おにぎり   作:灯火011

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おおかみ

 刀身を天に掲げる。日の下に晒した剣には、傷はひとつも無い。薪割りの時に多少なりとも曇った訳だが、実に。

 

「やはり、便利便利」

 

 カチリ、と刀を鞘に仕舞う。うん、鞘の収まりも完全だ。これなら、奴と撃ち合っても問題ないだろう。さて、そろそろ日が天高い。奴との死合の時だ。

 

「…む?」

 

 いつもの場所。いつもの時間。奴が現れない。…奴と出会ってから、長い年月を経ているが初めてのことだ。ただ、その代わりに、1つの大きな影が私の前に据えられていた。

 

「キャン」

 

 狼。奴ほどの大きさを称えた、大狼と言える奴だ。今まで、狩りの時に何度か手合わせはしているが、まさかここで出会うことになるとは。

 

「クマは」

「キャン」

 

 今日は来ないよ。言いたげに、首を振る。ふむ、ならば肩透かし。こないのならば今日は一日素振りでも…と思った刹那。

 

 ズダン、と蹴り足が聞こえ、ザン、と眼の前を爪が通り過ぎた。

 

「ほ」

 

 仰け反り、それを紙一重で避ける。刹那の間、私と大狼との目が合った。音もなく着地して、こちらに向き直る大狼。

 

「…お前がヤルのか」

「キャン」

 

 白い体毛の大狼。この間、人間を分け与えた2匹の白黒の大狼の片割れ。全く、恩知らずなイヌだ。

 

「演るのならば是非も無し」

 

 自然体で奴と向き合う。大狼は、ジリ、と四肢を摺り足で飛び掛からんとする勢いだ。だが。

 

「ゼッ!」

 

 先手を打つ。無拍子で踏み込み、距離を詰めながら右手でヌラリと刀を抜く。日の光に輝いたそれが、大狼の首元へと伸び、そして。

 

 カン!と甲高い音で弾かれた。刀が右上に勢いよく持っていかれる。私の喉笛が、奴の間合いに入っている。

 

「キャ!」

 

 隙ありと、奴の爪がこちらの喉笛に伸びる。ならば、刀をそのまま大袈裟に振り下ろす。脚を踏ん張り、腰を入れ、一瞬の脱力の後。全てを振り下ろしのために、腕に込めた。

 

「ゼェイ!」

「ギャイ!」

 

 ガチン、と刃が競り合う。…ほほう、互いに引くも押すも出来ないか。クマとまではいわないが、なかなかの重さ、そしてクマ以上の速さ、爪の鋭さ。なるほど、これならば、今日の死合も楽しめそうだ。

 

「ハッ!」

 

 刃を流し、体を入れ替える。そして、大狼のよこっぱらに蹴りを叩き込んで、距離を取って仕切り直しだ。抜き身のまま、私と奴の間に刃を置く。握りは柔らかく。右手は親指の根元と、薬指あたりで、左手は親指の根と小指で挟む。そして。

 

「セェ!」

 

 振り上げると同時に右足を踏み込む。ドン、と一歩が鋭く地面に突き刺さる。そして、左足を引き付けて、そして左手の薬指から中指、人差し指。そして、右手の小指から一気に握り通し、その勢いをかき集めて振り下ろす。

 

「キ!?」

 

 鮮血が散る。何、簡単なことだ。『息』をずらせば、たとえ野生とは言えど私の刃の範疇。隙などどうにでも作れる。…まぁ、これに対応できるクマが異常すぎるとも言えるのだが。奴は、無拍子も、3歩ずらしも全て見切ってしまう。全く、野生の境地とはあれのことかと思う。

 

「キャウ…!」

 

 ふむ。鮮血は散ったがどうやら浅い様子。左脚の付け根辺りから少々垂れているが、ただそれだけのことらしい。奴はズリ、ズリと前足で地面を搔いている。まだまだやるぞ、とその瞳が訴えてくる。鋭く、こちらを睨む。

 

「ガウ」

 

 と、視界の端にもう一頭の大狼。ふむ、これは2頭の相手か。刀を鞘に仕舞い、体を広げて視野を開く。ゆらりと視線を2頭に流しながら、刀に手を―。

 

「ギャウ!」

「ガ…ガウ?」

 

 掛ける前に、白いのが黒いのに飛びかかっていた。これは一体どういうことか、いや、大狼よ。君等は非常に仲睦まじいはずだが。

 

「キャウ」

「ガウ…ガウ」

「キャウ!ギャウ!」

「ガ」

 

 暫く眺めていると、黒いのが一歩下がり、ちんまりと座ってしまった。そして、白いのは再び私の前で爪を研ぐ。…何やら話がまとまったようだ。まぁ、ならば。

 

「再開?」

「キャウ!」

 

 そうか。ならば。息を少し吸い込み、右手を刀にかける。そして、スルリと身を抜いて、眼前に据える。奴はヤツで、頭を低く構え、前の右足を軽く引いた。そして。

 

「セッ!」

「キャ!」

 

 ガツン!と、刃と刃が競る。軽く火花が散りながら、そして、全く刃こぼれのない奴の爪と、今の衝撃で刃がこぼれた私の刀が静止する。

 

「溢れたか」

「キャウ」

 

 奴が素早く左前足で刀を横薙ぎに叩いた。刀は、左に流される。ならばと、腰を回して左から薙ぐ。が、またガツン、と右前足で止められた。

 

「ち」

 

 力が溢れ、刃が毀れた。こいつ、切ることにおいてはクマの上を行く。証拠に、奴の爪には傷など、クスミなど一つもついていない。そしてまた拮抗。力は互角か、それとも。

 

「キャ」

 

 今度は、バク転の要領で奴の後ろ足が私の刀を蹴り上げた。そして、顔にも熱が走る。右目が赤い。

 

「味な、真似を!」

 

 跳ね上げられた刀を、一気に振り落として奴の兜を割るつもりで叩き込んだ、はずなのだが。

 

「クー!」

 

 ガジリ、と刀を歯で掴まれてしまった。そして、そのまま首を捻られる。

 

「がっ!?」

 

 その勢いに、思わず手が離れてしまった。背中から木に叩きつけられて、なんとか勢いを殺す。痛む背中を無視してにじりと立ち上がる。これは、いけない。無手の亜人、大狼が2頭。これは、死合が決まった。

 

「…」

 

 そう思い、首を差し出す覚悟をしたのだが、目の間に放り投げられたのは私の刀。

 

「キャン。キャウ」

「ガウ」

 

 満足げに、彼らは立ち去る。ああ―、気づけば、日が傾いている。どうやら、1つ、命拾いをしたようだ。

 

「かは。は」

 

 天を仰ぐ。顔が熱い。右目が、赤い。腰が、抜けた。

 

「案外と」

 

 死は、怖い。この1000年、ずっと、クマと死合いをしていたはずだが、どうも、死が目の前に現れると。

 

「飲まれた」

 

 恐怖に飲まれた。本来ならば、無手でも抗わなければいけないというに。やはり、私は無能の亜人である。

 

「まだまだ」

 

 私は未熟、未熟。思わず、自らをせせら笑う。だが、これはこれで面白い。命はなんとか繋がった。ならば。

 

「研鑽を」

 

 刀を拾う。刃が毀れた、私の刀。1つため息を吐いて、鞘にスルリと納める。

 

「クマも、狼も」

 

 これからも、研鑽を。そして、そしていずれは。

 

「その喉笛、私が貰い受ける」

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