おにぎり   作:灯火011

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月の夜

 夜のシンとした空気。頬を撫でる風。一人、宿の外で(くう)を感じる。街明かりはいくつか灯っている。空には朧に三日月が浮かぶ。

 

「ふむ」

 

 ぬらりと腰から刀を抜く。正眼に構えて、腰を落とし、両手で柄を持つが、しかし、右手の親指と人差指で挟むように頭上に持ち上げて、一呼吸。

 そして一振り。左手を握り、直後に右手を握り、背中、腰、脚。力を伝えながら、最後に腕を真直に下ろす。

 

「うむ」

 

 筋に迷いはないらしい。我ながら、解りやすい。比較的、今日は事態が動いた。だが、私自身の心の最奥は、揺れていない。

 

「まぁ」

 

 1000年。振り続けた刀は伊達ではないと言うことにしておこうか。正眼に構えた刀をしかりと見据えて、じっくりと息を吸い、ゆったりと息を吐く。

 

「この夜中に何をしている。鬼姫」

「む」

 

 誰だ。そう思って振り返れば。

 

「マイネンか」

「いかにも」

 

 驚いた。流暢に話すから誰かと思いきやマイネンか。いやはや、この旅路の中で我らの言葉もほぼ完璧に覚えたのか?すごいなお前。

 

「我らの言葉を話すか。マイネン、いつの間に」

「ある程度な。何、知識欲だ」

「いつからそれだけ話せるようになっていた?」

「何、2、3日前だ」

「となれば、我らの関係も既に知っているな?」

「粗方な。申し訳ないと思ったが、聞き耳を立ててしまっていた」

 

 さようか。うーむ。とはいえ、こいつのことはまだ完全に信じてはおらんのだ。あまり良いことではない…とも思ったが。

 

「なぜ今それを私に?」

「何、信頼の前借りだ。お前達と私では谷よりも深いものがあるだろう?」

「承知。して、我らの事は何処まで?」

「お前の名前と、部屋に侵入してきた奴らの事、そして、鬼姫殿、そなたの力に加え、あの魔獣達のある程度の在り方…といったところか」

 

 ふむ。概ね、最近話していた事と同じか。となれば、まぁ、問題は…無いか?いや、とはいえマイネンの実力も底知れぬからな。怪しみ、そして警戒しておいたほうが吉。

 

「承知。だが、お前の事は警戒する」

「ああ、判っている」

「だが、お前と旅をしているさなかで感じた事もある。マイネン、お前のことは信頼もしよう」

 

 警戒はするが、しかし、これからについては期待しても良い。それに、その方が良い。何せハイネケンまでは同じく行動するのだからな。わざわざギスギスとさせるのも、面倒くさいというもの。何、それに。

 

「しかしながら、裏切りは死だ。理解しているな?」

「当たり前だとも。この首はいつでも差し出せるぞ。鬼姫」

 

 そうやって刀を首に突きつけてみれば、ぎらりとした目がこちらを向いた。本気だな。ならば、その男気に免じて今日のところは勘弁してやろう。刀を腰に仕舞い、鼻で笑ってやる。

 

「それにしてもだ、鬼姫」

「なんだ」

「王、いや、ハイネケンに相当憤りがある割には、落ち着いているな」

 

 マイネンは不思議そうだ。まぁ、思う所が無いわけではないし、むしろ喉笛は掻っ切ると決めている。だが、それはそれ、これはこれ。

 

「今、焦っても仕方なし。どうあがいても、距離はあり、時間がかかる。我らとて、距離と時間は縮められぬ」

「そうか。しかし、王に逃げられたり、もしくは、追手を差し向けられる可能性もあるぞ?」

 

 はは、たしかにな。お前たち人間基準ならば、そのような答えが出るのも仕方なし。しかし、マイネン。お前は忘れているぞ。我々は、亜人だ。

 

「問題ない。我らは、人間に比べれば悠久を生きる。一度や二度逃げられたとて、三度や四度邪魔をされたとて、いずれ仕返すだけだ」

「今代の王が逃げ仰せてもか?」

「ははは。国の寿命よりも我らが生のほうが長い。現に我ら親子は1000年振りの再会だ。何も、変わり無い」

 

 口角を上げてそう言い切ってみると、マイネンは大きくため息を吐いていた。

 

「…それはそれは、恐ろしい事だな」

「何、とはいえだ。そんな我らとて、人間の暇と欲には負けるというもの。我らの大多数を、こんな銀糸と耳飾りでお前らの奴隷になど落としたのだからな」

 

 そう言うと、マイネンは唸りながらも、黙り込んでしまった。否定の言葉も飛んでこない。そうだろうな。暇と欲があればこそ、他の生物を傘下に置こうと言う発想が出来るというものだ。その日暮らしの生物であれば、そんなことは考えもつくまい。

 

「ん?」

「どうした?鬼姫」

「いや…」

 

 …と、考えると。

 

「…クマらは」

 

 暇であるはずだ。よほど。私と1000年も打ち合った奴ら。となれば…欲がないか?

 

「確かに、あの魔獣はかなり強いな。だが、ハイネケンの資料でも、伝説にあるだけだ。場合によっては世界の覇者であったかもしれん」

「ふむ…それは確かに言えるが」

「それとも、実は亜人より前、世界の覇者だった。かもしれんな」

「…左様か?いや、しかしな」

 

 野生の奴らだ。そこまでの…知恵もあるな。うーむ…。奴らとて、間違いなく欲はあるか。飯は喰らうし、惰眠も貪る。更には、私がどうもお気に入りのご様子で、やたらと過保護だ。…と、考えたところで判らん。頭も良く、暇もあり、実力も有る。となれば、マイネンの言う通りに本来ならば森だけではなく、様々な意味で世界を統一していても良い存在なのかもしれんな。

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