飯を食い終わり、各々が天幕で休む。野営の醍醐味の一つというやつであろう。天幕は2つあり、1つは男共、1つは女共が使う。ただ、もちろん全員が寝るというわけではない。休めていた体を起こし、天幕から這い出る。
『交代、カキサ』
妹から習った言葉を、見張りと、火の番を続けるカキサに投げた。ついでに、水筒も渡しておく。
『おお、これはこれは。ご苦労様でございますな、鬼姫殿』
言葉が通じないのは相変わらず。ただ、鬼姫という単語は判るようになってきたし、雰囲気で言葉を感じ取れる。カキサは水筒から水を一口飲む。そして、お互いに会釈をすると、カキサはマイネンが休んでいる天幕へと入っていった。
「さぁて」
見張り、と言ってもやることはほぼ無い。何せ、クマや大狼らもいる。我々が休んでいる天幕の脇で、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「奴らが」
目を覚まさぬ限り、まず、脅威は迫ってはいまい。左手で刀を弄びながら、天を仰ぐ。すると、そこにあったのは満点の星空である。
「ああ、なるほど」
新月か。月が無い。ならば、焚き火が無いと周囲が見渡せぬ暗さ、この星空の美しさも理解が出来る。そして、静寂。唯一聞こえてくるのは、どこかからの沢の音と、空気が流れる音。そして、寝息を立てるマイネン、カキサ、母、妹らの呼吸ぐらいなものだ。
「む」
「ガ」
気づけば、天には大きな鳥の姿。あの鳴き声、そして、あの巨大さ。間違いなく。
「大鴉」
左の脚を引き、体を斜に構える。以前は疲れからか、体を持っていかれたが今日はそうは行かぬ。…と気合を入れたのだが。
「ガ」
クマや大狼らが起きない。そして、何やら大鴉も此方に近づいてこない。闘争の、雰囲気ではない。ふむ、ならばと、刀から手を外し、正面に鴉を捉える。
「何か、用か」
私が告げると、鴉は静かに地面に降り立った。どうやら、以前のときのように殺気はない。私と、獲って食おうというわけでもないらしい。
「ガ」
ひと鳴きした鴉が、何かをずい、と此方に押し出した。ふむ。何であろうかとそれを見ると。
「木の実、蓮の実?」
見慣れた、しかし、ここでは手に入らない物だ。どういうことだ?
「ガ」
更に、鴉がその脚で実をこちらに押し出してくる。数にして、数十個。なかなかの量だ。
「頂けるのか」
「ガ」
そうだぞ。と頷く素振りを見せる。ふむ。ならば、せっかくだ。貰い受ける。
「感謝」
礼を述べて、鴉の足元に近づく。…ふむ、やはり、喰われはしないようだ。身を屈めて、実を拾う。ふむ、これは木の実。…というか、かなり新鮮な物だ。こちらは…蓮の実。やはり、これも新鮮。持ち込んでいる物は少々萎れてきているような所があった。これは、有り難い。
「ガァ」
いいんだ。好きに喰え。そう言われた気がする。ならばと、早速木の実を手に持ち、そしてシャクりと喰む。
「…旨い」
やはり新鮮なものは良い。人の手で作られた料理も旨いが、やはり、この素材だけの味もまた至極。シャク、シャクと喰い進めると、あっという間に1つを喰いきってしまった。ならばと、今度は蓮の実を手に持った。うむ、明らかに瑞々しい。
「はむ」
ジャグ。と口の中に爽やかに水が広がる。うむ。これもやはり良いな。のどが渇けば此れが一番だ。…というか、森から離れてまだ少しなのだが、この木の実、蓮の実が思う存分喰えないというのは、思えばなかなか辛いところもあった、のかもしれんな。
「ガ」
夢中に喰っていると、カラスはひと鳴きしてからまた天高く昇って行ってしまった。ふむ…。なんだ、本当に奴はこれを届けに来ただけなのか。
「感謝する」
そう言って天に軽く刀を掲げた。すると、カラスは大きく翼を広げ、そして飛び去っていく。その姿が空の彼方に消えて、再び静寂が戻った。
「ヴ」
「クマ」
気づけば、隣にはクマが四足で立っていた。その目は、やはり鴉の飛び去った方向を見ている。どこか気になる相手なのだろうか。とそれはそうとして。
「喰うか?」
木の実、そして蓮の実を手に持って、クマの眼前に差し出してやる。
「ヴ」
すると、ひと鳴きしてからクマの口が開く。そこに、さっと実を放り込めば、グジャリと、水が弾ける音が響いた。そして、クマは満足そうに頷きながらそれを嚥下する。それを見ながら、私ももう一つ、蓮の実を喰らう。
「旨い」
グジャリと水音が響く。と、いかん。火の番もせねば。天幕の脇で消えかけている焚き火に、薪を足しながら、その火をクマと共に囲う。
「なんとも」
よく判らん事になっているなぁと、改めて思う。1,000年。いや、正確にはこの200年の間なのだろう。一族は奴隷に堕ち、里は滅びた。母、妹ですらこの有様。そして父は行方知らず。兄、姉らもどこにいるのだか。
「…まぁ流れで言えば」
おそらくは王の近くに居そうだがな。妹、母。それが王の近くにいる。ならば、少なくとも姉は王の相手をしてそうだなと、嫌な想像がつく。
「兄と、父は」
そうなるとどうしたのだろうか。女を侍らす王など、碌でもないわけだが。確か5代目のハイネケンの王が諸々の変態ということである。その時に、何処かに逃れたのか、それとも、死んだか。
「生きていれば儲け、ぐらいか」
その程度で期待せずに置いておこう。そもそも、二度と合わぬつもりで森に入ったのだ。サクナと母に会えただけでも奇跡というものだ。これ以上はまぁ、棚からぼた餅。
「…そもそも、まだ刀の道半ば」
よくよく考えれば、流されてここに居るが。まだまだ鍛錬が足りんのだ。まぁ、そうだな。王に文句を言って、2、3回ナマスに刻み、気が済んだら森に戻るとしよう。
「さて、クマ」
「ヴ?」
「死合い」
カチャ、と刀に手を添えて、口角を上げる。せっかくお前と肩を並べているのだ、ただ火を見ているのも勿体ないというもの。
「ヴ」
いいぞ、とクマが後ろ脚2本で立ち上がる。うむ、やはりデカいな。これで、私よりも速いのだから、野生のちからは素晴らしい。
「では、参る」
「ヴ」
来いと、爪を突き出したクマ。ならばと、私も右足を踏み込み、そして、左脚を引き付けながら、にわかに刀を抜き放つ。
「ゼェイ!」
「ヴ!」
ガキンと、刀が爪に当たり、止まる。同時に、爪が此方に飛んできた。ならば。
「せ!」
片腕を爪と体の間にはさみ、銀糸と輪によって体に傷がつくことを防ぐ。とはいえ、衝撃までは消えぬ。爪で飛ばされるがままに、近場の木に背中から叩きつけられた。
「か!」
肺の空気が強制的に抜けた。そして、クマの爪が再び眼前に迫る。流石の連撃、流石のクマだ。
「っはー!」
無理やり、息を吸い、四肢を動かしてそれを避けた。が、避けきれずに耳が飛ぶ。頬にも、熱を感じる。
「ゼェッ!」
その腕を、下から一気に刀で撫でる。が。
「ヴ!」
ずどん。そんな音をさせながら、クマは空中に飛び上がった。野郎、こんな技をまだ隠し持っていたか。虚しく、私の刃が空を切る。
「…クマ、お前、1000年の間、手加減をしていたか」
「ヴ」
違うと首を振った。おのれ、舐め腐って。初めて見たぞ、お前のそんな動き。なんというか、私が腕を上げると、クマはその一歩先に行く。…以前にも感じたが、やはり、この熊は。
「私を育てているか」
「ヴ」
そうだぞと頷くクマ。なぜか、という疑問が浮かぶが、それを聞くのは無粋だろう。こいつは、1000年、私の刀を見てくれている。実力から言えば瞬殺だろうに。ならば、この野生は野生なりに間違いなく何かを想っている。
「まぁ、良い。いずれは、お前の首を掻っ切って見せる」
「ヴ」
やれるものなら。そう言わんばかりに頷き、再び爪を構えたクマ。ならばと、私も鞘に刀を仕舞う。そして、クマの呼吸と、私の呼吸をしかりと感じ。
「…ゼェイ!」
ズラして、踏み込んだ。マイネンがやったように、以前からやっているように、しかし、以前よりも素早く、そして力強く。右足を踏み込み、左足を引き付けながら、一気に体を捻り!
「ウ!?」
カチンと、クマの爪を切り上げた。