もふ、とクマの背中に跨り、毛皮を楽しむ。天高く上がった陽が心地よい。
「ふあ」
その心地よさ、そして、眠気から生欠伸が出てしまった。昨日の夜の番、死合いなどしてしまったからであろう。明らかに、体が疲れている。
「姉様、お疲れですか?」
「昨日、クマと死合ってな。少々、昂りすぎた」
「ああ…それは仕方のないことですね。では、まぁ、目的の街まではまだ長い旅路です。クマの背で、ゆっくりとなさってください」
ふむ。それはいい提案だ。早速、クマの大きな背中に抱きついて、毛皮に埋まる。
「ヴ?」
「寝る」
「ヴ」
かまわんよ。と、クマが伝えたような気がしたので、素直に甘えて寝ることにしよう。
「くあ」
またもや欠伸。これは、我ながら本格的に駄目らしい。まぁ、きっと振り落としはせんだろうとクマを一撫でして、目を瞑るとする。
■
マイネン一行は、昼間は街道を行く。行き交う旅行者、商人からはぎょっとした目で見られることが多い。なぜなら、亜人が四柱も、一人の人間を護衛しながら旅をしているからだ。その上で、巨大な魔獣も従えている。並の人間であれば、まず、関わり合いたくはないであろう。
「サクナ。ナガヒメは何処に?」
「あ、ええ。クマの背で寝ています。お疲れの様子です」
「左様でしたか。…昨日の夜、剣戟の音が聞こえたと思いましたが」
「ああ、おそらくその音が原因だと思います。クマと、姉様の日課です」
ナガヒメらの母であるヤマツは、首を動かし、クマの上で寝息を立てている自らの娘を眺めた。1000年前、里を去り、森で研鑽を積むと言い残して消えた我が娘。二度と会うことはないのだろうと想っていたのに、1000年の時を経て出会うことが出来た。それも、強くなって。
「ふふ」
ヤマツの口角が上がった。穏やかに動く顔の表情と、しかし、熱を帯びた瞳。ヤマツの頭の中では、やはり、自分の後継はナガヒメしかいないと確信めいたモノが渦巻いていた。
「サクナ。ナガヒメをしっかりと守りなさい。ナガヒメはきっと、里の復興の鍵となる亜人です」
「里の、復興ですか?」
サクナが首を傾げた。なぜ、姉が里の復興の鍵なのか、と。
「ええ。まず、守り神である鬼熊、阿吽らが懐いている。その上に、あの刀。あれを扱える亜人は、今まで一人たりとも居ませんでした。それが、刃毀れもさせずに私と撃ち合った。それだけでも十二分に、私の跡取りの資格があります」
サクナの視線が、クマの上で寝息を立てる姉の腰に向く。あの刀、それほどの難物だったのかと。確かに、サクナ自身も一度あの刀を振ったことがある。だが、その時は亜人の力に耐えられずに、根本から折れてしまったのだ。冷静に考えてみれば、なぜそのような難物を姉が扱えているのか、不思議で仕方がない。
「…左様でしたか。では、姉様が次期の巫女様なのですね?」
「ええ。そして、巫女の役割とは、つまり、次期亜人の長の任命。我が夫の、我らが長の脇の甘さが招いた事態。どうにか、我らが一族でケリを付けたいものですね」
ヤマツはため息を吐いて、天を見上げた。自らの判断を憂いているのか、それとも、長の心配をしているのか、それは判らない。
「母上、1つ気になったことがございます」
と、憂鬱な表情を浮かべる母に、サクナが首を傾げながら言葉を渡していた。
「何でしょう?」
「姉様の刀。あれは、一体何なのです?」
「あれは、サクナも知っているでしょう?陽の許の刀です。陽にあてていれば、刃毀れも、破損も、綺麗に直る」
ヤマツがそこまで言葉を続けたところで、サクナが首を振った。そして、少し語気を強めながら、母に詰め寄る。
「ええ、それは知っています。しかし…我らの刀、対の銘がある刀とかちあえば、いくら姉様の腕が有ろうとも、いとも簡単に折れて然るべきではありませんか?私が、陽の許の刀を振った時は、その様な印象を受けるぐらい脆い刀でした。それが…姉様が振るうとあの刀は、とてもあの陽の許の刀とは思えないほどの硬さ、そして切れ味を誇ります。一体、この刀は何なのでしょうか」
真剣な目でヤマツを見つめるサクナ。ヤマツはといえば、一瞬、思考を巡らせるようにサクナから目を離す。だが、次の瞬間には、思い直したように、サクナの顔をしっかりと見つめ直していた。
『サクナ、マイネン様から遅れます。歩きましょう』
『あ…はい!』
誤魔化すように、マイネンを出汁に使い話題を切り上げたヤマツ。どうやら、ナガヒメ、鬼姫の持つあの刀には、なにかの秘密が有るのかもしれない。
■
日が傾くと街道から外れて天幕を貼る。幸い、このタカアマの街道は警備がしっかりとしている上に、整備もしっかりとされている。移動するには最高の場所であろう。ただ、欠点としては街の間が長いこと。アマノから次の街であるイワヤにですら歩きで5日は掛かる事ぐらいか。
「では、姉様。一度手合わせを」
クマの背に揺られてしばらく、いよいよ野営だぞとしかりと目を覚ましてみると、挑まれたのは妹の剣呑な雰囲気。
「良い。来い」
まぁ、挑まれて悪い気はしない。技術は間違いなくサクナが上。幸い、この銀糸や腕輪、そして耳飾を付けてから技の覚えが良い。相対すればするほど、その力や技を自分のものに出来ている、気がするのだ。そして、いざ、刀を抜こうと想った時。
「姉様、今日は此方で死合いをして頂けませんか?」
「む」
そうやって差し出されたのは、サクナが持つ2本の内の一本。サクナの本来の刀は朱雀天花であるのだが、それではないもう一本の方だ。
「拝見」
受け取って、鞘を抜く。ふむ。曇りのない刀。サクナの刀である朱雀天花とは全く違う。あれが見事な焔色ならば、これは明らかに鈍色。どちらかと言えば、私の刀と同じ様な、何もない、単純な刀に近い。
「この剣の銘は?」
「鳳凰朱雀。亜人の中でも、『切る』に特化している亜人のために作られた一振りなのですが…」
ふむ?なのですが、と言い淀むということは、この刀の本来の持ち主は死んだが、それとも里を飛び出たか、はたまた対になる前に、銀糸で滅びたのか。
「対にならずに消えた、ということか」
「ええ。ご明察の通りです。姉様。それで、私が貰い受けました。ただ、そのままでは脆すぎて使いようになりませんでしたので、一度打ち直してはおりますが。切れ味は保証します」
ほう、切れ味は保証する、か。であれば、一度使ってみよう。着流しの腰の帯に刀を差し込んで、抜刀の姿勢を作る。眼の前にあるのはそこそこの巨木。刻めば、今日の焚べる薪ぐらいにはなるであろう。
「…ゼッ!」
踏み込み、刀を抜く。スルリと抜けた刀身が、木の幹へと食い込む。そして、そのまま空を切るように振り抜けた。
「姉様。お見事!」
なるほど、確かにこの刀、相当切れ味が良い。まぁ、私の刀よりは劣るが。少々重いのと、どこか引っかかりがある。まぁ、誤差であろう。
「では」
「ええ」
サクナと向き合う。刀を仕舞い、左足を軽く引く。サクナも、鏡に成っている。まずは、一刀。様子見とは名ばかりの、首狩りの一筋を違いに。
「セエィ!」
先に動いたのはサクナ。上手い。呼吸をズラし、踏み込んできた。
「ゼェイ!」
だが、その程度の踏み込みならばクマより随分と遅い。踏み込みを鋭く、右手でその柄を押さえ、抜刀を防ぐ。何、抜刀だけだ死合いではない。こういう事も、出来るのだ。
「ハァッ!」
押さえた右手を拳に作り変え、顎を一発。抜刀を押さえられた奴は、右手も、左手も塞がっている。ならば、あとは此方の思う壺。顎と撃ち抜かれたサクナは、力なく、地面に倒れ伏した。
「甘い。甘い」
「ひどいです、姉様」
鼻血を流しながら、こちらに文句を言うサクナ。何がひどいか。死合いと言ったのはお前だろう。これが鍛錬、研鑽ならば刀を使ったさ。だが、死合いは殺し合い。ひどいもクソも有るか。
「立て。次は、刀だ」
とはいえ、これではただの意地悪。一撃は、受けて立つさ。
「…はい。感謝します、姉様」
鼻血をぐっとぬぐい、サクナは強い意思で此方を睨む。ふむ、良い殺気だ。これであれば、しかりと喉笛を狙ってくるであろう。
「では」
「勝負です」
再び刀を仕舞う。呼吸を見る。ひとつ、ふたつ。みっつ。やはり、顎を打ったからか荒い。だが、それを理由に踏み込まないサクナではない。それが証拠に。
「っ!」
無音で、刀を抜き去ったサクナの姿が、私の眼前にあった。グン、と左足を引き付けながら、刀が私の喉笛に迫る。なるほど。これは疾い。
「ゼッ!」
ギリギリ、刃を喉笛と刀の間に滑り込ませ、弾いた刀が天に伸びた。大袈裟か、振り下ろしが来る。その前に。
「ゼェイ!」
低い体勢から、右袈裟を振り抜く。確実に、サクナの体に届いた感触が、柄に伝わる。
「ぐっ!?」
同時に、大袈裟に振り下ろされるはずだった、サクナの手から刀がするりと落ちた。うむ。どうやら、決着のようだ。まずは、傷口を塞ぐため、急ぎサクナに木の実を喰わせる。
「ンギギギギィ!?」
もりもりもり、と肉が盛り上がり、袈裟に切れたサクナの体が、傷ひとつ無い体に戻る。いやはや、しかし、この痛みというか、これはどうにかならんものかと思う。
「…ありがとうございます。姉様」
「支障ないか」
「はい。すっかり。…ただ、あの痛みはやはり慣れませんね…」
…まあ、サクナがこのような叫びを上げるぐらいだ。相当な痛みであろう。いやしかし、そう考えるとマイネンはよく耐え抜いたものだな。銀糸の補助があったとは言え。奴は本当に人間か?
「どうでしたか?姉様」
「ん?」
「鳳凰朱雀です。良い、切れ味だったのではないでしょうか?」
「ふーむ」
確かに。良い剣であることは、間違いないであろう。抜刀も思うまま、切れ味も申し分なし。そして、なかなかの耐久性もあるようだ。が。
「良いものでは有る。しかし、足らん」
切れ味、耐久性、一歩及ばす。腰にぶら下げている刀。それに比べるとどうも、全てが劣る。まるで、この刀の劣化の複製品のようだ。
「左様ですか」
「うむ」
鳳凰朱雀を鞘に戻し、サクナに手渡した。やはり、私はこの『刀』が一番良い。