おにぎり   作:灯火011

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夜の出会い

 イワヤに辿り着いた我々は、通された宿の部屋で旅装を解き、さあマイネンらは風呂だ、我々は飯だ、などと現を抜かしていた。

 

「慣れた、モノだな」

 

 様々に解決せねばらぬまい疑問はあれど、こうも同じ面子で行動していれば慣れるもの。私も少々気が緩み、まずはやはり風呂であろうと、男連中、そして女連中と交代で湯船に浸かる。そして、私は長湯が好きであるから、母と妹を先に湯から上がらせた後の事。

 

「お懐かしゅうございます。ナガヒメ様」

 

 湯船に浸かっていた私の前に、いつの間にか現れていた黒装束。それが、跪いて私に頭を垂れている。いや、正直、謎だが。

 

「お主、誰だ」

「…記憶にないのも仕方ないかと、1000年より前、そなた様の一派に仕えていたキリンジと申します。ご尊顔を拝見させていただいたのは、数度のみでございます故」

「キリンジ」

 

 記憶に無い。だがしかし、言葉が通じる。となれば、まぁ、まず、知り合いではあるのだろうか。だが、警戒は解かない。いつでも風呂から飛び出せるように、体制を整えておく。

 

「…はい、キリンジにございます。マイネンの畜生がそなた様、そして母上、妹君を連れて回っていると風に聞きました。故に、好機と」

 

 ぬるりとキリンジが立ち上がる。そして、腰にはよく見れば鞘。その剣を抜いた。

 

「今、その銀糸の呪縛を解きましょう。じっとしててくだされいませ!」

「いや、私は」

 

 私の言葉を聴かず、そのキリンジとやらは一気に私との距離を積めてくる。残念だが、今、私の刀は手元にはない。今、部屋で母らが守っていることだろう。ふむ。ならば。

 

「くっ!?」

 

 腕の銀糸でしかりとその剣を受け止め、装束の胸ぐらを掴む。そして、湯船の中にぶん投げ、脚で奴の腕を決める。

 

「ごぼぉ!?」

 

 ふ。動きはそこそこに速いが、クマに比べれば。さて、ひとまずは装束をひん剥くか。

 

「んごぼぉ!?」

 

 刀をぶん投げ、顔の装束をひん剥く。湯船の中に長い髪が遊ぶ。そして、今度は上半身をはだけさせた。…ふむ、女か。ならばと。

 

「ガハッ!?」

 

 湯船に鎮めていたキリンジの顔を湯の上に出し、呼吸をさせる。その隙に下も脱がせ、肢体を顕にさせた。

 

「ごはっ、何を!?」

「武装など無粋。ここは風呂だ。肩まで浸かれ」

「ふざけ」

「ふざけては無い」

 

 もう一度、湯船の中に顔を沈める。暴れるが、脚で既に腕を決めているのだ。動くはずがない。暴れるキリンジをそのまましばらく湯に沈めておくとする。何、亜人であることは間違いない。多少溺れさせても死にはすまいよ。

 

「んーーーー…」

「落ち着いたか」

 

 動かなくなったキリンジを見、ざば、と顔を上げさせる。すると、虫の息のキリンジの顔があった。うむ、少々、鎮めすぎたか。

 

「さて、キリンジ、話を聞いてくれるか?」

「…」

 

 こくり、と頷くキリンジ。よしよし。こう見ると、なかなか良い体つき、そして良い顔をしている。黒装束などに見を包まずとて、亜人として十分にやっていけるだろうに…。と、思ったが、そうか、既に人間に支配されているわけであるしな。…と、考えると。

 

「キリンジ。お主、なぜ、銀糸を纏っていない?」

「…げほっ。げほっ。うう、酷いです、姫…」

「聞いているのか?」

「聞こえています…。ですが、姫様には、銀糸がある、お話するわけには参りません」

 

 ふむ。確かに、今までの事があるからして、その言い分は判る。銀糸を纏った亜人は人間の奴隷。話せば情報が筒抜ける。とでも考えているのだろう。ふーむ。それに、油断をすれば抜け出そうとしているな。決めている腕が、逃げようと力を込めている。…ならば。

 

「んぐう!?」

 

 四の五の面倒だ。唇を塞ぐ。確か、こうすれば相手に銀糸を与えられる、はずだよな、クマ?そもそも、同じ亜人とはいえ、話を聴かずに切りかかってくる奴など信用できん。ならば、こうしたほうが手っ取り早い。

 

「ぷはっ!?姫!?何を!?」

「む。落ち着け」

「わ、私にそのような趣味は…。はっ!?マイネンに仕込まれたのですか!?」

 

 銀糸が与えられていない。それが証拠に、キリンジは顔を真赤にしながら落ち着かない。…どうしたものかな?

 

「あの畜生…姫にまで、手を!滅ぶべしハイネケんぐうっ!?」

 

 もう一発。そして、今度は少し念じて見るとしようか。眼の前のキリンジ。銀糸よ、行け。…行かぬ。

 

「ん!?んんん!?」

 

 キリンジを我が傘下に。銀糸よ、行け。…行かぬ。ええい、キリンジ。バシャバシャと煩い。これでは人が来るではないか。腰を強く懐き、身体もしかりと合わせる。

 

()()。人が来るぞ」

「ぷはっ!?いや、それは姫がむぐう!?」

 

 再び唇を合わせる。と、今度はするりと、私の頭の上の銀糸から一本、キリンジの頭にするりと銀糸が伸びていった。気づいたのか、キリンジの抵抗が激しくなるが、まぁ、落ち着け。奴隷にするわけではないからな。

 

「さて、落ち着いたか、キリンジ」

 

 唇をキリンジから離し、そう問いかけてみる。と、先程までの暴れ方から一転、急に黙り込んだキリンジの姿があった。ふむ。落ち着いたようだ。改めてその容姿を見れば、黒髪でなかなかの角を持ち、そして身体は良い建端を持っている。そして、女性としての魅力も十二分。なぜ、こんなところに、こんな亜人が、私に会いに来たのだか。

 

「どうした、キリンジ?」

 

 黙りこくったままのキリンジに問いかけるも、こちらを見るばかりだ。頭には、一本の銀糸がゆらりと輝いている。…ふむ。しかし、なんの衝撃で銀糸が飛んだのかも判らんな。何をした、私は。

 

「黙れ、と言ったか」

 

 確かそう言ってから唇を塞いだ、はずだな。となると、このキリンジが黙っているのは、私の命を守っているからか。ならば。

 

「喋って良い。さて、問いに答えよ」

 

 考察が正しければこれで、このキリンジの言葉が引き出せるはず。と、目論見は成功したようだ。

 

「…はい。あの、私は銀糸が使われる前に逃げおおせた亜人の一派の生き残り、なのです。ですので、私達の仲間には銀糸はありません」

「そうか。お前一人か?」

「いいえ。マイネンの畜生を殺すため、そして、巫女様達を開放するために数名の亜人が」

「む」

 

 と、いうことは今頃…部屋には黒装束が?…それはそれは。ただ、こいつの能力を鑑みるに。

 

「…御愁傷様。あいにく、我々は正気でな。ハイネケンに用事があるのだ」

「それは、どういった」

「王城に殴り込む。ああ、そして、数名の亜人ならば」

 

 キリンジの拘束を解いて、改めて、湯船に肩まで浸かる。

 

「我が母らの敵ではないわ。クマもいるしな」

 

 

 湯船から上がり、浴衣を羽織る。キリンジにも適当な浴衣を羽織らせ、さも、マイネンに仕える亜人だという顔で部屋まで練り歩く。何、頬を上気させて、ほんのりと笑みを浮かべておけば誰からも声は掛けられん。

 

 …というか、どうするか、キリンジ。勢いで銀糸を仕込んでしまったが。後で取れるのか?というか、本当に仕込めたのが驚きだ。

 

 それに、サクナの話では、亜人を奴隷にするには、相当な長さの銀糸が必要ではなかったか?全く、それこそ、腕ほどの長さしか、キリンジの頭には無い。

 

「…キリンジ」

「はい」

「私の告げた通りの行動は可能か」

「はい。無論でございます」

 

 …背筋がゾクリとした。先程までの勢いから考えるに、意志が残っていれば間違いなく私をどうにかしようとするはずであろう。それが、銀糸を使った瞬間にコレか。全く、趣味の悪いものを、作ったものだな、人間は。

 

 それと同時に、確かに、この力があれば図に乗るのも致し方無しと言えよう。亜人を顎で使える。武力としては十分すぎるな。……まぁ、銀糸については……たしか、マイネンの頭に仕込まれていた銀糸も短かった。クマに頼んで、キリンジの銀糸は抜いてもらえばいい。

 

「キリンジ、ドアを開けろ」

「はい」

 

 一応は警戒し、先にキリンジに行かせる。例の黒装束が既に部屋に居るという話だ。そして、扉の先にあった光景は、予想通りのものだった。

 

「イダダダダダダダダ!」

「み、巫女殿…おち、おちついいいだだだだだ!」

 

 母と、妹に組み伏せられ、見事に無力化された黒装束が2人。さてさて、どうしたものかな。おい、クマ、部屋の隅で大狼と共に『我関せず』という顔をしているんじゃあない。お前らは明らかに私よりも頭がいいのだから、少しは解決に協力しろ。

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