ビッグロック。ここはかつてポセイドンが『自分の嫁を作るため』大岩を集めて作った人工島だ。海によって四つの国に分けられており、それぞれの区画に支配者がいる。
美女の国、マリー。入国条件は見た目が美しいこと。美しい両親から醜い子供が生まれてしまった場合は、20歳を期に移住を強制される。4年に1度開かれるコンテストで最も美しい女に選ばれた女が王に選ばれる。
強者の国、ガーディ。入国条件は強いこと。4年に一度開かれる武道大会で優勝した者が王に選ばれる。20歳を超えても武道大会でよい成績を残せなかった場合は移住を強制される。
科学の国、クリエイター。入国条件は賢いこと。4年に一度行われる科学見本市で優勝した者が王に選ばれる。20歳を超えても科学見本市で結果を残せなかった場合は移住を強制される。
自由の国、ダイバース。入国条件はなし。上記三つの国を追い出された者が住まうが、外国からの移住者も許容する。王はいないが、何となく国民はポセイドンが王だと思っている。ポセイドンの子孫が実質的に支配しているが、兄弟ゲンカやいとこケンカが絶えない。
ポセイドンの当初の狙いとしては、クリエイターに美女を作らせ、マリーで増やし、ガーディに守らせ、失敗作はダイバースで面倒を見る、という感じだった。
しかし、美しい女が完成した時、科学者はその女を欲しがった。ガーディの兵士達も、女を守るのではなく、妻に娶ろうとした。ポセイドンが叱ると、駆け落ちが頻発した。
ポセイドンはいくつかの策をうった。一例では、マリーで「美しくない男と結婚するのはバカ」、ガーディで「強くない者と結婚するのはバカ」、クリエイターで「頭が悪い者と結婚するのはバカ」、とそれぞれ言い続けて、そのような思想を植えつけた。結果、それぞれの国の中で結婚するようになった。一方で、3つの国は仲が悪くなってしまった。その上、ある程度の女好きになると、ガーディとクリエイターの男でも、マリーの見た目のいい女を寝取ろうとした。
ポセイドンは何百年もかけてガーディとクリエイターの男を選別し、裏切りを無くそうと努力してきた。だが、裏切りを無くすことはできなかった。性欲をどうにかするのは生物として不可能と悟った。近年ではもう説得は諦めて、自由にさせている。ポセイドンと女を奪い合い、殺し合いになる場合は、自己責任という感じで。マリーの女と結婚した気になって、ポセイドンに寝取られても、自己責任という感じで。
とかく、ポセイドンはビッグロックの管理に嫌気がさしていた。その時期が、大海賊時代と重なった。そうなった時、今まで抑圧されてきた籠の中の獣達はどうなるか。長年の恐怖と不自由から解き放たれて、暴れ出すのも無理なかろう。
さて、ポセイドンの弟子となったアーロン。彼は、ポセイドンに次の修行の内容を言い渡された。上述した、エリート戦士の国ガーディ。その国のうち誰か一人でもいいので、倒してみろと。
そしてアーロンは、地に足を踏み入れる。恐るべき、戦士の国へと。
「あん? どこの魚人だてめえ? ここをガーディと知って上陸してんのか?」
5m近い体格の人間。衣服は腰に布を巻いただけで、上半身は裸だ。しかし、ムキムキマッチョの身体が、衣服など必要としていないと主張している。その男が、とても厳つい顔で、いきなりアーロンを威嚇した。
「そうだが、何か問題あるのか?」
誰でもいいからガーディの人間と手合わせをし、勝利しろ。そう言われたが、アーロンは手を抜いて弱者を選ぶ気はなかった。ちゃんと修行になるように、自分よりかなり強い相手を選ぶつもりだった。
港に着いてすぐに出会った、その辺に歩いている一般人と戦うつもりはなかったのだ。
「はんっ! 知らねえなら教えてやる! ここは、強者だけが入国を許された国だ! てめぇみたいな鼻糞が上陸できる場所じゃねえんだよ!」
「この俺様を、鼻糞だと…?」
アーロンは魚人族の中でも最強と言われるサメの魚人。しかも魚人海賊団の中でも三番手に位置していた。その上、エルバフで子守という名の修行に耐えてきたのだ。鼻糞と呼ばれるのは我慢ならない。
「シャーハッハッハ。自惚れは寿命を縮めるだけだぜ、人間」
「へぇ、武装は使えるみたいだな… だが、それだけか…?」
「それだけ…? シャーハッハッハ! 試してみやがれ!」
アーロンは怒りに任せて5m近い人間に突撃した。巨人族の子供ともやり合えるほどに向上させたぶちかまし。だが、男はその身体を微動だにさせずに、アーロンを弾き飛ばした。
「な、何をした…?」
アーロンが気付いた時には、地べたに寝転がって天を見上げていた。
「お前は、弱い!」
「ふざけるな! どうせ悪魔の実の力だろうが! 卑怯だぞ!」
「へっ、無知ってのは罪だねえ!」
アーロンは再び起き上がり、突撃する。相手の力を見極めるために集中しながら。だが、結果は同じ。肌が触れあうことすら必ず、謎の力によって弾き飛ばされた。
「クソッ、クソッ」
「飽きないねえ、雑魚の癖に」
5mあるとは言え、巨人とは言いがたい人間。自分が最も軽蔑する種族。その男に舐められ、貶され、実際に手も足も出ない。認められることではなかった。
何十回も弾き飛ばされ、全身血まみれになる。血反吐を吐き、それでも根性で立ち上がる。だが、それもついには叶わなくなった。
「ぜえ、はぁ、はぁ… ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫ぶアーロン。その身体を、5m近い男はわしづかみする。
「な、何を…」
「お前が上陸していいのは、負け犬島だけだぜ!」
「うわぁあああああっ」
アーロンは思いっきり投げ飛ばされた。そして何かにぶつかり、そこで意識を失った。
しばらく寝ていたアーロン。不意に全身の痛みを感じ、目を覚ます。
「ううっ ここは…」
「目覚めたようだね ここは自由の国、ダイバースだよ」
すぐ近くに人間の男。アーロンは全身に包帯をまかれて、貧乏そうな診療所にいた。
「ぐううっ」
人間の世話にはなりたくない。アーロンは黙ってその場を離れようとする。だが痛みで動けない。
「君、ガーディの方から投げ飛ばされて来たんだって? 余所者かい?」
「くっ はぁ、はぁ、はぁ ぐううっ」
アーロンは這いずってでも出ようとする。
「そんなに会話が嫌なのかい? 負けたことが悔しいのかい? まあ無理に話そうとは言わないけど…」
「はぁ、はぁ、はぁ 世話になったな… くっ…」
アーロンは適当に話を流すために何か言って去るつもりだった。その適当に出した言葉なのだが、「世話になった」という感謝を示すものだった。あっさりと人間を認めてしまったことに自分で驚いてしまう。あれほど憎かった人間に何をしているのか。もう怒りを忘れてしまったのかと。自分の変化が信じられなかった。
這いつくばって、診療所を出たアーロン。道端に座り込む。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ 少し休憩して食糧を探してみるか…」
小奇麗な道だった。周りに家が多い。そこかしこから家族の幸せそうな声が聞こえている。都市のように発展しているわけではないが、豊かな町なのだろう。少なくとも、アーロンが住んでいた魚人街やエルバフよりは治安がいい。
「きゃぁああああああああ! 誰かぁあああああああああ!」
などと思った矢先だった。
女の悲鳴が聞こえた。見ると、人間の男が人魚の女を脇に抱えて、こちらに走ってくる。アーロンの中で、何かがぶち切れる。
「ぐぅうっ 人間がぁああああああああああ!」
アーロンは痛みを忘れて、仁王立ちする。今日5mの人間に敗北した怒り、診療所の人間に心を許した怒り。それらを、覇気に込める。
「ひゃはあ! 俺はガーディ出身だぞ! ダイバースのひょろがりが立ちふさがってんじゃねえよ!」
アーロンの怒りを込めた、渾身の一撃。対して人間は、余裕の笑みで、人魚を片腕に抱えたまま、もう片方の腕でアーロンに殴りかかった。
武装色と武装色のぶつかり合い。勝ったのは人間の覇気だった。アーロンはよろりと体勢を崩す。
「へへっ ひょろがりなんてこんなもん…っ」
人間が拳を突き出したまま勝利宣言をする。
だが、アーロンは体勢を崩しながら、人間に飛び掛る。そして、突き出された腕に噛み付いた。
「ぎゃああああああああああああああ! かっ 噛み付きっ」
アーロンは白目を向いて、思い切り噛み付き続ける。この腕を噛み千切るまで、絶対に離さないという覚悟を持って。
「このぉっ! このぉっ!」
「きゃんっ」
男は人魚を放し、もう片方の腕でアーロンの頭を殴る。それでも離さない。
「ぐうううっ! クソがぁ! オラァ! オラァ!」
拳骨はいくらやってもこの魚人は噛み付きを放しそうにない。しびれを切らした男はアーロンごと腕を大きく振るう。
「ドラァ!」
そして、アーロンを地面に叩きつける。小さなクレーターができる。アーロンはようやく腕から離れた。
「へへっ ようやく…っ」
だが、男の腕に激痛が走る。
「お、俺の腕がああああああああああ!」
男の腕の一部は、アーロンによってザックリと噛み千切られていた。
男は腕の治療を求めるべく、診療所に駆け込んだ。
アーロンは男の肉片に噛み付いたまま、気絶していた。そのアーロンを、人魚の女はひきづって家へと連れて行った。
トマトスープのいい匂いに釣られて、アーロンは目を覚ます。
「うっ ここは…」
「ここは私の家です 助けてくれてありがとうございます、魚人の方…」
美しい人魚の女。その家のベッドに、寝かされていた。すぐ近くにスープがある。アーロンの腹の音がなる。
「うふふっ お腹が空いているようですね お気になさらずお食べください」
「ううっ すまねえ…」
アーロンがスープにかぶり付く。一瞬で飲み干す。
「どうぞどうぞ、おかわりもたくさんありますから」
「ううっ 本当に申し訳ねえ」
「いえいえ、助けていただいたお礼ですから」
人魚らしく、丁寧でおだやかな女だった。やはり魚人族、人魚族こそが崇高な種族だと思い、ほっこりするアーロン。
「しかしこの辺りでは見ない顔ですね どちらの方ですか?」
「俺ァ魚人島出身だ」
「まぁ! あんなに遠くから!」
「ちょっと、海の神に弟子入りしたくてな」
「ええっ ポセイドン様と!? それはすごい!」
アーロンは少しホッとした。自分はポセイドンを海の神だと思っているが、エルバフの子供やポセイドン本人の態度から、間違っているような気もしていたためだ。久しぶりにふつうの反応が見れた気がした。
「でも、忙しい方なのでしょう? もうお会いになられたのですか?」
「ああ、運よくこっちに来てすぐに会えた」
「まあ、それはすばらしい!」
「しかも、弟子入りもできた」
「ええ! ポセイドン様のお弟子様ですか!? ははぁーっ」
人魚は急にアーロンにへりくだり、土下座した。アーロンは慌てた。
「や、やめてくれ! 俺なんてまだまだ、見習いの見習いみたいなもんだ! 無理言って付き合ってもらってるだけだし、弟子と言っても正式とは言えねえかもしれねえ!」
「いえいえ、それでもです! ポセイドン様と会話しているだけで私にとっては偉人ですから!」
「そ、そうか? ははっ」
自分でも、恵まれているしすごいことだと思う。それを他人の口から聞けてうれしかった。
「でも、私大丈夫かしら… ポセイドン様のお弟子様が、私のためにこんなにボロボロになるまで戦っていただけたなんて… 賠償を求められたら…」
「そんなもん求めるわけねえだろ! だいたいこの傷は…」
傷の多くは、ガーディで別の男に一方的に負けてつけられた物だ。だが、プライドが邪魔してそれ以上は言えなかった。アーロンは女と他愛もない会話をしてその日を過ごした。女の名前はネネェと言った。
翌日、アーロンは人魚の女に案内されながら町を歩く。
「えええ!? ガーディの戦士と戦うんですか!? そんな無茶な!」
「無茶じゃねえ! 努力すれば勝てるはずだ!」
「でも、死んじゃいますよ! あそこの人達、小さい頃からずっと鍛えているヤバい人達ばっかりなんですよ!」
「死んだら俺はそれまでの男だったということ! だが、ここで諦めちゃ男じゃねえ!」
「そんなぁ… 私、ポセイドン様にやめるようお伝えしに…」
「それだけは絶対にするんじゃねえ! やったら俺がお前を殺すぞ!」
「ひいいぅうっ そ、そんな…っ」
人魚は殺すと言われて縮こまる。そして泣き出す。
「うぇええええええん! うぇええええええん! 恐いよぉ! やだよぉ!」
どよどよと人が集まってくる。警察のような人もやってくる。
「ま、待ってくれ! 俺はそんなつもりじゃ… す、すまねえ! 謝る! 謝るから!」
アーロンが必死に頭を下げる姿を見て、警察は動きを止めた。ギリギリだった。
だがそこに、別の悲鳴が聞こえてくる。
「ぎゃぁあああああ! ガーディの海賊だぁあああああああ!」
声を聞き、人々は一斉に逃げ出す。
アーロンも一応人魚を脇に抱えて、逃げる。だが、逃げながらも、後ろをチラと見る。
「ガハハハハ! ダイバースの虫けら共め! 死にたくなかったら金と食糧と、若い娘をよこすんだな!」
5人の海賊だった。うち1人は魚人、1人はミンク族である。彼等が、好き放題店を襲っていた。
「ううっ この辺も最近すっかり治安が悪くなってしまって… どうしてこんなことに…」
「大海賊時代の、影響か…?」
「それもあるんですけど、昔はもうちょっと、ポセイドン様が恐れられていたはずで…」
確かに、近くにあんなのがいると思ったら、ふつう悪いことはできないだろう。だが、こいつらはやっている。
「あいつら、海の神が恐くないのか?」
「なんか、隠れたら逃げ切れると思っているみたいで…」
アーロンはハッとする。ポセイドンが常日頃から愚痴愚痴言っていた言葉。隠れている虫を探すことほど骨が折れることはない。やりたくない、と。こういうことだったのかと思う。
ならば、師が手が足りずに困っているなら、手足になって働くのが弟子の務め。
「すまん、一人で逃げ切れるか?」
「え? 何を…」
アーロンは人魚を道に置き、海賊達の方へを駆け出す。
そして駈けながら、大口を開けて叫ぶ。
「貴様等ァ! ポセイドン様の縄張りで何勝手なことしてやがる!」
「あん? なんだ貴様は…」
「ポセイドン様の一番弟子、ノコギリのアーロン様が相手だぁ!」
アーロンは覇気を使い、魚人空手を使い、歯を使い、頑張って戦った。しかし、5対1。多勢に無勢だった。あっという間にボロボロにされてしまった。
しかし、相手は性格が悪かった。簡単には止めを刺さず、いたぶって遊んだ。
「ぐっ がふっ」
「こんな雑魚が、ポセイドンの弟子? 笑わせるぜ!」
「寝言は寝ていいな! 雑魚が!」
「ぎゃははははははは!」
不意に、海賊達の視界が暗くなる。雲で太陽が遮られたにしては暗過ぎる。何かと思って見上げる。
「俺のなわばりで何やってんだ? お前達」
「ひっ ひぃいいいいいいいいいいいい!」
「オーズだぁああああああああああああ!」
その悲鳴が、海賊達の最後の言葉になった。ぶちゅん。まるで虫を潰すように、海賊達は巨大な手のひらで潰されて即死した。
次に目が覚めた時、アーロンはとても広く、豪華な部屋にいた。
アーロンはとても大きなベッドに寝かされている。
「ここは、一体…」
「気がつきなさったのですね…」
メイドが紅茶を入れている。
「あんたは…」
「私はオニーゴ様の使用人です。オニーゴ様はここの町長の方でして…」
「町長? 町長がどうして俺を助けて…」
「町民のネネェ様からお話はうかがっておりますわ。ネネェ様と、それに商店街を助けるために、海賊と戦ってくださったとか。それに、ポセイドン様のお弟子様であらせられるのですってね」
「いや、だが、俺は弟子という程では…」
ビッグロックに来てから連戦連敗だ。エルバフの巨人ならともかく人間にボロ負けする始末。自分の弱さを痛感してしまった。これではポセイドンの弟子は名乗れない。
「オニーゴ様は喜んでらっしゃいましたよ、久しぶりに楽しみな弟弟子ができたって」
「え? 弟弟子? ってことはまさか…」
「オニーゴ様も、ポセイドン様のお弟子様でいらっしゃいますのよ。それも、100年以上に渡って…」
「100年! どういうことだ!」
「オニーゴ様は、古代巨人族でいらっしゃいますから…」
「巨人族…」
エルバフがすぐ近くにあるのだ。ポセイドンの弟子が最強種族の巨人族というのは当然の成り行きと言えた。逆に、自分のような弱者が弟子を名乗ることが、恥ずかしかった。
アーロンはオニーゴの屋敷でリハビリをしてその日を過ごした。途中で人魚のネネェもやってきて、リハビリの応援をしてくれた。その日の夜、オニーゴはヘトヘトで帰ってきた。驚くべきことに、多少の傷を負っていた。
「大丈夫ですか、オニーゴ様!」
メイドが驚嘆しながら、オニーゴに近づく。
「このくらい、かすり傷だよ。明日には治る」
「しかし」
「はぁ、ポセイドン様のようにはいかないね… 日々、増え続けるガーディの海賊達… 漁夫の利を狙うクリエイターのコソ泥達… 美しい異性しか守らない愚かな兄弟達…」
オニーゴがアーロンを見据える。
「どうして彼等は、君のように『分け隔てなく』誰かを守るために力を使えないのだろうね」
アーロンは、ドキッとした。アーロンの心は、分け隔てなく人間を守ることを、許すだろうか。