一般トリニティ生の流儀 作:セイアマン
………あれは、そう。確か私が一年生の時の事ですわ。
あの時は、私の実家──鴉魔財閥の一人娘としてトリニティに入学し、派閥を纏め、パテル分派のトップと目される人の付き人となって、そして高等部に進学し、退屈でつまらない暗闘の日々が続くのだと、そう思っていましたわ。
私に近づく者は、口を揃えて
「さすがは鴉魔財閥の────」
「期待しておりますよ、鴉魔さん」
「シスターフッドは、貴方のような人を───」
などの妄言を私に投げかけてきましたわ。
うるさい。私は政治などしたくない。
嫌いだ、みんな、嫌いだ。だから、全員ここからいなくなってしまえ。
そう何度も思い、実行に移しましたわ。
私の実家目当てで近づいてきた方々を軒並み失脚させ、かつ親会社からも追い出させ、学費が払えなくなった生徒たちを全員スラム街まで追放しましたわ。
それに反発したティーパーティーの役員たちを古書館から得た知識を基に全員排除しましたわ。
最後の最後まで、私を悪魔呼ばわりしていたシスターフッドも中枢部を壊滅に追いやりましたわ。
「鴉魔キリアに呪いあれ!」
「いつか我らの怒りを思い出しながら、その罪禍を思い知れ!」
「悪魔は必ず滅ぶ定めにあります!」
誰も彼も、破滅する時は似たようなセリフしか吐かないという事を理解した時、私は初めて自分の存在価値に疑問を覚えましたわ。
どうして、生きているのでしょう?私は、悪魔なのに。私は、こんな世界に生きていてはいけないというのに。
苦しい。傷は負っていないのに、痛い。
でも、これはきっと私への罰なのでしょうね。私は人を傷つける為に生まれてきた存在。ならば、私が取るべき行動は─────ただ一つ。
今、この場で命を落としてしまう事。
それしかありませんわ。そう思い、私はその衝動に任せたまま口の中に入れた爆弾を起爆しようとして────細い指が、それを止めましたわ。
「そんな悲しい顔で、消えちゃうの?」
その人は、まさに光でしたわ。美しい桃色の長髪を夜風に靡かせ、月光を背負い、私に手を差し伸べていましたわ。
その時は確か、意識も朦朧としていましたから、それがずっと仕えている自分の主人であると言うことに気が付かなかったのでしょう。
私はミカ様が神様のようにも思えましたわ。今でも、それに等しい尊いお方なのですが。
「こんなに小さいのに、よく今まで大荷物を背負ってこれたね。でも大丈夫、これからは私も一緒に背負ってあげるから」
ミカ様の言葉は、聖句のように耳に入り、私の穢れ、荒んだ心を癒していきましたわ。
ああ────ミカ様。あなたは、私の………
無邪気な、夜の希望ですわ。
……………。
………。
……。
どうやら、夢を見ていたようですわね。
起きた途端に全身が痛みますわね。まだ、私は生きていますわ。
目と鼓膜を潰されてしまいましたので、状況がまるで分かりませんわ。マダムも酷い事をしますわね。
まったく……あと二週間は恐らくメガネと補聴器が必要になってしまいますわ。
私とした事が気をやってしまうなんて、なんて情け無いんでしょう……。
あら?猿轡が外されましたわね。磔にされていた手や足が解放されていく感覚がありますわね……とうとう処刑されてしまうのでしょうか?
であれば、最期に────ミカ様のお顔を、見たかったですわね。
「████████」
感覚で、何かを喋っているのは分かりますわ。ですが、何も聞こえませんわ。何も、見えませんわ。
ですが、この感触……懐かしき、あの日のミカ様の──────とうとう私も終わり、なのでしょうか。
先程のも走馬灯と考えれば、辻褄が合いますわね。
………私の頬に、少し濡れた感触。これは…雨?いえ、これは…涙、でしょうか。知らぬ間に泣いていたのでしょうか私は。
ああでも、私が死ねばきっとミカ様は悲しむでしょう。
ミカ様、どうか……泣かないでくださいませ。
私は……貴女のその笑顔に、何よりも惹かれたのですから─────
………………………。
…………………………………。
ぜんっぜん死にませんわね。
私、自分で思っているより頑丈なのでは?
──────────◆──────────
「マダム、だっけ?今日は良い天気だよね。鳥は歌い、花は咲き誇る……こーんな良い日に、あなたみたいな大人にはさ」
「地獄の業火に焼かれてもらうよ」
「っ!所詮はあなたも生徒!鴉魔キリアのようにしてくれる!」
「この薄汚い年増が、キリアちゃんの名前を呼ぶな!」
ミカの拳がベアトリーチェの頬を掠める。その傷口は灼け、再生不能の傷を負わせる。
慌てて退避したベアトリーチェは、体勢を立て直そうとし……ミカの灼けるような聖なる弾丸に撃ち抜かれた。
「何回耐えられるか見ものだね。おばさん」
「な、なんですか……これはぁ……ッ!蝕まれる…存在が、灼けるッ!これほど高濃度の『拒絶』は……フフ、フフフ!」
「痛くて頭おかしくなっちゃったのかな。でもキリアちゃんはもっと痛かったんだよ。」
「挑発しても、無駄だ!フフ、フフフフ……!ワタクシは、『色彩』を以て、あなたを打倒します!」
ベアトリーチェはその醜悪な本性を隠そうともせず、
逃すまいと追おうとしてくるミカに、磔にされているキリアを十字架ごと投げつけると、そのまま
「キリアちゃん……!もう大丈夫、助けに来たよ」
ミカがそう言うと、キリアは震える手でミカの頬をなで、潰れた眼から涙を流しながら「どうか、泣かないでくださいまし」と言い力尽き───ることはなく、そのまま自身の頑丈さを知ることになった。
ミカが立ち上がり、己が敵を打ち倒さんと気炎を上げていると、幾たびもの戦いで疲弊した様子の錠前サオリがミカを訪ねて来た。
「聖園ミカ。以前まで、私はお前のことを信じることが出来なかった。そのために、多くの血が流れた」
「そうだね。私も、あなたと同じ。誰かに植え付けられた憎しみを、その肩に背負ってた。私は、一緒に背負ってくれる人がいたから、少し冷静でいられたけど」
「同じ───か。ならば、例え私たちが変われず、全てが無意味であったとしても……私は、抗おう」
「うん。そうだね……私も、少しの間あなたの事を殺してやりたいとまで思ってた。でも、あなたの事を殺してしまったら、本当に私の居場所は無くなっちゃうから」
ミカとサオリは肩を並べ、ベアトリーチェの待つバシリカへと急ぐ。
その一方で、ベアトリーチェは憤怒の中にあった。
理由は一つ。ベアトリーチェの前で自身を睨みつけてくる先生の存在だ。
「貴様の入れ知恵か……!分からないのですか!?この儀式を止めれば、あなただけでなく、最大多数の人が得たかもしれない幸福が、消えて無くなってしまうのですよ!?」
「"……誰かを犠牲にして得た幸福なんて、そんなもの幸福とは呼ばない"」
「この偽善者が!なぜ分からないのです、少しの犠牲だけで全てが良くやるのですよ!?」
「"何を言っても、私はあなたに賛同しない。これで終わりだ、ベアトリーチェ。あなたは使命から逃れられやしない"」
ベアトリーチェは更に醜い怪物となり、先生に飛びかかる。しかしその横っ腹に雨のように榴弾が炸裂する。
怯んだ所に、正確無比な狙撃がベアトリーチェの額を撃ち抜く。慌ててベアトリーチェが聖徒会の聖女バルバラを召喚するも、すでに救出されていた秤アツコによって打倒される。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas.」
「ここから先は、通さないよ────」
形成不利を悟ったベアトリーチェが身を翻すと、そこには錠前サオリと聖園ミカというトリニティ内の「暴」全てがそこにいた。
二人は息を合わせて銃弾を放ち、ベアトリーチェは内側から抉れて怪物の姿を維持出来なくなる。
しかしそれでも、ベアトリーチェは諦めない。
ミメシスを用いた聖女バルバラの増殖。関数的に増える聖徒会。
その対応に追われ、遂には形勢を逆転されてしまった。
「ここは私に任せて☆錠前サオリ、背中は任せたよ」
「言われるまでもない」
ミカ達が聖徒会の対処に追われている最中、ベアトリーチェは最後の力を振り絞り、先生に相対する。
先生は懐から黒いカードを取り出そうとした───が、それは傷だらけの手によって止められた。
「"………キリア!?動いちゃ…それに目だって……"」
「片目だけ、集中的に治したんですのよ。ミカ様ほど硬くも、ツルギ先輩ほど早くもありませんが、これぐらい一般キヴォトス人なら出来ますわよ」
「"応急手当てはしたんだよね!?"」
「ええ。それに私は用意周到ですのよ。アリウス懲罰兵団の皆様から、医療ドローンを持ち込んでもらっていたのですわ。今までは私の座標が不明だったため治療出来ていませんでしたが」
キリアはそう言い終わるなり、ベアトリーチェに対してハンドガンで銃撃を始めた。
這々の態で防御体勢をとったベアトリーチェは、無様に転がる。
「がっ……あ…!ぐぐ……」
「"っ、キリア!それ以上は死んでしまう。止めるんだ。キリアに人殺しになって欲しくない"」
「では、先生にこの銃は預けますわ。撃つのなら、責任は私も取りますわ」
「"これは────こうしてしまおう"」
先生は素早い手つきで銃を分解し、どこかへ蹴飛ばす。それを死んだ目で眺めていたベアトリーチェは、表情を怒りの形相に変え、叫んだ。
「侮辱しているのですか!あなたは……!私など、殺す価値もないと!?」
「"……殺したくないよ。誰も"」
「ワタクシの事が許せないのでしょう!?なぜ、何故排除しないのです!愚かだ──愚かすぎる選択です!」
「"あなたは生き続けると良い。もうあなたのプライドはズタズタだ……下だと思っていた生徒に倒され、敵である私に情けをかけられた。あとの人生は悪い事をせず、人助けに使ってほしい"」
ベアトリーチェが屈辱に顔を歪ませていると、次元の狭間を縫い首のない紳士が後ろを向いた紳士の絵を持ってやってきた。
ゴルゴンダと、デカルコマニーである。
「マダム、貴女の敗北です。ここは一度退きましょう。先生にも同胞がご迷惑をおかけいたしました」
「そういうこったぁ!」
「それと、鴉魔キリア。『黒服』から伝言を預かっています。『一度アビドスにいらしてください』だそうです。確かに伝えましたよ。では」
そういうと、ゴルゴンダとデカルコマニーはベアトリーチェを抱えて再び次元の狭間に行ってしまった。
先生とキリアはその様子を見届けると、ミカとサオリのいるであろう戦場に向かった。
「ハァ……ハァ……!聖園ミカ、まだやれるな」
「あはは、はぁ…誰に、言ってるの?まだまだ元気なんだから」
ミカとサオリは気丈に振る舞っていたが、どう見ても二人の体力は限界だった。
ベアトリーチェの敗北により、増殖を止めたバルバラだが、それでもまだ数を多く残している。
そんな中、聖徒会の兵士たちが大きく吹き飛ばされ、消し飛んでいった。
「っ、何者だ!?」
「安心して。あの子は────味方。私の一番頼れる従者だよ」
土煙の中から、機械で出来た剣を持ち、もう片方の手にマシンガンを搭載した赤い流星が現れる。
やがて剣は光を放ちながら聖なるドリルに変化し、バルバラ達に狙いが定められる。
「遅いよ、キリアちゃん!」
「ミカ様、お待たせしましたわ!鴉魔キリア、只今をもって戦線復帰ですわ!そして御覧あれ!これが───キヴォトス最古の神秘!」
「"これこそが、邪悪を滅する神秘の剣!"」
「「"究極無限円心機動ドリル!インフィニット・ダブル!"(ですわ!)」」
二つの想いが一つになり、熱い鼓動が大地を揺らす。眩しい勇気が突き刺さり、バルバラ達を消滅させていく。
ミカは誇らしそうな顔をしながらその光景を見つめ、サオリは心底、これの完成後に敵対してなくて良かったと思った。
一瞬、キヴォトスの全員は夜が明けたかのように錯覚した。それほどまでに高度なエネルギーが空に響く。
たまたまその光景を目撃した者は、夜が奪われたのかと感じるほどであった。
「ミカ様っ!ご無事で!」
「さすがキリアちゃん。信じてたよ」
「"楽しかった……"」
その後、先生達は救助にかけつけたトリニティの全戦力と風紀委員会の手を借り、アリウス自治区から離れていった。
残されたアリウスの生徒達は、先生が去り際に放った一言、「自分の人生に責任を持つように」という言葉に悩みながら、それぞれの人生を歩んでいくことになる。
キリアは治療を医療ドローンに任せようとしてコッソリ逃げ出したが、いつになく怒った様子のヒナに捕らえられ、救護騎士団と救急医学部で共同経営している閉鎖病棟に閉じ込められることになった。
そして、二週間の時が流れ──────
「キリア!なんかお土産ない?」
「お姉ちゃん、キリアちゃんにいつもお土産たかるの恥ずかしいよ」
「アリス、チョコケーキが良いです!」
「わ、私はいちごタルトで……」
「お〜っほっほっほ!全部ありますから、お好きなものをお取りになられてくださいまし!」
キリアは、ゲーム開発部に入り浸っていた。
ひとまずエデン条約編は完結です。
次は時計仕掛けの花のパヴァーヌ編第二章に入ります
よろしくお願いします。