空が今にも雨が降りそうな暗雲に覆われ、憂鬱とした空気が纏わりつく。それを拭うように、王は、私室にて薬草を込めた煙草を吹かしていた。
「ふむ」
そして、その手には数枚の用紙が握られ、なんとも感情の籠もっていない目が、その文字を追いかけていた。
「マイネンが生きていた…か。これは、一つの吉報と言えるか」
一枚目は、マイネンが生きているというものだ。狐からの報告書であり、タンドリーから発せられている。どうやら剣姫と生き字引を引き連れているらしい。
「ただし」
更に目を通すと、あまりよろしくない事が書いてあったのだろう。煙草を机に置き、椅子に深く腰掛ける。そして、深く息を吐いた。
「下手人は不明であると共に、亜人以外の追跡者は行方知らず。まぁ…大方は森で死んだか。しかし幸いにして」
一枚目を読み終えた王は、二枚目の用紙を眺める。そして、小さく頷きを見せていた。
「奪われた宝物、装備の類はマイネンが回収済み。更には、新たな亜人を隷属化。そのために、紅の宝珠、銀の命糸、恒久の腕輪、智見の足輪を使用と」
口角が上がる。宝物を全て使わなければ御せることが出来なかった亜人。それをマイネンが手に入れた。これは、ハイネケンにとっては非常に喜ばしいことである。
「どれほどの柱なのか、実際、顔を合わせて見ないといかんな」
王の頭にあったのは、狐と剣姫の2人。あの2人も銀糸をふんだんに使い、先祖が手中に収めた最高峰の戦力。それを超えるような逸材が、まさか自分の代でハイネケンの手中に収まるとは思っても居なかった。まさに、棚ぼたと言い換えても良いだろう。
「しかしだ」
同時に、その後ろに付けられたもう一枚の報告書を見て、再び顔を顰めた王。その報告書には、国境での戦いの苦戦が綴られていた。
「ゲリラ戦を仕掛ける亜人共か。タカアマの王もよくやってくれているが…いかんせん、機動力の差か」
どうしても、こちらは人間が多い。対して、ゲリラ戦を仕掛けてくる亜人達は全員がそれだ。人が1日掛かる距離を、彼らなら数刻もかからずして走破してくる。どうしても、全てが後手に回ってしまうことは仕方がないと、王も頭では理解している。
「だが、このままダラダラと過ごしていては、人の命を無駄にすり減らすだけだ。と、なれば」
王はパン、パンと手を2回叩く。と、その背中に音もなく、一つの影が現れる。
「マイネンに伝令を頼む」
「承知しております。国境の制圧、ですね」
「ああ、マイネンならば平定が可能だろう。亜人相手ならば間違いない」
「15年前の立役者の面目躍如といったところですか。王はどうされるので?」
影は少しだけおどけた声を出していた。
「あのときのように動くわけにもいかん。既に私は、王子ではない」
「承知しました。ま、動く時は一言お知らせ下さい」
王は頷いた。そして、机においていた瓶を影に手渡す。
「10年物だ。よしなに」
「感謝いたします」
それを両手で受け取った影は、少しだけ嬉しそうな声色をさせながら、再びその姿を消した。
「さて、どう転ぶか。…ともかくとして、国境の騒ぎが大きくならなければ良いのだがな」
国王は、大きくため息を吐いて背を伸ばす。その耳には、耳飾りが一つ、ゆらりと揺れていた。