『天蟲くん、大丈夫………?』
「(────……ヤべェ…これが反動…かァ………!)」
『…いやっ駄目そうね! 早く、医療ロボ読んで!』
「まっ……待って下さ、酸素……スプレーを…………」
『え?! わ、分かったわ……!』
届いてるかどうかも判らずに声に成らない声を飛ばした。
周りの歓声も俺を窺うミッドナイトの声も、遥か遠くに居るのかと勘違いする程に聴覚と脳が隔絶している。
まるで夢の中に居る様だ。…目覚めは人より良い筈なんだがな。
自分でも初めての経験だから酸素スプレー1つで改善するのだろうか。
しかし、酸素が足りてないのは確かな気がする。
『オモチシテキマシタ。ドウゾ』
「ありが…っざいます………ス―――」
「ちょっとこっち向きなさい……ん、顔色はマシになったわね」
「(ふぅーー……はぁ……っ…なら、良いか………)」
吸入したら────……多少は回復できたか。
先の視界よりは色づいてるな。意識確認でありがちな指の本数数える奴をミッドナイトがしてくれてるが別に違和感はない。
実際それ以外は………まぁ最低な気分だけど。
俯瞰して見て『ただ試合に疲れてボロボロなだけ』と思えるレベルってことだ。
「表彰、式…って……いつやりますか………っ?」
「ちょっ別に強制じゃないんだし休みなさいよ?!」
「いや、観てる人達に…っ示しつかないんで……」
「何そのサービス精神……貴方ホントに高1………?」
勿論、今のは俺の虚勢に過ぎない。
我慢すれば歩けるってだけで張り詰めた集中を途切れさせれば硬い床に頭ごと突っ伏しそうになる。…延々と響く頭痛は酸素の循環で治まる気配も皆無だな。
しかし。優勝した、で満足して良い立場じゃないんだ。
暴走にも近い『個性』の酷使を披露した以上、脳裏にちらつくのは俺の家族たちだ。特に“唯一”俺の今の状態の危険度を理解できる母さんが。
もし試合前に先の選択を伝えていたら………強引にでも辞めさせたのだろう。
判ってた上でやったのだから、無事を示さないと俺を待ち受けている懲罰は説教以上のモノへと成り代わる訳だ。
『この後、ベスト4組が万全になってから表彰式だァ! まだまだ冷めやらぬってとこだが最後までヨロシクぅ!!』
「(…じゃあ何とか間に合いそうか)」
『カタ、カシマショウカ?』
「肩どこだか判らないけど、まぁ大丈夫っす……」
酸素スプレーをくれた医療ロボには悪いが手助け無用だ。
…断っておいて覚束ない足取りなのはダサいか。感情が有ったら笑われてたかもな。
あ、やっぱキツイわ。
人目に付かない場所まで来た途端に膝が地面に着いた。
前のめりに立ちそうになって………崩れ落ちかけた片方の足でギリギリ踏ん張った。危なかったな、一度倒れたらもう無理そうだ。
俯いて、大粒の汗が頬を伝って地に垂れたのに気付く。
…表彰式に回復できそうかコレ?
いや、回復させるしかない。
地獄みたいな体調に笑ってしまうなら“利用”しろ。
「ヒーローはキツイ時ほど笑うんだよ!!」……みたいなこと、オールマイト云ってなかったっけな。…あれ? 違うか?
握りしめてた筈のスプレー缶を拾う為に顔を上げたら、
「飛威炉ッ!」
……ん? っあぁ…………先に来ちまったか、璃亞」
こんな時に、会ってしまうんだな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
────……この記憶は雄英に入る前のモノだ。
『いらっしゃい璃亞ちゃん』
『お邪魔します…………あれ? 飛威炉たちは?』
『2人は今買い物に行ってもらったの。お手伝いさんと一緒にね』
ある日、いつものように天蟲家を訪れた。
玄関を開けて迎えてくれたのは飛威炉の母親、朱寧さん。
飼い主を待ちに待った大型犬が如く駆けてくる菟希ちゃんが居なかったから質問をすると珍しい回答が。言う通り、広い家に残ってるのは彼女だけだった。
『初めてですね、朱寧さんと二人っきりって』
『ゴホッゴホッ……そうね。いつもは菟希は居るかしら』
『大丈夫ですよ? 体調が悪いようでしたら無理に私と話す必要も……そうだ、紅茶淹れましょうか? こういう日の為に調べて────……
『ふふっ……ごめんなさいね。気を遣わせちゃって』
何故“珍しい”と思うかは手の甲を向けて口元を隠すこの姿が理由だ。
朱寧さんは私が知り合うよりも前に体調を崩してるらしい。
なんでも、過去に『個性』を酷使したのが原因のようで今でこそ外出できる程度に改善されてるが当初は歩くのも困難な状態だったと聞いている。
…この時は飛威炉からの聞いた触りの部分しか知らなかった。
『気を遣うなんて、そんなこと全然ないですよ? むしろ私がしたいんですよ』
『…そっか。…………ねぇ璃亞ちゃん?』
『どうしたんですか?』
『飛威炉から訊いたことあるかしら? 私がこうなっちゃった理由』
『っ………いえ、詳しくは』
興味は当然にあったのだ。知ろうとしなかったのは訊く勇気が無かっただけ。
朱寧さんは私の恩人、そんな人の身に『何』があって今に至るかはこの時までずっと考えていた。…どう想像を膨らませても視えてくるのは望ましくない悲劇しかない。
『出来れば知っててほしいの。今後の2人の為にもなるから……』
『2人…………迷惑でなければ、是非』
『…ありがと。あのね────……
語られたのは、嬉しくもない“想像通り”の話。
私と飛威炉がまだ小学生の頃に起きた事件のこと。
その事件に朱寧さんと菟希ちゃんが巻き込まれてしまったこと。
助けてくれるヒーローも間に合わなかったこと。
………身体に適合していなかった『個性』を犠牲に独りで戦ったこと。
当事者でもない私が怒りと悲しみで心がぐちゃぐちゃになりそうだった。
────……そう、だったんですか』
『聞き触りの悪い話でごめんなさい。でも、今は何も後悔してないから深く考えないでほしいの』
『…はい。それに………もっと尊敬しました、朱寧さんのこと』
…感情任せに私が吠えても朱寧さんが辛い気持ちになるだけだ。
混乱する情緒を必死に押し殺して、何の悔いも無く晴れやかな表情で打ち明けてくれたことに意識を切り替えるようにした。
ただし、重要なのはここからだった。
『でね? 勿論この話は飛威炉にも通じるの』
『………っ!』
『私と同じ『個性』を持ってるんだから、もしかしたらあの時の私みたいに暴発させて………ゴホッゴホッ』
『二度と使えなくなる……ってことですか?』
言い換えれば、“飛威炉はいつ爆発しても可笑しくない爆弾を抱えてるってことだ”。
この想定は大袈裟なマイナス思考なんかじゃない。
幾ら『個性』と身体の適合性に差異があったとしても、同じ『個性』を持つ人間が存在することに変わりない。能力がその身を滅ぼす実例など腐る程存在する。
『私も……そんな風に考えたくないの。でも飛威炉だったら』
『痛いこととか無視しちゃうし、ヒーローのことだと“諦める”って考えも消しちゃうあの子なら』
『っ私よりも、もっと悲…惨な、結果が待ってる…っかもしれないの……』
…そう涙ながらに零したのを私は一生忘れないだろう。
否定できないのだ、息子が必要な挫折を選択することを。
私も同じだった。…私にとっても飛威炉は“そういう”人だから。
涙を拭う為に渡したハンカチと共に、震える彼女の手を握り締めるように掌で優しく包んであげた。
『っごめん、なさいね……』
『…お蔭で私がやんなきゃいけないことが解りました』
『ズズッ……ううん、そんなに気負わないで。私はただ……』
『恩返しはずっとしたかったんです。だって、そうじゃないと罰当たりですから」
この時に、私は志を高くしたのかもしれない。
朱寧さんの涙が十分すぎた契機であったのは確かだ。
…戦う度に心の中心に居るのは“子供の頃の夢”と、
『飛威炉に並べる位のヒーローになるって決めてたんです。だから……』
『頑張ります。…アイツが頑張り過ぎないように』
『私の“大切な人たち”を、救えるヒーローになりますから!』
「ちょっと待て。まだ万全じゃないだろ?」
「腕も……輸血してたんじゃないか? 駄目だろ、安静にしてろって」
「わざわざココまで────……って話じゃないって訳か」
「………飛威炉。貴方何したのか解ってるの?」
「…まぁ璃亞も知ってるのか」
気付けば、2人共ボロボロだ。
だけど………飛威炉のソレは違うの。
準決勝の時点でその兆候はあったのに私自身のことで精一杯だったからこそ、朱寧さんが危惧していた筈の事態を招いたんだ。
「私に、飛威炉を怒る資格は無いのかもね……」
「ッ……それは違うだろ」
「でもっ! だからって何でそこまで……っ!」
「“負けたくなかった”。…俺に出来る弁明はこれだけだ」
崩れ落ちそうになった人間には不釣り合いの悪びれもしない申開きだ。
納得できない、いや納得してはいけない私を見据えている筈なのに飛威炉は平然としている。
…駄目だって否定したいのに限界が来たのは私が先だった。
「『ズキンッ!!』 うっ!??」
「オイ!? 大丈夫か!?」
「────……飛威炉は、っ大丈夫なの……?」
「そんなに重症で考えないでくれ。1分で済ませたんだ、俺の想定でしかないが心肺機能に致命傷にはなってねぇよ」
解ってるのそんなこと。
たとえ飛威炉でも己の踏み越えていけない限界を理解せずに戦う馬鹿じゃないって認識は持ってるわ。
だけど、認めちゃいけないの。
「違うっでしょ……! だった…ら朱寧さんは…あんなに……!」
「だが『個性』に過負荷な選択だったのは否定できない」
「っ………!」
じゃあやめてよ。
負けたっていいじゃない。
貴方なら挫けても立ち直れるんだから。
「一旦休憩しよう、お互いに」
「はぁ……っ…はぁ……っ………」
「…ごめんな。あの技は今回限りにするよ」
「本当……?」
「栗衛さんとの約束はああ言うのを事前に抑える為って考えてた。ソレを為したんだから無責任な行動は減らせる筈だ」
こんなの傲慢だ。自分だってボロボロになってでも戦ったのに飛威炉は認めないって馬鹿げてる。
「………さ、医務室に戻ろ
『2人共ォーー!!!』
────……よー皆。ちょっと手伝ってくれ」
…間の抜けた呼び掛けで来たのは私が振り切ったクラスメイトたち。
加えて、私を慰めに来た朱寧さんと菟希ちゃんも居た。
試合が終わってすぐに呆気に取られた皆を横目に勝手に走ってきたのだから追いかけてくるのは来るのは必然、優勝者を差し置いて私の方に集まってしまう。
「駄目だよ璃亞ちゃん?! そんなフラフラなのに!!」
「璃亞さん…捕まってて下さい……!」
『病人は安静にしてろってな!』
この急な浮遊感は………そうか、カクリヨが運んでくれてるのね。
抵抗しようにも私の身体はもう動いちゃくれない。
結局、私の言葉は届くことなく心に取り残された。
────……在り続けたのは既に受け入れていた“事実”。
「(なんで、私はアイツと“戦える”って思ってたの……っ!)」
私の描いた勝負は叶ってはいけないし、叶うことも無かったのだ。
…そんな後悔は知る由もなく、体育祭は閉幕を迎えた。
表彰式の記憶は正直あまり無い。
校長からメダルを受け取って、幾つかの賛辞を賜って………それで終わりだ。
あぁ……仰木も甚く酷い顔だった。
その点は私も同感だ、溢れんばかりの称賛を浴びようとも自己肯定感に直結することは無い。
しかしあの表情は────……只の敗北が引き起す“絶望”なのだろうか。
『緋色のヒーローの誕生だァーー!!!』
そして、会場全ての眼を射止めたのは天蟲飛威炉。
…1人の高校1年生にプロヒーロー兼実況はそう銘打ってみせたのだ。
誇らしい気持ちになれたら、むしろ気を楽に出来たのにな。
………なのに、今日の物語はココで終われない。
「じゃあ始めよっか祝勝会!」
「残念ながら勝って終わった人は居ないから違うんじゃない? その名前」
「む~そっか、じゃあ反省会……?」
「まぁ何でも良いじゃん。じゃ~カンパーイ!」
年に一度の大行事、ソレに付随するのが“打ち上げ”だ。
HRも終わって雷咲が言い出したのが発端。
体育祭の構造上、衆人環視による緊張を除けば疲労を溜めるタイミングは少ない。決勝トーナメントも勝ち抜きな訳で決着を待つ内に休み終えた者だって居た。
…私は違うけど。自分でもビックリする位に限界だったわね。
「結果的に女子会になっちゃったね~」
「璃亞の家でやってるんだし結果オーライでしょ。店じゃ出来ないし」
「取材凄かったでしょうね……移動車の手配が無ければ帰るのも一苦労だったですわ」
「そこは流石の雄英だね」
そもそも、私たち雄英生徒はもう気楽に飲食店には繰り出せないのよ。
今回の放送でヒーロー科生徒は特に顔を知られた、一般市民も多い飲食店に打ち上げなんて開こうものならマスコミ共々騒ぎ立てられるのがオチ。
雄英自体も当然そこは想定していたようで帰りに用意されていたのは各自生徒の家直行便のハイヤーが。
お蔭で不自由なく帰れるとは行かずに皆私の家に来たんだけどね。
色々な兼ね合いもあって普段の面子から男子組が抜けて、残ったのは女子会の時と同じメンバーと………
「あ、あの………私も居て大丈夫、ですか?」
「何言ってんの! 買い物とか手伝ってもらったし大歓迎だよ!」
「菟希ちゃん、借りてきた猫みたいになってるわよ?」
「うっ…そんな言い方しないでよ~恥ずかしくなってきた……」
「ウフフ、天蟲さんとあまり似てないんですのね。愛くるしい感じで」
「え!? えっ…えへへ~そうですか?」
思った通りだ、菟希ちゃんは皆に可愛いがられるって。
帰路に発つのも一苦労な状態を案じて付き添ってくれたの本当に感謝してるわ。テーブルに広がってるピザとかのオードブルも明依子さんの手を借りて用意してくれたらしい。
…これ程までにしっかりしてて、誰かを思い遣れる中学生が居るだろうか?
「で! まぁまずはーーここに居る全員! 決勝トーナメント進出おめでとー!」
「わっ、わぁーー………!」パチパチパチパチ
「そして璃亞ちゃん! ベスト4おめでとー!!」
「おめでとー!」「おめでと~」「おめでとうございます」
「ふふっ……どうもありがと」
実際手放しで褒めていいことだと思う。
私の件は置いておいても、今日出場したココに居る6人が最終種目まで生き残ったって話はプロヒーローになった後でも誇れる経験だろう。
…客観視すれば期待溢れるヒーローの卵でも、プライベートになってしまえばこうやって家に集まって駄弁り始めるフツーの女子高生みたいなことしてるんだから面白いものよね。
「では代表して璃亞ちゃん! ひと言どうぞ~」
「え? あ、あぁ……仕方無いわね」
「んー……正直悔しさ半分、で済まない位の気持ち。でも全力は出せたから後悔はないわ」
無礼講の場にしては似つかわしくないかしら、だけど想いを吐露したような台詞だというのに結局は嘘の混じったモノでしかない。
悔しさ以上に………口にし難い無力感の方が割合占めてるから。
「…璃亞ほどの人にそう云われちゃうと頑張らないとって思うよね」
「だね! スカウトとか凄いんじゃないかなー?」
「ってかそうじゃん職場体験あるの忘れてた……」
「誰にも憶えられてなかったらどうしよう…私影薄いし……」
「芳乃は大丈夫よ。私が保証する」
「ウチも心配になってきた~どーなのかな~……」
「大丈夫ですよ! 皆さんカッコよかったですから!」
ハッとした藍を見て、私自身も体育祭の命題を忘れてたことに気付く。そう言えばそうね、この大会が単なるエンターテインメントで終われないじゃない。
次の週で進むカリキュラムこそ、私たちの功績が持つ意味を更に強める。
有名ヒーローか又はそのスカウトが如何いった評価を下しているか。…職場体験でもし私の願いが叶うなら、憧れのリュ―キューの目に留まっていればどれ程嬉しいことか。
「知ってる? 掲示板とかじゃ今年の1年体育祭の話で持切りみたいよ?」
「『今年度の雄英1年 歴代でも類を見ない“黄金世代”か』って記事もあったよ~。まー“黄金世代”なんてネットでどの年も云ってる記憶しかないけど~」
「そして、天蟲さんがその筆頭ですわね。早速ヒーロー報道特集の方で取り上げられてましたわ」
「気になってたんだけど飛威炉くんは何処行っちゃってたの? 表彰式の後すぐに居なくなってたからちょっと心配してたんだよねー」
「…連絡だと『名前は明かせないけどヒーローにスカウトされてるから先帰っててくれ』って」
「へぇ~……やっぱ凄いなー飛威炉くん」
『注目の的』って話なら、そりゃ挙がるわねアイツの名が。
連絡のこと“だけ”語れば行方は教えられる。実情は……複雑な一面を含んでいるの。
強制連行よ、ほぼ。久悟さんがARCに連れてったんだから。
あんな戦い方したら父親が不安に感じるのは当たり前よ。
着の身着のまま診察目的で車に乗せられたようで、朱寧さん曰く「心配しないで? 私たちがちゃ~んと怒っておくから♪」って感じ。
…皆に伝えた飛威炉の連絡は大分オブラートにしたってわけ。
ただ、スカウトしたプロヒーローの名までは教えてくれなかった。
「そう言えば~……菟希ちゃんは知ってるの~?」
「何のことですか?」
「璃亞ちゃんが天蟲くん好きなの」
「ちょっ婭夏 「ッホントですか!!?」
油断してたら急に話が……都合の悪い流れになってしまったようだ。
この場に居る誰よりも付き合いが長い、私の大切な菟希ちゃん
…だったら教えても良かった筈なのに無駄に踏み止まってしまった。今の状況は偏に下らない自我が邪魔をした私の責任だ。
「遂に………認めてくれた、の?」
「(認める……菟希ちゃんも気付いてたようね)」
「そっかぁ────……でも、私にはもっと早く打ち明けてほしかったです」
「…ごめんなさい」
怒るのは無理もない、私が逆の立場だったらこう考える。
『 璃亞ちゃん にとって 私 は“そんな”仲だと思っていたんだ』
────……ってね。
なのに、この子は駄目な私にだって優しいんだ。
「流石に璃亞ちゃんだろうと許せないです」
「………………」
「でもッ!……それ以上に嬉しいから許してあげます!」
「…良いな―天蟲。アタシが妹にしたいわ菟希ちゃん」
「藍にも渡さないわよ? 私の大切な“妹”だもの」
「えへへ♪」
血のつながりは無くとも、菟希ちゃんは妹だから。
シルクのような白髪と正反対に赤く染めた照れた笑顔を見る度に『この子の前では好かれる“お姉ちゃん”でいなきゃ』……って身が引き締まるのよ。
雑に広げられた食べ物たちも粗方片付いて、時刻はもう21時だ。
帰宅も視野に入れなきゃ時間。
まぁ、ソファで寝転んでいる婭夏葉が提案するのは至極当然のお願いだった。
「今日さ~泊まって良い?」
「ん? 明日何も無いから……まぁ構わないわよ」
「ハイハイ! ウチもー!」
「そもそも全員そのつもりじゃない? ベッド問題以外は大丈夫そうでしょ」
「私は璃亞さんの看病しますわ。…折角ですからお風呂も付き添います、湯船に浸かってる間に疲労で寝てしまっては大変ですから」
「良いじゃん! いっそ皆で入ろうよ!」
「…出来るだけ静かにね。近所迷惑にはなりたくないから」
「「「ハ―――イ!!」」」
体育祭の打ち上げがお泊まり会に早変わりだ。
寝床の数を心配してる様だけど問題無いわ。両親が止まる寝室と、何故か備わってる客室用個室を使ってもらえば苦にはならない筈。
あと、全員は無理だけど浴室の多人数利用も無理話じゃないかも。
…こんな場面で贅沢な一軒家を用意してくれたお母さんたちに感謝するとはね。
なんて話してたら一通の電話が届く。
プルルルルルルル
「あれ? 電話?」
「誰から?」
「────……っ!」
「………その感じ、もしかして」
「その“もしかして”よ。…ごめん、ベランダ行ってくるわね」
液晶に写し出されたのは『飛威炉』の3文字。
前触れもない彼からも呼び出しなら慣れたことなのに、今日の出来事が重なってくると痛みを以って鼓動が高鳴る。
…恋煩いだったらいいのに。私の心は不甲斐なさで埋まってる。
顔を映さない通話でもどんな表情で臨めば良いかも判らない。
外の風を浴びれば何か変わるかと思って………肌を撫でる夜風が談笑で熱を帯びた身体を仄かに冷ましてくれる感覚だけを識る。
わざとらしく覚悟を決めて────……幾ばくか喉に詰る気分を押し留め、スマホの画面を右耳に触れさせた。
「………もしもし」
『すまん夜遅くに、時間大丈夫そうか?』
「一応ね。今私の家で打ち上げしてるとこよ。……あと、ちゃんと言えてなかったわね。優勝おめでとう」
『…ありがとな。璃亞から聞けてやっと肩の荷が下りた気がするよ』
「っ………で、どうしたの急に?」
…珍しいなんてものじゃない。貴方が弱音を吐くなんて。
久悟さん達から途轍もないお叱りを受けたのかしら? 電話越しの彼の声もどこか荒み切ったような語気だ。
何ら可笑しいことでは無いのは確かね。今日の活躍で疲れない方が馬鹿げてるもの。
そんな飛威炉が、夜も遅いのに如何して電話を?
『明日、俺と映画を観に行かないか?』
「───────………え?」
耳を疑った。
ヒーロー以外の事に無頓着な飛威炉が、そう誘ってくれるとは。