潰滅のアワーグラス 作:低速通過UFO
平和だった通りには四肢が転がり、至る所で邪知暴虐の限りを尽くす音が聞こえる。
生命を感じない街の中、何とか逃げおおせた少女が一人いた。
その体は血を流し、片腕は動かず、何時事切れたように倒れてもおかしくない満身創痍な状態だった。
彼女は建物の裏路地に隠れ、壁にもたれている。
肩で息をしながら残り僅かのその命を絶やさない様に必死に足搔いている。
「はぁ…はぁ…」
ふと、裏路地から燃え上がり、崩れ落ちているサンクトゥムタワーを見る。
そして、ポロポロと涙を流す。
「…なんで…なんで、こんな事に…なっちゃったんだろう…」
「なんでっなんでなんで…!こんな目に遭わなくちゃ…!」
体を支える為に地面についた手を握りこぶしにする。
悔しそうに歯を食いしばりながら誰かに問いかけるかの様に、誰かを責め立てる様に話す。
「もうやだよ…助けてよ…」
「いつもみたいに、冗談を言いながら助けに来てよ…」
「先生…」
暫く涙を流しながら俯いて地面を見ていたが、少し遠くに爆発音が響くとハッとしたように顔を上げる。
「…そうだ、じっとしちゃ、居られない」
「生きなきゃ…生かさなきゃ…」
「
既に動かないその体に鞭を打ち、ヨロリと何とか立ち上がる。
そして、ふらふらと一歩、二歩と歩いたところで、そのまま前のめりに地面へと伏す。
「ぅ…動け…動けよ…っ!」
地面に横たわったまま彼女の体は指先一つすら満足に動かせない。意識もゆっくりとぼやけ始める。
灯っていた命の灯が消えかける。
「……ぅ、あ…」
喉も動かず、ただ空気が通り抜ける音がする。瞼も次第に下がり始める。
彼女も、今となっては当たり前の存在となった屍になり果てようとしていた。
そんな時、"ナニカ"が彼女の前に立った。
それが何かを彼女が認識することは出来なかった。ただ、前に立っている。それだけが認識できた。
「お前はやり直したいか」
そのナニカは男性とも、女性とも、子供とも老人ともいえる様な不気味な声で話しかける。
「お前は、助けたいか」
少女はその問いに答える余力は残っていなかった。残りはゆっくりと朽ち、死に逝くだけだった。
そのはずだった。
動かなかったはずの指先がピクリと動いた。まともに動かなかった喉が動き、激しく咳き込んだ。
体の状態は相変わらず動かすことが出来ない状態だ。しかし、"動いた"。
死ぬ直前、少女の命は大きく燃え上がったのだ。
「ケホッ…ゎた、しは…っ!」
「すべ…てを…!救っ…て!あの、人…を…!生か…すん、だ…っ!」
そのナニカは答えを聞き遂げると、彼女の体に何かを"送り始める"。
「良いだろう、ならば足搔いてみせろ」
「お前の進む道は地獄よりも辛く、死ぬよりも苦しく、誰よりも孤独だろう」
「その選択を、悔やむことなかれ」
その言葉と共に、少女の視界は暗転した。
目が覚める。
とても酷く、恐ろしい様な夢を見ていた気がする。
目を擦ってみれば、擦った場所が濡れていた。どうやら涙が出ていたようだ。
何時もの様に体を起こし、伸びをする。そして、そのままカーテンを開けば、いつもの"平和"な街並みが見える。
生徒の喧騒、美味しそうな屋台の匂い、時折聞こえる
あぁ、いつも通りだ。なぜか今は、そんないつもが酷く愛おしくてたまらない。
そして、
「ん…あっヤバ!早く学校行かなきゃ!!」
時計を見ると、今急いで出なければあと少し遅刻という時間になっていた。
適当なパンを口に詰め込み、
空は清々しいほどの快晴だったが、それを気にする暇もなく走り始める。
「…?」
暫く走っていたが、ふと懐かしい雰囲気を感じる。それはサンクトゥムタワーの方からの様だった。
自然と足は学校からサンクトゥムタワーへ向き、全力で走っていった。
サンクトゥムタワーへ向かえば、ロビーで色んな学園の生徒が押しかけている。
そういえば、色んな学園で被害が出ているってニュースを見た様な気がする。
誘われるようにフラッと中に入り辺りをキョロキョロと見渡せば、丁度エレベーターで誰かが到着したようで、中から誰かが出てくる。
一人はリン行政官でもう一人は―――――
「先生っ!」
人を押しのけ、弾かれた様に先生の近くへと走っていく。
そして遅れて四人ほどが人混みから出てくる。
「…先生、お知り合いなのですか?」
"いや…"
確かに、始めてあったはずなのに何でこんなにも懐かしくて、暖かい気持ちになるんだろう。
不思議に思っていると、遅れてきた生徒の一人が声を上げる。
「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!連邦生徒会長を呼んできて!」
「…うん?隣の大人の方は?」
青髪ハーフアップツインテールの生徒が半ば捲し立てるように行政官に詰め寄るが、その隣の先生に気が付いたようで、それについて問う。
しかし、それよりも早く黒髪長髪の生徒とプラチナブロンドのおさげをした生徒が前に出る。
「首席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が今の状況について納得のいく回答を要求されています」
彼女たちが行政官に詰め寄る間、私は静かに先生の隣に立っている。
ここがとても落ち着くのだ。
先生は困惑した顔をしながらあちらとこちらを見ている。
「あぁ…面倒な方たちに捕まってしまいましたね」
行政官が顔に"面倒"という文字が浮かんできそうなほど面倒くさそうな表情をする。
まぁ、私もあんな風に有名な人たちに詰め寄られたらたじたじになるなぁ。
「こんにちは、各学園からわざわざ訪問してくださった生徒会、風紀委員会、そしてその他時間を持て余している皆さん」
「うわぁ~、チクチク言葉ぁ~」
先生の隣で小さく言葉を溢す。先生はそれを聞いて苦笑いをしている。
「こんな暇そ…大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています」
「今、学園都市に起きてる混乱の責任を問うために…でしょう?」
青髪ツインテールの生徒がその言葉に火を噴くように詰め寄る。
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ!連邦生徒会なんでしょ!数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ!この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
数千もの学園都市が混乱。最近ではよく聞くはずだったのに、なんだか胸が痛い。なんだかよく分からないけど…とても、すごく怖い。
その恐怖心からか、つい先生の服の裾を掴んでしまう。でも、そうするだけで凄く心が軽くなった。
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したという情報もありました」
「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
裾を掴みながら何となく話を聞いていると、ふと頭の上に温かさを感じた。
隣を見れば、先生がこちらを微笑みながら頭を撫でてくれていた。
とっても温かくて、とっても安心できて、ずっと求めていたような...不思議な感覚になる。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ会わせて!」
「……連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」
「…え!?」「…!!」「やはりあの噂は…」
連邦生徒会長が、行方不明…驚くべき事実だ。驚くべき事実なのに、全く驚きが来ない。まるで、"これが当たり前だった"様に。
「結論から言うとサンクトゥムタワーの最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが…先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか、首席行政官?」
「はい。この先生こそが、フィクサーとなってくれるはずです」
行政官の一言で、三人の視線が先生へ注がれる。
「この方が?」
"私が?"
どうやら先生も知らなかったようで、驚いている。その様子が少し面白くて笑ってしまう。
「ちょっと待って。そういえばこの先生はいったいどなた?どうしてここにいるの?」
「キヴォトスではないところからきた方のようですが…先生だったのですね」
「はい、こちらの先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
「行方不明になった連邦生徒会長が指名…?ますますこんがらがってきたじゃないの…」
青髪ツインテールが唸っている所に先生が一歩、前に出る。
"こんにちは"
「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの…い、いや、挨拶なんて今はどうでもよくて…!」
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと…」
相変わらずの皮肉な言葉などを使って話す小難しい人だな、と思う。顔を合わせたのは今が初めてなのに、何故だか少しの劣等感を感じる。
「誰がうるさいって!?わ、私は早瀬ユウカ!覚えておいてください、先生!」
"よろしくね"
「あ、先生。私は"
"うん、よろしく"
行政官は気に留めることなく、話を続ける。
「…先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」
先生が所属する部活の名前。何故だか知っている。何故だか解っている。その部活の名は――
――連邦捜査部「シャーレ」
単なる部活ではない一種の超法規的機関。
連邦組織なので学園関係なく加入させることが可能。
そして、極めつけには自治区に関係なく戦闘活動が行える事だろう。しかも、制約無しで。
「なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが…シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に"とある物"を持ち込んでいます」
「先生を、そこにお連れしなければなりません」
通信機を取り出し、どこかへかける。するとブツッという音と共に通信が開く。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど…」
どうやら別の幹部に電話を繋げたようだったが、「大騒ぎ…?」という言葉を発して以降、行政官は何故だか顔色が次第に悪くなっていく。そして、小刻みに震えはじめる。
直観で分かる。あれ、キレてる。
"大丈夫?…深呼吸する?"
「…だ、大丈夫です。…少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
ニコリ、と顔は笑っているが、目は笑っていない。絶対に怒ってる。何故だか分かる。そして、あの時の彼女が一番怖い事も知っている。
そして、ふとある事が思い付いたように詰め寄った三人をじっと見つめる。
「…?」
「な、何?どうして私たちを見つめているの?」
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」
「…えっ?」
あ、これはあの人達…扱き使われる奴だ。私はそう直感で判断した。でも、先生と一緒なら私もついていこうかな…
「キヴォトスの正常化の為に、暇を持て余した皆さんの力今、切実に必要です。行きましょう」
行政官はそういって歩き出す。私も先生に引っ付きながらついていく。
「ちょ、ちょっと待って!?ど、どこに行くのよ!?」
ユウカはそういいながら焦ったように私たちを追いかけ始める。