその脚で実をこちらに押し出してくる。数にして、数十個。なかなかの量だ。

 

「頂けるのか」

「ガ」

 

 そうだぞ。と頷く素振りを見せる。ふむ。ならば、せっかくだ。貰い受ける。

 

「感謝」

 

 礼を述べて、鴉の足元に近づく。…ふむ、やはり、喰われはしないようだ。身を屈めて、実を拾う。ふむ、これは木の実。…というか、かなり新鮮な物だ。こちらは…蓮の実。やはり、これも新鮮。持ち込んでいる物は少々萎れてきているような所があった。これは、有り難い。

 

「ガァ」

 

 いいんだ。好きに喰え。そう言われた気がする。ならばと、早速木の実を手に持ち、そしてシャクりと喰む。

 

「…旨い」

 

 やはり新鮮なものは良い。人の手で作られた料理も旨いが、やはり、この素材だけの味もまた至極。シャク、シャクと喰い進めると、あっという間に1つを喰いきってしまった。ならばと、今度は蓮の実を手に持った。うむ、明らかに瑞々しい。

 

「はむ」

 

 ジャグ。と口の中に爽やかに水が広がる。うむ。これもやはり良いな。のどが渇けば此れが一番だ。…というか、森から離れてまだ少しなのだが、この木の実、蓮の実が思う存分喰えないというのは、思えばなかなか辛いところもあった、のかもしれんな。

 

「ガ」

 

 夢中に喰っていると、カラスはひと鳴きしてからまた天高く昇って行ってしまった。ふむ…。なんだ、本当に奴はこれを届けに来ただけなのか。

 

「感謝する」

 

 そう言って天に軽く刀を掲げた。すると、カラスは大きく翼を広げ、そして飛び去っていく。その姿が空の彼方に消えて、再び静寂が戻った。

 

「ヴ」

「クマ」

 

 気づけば、隣にはクマが四足で立っていた。その目は、やはり鴉の飛び去った方向を見ている。どこか気になる相手なのだろうか。とそれはそうとして。

 

「喰うか?」

 

 木の実、そして蓮の実を手に持って、クマの眼前に差し出してやる。

 

「ヴ」

 

 すると、ひと鳴きしてからクマの口が開く。そこに、さっと実を放り込めば、グジャリと、水が弾ける音が響いた。そして、クマは満足そうに頷きながらそれを嚥下する。それを見ながら、私ももう一つ、蓮の実を喰らう。

 

「旨い」

 

 グジャリと水音が響く。と、いかん。火の番もせねば。天幕の脇で消えかけている焚き火に、薪を足しながら、その火をクマと共に囲う。

 

「なんとも」

 

 よく判らん事になっているなぁと、改めて思う。1,000年。いや、正確にはこの200年の間なのだろう。一族は奴隷に堕ち、里は滅びた。母、妹ですらこの有様。そして父は行方知らず。兄、姉らもどこにいるのだか。

 

「…まぁ流れで言えば」

 

 おそらくは王の近くに居そうだがな。妹、母。それが王の近くにいる。ならば、少なくとも姉は王の相手をしてそうだなと、嫌な想像がつく。

 

「兄と、父は」

 

 そうなるとどうしたのだろうか。女を侍らす王など、碌でもないわけだが。確か5代目のハイネケンの王が諸々の変態ということである。その時に、何処かに逃れたのか、それとも、死んだか。

 

「生きていれば儲け、ぐらいか」

 

 その程度で期待せずに置いておこう。そもそも、二度と合わぬつもりで森に入ったのだ。サクナと母に会えただけでも奇跡というものだ。これ以上はまぁ、棚からぼた餅。

 

「…そもそも、まだ刀の道半ば」

 

 よくよく考えれば、流されてここに居るが。まだまだ鍛錬が足りんのだ。まぁ、そうだな。王に文句を言って、2、3回ナマスに刻み、気が済んだら森に戻るとしよう。

 

「さて、クマ」

「ヴ?」

「死合い」

 

 カチャ、と刀に手を添えて、口角を上げる。せっかくお前と肩を並べているのだ、ただ火を見ているのも勿体ないというもの。

 

「ヴ」

 

 いいぞ、とクマが後ろ脚2本で立ち上がる。うむ、やはりデカいな。これで、私よりも速いのだから、野生のちからは素晴らしい。

 

「では、参る」

「ヴ」

 

 来いと、爪を突き出したクマ。ならばと、私も右足を踏み込み、そして、左脚を引き付けながら、にわかに刀を抜き放つ。

 

「ゼェイ!」

「ヴ!」

 

 ガキンと、刀が爪に当たり、止まる。同時に、爪が此方に飛んできた。ならば。

 

「せ!」

 

 片腕を爪と体の間にはさみ、銀糸と輪によって体に傷がつくことを防ぐ。とはいえ、衝撃までは消えぬ。爪で飛ばされるがままに、近場の木に背中から叩きつけられた。

 

「か!」

 

 肺の空気が強制的に抜けた。そして、クマの爪が再び眼前に迫る。流石の連撃、流石のクマだ。

 

「っはー!」

 

 無理やり、息を吸い、四肢を動かしてそれを避けた。が、避けきれずに耳が飛ぶ。頬にも、熱を感じる。

 

「ゼェッ!」

 

 その腕を、下から一気に刀で撫でる。が。

 

「ヴ!」

 

 ずどん。そんな音をさせながら、クマは空中に飛び上がった。野郎、こんな技をまだ隠し持っていたか。虚しく、私の刃が空を切る。

 

「…クマ、お前、1000年の間、手加減をしていたか」

「ヴ」

 

 違うと首を振った。おのれ、舐め腐って。初めて見たぞ、お前のそんな動き。なんというか、私が腕を上げると、クマはその一歩先に行く。…以前にも感じたが、やはり、この熊は。

 

「私を育てているか」

「ヴ」

 

 そうだぞと頷くクマ。なぜか、という疑問が浮かぶが、それを聞くのは無粋だろう。こいつは、1000年、私の刀を見てくれている。実力から言えば瞬殺だろうに。ならば、この野生は野生なりに間違いなく何かを想っている。

 

「まぁ、良い。いずれは、お前の首を掻っ切って見せる」

「ヴ」

 

 やれるものなら。そう言わんばかりに頷き、再び爪を構えたクマ。ならばと、私も鞘に刀を仕舞う。そして、クマの呼吸と、私の呼吸をしかりと感じ。

 

「…ゼェイ!」

 

 ズラして、踏み込んだ。マイネンがやったように、以前からやっているように、しかし、以前よりも素早く、そして力強く。右足を踏み込み、左足を引き付けながら、一気に体を捻り!

 

「ウ!?」

 

 カチンと、クマの爪を切り上げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。