「しかしサクナ。この鳳凰朱雀は誰の剣だ?」
鞘に仕舞ったそれを、サクナに突き返す。質素で、切れ味重視。相当、腕の有る亜人の対の剣のはずだ。それに、サクナの剣は朱雀天花。亜人は、2本目の刀と対にはなれない。
「…そうですね。まぁ、誰のかと言いますと」
それを受け取り、腰に据え直したサクナが、私の顔を見た。…もしや?
「私の剣か?」
そう言うと、サクナが小さく頷いた。ふむ?
「私は対の剣など与えられておらん」
首を振って、それを否定しておく。残念ながら、私は対の剣は与えられていない。1000年前に餞別に父より頂いたこの刀が唯一の得物である。
「いいえ、この剣は、間違いなくナガヒメ姉様のために打たれた一振りです。…森に籠もった姉様の替わりに、私が譲り受けました」
む。そうであったのか。
「左様か。それは、知らなんだ」
「そうでしょうね。実は、森にこもる100年ほど前から姉様のために刀鍛冶が制作をしていたという話を父から聞いております。しかし、なかなか日の目を見ず」
ほう…100年の年月を掛けて打たれた剣であったのか。余程の難物か。
「サクナ、今一度手にとっても?」
「はい。良いですよ」
改めて、サクナよりその一振りを受け取り、抜き身を見る。…うむ。やはり質素であり、簡素である。波紋こそ美しいが、しかし、ただそれだけの一振り。
「確か、サクナの朱雀天花は」
どの程度の年月を経て打たれたものであったか。
「10年ほどです。それに比べれば、その一振りは大業物どころではありませんね。ああ、ただ」
サクナが刀身の背を指さした。なんであろうかと首を傾げる。
「私が振るえるように、実は鋼を増しているのです」
「増している?」
サクナが指した背をまじまじと眺める。ふむ、確かによーく目を凝らせば、数枚折り重なった鋼が見える。
「そのせいで、実は刀の切れ味、そして鋭さが鈍っているのです」
鈍る、か。となると、本来のこの刀の切れ味は。
「もしや、本来は陽の許の刀と同等か?」
「はい。軽さも、そして脆さも」
自らの腰に下げた刀を抜き、比べる。合わせてみれば、成る程確かに波紋は会う。反りも会う。しかし厚みだけがこの鳳凰が厚い。とはいえ、1つだけサクナの言葉で納得の行かぬことがある。
「この陽の許の刀が脆い?」
特にそう感じたことはない。クマの一撃を受けても、サクナの一撃を、母の一撃を受けてもしかりとこの刀身は受け止めてくれる。私の抜刀にも耐えうる頑丈な刀なのだが。
「はい、とても。私などが抜刀をしようものならば、折れてしまいます」
「ほう?」
「…ご納得、していませんね?」
まぁ、そりゃあ。1000年の間に刃毀れこそあれど、折れたことなど無い。私でそのような扱いが出来るのだから、サクナなど、この刀は手足のように扱えるはずなのだが。
「…まぁ良い。サクナが言うのならば信じるとしよう」
「ええ。信じて下さい。そして…その。言葉の端々から感じては居たのですが。姉様」
「ん?」
「姉様は、もしや。自らの腕が私よりも下だと想っていませんか?」
当然だと、頷く。私のように技の覚えが悪い亜人は非常に珍しい。技をいくつも覚え、その振りも疾いサクナは、当然私の上であろう。200年の研鑽の有無で、今は勝っているがな。今後、すぐに抜かれるだろうよ。
「その認識がまず誤りなのです。姉様」
「誤り?」
「ええ。私、いえ、母も、兄も、姉も。一番、『切る』という事において最上位の感覚を持っているのは、1000年前よりナガヒメ姉様であると想っておりました」
馬鹿な。そんなことがあるまいか。父に常に力負けし、姉や兄、そして妹のサクナには常に技で負け、母には相対することも許されていなかった私だぞ?何を言っている。
「それが証拠に。そのヒノモト。それは、父ですら、据え切りで刃毀れを起こさせてしまうほど脆い刀なのです」
…なんだと?
「馬鹿を言うな」
「では、一度そのヒノモト、私に貸していただいても?」
「かまわん」
抜き身の刀をサクナに手渡す。すると、サクナは私が切り倒した大木の前に立った。
「見ていて下さい。この巨木を、大袈裟に切ります」
「承知」
サクナから油断の一切が消えた。響く呼吸、流れる風、そして静寂。遠くでは、天幕を張り、野営の準備をするマイネンらの音が聞こえる。
「…ハッ!」
そして、サクナが一息に大木へと刀を振り下ろした。見事に切り分けられる大木。やはり、サクナの技は間違いなく、私よりも上だ。
「見事」
「ありがとうございます。…御覧ください、姉様」
切り刻まれ、薪としてちょうどよい大きさになった大木を背に、私に刀を見せるサクナ。
「これは」
驚いた。刀が、刃毀れを起こしている。いや、たかだかこの木を斬っただけだぞ。私ですら、刃毀れなど起きない。どういうことだ?
「お解り頂けましたか?私では、この刀を扱いきれぬのです。もし、全力で抜刀などしては、刀身が、本当に持たないのですよ」
「いやしかし、私は常にこの刀一本でこの1000年、クマらと死合いをしてきた。説明が付かんぞ」
そう言うとサクナはため息を1つ吐いて、首を横に振った。
「姉様、正しくご自分の実力をご自覚下さい。姉様は、切ることに置いては亜人一なのです。それは、父をも超えているのです」
そう言われても、と唖然とする私に、サクナは更に言葉を続けていた。
「1000年前。父は、切る事において右に出るものの居ない姉様に、ふさわしい刀を用意しようと尽力をしておいででした。しかし、姉様が森に入ると告げた時、まだそれが日の目を見ていなかった。だからこそ、この、陽の許の刀を姉様に渡したのです」
「どういうことだ?」
なぜ、そこで陽の許の刀が私に渡されたのか。脆いだけの刀。
「…私も母より聞いたに過ぎません。ですので、詳細は判りません。ただ」
「ただ?」
「その陽の許の刀は、我が一族では誰も扱えませんでした」
それは知らなんだ。誰も扱えなかったものを、父は私に託したというのか。
「しかし、蓋を開けてみれば、姉様はその刀の力を十全に引き出し、扱っている。父上や、母上は、きっと姉様の才を誰よりも信じていたのだと思います」
そう言って、サクナは刀の柄をこちらに向ける。受け取って、今一度その刀身を見る。やはり、刀身は美しく、惚れ惚れとする一振りだ。