ハンコックは激動の10代を過ごしていた。生まれ故郷のアマゾンリリーにて、皇帝に憧れ修行していた幼少期。そこから一転して、奴隷生活。天竜人などという汚いドブ男の慰め者にされる日々。フィッシャー・タイガーにより救われ、なんとか立て直し、レイリーとシャクヤクの元で修行した。そうして二度と男に虐げられないように力をつけたはずだった。実際彼女はとても強くなっていた。アマゾンリリーに帰還した時、彼女に敵はいなくなっており、簡単に皇帝になることができた。海賊女帝として暴力を振るい、奪い、何不自由ない快適な生活を送ることができていた。
だが、そんな折だ。カームベルトを航海中、突然ポセイドンに襲われた。姿も見えぬ遠距離から、爆音による急襲。音で船が木っ端微塵になるほどのありえない音量だった。ハンコックと妹達以外は気絶し、ハンコックでさえ立っているのがやっと。その爆音に耐えている間に、津波のような水の槍が飛んできた。水は悪魔の実の能力者の弱点。ハンコック達姉妹は水に飲み込まれ、意識を失った。
次に目覚めた時、知らない船室にいた。
「ううっ ここは… ひっ」
後ろ手がジャラジャラと鳴る。海桜石の錠で固定されている。おぞましき最低の感覚。思わず悲鳴が漏れてしまった。
「嫌じゃ… またあんな日々に戻るのは、嫌じゃ…」
ガタガタ震えるハンコック。だが、彼女は姉だった。妹達の安否が心配になり、周囲を伺う。
「マリー、ソニア…」
妹達も船にいた。後ろ手を拘束されている。ある意味、うれしい。自分が最も信頼できる者達がすぐ傍にいるから。ある意味、悲しい。彼女達が自分と同じように最低な運命に向かっているから。
「起きたのね、食事はあるわ…」
その船室に、知らない女が入ってくる。ピンク髪の若い女。ハンコックの妹よりも少し下に見えた。
「どう? 食べられる?」
食器をハンコックの前に置く女。後ろ手は拘束されており、皿を手に取ることはできない。
「わらわに、犬のように食器にかじりつけと…?」
「いいえ、私が食べさせるように伝えられているわ」
「この錠、食事の時くらい外してもよかろう!」
「それはできないわ。私ではあなたに勝てないもの…」
女はそう言いながら、ハンコックに少し同情しているらしかった。声に感情が隠しきれていない。
「この船は何じゃ? どこに向かっておる?」
「そのくらいなら答えましょう これはジェルマの船よ」
「ジェルマ…? どこの馬の骨だ?」
ハンコックは長年奴隷だったので、この世界の常識には疎い。
「ジェルマは世界政府にも加盟している戦争国家よ。だけど父は、あなたを正式に王族に迎え入れようとしている」
「わらわが、王族に…? 貴様の父がか…?」
「ええ、私はヴィンスモーク・レイジュ。父の名はヴィンスモーク・ジャッジ… ジェルマの王よ…」
王族となれば、天竜人よりは扱いがマシかもしれない。だが、同じことだ。男の慰め者になどなりたくない。早く、船から脱出しなければならない。
「すまぬが、食べさせてくれ…」
となれば、空腹は敵。いつでも脱出できるよう、腹を満たしておくべきだ。ハンコックは屈辱を受け入れることにする。
「ええ、どうぞ…」
レイジュは王族らしからぬ丁寧な対応で、ハンコックの口元にスプーンを運び、コップを傾けた。
「シャーハッハッハ! 目覚めたと聞いたぞ!」
そこに現れた、魚人の男。ノコギリのような長い鼻が特徴的だった。
「あなた…っ ここは男子禁制のはず…」
「黙れ! 神の言葉がルールだ! なんでもそこの人間の女は女でさえも魅了する美貌の持ち主だそうじゃねえか。お前が変な気を起こさないか見てくるように言われたんだよ」
「見くびらないで、そんな気は起こさないわ…」
魚人はハンコックを目の前にしても、侮るような態度を続けていた。だが、所詮は男。少し色気を使ってやればコロっといくだろう。ハンコックはそう思っていたのだが。
「ねえ、わらわ、暑いわ。服を脱がしてもらってもいいかしら」
「けっ 人間が崇高な魚人様に色目使ってんじゃねえよ! 気色悪い!」
アーロンは凄まじいまでの魚人至上主義者、そして人間嫌いだった。人間の女に性欲を抱くことはなかった。
「まあそう言ってやるな、アーロン」
「ああん? 裏切り者のジンベエ! 何しにきやがった! ここは男子禁制だぞ!」
「それを言うならお前も同じじゃろうが」
「俺は神に頼まれたんだよ!」
「わしもポセイドンに許可をもらっておる」
そこに現れた、ずんぐりむっくりした魚人。この男は知っている。ハンコックと同じ七武海の新参者。海侠のジンベエ。
「よっと」
「何座り込んでんだ! ここを任されたのは俺だぞ!」
「そうかもしれんが、わしも心配でな。お前が捕虜に手を出しやしないかと」
「んなことするか! 俺が人間のメスに劣情を抱くわけねえだろうが!」
「そうは言ってもな…」
ジンベエはハンコックをチラと見る。これほどの美女であれば男であれば誰でも劣情を抱く。そう言いたげな顔だった。
「アーロンよ、お前ポセイドンの下で何をしておった?」
「あん? 修行に決まってんだろうが! 毎日自分をイジメ抜いたぜ。今じゃあ腑抜けちまったあんたより俺の方が強ぇはずだ!」
「ガキが、生意気言いやがって」
「いつまでも兄貴面してんじゃねえぞ! 世界政府に尻尾振ったこと、許すつもりはねえからな! ハチやクロオビ達は俺が引き抜かせてもらうぜ!」
「引き抜いて、どうするつもりじゃ?」
「一緒に修行すんだよ! エルバフとビッグロックでな! そうすりゃあっという間に最強の海賊団になれるぜ! 何せ俺達魚人は世界最高の種族! その上、神の下には修行に最高の環境が整っているからな!」
「そうか…」
考えなしに世界政府に楯突くと言った時には、力で分からせてやるつもりだった。だが、修行するとなればどうだろうか。ジンベエは最近修行らしい修行をしていない。世界政府の追手やその辺の海賊とは戦ってきたが、それだけだ。その上、自分では海賊団を守りきることはできないと思い、世界政府に頭を下げ、七武海となった。にも関わらず、ポセイドンから「魚人島を俺の縄張りして、守ってやる。その見返りに実験に付き合え」と言われて、のこのこと協力している。こんな自分にアーロンを責める資格はあるだろうか。むしろ、しがらみに囚われず、一人で修行していたアーロンが、羨ましいと思うほどだ。
「ねえ、ジンベエ親分。わらわ、知らない国に連れていかれるのが、恐い…」
「心配せんでええ。ポセイドンは話の分かる男じゃ。それに、もしもの時はわしが連れ出してやる」
「……。ありがとう」
ジンベエからの心強い言葉。あっさりと味方してくれたことに驚いてしまった。思わず本音で感謝の言葉が出たほどだった。
「おいジンベエ! それは裏切りの宣言か!」
「実験の邪魔はせん! だが、それ以外のことまで約束した覚えはないわい!」
「なんだと! その言葉、神に伝えるぞ!」
「なんじゃ? 修行したとか言っておったが、強者に従うだけで自分が強くなったと勘違いしておる小物じゃったか」
「なんだとオラァ!」
「ちょっ、ちょっと! こんな狭い場所で暴れないでよ!」
アーロンとジンベエは船を出て、ケンカを始めた。いい勝負だったが、ジンベエが勝った。
ポセイドンが七武海を捕らえるのに要した時間は3週間であった。それも、隠れているクロコダイルとゲッコーモリアを探す時間がほとんどだ。戦闘自体は全て一瞬で終わった。音による超遠距離攻撃と、水による制圧。悪魔の実の能力者にとっては反則のコンボだった。
さて、捕らえられた七武海達はビッグロックに連行される。男達はそのまま研究所に送られるが、ハンコックだけは特別な部屋に送られた。ジャッジ直々に手取り足取り調べまわる予定だったのだ。だが、最初に服を脱がした時。事情が変わった。
「これは、天駆ける竜の蹄…っ!
貴様、天竜人の奴隷だったのか…っ!」
知られたくなかった過去。最低の男に知られてしまった。
「困ったな。元奴隷となれば、我等ジェルマの王族にふさわしくない…」
「用がないならば、早く解放せよ!」
「だが、メイドであれば…? いや、しかし、奴隷のお下がりが王のメイドというのも…」
ジャッジはとても失礼なことを呟きながら、悩んでいた。ハンコックの中で殺意が高まった。
「ううっ ううっ ううっ」
ガッツリ実験されたハンコック。ジャッジは用は済んだとばかりに、興味なさげに部屋を去る。悔しさと悲しさで涙が止まらない。
「あ、あれが海賊女帝か…」
「おい、押すなよな!」
イチジ、ニジ、ヨンジ。10歳を少し超えたばかりのジェルマの王子達。
実験はもう終わったのだ。別に部屋に入ることを止められていないのに、ドアの隙間から覗き見るようにして、ハンコックを眺める。その姿は芸術。目も心も奪われる。全身カチコチ。ハンコックが何もしていないのに石になってしまった。
だが、ジャッジはそうは思わなかった。海楼石により力を封じているはずの女からの思わぬ反撃。ハンコックは弁明を許されず、捕らえられ、牢に入れられることになる。そこで何度も、ムチにうたれ、王子の石化を解くように命令された。聞いてやるつもりはなかった。せめて、自分が何もしていないということを、ジャッジが認めるまでは。だが、ジャッジは妹達を人質にとった。石化を解かなければ、妹達を殺すと脅した。ハンコックは人質と自らの解放を条件に、石化を解くことを認めた。屈辱だった。ジンベエ及びアーロンが立会い人となり、石化の解除と人質の解放はなされた。
バスターコール。中将5人と軍艦10隻による殲滅作戦。その戦力はあまりにも乏しいと言わざるをえない。
『海軍の軍艦がいっぱい見えたよ。こっちに近づいてきている』
「そうなのですか? お魚さん、ありがとうございます」
ビッグロックに船が近づくことは珍しい。興味が湧いた海王類や魚達は速やかに人魚達に情報を伝える。
「うぉおおおおおお! 久しぶりの狩りだぁあああああ!」
「向こうが殺る気で来るってんだ! いくら海賊行為しても問題ねぇよなあ?」
ガーディで厳しい競争を強いられている男達が、今までの鬱憤を晴らすべく軍艦に向かう。魚人は海中から、人間は月歩などにより空中から。
「待て! お前達! 俺に戦わせろ! 待てと言っている!」
「うるせい! 早い者勝ちだ!」
競うように軍艦に攻撃を放つガーディの戦士達。魚人は海中から水鉄砲。人間は空中から飛ぶ斬撃。軍艦はあっという間に木っ端微塵となる。
「月歩が使える者は空中の敵に対応! 使えぬ者は水中の魚人と戦うんだ!」
「戦えったって、こんなの… うわぁあああああああああああ!」
海中から飛んでくる無数の水鉄砲。こちらの銃は水の壁に減衰させられ、敵には届かない。海兵が一方的に数を減らしていく。空中で戦う中将少将准将もだ。多勢に無勢。囲んでボコボコにされる。
そもそも海軍中将は一部を除けば大して強くないのだ。事実、エルバフの戦士が海兵になればほとんど無条件で中将になれる。中将とはエルバフやガーディでは平均的な戦士の強さでしかない。対して今回ガーディから参戦した戦士の数は200。加えて、クリエイターから実験と称して送られてきた人造人間50。エルバフから暇つぶしにやってきた子供20。絶望的な戦力差であった。
「うおぉおお! 何すんだテメェ!」
「この俺の獲物を横取りするからだ!」
「あんだとぉコラァ!」
むしろ、余裕過ぎて、ガーディの戦士同士で戦いが始まっていた。この戦いで出たガーディからの死者は3名。全て、同士討ちによるものだった。
「味方を攻撃すんのはダメだで! 落ち着けお前達!」
「うおぉっ! ヴォーグル王!」
遅れてやってきた、ガーディの絶対王ヴォーグル。オーツーの血族を示す角、ルナアーラを示す背中の炎。それでいて、8mの身長しかない。ゆえにパワーとスピードを兼ね備え、最強の戦士として長年ガーディに君臨していた。言動は田舎者だが正義感が強く、やさしい。ガーディ最大の良心でもあった。
「海軍の皆さんも、こんな無意味な戦いはよすだよ! オラ達は会話ができねえわけじゃねえ! 何が目的か言ってけろ!」
ヴォーグルは巨大な手で中将をわし掴みにしながら言う。
「くううっ お前達が、急に七武海を壊滅させるから…っ」
「えっ? あいつらが原因だっただか? おっ父は七武海ってのは庶民に迷惑ばかりかける海賊だから、捕まえても問題ないっつってたが…」
「違う! 七武海は世界政府の下についた海賊! 言うなれば、街を守るやさしいヤクザだ!」
「うええええええ! そうだっただか! オラ勘違いしてたかもしんねえ!」
「んなわけねえだろ! 海賊は海賊だ! 王が簡単に騙されんなよなぁ!」
「ええ!? オラ騙されてただか!?」
善良ゆえに、海軍やガーディの戦士の熱弁に簡単に動かされる。困ってしまう。自分では判断ができない。結局、生き残った海兵はできるだけ助けるように伝え、捕虜として島に連行した。