一般トリニティ生の流儀 作:セイアマン
鴉魔キリアと小鳥遊ホシノは私にとって、とても眩しい存在だった。
小鳥遊ホシノは2年前、彼女の大切な人を喪った。そんなことがあったと言うのに、小鳥遊ホシノは今だにアビドスの為に戦い続けている。
私にとって大切な人────先生が死んでしまったら、私は……きっと耐えられない。そんな想像もしたくない。
でも先生は、撃たれた。力の籠った一撃だった。死んでいてもおかしくない。いやだ。いやだ。いやだ。
鴉魔キリアは…私のことを「お友達」と呼んでくれた。助けるべき仲間として、私を受け入れてくれた。私のために怒ってくれた。
鴉魔キリアは少し前に、聖園ミカが起こしたという不祥事を背負ってもなお、政界で上手く立ち回って全部有耶無耶にした。
すごいバッシングがあったらしい。友達だと思ってた子からも石を投げられたらしい。
私なら人間不信になってもおかしくないのに、挫けずに立ち向かった。
そんな鴉魔キリアが私の事を「お友達」と呼んでくれたのに─────私は、彼女を裏切った。
逃げてしまった。彼女から、現実から、逃げて、逃げて、
「ごめん、なさい……」
ここには誰もいない。小鳥遊ホシノも、鴉魔キリアも、先生も。
だというのに、私の口は謝罪の言葉を紡ぎ続ける。
『続報です!有名配信者でありティーパーティーの鴉魔キリア氏が謎の軍隊によって拉致されたと報告が──────』
「ああ………嘘。嘘だ…嫌だ、そんなの…私が、戦ってたら。私が、私のせいで…」
後悔と罪悪感が喉元まで込み上げてくる。全部、全部私のせいだ。私のせいで先生は撃たれた。私のせいで友達は攫われた。私の…せいで………。
「"入るよ"」
ああ、どうやら私の精神も限界らしい。
この場にいるはずのない先生の声まで聞こえてきた。
先生の幻影は何を言うだろうか?裏切り者?人殺し?それとも失望した?なんでも良い、こんな私を罰してくれるなら、誰でも─────
「"ヒナに言わなくちゃいけない事があるんだ"」
「……………私は、もう戦えない。もう、立てない……私は、先生を、鴉魔キリアを裏切ってしまった」
「"………ヒナ"」
「もう嫌。こんな私が嫌!私だって先生と遊びたかった!私だって先生にもっと甘えたかった!私は───強くない。小鳥遊ホシノみたいには……なれない………」
「"今日はヒナに、お礼を言いにきたんだ。伝言も預かってるよ"」
「お礼…?」
「"そう、お礼。私を守ってくれてありがとう。今まで頑張ってくれてありがとう。だから、あとは任せて"」
「………………!」
「"ヒナ、水着パーティーをしよう!それに…補習授業も!"」
この言葉を、受け取っても良いのだろうか。
先生を守れず、鴉魔キリアとの約束を守れなかった私が、こんな温かい言葉を受け取っても良いのだろうか?
「別に私…成績は満点以外取った事ないけど…」
「"あはは、でもきっと楽しいよ"」
「………………………。」
「"それと、キリアからもモモトークで音声メッセージが届いてるよ。聞いて"」
「っ、鴉魔…キリアから………」
きゅっと目を瞑り、その言葉を待つ。
『ヒナさん、聞こえてお゛っ!りますでしょうがはっ!フーッ、フーッ…ひぐぅっ!?考えがちな貴女の事ですからあ゛っ!どうせ私に嫌われだはぁっ!と…思っているのではなぐふっ!?ハァ…ハァ────!
良いですか、ヒナさん!逃げたことに関しては、私は怒っておりません!むしろあの状況であれば逃げて当然だと思いますわ!それに、あれ以上ヒナさんが傷つくのは嫌ですもの。だからヒナさん────また遊びましょゴホォッ!』
何かに強い力で肉が殴打される音が流れたあと、音声メッセージは切れた。
破廉恥な意図は全く無さそうな苦悶の声と殴打音が混じっていたが、確かにそれは赦しの言葉だった。
先生も鴉魔キリアも、私のことを「風紀委員長」ではなく、ただの「空崎ヒナ」として見てくれている。
だったら、私も応えよう。
私はもう折れない。ただの一人でも、私を「私」として見てくれる人がいる限り。
──────────◆─────────
うう……ミカ様に腰を砕かれてしまいましたわ。
もちろん、額面通りの意味ですわよ。おかげで私は半身不随で全治三週間ですわ!
暫くは車椅子生活ですわね。こうなってはシャーレに遊びにも行けませんわ。
しかし私にはまだやる事がありますのよ。今だに乗っ取られた状態であるエデン条約機構を取り返さなくてはなりませんわ。
作戦開始まであと数分。ミレニアムから超特急便で取り寄せた最新式車椅子で今すぐに出撃しますわよ!
「キリアちゃん、行くんだね」
ミカ様。……私には、やらねばならない事がありますの。通してくださいませ、私は──────
「いいよ。行ってらっしゃい……どうせ私が止めたって、キリアちゃんは例え指の骨の一欠片になったって這っていくんだから」
ミカ様………!この御恩、必ず返しますわ!
「いいよ別に……ずっと私と一緒に居てくれればそれでいい」
ミカ様に見送られながら出撃しつつ、私の子飼いのスケバン達に連絡を飛ばし、這ってでも参戦できる者は参戦するように伝え、私はジェット噴射付き車椅子で事件現場──古聖堂まで辿り着きましたわ。
雨が降っていて傷口が痛みますが、そこを押してたどり着いた先では阿慈谷ヒフミさんが敵に大見得を切って立ち上がらんとしている瞬間に立ち会いましたわ。
「───まだまだ続けていくんです!
私達の物語………
ヒフミさんがその手を天に突き上げた時、雨は止み、雲は晴れ渡り、辺り一面に陽の光が私たちを祝福するように包み込みましたわ。
ピンチかと思って駆けつけてみれば勝ちムードですわね。勝ちましたわ!ガハハ。
などと笑ってはいられませんわ。追撃しますのよ追撃!
「これは───奇跡?」
「奇跡なんて存在しない!この世界はどこまで行っても、空虚だ!その甘ったるい
「やめましょうよリーダー……これ、完全に負け犬ムードですって…一番厄介な人も来ちゃいましたし…」
車椅子だからと侮ってはいけませんわ!9mmサブマシンガンを搭載してますのよ!
怪我人部隊、偽装解除!浴びせてやりなさいな、松葉杖マシンガンを!
「ヒャッハァ!実際骨は折れてるけどよォ〜っ!」
銃弾の雨をサオリに浴びせて少しでも手傷を与えますわ。先生やヒフミさんの活躍のおかげでどうやらガスマスクのハイレグ兵は出てこないようですわ。
出てきても、その残滓のような弱いカケラだけですので手負の私でも対象可能ですわね。
「アリウス懲罰兵団、支援する!」
あら、これはこれは…!共演者の皆様方!ご機嫌麗しゅうございますわ!
まさか戦友にまでなれるとは、感激ですわね。
「まだ味方するとは言ってないんだが……まぁ良い!錠前サオリ、年貢の納め時だぞ!」
「年貢って何?」
「知らないよ!キリアさんに聞いてくれ!」
「くっ…!やむを得ない、撤退だ!」
流石に数的有利に加えて裏切りまで受ければ、歴戦の猛者であるサオリでもどうにもなりませんわね。
先生と白洲アズサさんが追いかけていきましたわ。あの二人であれば大丈夫でしょう。
「っ!?先生とアズサちゃんがいません!一体どこに…」
「大丈夫よ!あの二人なら、きっとすぐに帰ってくる!」
「コハルちゃん…」
さて。そろそろ勝鬨を挙げてもよい頃合いですわね。
さあ皆様!お声を拝借。うおおお──────なんですの?あら、あなたは…ヒナさん!
「鴉魔キリア。その……身体はもう大丈夫なの?」
勿論万全…ではありませんわね。見ての通り半身不随の重体ですわ。
ですが私の身体のことなどどうでも良くはありませんか!勝利ですわよ!
「やっぱり……私のせいで。ごめんなさい…」
何を謝る事があるのです?ヒナさんの事はもう許していますし、それにこの怪我は殆ど拉致とは無関係……とも言い難いですわね。
ですが、ヒナさんのせいではありませんわ。
「そう……なら、またゲヘナに来た時にはいつも通り対処する」
ええ。ぜひそうなさってくださいな。
私もド派手な演出でヒナさんを驚かせてみせますわよ!
ですがその前に、私たちはやるべき事がありますのよ。
「…………たとえどんな難敵が現れても、私はもう逃げない。相手の規模は?」
敵は────すでにトリニティ内に潜んでいますわ。そして数多くの生徒を誘惑せんと今か今かとその時を待っていますわ。
そう、敵の正体とは──────!
「(ごくり)」
私たちを待ち受ける、トリニティのコック達による立食パーティーですわ!
凄いんですのよ、8つ星シェフ「黒葦三次郎」様によるフルコースの品々!それを作るのは一流シェフにして料理学校の生徒会長「酉戸コマツ」さんですわ!
どうです、聞いただけでお腹が減ってくるでしょう?
「ごめん、そういった情報には詳しくなくて。それに料理学校って美食研究会が総力を挙げて念入りに潰した所じゃなかったっけ」
ええ。彼女たちがゲヘナへの編入を拒んだ為に私の管轄に置いておきましたわ。一言話しただけでコロリと……今は政治の話はやめましょうか。
とにかく、豪勢な食事を用意してますので是非お越しくださいな。
私はヒナさんを「お友達」として歓迎しますわ!
「………うん。行くよ。お友達の招待だから」
本当ですのっ!?嬉しいですわ!
私たちで先生とアズサさんの還りを待ちつつ、楽しくお出迎えの用意でもして待っていましょうか、ヒナさん!
「いい案だね。やろう」
──────────◆─────────
先生がゲマトリア【マエストロ】との勝負に勝ち、アリウススクワッドはそのまま暗闇の中へと消えていった。
アズサと先生が疲労困憊で元いた古聖堂跡地に出ると、大勢の生徒が二人を囲み、胴上げをしてトリニティ内のとある場所へ連れていく。
「くっ…新手か!?」
「"アズサ、これは多分────"」
大きな扉が開かれ、二人はゆっくりと降ろされる。そこに広がっていた光景は、二人の頬を緩ませるに足るものであった。
『おかえり、先生!アズサちゃん!』
そう書かれた垂れ幕が堂々とライトアップされ、次々と生徒達が二人に抱きつく。
彼女たちは口々に先生とアズサを労う言葉をかけ、二人の特等席に案内した。
そこに座っていたのは、補習授業部のメンバーだった。
「うう……おかえりなさいっ!アズサちゃんんんっ!」
「ヒフミ…!うん、ただいまっ!」
「ちょっと!私もアズサにおかえりを言いたいんだけど!?」
「うふふ♪私も混ぜてくださーい!」
先生はその光景を満面の笑みで眺めていると、ヒナが先生の裾を少しだけ掴んで、蚊の鳴くような小さな声で「ちょっと来て」とだけ伝えた。
先生はヒナの後についていくと、そこは美しい星達が見えるバルコニーだった。
「先生。今回は……その、ありがとう。先生のおかげで全部上手くいったから、そのお礼をしたくて」
「"いいや、違うよ。この結果は…皆の頑張りで得たものだよ。ヒナにナギサ、ヒフミにアズサにコハルにハナコ。ツルギやハスミ、キリアとその仲間たち。それ以外にもたくさんの生徒が協力してくれた"」
「私は別に何も………今回の件で一番あちこちを走り回っていたのはどちらかと言えば鴉魔キリアの方だし。先生だって忙しそうに…」
「"私は、ただ皆の手伝いをしただけだよ。"」
このままではイタチごっこだな、とヒナは感じそれ以上の追及を諦めた。
先生とヒナが会場に戻ると、ヒナの肘をキリアがつついてニヤニヤと笑っていた。その意図を察したヒナが顔を真っ赤にしてキリアの車椅子を蹴り上げる。
「私はっ!そんな破廉恥な事はしない!」
「おーっほっほっほ!パーティー用の投げパイの精度は低いようですわぶへ」
3WAY弾となったパイがキリアを捉え、その顔面にクリームが炸裂する。負けじとピーナッツを散弾のように撒き散らし応戦するキリアを見て、先生も茶目っ気を出して参戦した。
「先生!その謎バリアをおやめになられてくださいまし!ピーナッツの軌道が歪むのはおかしいんですのよ!」
「"大人はずるいからね!"」
「ずるいというよりセコいですわ!フェアプレーをですね……!」
「空飛ぶ車椅子で立体機動しながらピーナッツばら撒いてる人の発言?」
その遊びはやがて被弾したツルギを筆頭に発展し、最終的には事の発端であるヒナとキリアが全方位からパイを投げられ、白濁に染まったことで幕を閉じた。
宴は結局明け方まで行われ、その跡には雑魚寝をする生徒たちがパイに塗れながら寝息を立てていたのだった。
ミレニアム製特別車椅子『GAWAIN』
製作者:白石ウタハ
発案者:明星ヒマリ
プログラム:ヴェリタス
受注者:鴉魔キリア
足が不自由な者でも高速立体機動も可能にしたミレニアムの叡智が集結した超高性能車椅子。サブマシンガンが二丁備え付けられており、銃撃戦が必須なキヴォトスでも安全に暮らす事を可能にしている。
また、ジェットエンジンと反トルクを活用した飛行法により安定した飛行も可能になっている。