深海から伸びる大樹。その最深部が妙に眩しい。小型の太陽が深海に浮かんでいる。海にこんなものがあれば当然水は蒸発する。深海から気体となって立ち上る無数の泡。海面に出ると水蒸気は霧となり船で進む下等種族の視界を遮るだろう。
ここは魚人島ではない。フロリアントライアングル。オールドンの拠点だ。なぜ俺がここに来たのか。神の使いとしてである。なんでもオールドンは世界政府に対抗して太陽政府を作るらしい。「ポセイドンも太陽政府に入ってくれないか」と使いがやってきたのだ。神に対して何たる不遜な態度か。お前達は神を従える立場ではない。従う立場だ。それを伝えるために俺は一人でやってきた。不肖ながら一番弟子をやっている。無様な態度は見せられないぞ。
「貴様、何者だ」
背中に羽が生えた奇妙な魚人の見張りが俺を出迎える。
「ポセイドンからの使いだ。さっさと王に会わせな」
「何!? ポセイドンだと!?」
「あん? 文句でもあんのか?」
見張りは眉間にしわを寄せていた。何の恨みがあるのか知らねえが、呼んでおいてこの対応かよ。大丈夫かこの国の国王?
俺は何故か複数人の見張りに囲まれて、罪人のように応急へと連行される。本当に失礼なやつらだぜ。
王宮に着いた。城の外からでも分かる。すげえ覇気だ。さすがは世界政府に対抗しようってだけのことはあるな。
「おう、お前がアーロンとやらか」
「あ、ああ… そうだ…」
この国の王はガーディの国王ヴォーグルに似ていた。魚人の皮膚、頭の角、背中の炎。体格は巨人族ほどの巨体。神との血縁を感じる。
先ほどまでは意気込んでいたが、こうなってくると参っちまうな。
「ほぉ、俺はポセイドンに似ているのか。いや、ヴォーグル王の方がより似ているのか?」
「なっ 見聞色!?」
「ドンの国は世界最強国家だった。その国を受け継ぐオールドンの王だ。これくらいは当然だ」
チッ、喋らなくとも全て筒抜けか。一番弟子として情けないぜ。
「本当は今の弱退化した世界政府ならば我が国だけでも倒せると思うのだがな。戦争による被害を減らすことを考えるとポセイドンの協力も得たいと考えていた。だが、不満か?」
何と気はなしに放たれた覇王色の覇気。明らかに全力ではない。だが気絶しそうになっちまう。実力差がありすぎる。
「いや、それは、その…。俺を寄越したってことは、同盟を否定したかったのだと思う。理由は分からねえ」
「ポセイドンは下界には興味がないと聞いたことがある。本当か?」
「ああ、それは時々言っているな。本当に興味なさそうに。ああいや、だがワンピースには興味があるようだったぜ」
「何? ワンピースに? あれは世界政府の秘宝だと思っていたのだがな…」
王は突然パンパンと手を叩いた。そうすると部屋の奥の方から人間の女が出てきた。シャボンに包まれた小型の船に乗っている。スクリューで進んでいる。
「俺の名前はニコ・ドンチッチだ。知っているか?」
「いや、そう言えば知らなかった。妙だな、あれほど大きなニュースになっていたのに」
「世界政府はそういう妙なところに拘るからな… まあいい。この娘の名前は、ニコ・ロビン」
「ん? ニコ? あんたの隠し子か?」
魚人には見えねえが、相手が人間なら血が薄まればこういうことも起こる。
「俺の隠し子ではない。だが、遠縁だそうだ。生まれはオハラ」
「知らねえな。どこの海だ?」
「ん? 知らんのか? 世界の歴史を調べようとして、世界政府に消された国だ」
「へっ 馬鹿馬鹿しい。さすがは愚かな人間だな」
「……お前、本当に一番弟子か?」
「ぐぅっ」
なぜだ。なぜこのタイミングで覇王色の覇気。先ほどよりもずっと強い。膝をついちまったぜ。
「ロビン一人行かせるつもりだったが、気が変わった。この俺自ら行こう ポセイドンを見定めに」
「なんだと!?」
見張り達もざわめく。「お気を確かに」などと。
クソッ、俺の発言の何がそんなに気に食わなかったんだ。確かに強さはいまいちかもしれねえがよ。俺も俺なりに鍛えてんだ。なのによぉ。
―――
などということがあって、ニコ・ドンチッチが俺の近くまでやってきた。確かにヴォーグルに似てるなあ。俺の子孫なんかなあ。色んなところで子作りしたから分からんなあ。
「はじめまして。海の王よ。私の顔が気になりますか?」
「誰の子かなあと思ってね。いや、もっと遠い親戚かもしれないが」
ヴォーグルに似ているけど、ヴォーグルよりイケメン。こいつはルナーリアの血が強い感じがするなあ。
「私の祖母ルルーはクリエイターから来たと聞いています。ひょっとしたら血が繋がっているかもしれません」
「ああ、そうだったのか。ルルーつったら何か聞き覚えあるぞ。数百年前に科学者と一緒に逃げた女じゃなかったか? ルルーは最高傑作の一つとか何とか言って、今も血統因子だけは培養してるっぽいぞ。ヴォーグルもその血が入っていたのかな?」
ルルーは俺の血を使って巨大な人魚姫を作ろうとした実験体の一つ。だから俺にも似ているのだろう。
「血統因子… 古の技術ですか?」
「ああ、そうだ。世界政府が色んな技術を抹消していたが、一部の有用なやつは俺が科学者に引き継がせている。環境破壊になるようなやつは俺も消してるがな」
「そうだったのですか… 実は我々も一部の技術は残っていますが、本当に一部でして… 古代文字の読解もオハラの学者に頼っている始末…」
「オハラ? なんか聞いたことがあるような… ああ、思い出した。ワンピースのヒントになりそうだから絶対に近づけるなって言っておいた連中だ」
「ん? ワンピースを探しているのではなかったのですか?」
「昔な。でも、ポーネグリフからヒント貰っちゃったらつまらないだろう? 自分で考えないとロジャーに勝った気になれない」
「ははっ 聞いていたよりも俗っぽい人だ」
「暇なんだよ ずっと生きているとな」
しばらく会話した後、海面に出る。そこで船に乗るニコ・ロビンが出てくる。
「私の名前はニコ・ドンチッチと言うのです。なぜドンの王族にニコという名前が付いているか、知っていますか?」
「ニコっつったらニカっぽいな。あいつの親戚か?」
うん? 大昔、ドンはニカを知らないと言っていた気もするが。
「さすがですね、ポセイドン。実はこの娘に王家の古文書を読ませたのですよ。そこに我々ドン王家の成り立ちが書かれていたそうで… ロビン、言ってみなさい」
「はい。ドン王家は元は月に移住していた人間。しかし月の資源は貧しく、環境も厳しかった。浄化装置がなければ呼吸さえままならない。そこへきて昔の機械が老朽化し、不具合が頻発。最盛期に10万人いた人口は100年で100人にまで減少。全滅の危機に陥っていた。そこに現れたのが太陽神ニカだった。ニカは不思議な太鼓の音色で人々の病を治し、その背中の炎を人々に分け与えた。こうして月の民は月の厳しい環境に適応したルナーリア人となった」
「どうです? 何か思うことはありますか?」
「炎を分け与えるってのが気になるな。あいつそんなことできたのか?」
「あいつ…? 先ほどからそう呼んでいますが、あなたはニカをご存知なので?」
「まあな。俺がこの世界に生まれた時に、初めて出会ったのがあいつだった」
「ええ!? まさかニカはポセイドンの親だったのですか!?」
なぜそうなる!? いや、そう聞こえちゃうか。
「いや、血縁的には違う。俺は科学者に作られた合成生物だからな。魚とかクジラとか牛とか人間とかいろいろ混ぜてるっぽいよ。ああいや、そうなるとニカの血を入れている可能性もあるが」
「なるほど。しかし驚きです。ニカが実在していて、しかもそれと出会ったことのある人間が、未だご存命だったとは」
「むしろ俺が驚いたわ。ドンがニカを知らなかったのに、今になって逆に知っている人間が現れるとはな」
「ドン? どのドン王でしょうか?」
「俺も第何代とかは知らないよ。俺の人魚姫を寝取りやがったドン王だ」
「人魚姫を寝取った… 私の祖父ですか?」
「ちげえよ。もっと1000年くらい前だ」
「むむ、1000年前…」
こいつら、ひょっとして子々孫々に渡って俺から人魚姫寝取ってやがったのか? だからニコ王家は美女イケメンなのか? 許せねえな。
「だが、なんでニカが太陽神なんだ? あいつが太陽っぽいところなんて何もねえだろう」
「それは分かりません。が、おそらく、太陽を作り出す神として、太陽神と名づけたのかなあと」
「太陽を作り出す? あいつにそんな規模の大きいことはできないと思うが」
「太陽と言っても、深海に浮かぶ光の玉のような、生命に力を与える玉のことですよ。海は生物を育む母。太陽は生物を生み出す父。我々はそう表現しています」
「ああ、そっちの太陽か。まああれくらいなら作れるかもな。あいつ妙なところまでなんでもできたからなあ」
「なんでも? 例えばどんなことができたのでしょう?」
「例えばあいつが俺を殴れば、俺の目玉が吹っ飛ぶんだ。にも関わらず、次の瞬間気付いたら目玉が元の位置に戻ってるんだ」
「え?」
この説明では分かりにくいかもな。でも、マジでこの通りだからなあ。
「他にも俺の目の前でおならをして、手をパンと叩いたら、おならが大爆発するんだ。そして俺は真っ黒漕げになり、頭がパーマになる。だが、次の瞬間気付いたら元に戻っているんだ」
「デタラメな破壊力と、回復能力を持っているのですか?」
「違う。破壊とか回復じゃない。あれはデタラメそのものだった。ニカがおもしろいと思えば、なんでも現実になるような…。お前達の先祖、ドン王家がルナーリアになったのも、ニカがそうなって欲しいと願ったからかもしれない。ニカが一緒に踊ってくれる相手が欲しいと願えば、叶いそうな気がするんだ」
思えば俺が目覚めた時もそうだった。あいつが踊りたいと願ったタイミングだった。
「デタラメ、そのもの…」
「太陽神ってより、爆発神だな。ずっと爆発してるようなやつだった」
「この世界はビッグバンにより生まれたという仮説、聞いたことありますか?」
不意にニコ・ロビンが発言した。
「昔、優秀な科学者がそんなことを言っていた気がするなあ」
「ひょっとしたらニカは、ビッグバンを起こした神様なのかもしれません」
「いやいや、それはさすがになあ…」
会話はそこそこ盛り上がった。世界政府との戦争が始まった時に協力してくれと頼まれた。気が向いたら協力すると言っておいた。
ニコ・オルビア。白髪に浅黒い肌。長身の美女。最もルナーリアに近い女