今回は視点が変わります。
『どうしたの璃亞?…あら、凄いわね。流石私の子供だわ』
──────これは7歳の時だ。初めてのテストで満点を取ったんだった。
1年前のあの日からお母さんは変わってしまった。そんなお母さんに少しでも喜んでもらいたかったんだ。
…解答用紙を見て褒めてくれたんだ。普段家に居ないお母さん私を見てくれたようで嬉しかった。
こうやって頑張れば褒めてくれるって分かって頑張ろうと思ったんだ。
でも、お母さんは何だか嬉しそうには見えなかったんだ。
『ただいま。………ごめんなさいね、お母さん次の仕事の準備をしないといけないから今は無理なの。朝までには書いておくからちょっと待っててね?』
──────これは10歳の時だ。遠足のための保護者のサインが欲しかったんだ。
家族以外との外出は初めてだったから楽しみにしてた。どんな事があるんだろうってお母さんと話したかったんだ。
用紙を手に取ったらすぐに次の仕事の台本に目が移っていった。お母さんは凄い女優なんだから仕方ないって分かってた。
…仕方ないって分かってても寂しかった。
いつからかは覚えてないけど、お母さんの瞳には私の姿は映ってない気がしていた。
『「ヒーローを目指す」って……そう、分かったわ。応援はするわ………無茶はしないでよね』
──────これは絮吏儕に入ってすぐの頃だ。“将来の夢について”なんて課題が出たから良いキッカケだと思ってお母さんに宣言した。
自分からヒーローの事を話すなんてことは無かったし、そもそもその機会も無かったからお母さんは驚いてた。
驚いてはいたけど別に却下されるようなことは無かった。
娘にどうなってほしいと考えてたかは分からない。もしかしたら同じ女優を目指してほしかったかもしれない。
…たとえ止めろって言われようと無視してたのは、自覚してたのは何故だろうか。
『…改まってごめんね、伝えたかったことがあるの。……お父さんと縒りを戻すことを決めたの。半年前からあの人と話してたのだけど────────────』
──────これは最近だ。久し振りにちゃんと話した時にお母さんが打ち明けた。
前お父さんが電話してきた時に嬉しそうに話してたのはこれが原因だったのかって話を聞く内に気付いた。
約8年、離れ離れだった2人が帰ってくる事に感慨深い気持ちになる………とはなれなかった。
こんなに長く2人で過ごしてきたのに、昔は構ってもらいたかったのに。
どんな時よりも嬉々として話すお母さんが、ずっと心に引っ掛かってたんだ。
──────お母さんもお父さんも、嫌いに思ったことは一度も無い。
お母さんはずっと私に優しかったし、理不尽に怒ることも全く無かった。小さかった頃は2人で外に遊びに行ったり、手が空いているときはドラマの現場とかにも連れていってくれた。
その場で演技をする姿を見た時はいつも感動していた。当時は作品の内容とか難しい事は分からなかったけれど、何にだって美しく表現する演技は幼い私には憧れの姿だった。
お父さんもそうだ。6歳の時は納得いかなかったけれど今になればわかる、同じ俳優のお母さんに憂き目を覚えていたのだろう。
離婚して仕事も上手くいってなかったのに私と話す時は心温かく接してくれた。会う回数こそ少なかっものの、少ない会話の中で普段の生活とか学校の様子とか親身に聞こうとしてくれた。
そんなお父さんの会社が成功したと聞いた時は素直に嬉しかった。
…でも、何でだろう。いつになっても“違和感”が抜けない。
私が間違っているのだろうか。いつの日か描いた理想が現実になる筈なのに納得がいっていない私にいつも嫌気が差す。
だって、昔の私はあんなに─────────────────
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「じゃあ2人とも、私に合わせてね………せーのっ
「「雄英高校、推薦入試合格おめでとう!」」」
「みんな……ありがとう」
乾杯の音頭を菟希ちゃんが取って“璃亞さん合格おめでとう会(菟希ちゃん命名)”が始まった。
目の前にはあの日と同じくらいの豪勢な料理、ここに居る4人だけじゃ食べきれないくらいに並べられている。
中には過去に私が好物だって答えた料理も用意してくれている。結構前、それも一度だけしか話していない事を覚えてくれていたと思うと何だか食べる前に嬉しくなってしまう。
「やっぱ流石璃亞さんだよね!まあ私は何の心配もしてなかったけどね?お兄ちゃんなんて璃亞さんが電話する1時間前からずっとソワソワして───────
「それは菟希の方だろ。そのせいで今日のキッシュ少し焦がしてたじゃないか」
───も、もー言わないでよ!!いや璃亞さん、信じてたのは嘘じゃないからね?ホントだよ!?」
「ふふっ、分かってるわよ。ん!このキッシュ美味しいわよ?」
「そう!?良かった~…これとこれも私が作ったんだ!お母さんには及ばないけど自信作だよ!!」
そう言って指さした料理は小学6年生が作るには見事過ぎるモノだ。私も料理はする方だけど年齢を考慮すれば比べるのも失礼な出来だ。
来た日はほぼ毎回と言ってもいいぐらいには試食してる私としては、何故か誇らしい気持ちだって湧いてくる。
「それで……改めて試験はどうだったかしら?私も今日は少し緊張してたの。…勿論私も信じてたけどね」
「飛威炉と対策してた通りの内容でした。筆記は問題無かったですし面接は落ち着いて取り組めました、実技の方は………正直な気持ち、自信はそこまででした」
「どんな内容だったっけ?」
「障害物ありの3㎞マラソン、『個性』を駆使してタイムを競うモノだったわ」
「うぇ~私だったら『個性』使う前にへばっちゃいそう……でも確か1位だったんだよね?」
「女子の方ではね。ああいうのは初めてであの時はすごい緊張してたし………走り切った後は生きた心地がしなかったわ」
朱寧さんに尋ねられてあの日の事を思い出す。今日の本題だって言うのに言われるまで自分で話さなかったあたり、嘘じゃなく自信が無かったのを自覚する。
夏休みに飛威炉が提案してくれた日から、私が推薦入試を合格できるようになる為の特訓の日々が始まった。
勉強も面接も、対策はその日までの習慣を続けていれば合格に足り得るモノではあったが問題は実技試験。推薦入試の内容は例年ほぼ同じ内容ではあるから対策するのは容易ではあるが、実技に関しては知っていれば楽勝とは言えないレベルだった。
戦闘用ロボが行く手を塞ぎ、崖みたいな場所もあれば暴風が吹く場所もあるコースを走り抜けるマラソンなんて……飛威炉に教わらなかった世界線の私では到底クリアできない試験だ。
距離の方は日々の『個性練』もあって苦にはならないけど私の“流体金属”は移動向きの『個性』ではない誰が見ても明らかだ。スピードを競うモノに自信なんて持てる訳が無かった。
実際、推薦入試に挑戦できる程の実力者でも制限時間に間に合わない場合もざらであった。男子の部が先に始まって苦戦する人が続出するのを見て余計緊張してしまったのだけれど───────
『飛威炉だったら今回の試験、どれぐらいのタイムで完走できそう?一応参考にさせてもらうわ』
『俺か?……まあ…5分切るぐらいじゃないか?俺の場合足場が悪いコースとかは関係ないしな』
『…聞かなかったら良かったかも』
『いや璃亞なら心配ないだろ。いつも通りやれば楽勝だ』
『何で…そんなに言い切れるの?私の力じゃ
『だって誰よりも頑張っただろ?俺の言葉よりもまず自分の努力信じろよ、そうすれば大丈夫だろ』
───────…うん、分かったわ』
…飛威炉のぶっきらぼうでいて、迷いの無い言葉を思い出して自信を取り戻せた。
それに、男子の部の計測が終わって飛威炉が言った記録に近い時間を残す人も居たけどそれを超える人は居なかった。
結局飛威炉が予測で言ったタイムでしかないけど今までの彼の凄さを知っている私には、それが間違いではないと思わせてくれた。そして……あんな凄い人に教わったんだって思ったら、自分の事も信じれるような気がした。
「…どれもこれも飛威炉のおかげです。1年前に会わなかったらと思ったらゾッとします」
「その言い方はやめてくれよ、全部璃亞の実力の賜物だ」
「そうよ。飛威炉だって迷惑かけてばかりだったでしょ?夏休みに謹慎処分をもらって璃亞ちゃんに迷惑かけたじゃない」
「そーだそーだ!そのせいで私の友達誘ってプール行く予定も無くしたんだよ!お兄ちゃんはちゃんと反省してよね?」
「分かってるって、しっかりと反省してる」
「…どうかしら。あれ以降も未遂は何個もあったじゃない」
「……まあな」
夏休みの一件を言われて飛威炉がばつが悪そうな様子を見て思わず笑みを零してしまう。普段唯我独尊で自信満々の彼が菟希ちゃんや朱寧さんに弄られてしおらしくなってるのが私のツボかもしれない。
まあ…あの件に関しては今でも結構恨んでるところがある。身の周りの人が事件に巻き込まれるのは初めて、いや勝手に首突っ込んで当人は何も分かってないけど命の危険を冒してたって事を理解してほしい。ネット上では『流石“ドクターヒーロー”の息子!!』なんて持て囃されてるけど……もっと自分を大切にしてほしい。
自己犠牲はヒーローの本分、なんて言うけど飛威炉にそうしてほしいとは思いたくなかった。
───────…そんな飛威炉だけど、私は本当に感謝している。
口では私のおかげって言ってくれてるけど、絶対にそんな事ないって間違いなく言い切れる。少なくとも飛威炉と出会ってなかったらあの時の私のまま、無気力に人生を無駄にしていたと簡単に想像できる。
こうやって心身ともに成長させてくれて、天蟲家のみんなみたいな優しい方々に巡り合えて……ホントに充実した1年と少しだった。
「でもこんな大切な日に久悟が来れなくてごめんなさいね?本当は来る予定だったけど急用で無理になってしまったのは残念だわ」
「いえ全然!久悟さんが忙しいのは分かってるので」
「お父さんも謝ってたよ?『璃亞さんに申し訳ない、次は直接祝いと感謝がしたい』ってね、何かお父さんらしいけど」
「そうなの。そして…そんなお父さんからの璃亞ちゃんへのプレゼントもあるの」
「え、いやそんな恐れ多い……」
「何言ってんの璃亞さん!なんにもおかしくないんだから素直に受け取っていいの!それにこの後私からもン゛!…な、何かあるかもね~……」
「…今更誤魔化しても遅いだろ、それに璃亞が家に来た時に顔にクリームついてたの多分気付いてたぞ?」
「ちょっ、それホント!?だったら行ってよー………」
確かに気付いてたけどまさか私へのモノだったとは思ってはいなかった。サプライズにしようと考えてた贈り物を自分でバラしそうになるおっちょこちょいなところはやっぱり可愛らしいなって思ってしまう。
それに加えて久悟さんからもプレゼントがあるとは……本当、なんて優しい人たちなんだろう。
私なんて、何もみんなにしてあげられてないのに。
推薦合格できたのも飛威炉の助けがあったから、菟希ちゃんが姉妹のように接してくれたから、朱寧さんと久悟さんが快く家に迎えてくれたから…………
…数えきれないぐらいの感謝したい理由がある。なのに何で、何でそんなに───────────
「璃亞さんと出会って私に紹介してくれた事、そこにはお兄ちゃんに感謝してるかな!」
「なんだ“そこには”って。結構いろんな事してきたじゃないか」
「お兄ちゃんには私の学校とかでも迷惑かけられてるからそれで帳消しなの!最近も他クラスの子にお兄ちゃん紹介してって言われたんだよ!私の兄は思ってるような良い人じゃありませんって言っても中々引き下がってくれないしこっちも迷惑してんの!」
「それは飛威炉が悪いわね。ゴホッ……変にインターネットで有名になるんだったらちゃんと家族に迷惑かけないようにしなさい」
「俺じゃどうしようもない話だろ!…雄英入ったらもっと増えるかもな」
「何その他人事みたいな言い方!?ねえ璃亞さんからも言っ
…………どうしたの璃亞さん!?」
「!?…………どうしたんだ?」
「!…何かあったの?」
───────え?どうしたのみんな?私は何も………あれ?何この水……
「…なんで泣い………いやな、何でもなくて……」
「何でもなくないよ!!私何か嫌な事言っちゃったかな!?ホントごめ…
「落ち着けって菟希……そんなんじゃないだろ?璃亞」
─────そうだ、嫌なんて思うわけない。
───頬に感じた涙に理解が追い付かなかっただけなの、この涙は………
「嬉しかったの、こんな私に優しくしてくれて……」
「お母さん達と…仲良く出来なくて……変な意地張っちゃって…」
「お母さん達は何もわ、悪くないのに………私が迷惑な子なのに…」
「ごめん、なさい……折角のご飯の時に…すぐやめるから……」
…何で止まらないの。
…嬉しいんじゃないの?
…じゃあ何で泣き続けてるの??
……不安をかけちゃ駄目だ、トイレにでも行って早く落ち着かないと───────
「璃亞!」
…離してよ飛威炉。あなたには見せたくないの、こんな姿。
「璃亞は凄いよ。…辛い事、言いたい事、子供の頃からずっと溜め込んで。それでも文句も言わずに頑張ってきて、今じゃ雄英合格だ。璃亞がどんなに言おうと言ってやる、これは全て璃亞の頑張りだよ」
「……っ!でもっ…」
「…ここから離れなくていい。言いたかった事、いくらだって聞いてやる。だから───────
──────…泣いたって、いいんだ」
「……飛威炉ぉ…うぅ………っ!」
…気付いた時には飛威炉の胸の内で泣いていた。誰かに抱き着くなんて何年ぶりだっただろう。
恥も捨てて咽び泣く私は何処かで、心地良い鼓動と…彼の力の源の温かさを感じていた。
あの後、私は泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。
目覚めた時にはもう朝になっていて、枕の横には菟希ちゃんが愛らしい寝息を立てていた。
まだその時は寝惚けていて理解するのが遅れたが、私の手を握ってくれている彼女を見て昨日の夜からずっと私の事を心配してくれていたんだと分かった。
菟希ちゃんを起こさないように部屋を出て洗面台を借りようと向かっていると、日課のトレーニングを終えてシャワーを浴びていたであろう飛威炉とばったり会った。
…起きたばかりで何も整えてない顔の事とか、全裸ではなかったけれど見慣れてない彼の上裸姿や、そして…昨日の事とか、恥ずかしい感情で頭がパニックになって………彼の気遣う言葉を無視して、さっきまで居た部屋に逃げ帰ってしまった。
その後に起きた菟希ちゃんにどうしたの?って心配されて余計恥ずかしくなったけど。
少し経って皆が目覚めて、昨日居なかった久悟さんも一緒に朝ご飯を食べることに。
テーブルに乗っているのは昨日食べていた料理の残りと、本来昨日食べる筈だった菟希ちゃん特製のホールケーキ。
この家で初めて食べる朝ご飯、そしてフルーツとクリームたっぷりの純白のケーキは……
………とても美味しくて、幸せな気持ちで心が一杯にさせてくれた。