「じゃあ……行ってくる」
「いってらっしゃい、飛威炉。…ゴホッゴホッ……気を付けてね」
「待って待って私も出るからー!!…ちょっと、置いてこうとしないでよねもー!」
「いや忘れちゃいないぞ、同じ日に入学式あるんだから準備もあるだろうしな……だってさっき持ってたカバン置いてってるし」
「あ!ホントだ!?取ってくるからもう少し待っててー!………」
「忙しねえなアイツ……家政婦さん、母さんをよろしくお願いします」
「了解です。…飛威炉様は何時になったら私の事を名前でお呼びしてくれるのでしょうか?」
「え、このタイミングで?いや、あの…昔からの感覚が抜けなくて」
「…もう聞き飽きたよそのセリフー!ねえ明依子さん?」
「じゃあ…飛威炉は新生活も始まるのだからこういうとこも変えていきましょ?だからちゃんと皆に挨拶して出てね」
「分かったって………行ってきます、母さん、明依子さん」
「いってきまーす!!」
「いってらっしゃい…2人とも」「お気を付けて」
母さんと家政婦さん……いや明依子さんに見送られて家を後にする。明依子さんとの付き合いも軽く5年以上の期間になるから幼い頃の感覚が今も尚引き継いでしまっていたから、変なタイミングだったけど良い機会になったと思う。
今日は初めての登校日、試験以来の雄英である。高校生活の1日目となると入学式や新学級……目新しい事ばかりある特別な日ではある。晴れ舞台を迎えるこの日を3人で迎えられたのを、本当に良かったとしみじみと考えてしまう。
「…良かったよ、菟希が絮吏儕に受かって。最初の頃は心配ばかりしてたんだがな」
「自分で言うのも可笑しいけどホントだね~…もしダメだったら2人と一緒に登校とか惨めで辛くなっちゃいそうだよー……。これも璃亞さんのおかげだね!」
「俺はどうしたよ?」
「ちょっとだけ助かったよ、でも80%は璃亞さんの力なの!」
「ま、別にいいけど……おっ噂をすれば、だな」
「あ!璃亞さーーん!おはよー!」
丁度名前を挙げた時に玄関から出てくる璃亞の姿を見つけた。初めて見る雄英の制服を身に纏い2週間前から住み始めたまだ目新しい彼女の住居を見ると、新生活ってモノへの実感が湧いてくる。
絮吏儕を卒業してすぐ、彼女が宣言したように一人暮らしを始めた。実家から徒歩5分で俺の家からも近い場所にある一軒家に住むようになり、“独り立ち”の第一歩を踏み出したのだ。
一軒家の方は実家程の大きさではないモノの一般家庭が暮らしても問題無いくらいには広汎ではあるので、そこは有名女優の親としての娘への心配が表れているように感じる。
普通の学生じゃあバイトとかでは半年も暮らせなさそうだが、雄英からの奨学金もあって家賃の方は実家に支払うことが出来てるそうだ。引っ越して何度か訪問した事があるが、彼女らしいと言うべきか、もう既に整理整頓されていて美容にも気を遣う彼女の生活感にも溢れていた。
「おはよう2人とも……どうかしらこの制服?」
「似合ってるよ!璃亞さんなら何着ても似合うけどねー、ほら!お兄ちゃんも言ってあげて?」
「ああ…良いんじゃないか、似合ってる」
「ふふっありがと♪じゃあ行きましょうか」
「え、あ、うん!で、でもなあ~…この道行ったらもうすぐ別れることになっちゃうしなー……」
「駄々こねてもどうせすぐ着くだろ?」
「ほらそう意地悪言うー!学校で友達出来るかなって心配なの!ホント妹心が分かんないよね~!」
「まあまあ…意地悪なお兄さんは置いておいて、時間もあるんだしゆっくり行きましょ?」
「そうだね璃亞さん!あのね、入学式が始まるまでどれくらい………」
…はいはい、どうせ俺はろくでなしの兄貴ですよ……ってか何をそんなに心配しているんだろうか。菟希の明るく社交的なコミュニケーション能力なら、俺と違って問題無く青春を謳歌できるだろうに。
まあ、この俺の評価を伝えてどう思うかは知らんが………俺の横で仲睦まじく話す2人の姿を見て、水を差すのは悪いなと心の内で留めておいた。
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「…そういえば、なんだが」
「どうしたの?初めてのクラスに緊張でもしてるのかしら?」
「…中1の頃に入学式で新入生代表挨拶やったんだが雄英でもやるんかな?」
「知らないわよ、飛威炉と違って私やった事ないし。学校から予定を聞かされてないの?」
「それが何も無いんだよな。絮吏儕の時は早い段階でそういう通知が来てたけど、ここ最近来た連絡と言えばクラスの場所と被服控除の事ぐらいだろ?」
「じゃあ…アドリブでやれって事じゃない?雄英の売りは“自由”な訳だし」
「えー…まあいいか」
雄英に登校してるんだろうなって学生が通行路に増えてきたあたりでふと思い出した。
この質問をするとまるで俺が入学試験成績No.1を自覚してるみたいに聞こえるが、校長直々に言ってたんだから間違ってはないだろう。あと、やりがってるみたいにも聞こえるがアレ長ったらしいし一々内容考えないといけないから面倒くさいと思ってるのが本音だ。
挨拶があるかどうか分からないまま入学式に臨むのも少し気が引けるが……逆にアドリブなら堅苦しい部分を切り捨てても文句は言われなさそうだし、その方が良いかもな。
「璃亞はどうなんだ?」
「どうって何が?」
「緊張だよ、そっちの方はどうなんだって」
「……少しだけ。昔だったらあまり興奮も緊張も無かったんだけどね、実のところ飛威炉と同じクラスでホッとしてるわ」
「そりゃ良かった。1-A…か、誰が担任なんだろうな」
雄英高校ヒーロー科は担任を実力の知れたヒーローが引き受けるので有名だ。入学試験で試験監督してたプレゼントマイクとか夏のイベントで壇上に居たミッドナイトなど、ここ最近見かけた人達も対象である為、もしかしたら初対面にならない可能性だってある。
まあその話で言うと、1つ懸念点があるのだが……1回その考えは忘れておこう。
話してる内にもう校舎の中へ入っているが、一度来ている以上ここではそこまでの感動は無い。後は指示された通りのクラスへと向かうだけだが…3年ぶりの感覚を思い出す。
「……3年ぶりって思ったけど、ちょっと違ってたな…」
「…どうかしたの?」
「いや気にすんな。ほら着いたぞ、1-A」
「何だかんだあって遅めに来たからもうほとんど来てそうね」
「そうだな……じゃあ入るか」
部屋の前で立ち尽くしても世話無いのでさっさと人が開けるには大きすぎるこのドアを開く。
教室の中は中学時代と比べれば少ない勉強机と俺ら以外のクラスメイトで構成されている。ヒーロー科は一般入試定員36名と推薦組4名の他の高校と比較しても少ない人数を2クラスに分けているので、いざ目の前にすると何処か違和感を覚えてしまう。
皆初対面であるせいか、何人かが立ち話をしているだけで多くが席についていて物静かな空気感が広がっていたが……入室してきた俺らに視線が集まるのを感じる。
「席は……だいぶ離れたな、名前順だから仕方ないか」
「そうね。チャイムもそろそろ鳴りそうだし………名残惜しいけど、また後でね」
「ああ」
璃亞の席は黒板から見て一番左の列の後ろの方、対して俺の席は一番右の最前列。俺の場合は“天蟲”の苗字のおかげで大体この位置に決まるのは分かっていたが、同じクラスと言えどこの距離離れると璃亞と授業間で話すには難しいと言えよう。
まあどうしようもない事をここで考えても意味は無いので扉にも近かった自分の席にさっさと座ろうか。
「(予定で言えば入学式まで……「あ!!」───────ん?」
「あの時の人じゃん!?やっぱり受かってたんだ!!」
「…どうされました?」
「余所余所しぃ!初対面じゃないじゃん!試験の時に助けてもらったんだよー?」
「試験?………ああ、あの時の人か」
椅子に手をかけた瞬間に席の後ろの女子が虫でも見つけたみたいな大声を言い洩らした。
話を聞くと過去に会ったらしいが………頭の中で彼女の足跡を辿っていると、彼女の口から出た“試験”のワードと金髪のボブカットが記憶を想起させた。
超大型仮想敵倒す前に助けた女子だったな確か。会場で見かけた人も居るかもしれないと思ってはいたがここで会うとはな。
「薄々気付いてたけどあの時の人がかの有名な天蟲飛威炉くんだったとはね!…あ!まだ名前言ってなかったね、ウチの名前は稲生雷咲だよ。ヨロシクね!」
「ああ、宜しく………、かの有名なってそんな大袈裟な。同じ雄英高校1年生だろ?」
「ウチが中2の時から知ってるんだよ?そりゃ有名人でしょ!友達も雄英入れば飛威炉くんに会えるって盛り上がってたんだ―、ウチの学校じゃファンクラブだってあったよ?」
「本当かそれ?…期待してる程の人間じゃないからな俺は」
「謙遜しちゃって~、でもあのでっかいの倒したのってホントなんでしょ?」
「まあな」
「ヤバー!凄いじゃん!」
フランクに話す稲生の様子を見てると今の時代じゃ死語にもなる“ギャル”ってこんな感じなんだなって考えてしまう。
絮吏儕では一応真面目な校風も相まってインテリタイプも多かったからか、身の周りでこういうタイプは少なかったのを今になって感じる。…まあ金持ちの跡取りも多いせいで変な奴も居たけど。
どっちかって言うと菟希も話口調とかは近いけど雰囲気とかは少し違う。派手やかで陽気なトコロは自分でも分かるくらい俺とは正反対だと言える。
「武勇伝だっていくつも知ってるし……そういえばさっき一緒に来てた子って友達?それとも…彼女?!やっぱ飛威炉くんレベルだったら登校初日で彼女出来ちゃう感じ?」
「違うって、璃亞は中学校からの同級生だ」
「へーあんなモデルみたいな子なかなか見ないよね!そのりあちゃんとも話してみたいな~、あの綺麗な髪はどうやって───────────
「……そろそろ担任の先生が来ますので静かにしてもらってよろしくて?」
…うわぁおメンゴメンゴ、じゃ後でまた話そうね飛威炉くん!」
話している内に稲生の後ろの女子に注意されてしまった。確かにそろそろ来そうな時間帯だし、このまま私語を注意されてクラス内の空気を悪くするのも良くない。
…俺がクラスに入る前から教室内がピリついているような気もするが。いくら最初の学校とは言えここまで緊張感が走るモノだったとは思っていなかったな。
席を向き直して担任を待ってみるが………会話が無くなって静かになったこの1-Aと比べると、廊下から聞こえてくる隣の1-Bや他学級の盛り上がりが一層際立つ。勿論外の方が間違っているのではなくて、静寂に包まれたこの教室が異質なのだろう。
俺がこの空気感が嫌だって言いたい訳じゃないが疑問が頭に浮かんでしまう。わざわざ黙ってる理由は何だ?……その答えを導くのはそう簡単ではないが、個人的にはその解答は望ましくない。何故ならば─────────────
───────────ギィッ
「ん………及第点ってとこだ、君たちは一応合理的な事は出来るようだな」
「(……やはり、そうだったか…)」
「担任の相澤消太だ、よろしく」
この空気を切り裂いたのは黒スウェットを身に纏った“あの”ヒーローだった。
扉を開けて早々放った言葉が『及第点』ってのが印象最悪だが、俺にとってはそこはそんなに重要ではない。
マジかー…。担任は事前に通達されず直前に決まるってホームページにもあったからその可能性もあるかもって分かってはいたが……イレイザーヘッドが教壇に立つとは個人的には気に病みそうな状況だ。
国内でもある程度名の知れたヒーローなのにメディア嫌いや無愛想な性格の方が有名になっているからこその緊張感だったと思っているが、まず重要なのは俺の事を覚えているか、だ。「記憶に無い」とか「興味ない」とか言ってくれれば何も問題無いのだが………
「早速だが体操服着てグラウンドに出ろ。更衣室は教室出て右手の階段を降りてすぐだ、さっさと準備しろ」
「「「「……………え?」」」」
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間は無い。時間は有限だ」
…正に“自由”が校風って訳か。教育システムすら無視するとは、常軌を逸していると言えるな。
言われるがままにグラウンドへ向かうしかないが、クラスを見渡せば素直に従って教室を後にする者も居れば困惑して席から離れられていない者も居る。…後者のようになるのも無理も無い。
グラウンド行けって言われても…何するんだろうな。あの口振りじゃ入学にまつわるモノでもなさそうだが───────────
「おいお前」
「……俺の事でしょうか?」
「お前みたいな後先考えないで正義感押し付ける人間には釘を刺しておく。…俺の前での勝手な行動は退学に直結すると考えておけ」
「…ご忠告感謝します。肝に銘じておきますよ」
「分かったなら早く出てけ」
……8ヶ月ぶりだな、あの威圧感。
俺の希望的観測を一瞬にして否定する、あの眼差しと言圧。今の会話だけで少なくともこの1年間は生半可な学校生活は送れない事を未来視出来た気がする。
教室を出ると階段前の壁に璃亞が寄りかかっていた。もう更衣室に向かっていると思っていたが俺の事待ってたのか。イレイザーヘッド目線での俺の印象が最悪なのを知っているからこそ心配してくれたのかもしれないけど、その気遣いが命取りになる可能性もあるぞ。
「どうしたんだ璃亞……別に何も無かったぞ、さっきは」
「そう。飛威炉の事だからまた余計なこと言って面倒ごとになるんじゃないかって思ってたけど?」
「説教はあの時だけで充分だろ………さっさと降りようぜ、面倒ごとは今からだって在り得るんだぞ」
「そうね。
………………それともう1つ、仲睦まじく話してた後ろの席の子は飛威炉の知り合いなの?」
「…仲睦まじくも何も話したのはさっきがほぼ初めてだ、それに顔を合わせたのは試験途中の一瞬だけだったから知り合いって程でもないんだが」
「“ほぼ”ねえ……初耳だったわ。あんな見れば忘れないような明るい子に会ってたなんて」
「話しかけられてやっと思い出したってのにそれは無理だろ。…あーでも稲生なら話した時に璃亞とも仲良くなりたいって言ってたぞ?綺麗な髪が気になるって」
「………へえ、そうなの。…女子更衣室は奥の方だから先行ってるわ、じゃあね」
「(何だ急に……俺も早く着替えに行くか)」
教室での顛末を考えれば急ぐのは当たり前だが、階段を降り終えた途端に足並みを外れたように思えた。理由を聞こうと変な詮索に成り得る疑問文は思い浮かぶけれど、彼女の足早に進む後ろ姿を見ると自然にその意欲が収まった。
今すべきはイレイザーヘッドに文句を言わせない行動だ。早く着替えてグラウンドへ向かおう。