「うわっ、緊張してきちゃった~……」
「……私も」
「もうすぐ着くよー」
…不安そうだなぁ。なにも心配いらないのにさ。
今日、初めて友達を家に連れてきた。
期末試験が控えてるからここ最近は勉強ばっかり。
いつもは教室や図書室とかだけど、気分転換になればとも思って誘ってみた。
「ココだよ! ついてきてー?」
「やっぱ大っきいー……」
「綺麗な家」
「ふふっ、褒めてもお菓子ぐらいしか出ないよ?」
「アタシも用意したよ!」
「手土産、無きゃ失礼だから」
クラスメイトであっても家に呼ぶのは久しぶり。
中学に入ってから……と言うよりお母さんが体調崩した時から、かな。
理由はいっぱいある。まず家でぐらい安らかに過ごしてほしかったんだ。
あと、もう家族みたいな存在だけど璃亞さんがよくウチにいるのもあったし。
それに『家柄』ってモノが無視できないことは私でも分かってきた。
2人がソワソワしてるのも、ここ一帯がいわゆる高級住宅地だから。
豪華な一軒家が並ぶ中にある“天蟲”の表札。…私と友達だからって、萎縮?しちゃう部分があるのは当たり前の事なんだと思う。
「おっ、お邪魔しま~す……」
「…お邪魔します」
「ただいまー! お母さん、連れてきたよー?」
────……お帰りなさい菟希。それと、はじめましてね?」
…こーやって家に誘えたのはお母さんが出迎えてくれる位、体調が安定してきたからだ。
お手伝いさんである明衣子さんも最近はたまにしか来なくなった(ちょっと寂しいけど)。
咳き込むことも減って、家事も順調な感じだ。
キッチンで火を使う時に冷や冷やしてたのが懐かしいなぁ。
感慨深くなってたら、後ろに連れてきた2人の緊張しながらの挨拶が。
「はじめまして! アタシ、雪咲 千鶴っていいますッ!」
「私は薊 浅葱と申します」
「かしこまらないでいいのよ。さぁさ、上がって上がって?」
……やっとお母さんに絮吏儕で初めてできた友達を紹介できた。
絮吏儕に入って色んな人と知り合ったけれど、特に仲良くなれたのがこの『チヅル』と『アサギちゃん』の2人だ。
入学式の時、新入生代表として壇上に立ってたアサギちゃんだった。
もうその時点で尊敬しちゃってたよ。入試成績ナンバーワンってことなんだもん。
席順が近いのもあってすぐ声掛けちゃった。
話したら物知りで良い人で、すぐ仲良くなって。そしたら……─────
『あーちゃん! ってか知らない内に凄い人と仲良くなってる!?」
『…この子は千鶴。さっき言った私の幼馴染』
『私は菟希って言うの。よろしくね!』
『えっ、あっ…うん! 話せてメッチャ嬉しい!!』
────……なんだか懐かしいなぁ。チヅル、私にも緊張してたし。
でも、すぐに打ち解けて今じゃ一緒じゃない時が無いくらい。
勉強もお互い苦手でアサギちゃんに教えてもらうのはすっかり習慣になってる。
今日もその予定だしさ。…頑張んなきゃいけない“理由”だってある。
「飲み物持ってくるわね?」
「いえお構いなくッ!」
「いいの。お手すきだったから、くつろいでってね」
「ありがとうございますっ!」
「…ありがとう、ございます」
「お菓子用意しといたよ。私が好きなの多めだけど!」
『もてなしたい』って言ってたもんね。
いつもだったら私が引き受けるけど、任せよっか。
部屋まで案内して………わざわざ紹介するのも恥ずかしいし準備しちゃおう。
あくまで目的は勉強なんだもん。
でも、ソワソワしすぎなチヅルは気になっちゃうなぁ。
「ちょっとー落ち着きないんじゃない?」
「だって! 凄い家だしお母さま綺麗で優しすぎるしさぁ!」
「お母さん褒めてくれるのは嬉しいけど、そのままじゃ集中できないでしょ?」
「ちづ、ノートとか出して」
「うぇ~まだまだ話してよーよ~……」
私だって好きじゃないし、でもやんなきゃ置いてかれちゃうよ?
…このまま喋ってたら私もノっちゃいそうだからさ。
勉強道具を用意するだけでやる気も変わってくる────……かは分かんないけども、気を引き締めなきゃとは思えた。
試験対策、よりもまず課題かな。
ただでさえ出題範囲が厳しいのにどーしてここまで宿題増やすの………?
とゆーか中間を経て思うけど、なんでお兄ちゃんは平然としてたの?
同じ学校通ってたはずだよね? あんなにトレーニングとか『個性』の特訓とかしてたのに、勉強で苦しそうにしてるの見たこと無いんだけど。
璃亞さんと一緒にやってたとは言え意味が分からない。
雄英行っても変わらないし、最近なんて………
────……やめやめ、考えても無駄だもん。
引き合いに出していっつも気持ちが落ち込むだけ。
結局は自分が頑張るしかないんだから。
ひとまず目の前の課題に集中しなきゃ。
出来る限り自力で解いてみて、分かんなかったトコは聞こっか。
気合入れてやってこうッ!
「いったん休憩しよ! 疲れた!」
だいさんせーい。…私も限界だったかも。
「見てコレ! このニュースって菟希知ってた?」
「ん? なになに~……?」
チヅルの携帯に映し出されてたのは、“ホークス”かな?
………あー。タイトルで見せてきた理由が分かったよ。
『第9位も太鼓判⁉ 天蟲飛威炉が仮免試験でホークスと激突』。
もうネットじゃ話題にはなってたんだよね、仮免での件は。
でも公の場でコメントされたのはコレが初じゃないかな?
まぁ知ってるかどうかで言えば、本人から教わってはいるけども。
「色々あって、ちょっとね」
「その『色々』って聞いていい奴?」
「逆に話したかったトコロだったかも」
「えっ何々? お兄さんの話なんだよね? 楽しみなんだけど!」
「ごめん、そんな内容ある話じゃないよー?」
ほら、お兄ちゃんのこととなると顔色すごい変わるじゃん。
勉強してた時と大違いだよ?
『話したかった』なんて言っておいて、ここ最近ならいくらでも話題に出来たのにしてないのは矛盾してるんだろうな。
理由は単純だけど。だって恥ずかしかったんだもん。
お兄ちゃんの活躍をわざわざ自分で言い出したらさー……なんかね。
とは言っても、キッカケも出来たし良い機会かな。
「まずさー“ホークス”と互角に戦ったって凄くない?」
「お兄ちゃんは全然差があったみたいに言ってたよ」
「えー…でもホークス本人がニュースでさ~」
「9位のヒーローがあんなに褒める、って凄い事だと思う」
「そこ! もうプロじゃん!!」
「いやいやお世辞ってヤツじゃない?」
すごいって、お兄ちゃんへの評価が。
絶対に間違いだって言いきる気は無いけどさ?
そーだとしてもチヅルは真に受けすぎだよ。
ホークスについて知ってる数少ないので、何だっけアレ……リップサービスだったっけ? 盛り上げ上手みたいな印象があるの。
特にお兄ちゃんのことなんて誰だって大げさにでも話題にしちゃうから。
多分、インタビューで意地悪な質問されてソレに面白おかしく応えちゃったんだよ。
…………お兄ちゃんの話してた感じは謙遜してた雰囲気だったけど。
望んでる答えを言わないでおいたら、なんかふて腐れちゃってた。
「菟希ってさ~ドライすぎない? お兄さんに対して」
「こんなもんじゃないかなー。兄妹でベタベタだと変でしょ?」
「自慢しまくるでしょあんな兄貴が居たら!」
「…そこまではしないけど、気持ちは分かる」
「でしょ?」
えーアサギちゃんも? そんな感じじゃないと思ってた。
「変に凄い人だと思いすぎだってー」
「なに言ってんだか! まだ実感ない位だからね? 菟希のお兄さんだと分かってても天の上の人な気がしてさ」
「別に会おうと思えば会えるよ?」
「無理無理無理?! 畏れ多いって!!」
「なんでよ」
そこは譲らないんだよね。どーしてなの?
ここまで敬ってるのを見るとむず痒いって。
直接顔を合わせれば少し考え方も変わると思うのにな。
たとえ有名になっても、お兄ちゃんはただの“変にマジメなバカ兄貴”なんだし。
学校でもそうだけど……神格化されすぎだって。
「そんなこと言って憧れてはいるでしょー?」
「いやまぁ…否定はしないけどさ、私の一番の憧れはお兄ちゃんじゃなくお父さんなんだもん」
「そーなんだ」
「…その反応。ちづ、どれ位トキのお父さんが凄いかちゃんと知ってる?」
「え、すっ…凄い医者? ヒーロー?で……教科書に載ってるよねー…?」
どこか上擦った反応。困りまくりって感じじゃん。
謙遜したいけども、小学校の時で歴史に名を遺したヒーローと共に紹介されるレベルの知識なのは確かなんだ。
ちょっとジト目で見つめてるアサギちゃんの呆れてる姿も分かんなくもない。
………そんな純粋な性格だから仲良くなれたんだけどね?
「“Heroic-Support-Academy”、は分かる?」
「絮吏儕でちょくちょく先生が言ってるからモチロン。なんか世界最強の学校らしいんでしょ?」
「『ヒーローサポートにまつわる学問』…のね」
「お父さんが18歳の時にアメリカで設立されて、ソコのサポート医療科に入学したの」
「へ~~」
サポート科の最高学府であり、“ヒーロー医療”のキッカケ。
お父さんが日本で第一人者になれたのもその留学経験が全てだったらしい。
あと、栗衛さんとの先輩後輩の関係もソコでだって。
「主席で卒業して……日本に帰国してヒーローライセンスも取得、『ドクターヒーロー』として名を馳せて後に“Amamushi.Rescue.Clinic”を設立したの」
「すご────……なんでライセンス? ヒーロー科じゃないのに?」
「凄いよね。“蚕”の糸を自分の手足みたいに扱えるんだって。賢さと技術で敵と戦いながら現場で医療もこなしてた……凄い人なんだ」
「アサギちゃん詳しいね」
「常識だから。あとエッセイ本、面白かったし」
端的にまとめると混乱するよね。
娘である私でさえ、やったことを全部理解できてない訳だし。
自分の『個性』と苗字を考える度に………お父さんが怖くなる。
ただ賢いとかの次元じゃない。
医者としての知識もあって、ヒーロー向きじゃないはずの『個性』で有名ヒーローになって、国を支える企業も立ち上げた。
……私だって糸は出せても、人を治すために使うなんて想像もつかない。
誰かと立ち向かえる強さも勇気もない。誇れるほど賢くもない。
それでも私は憧れたんだ。無謀でも、分不相応でも。
「勉強は苦手だけど……そんなお父さんが私の父親なんだから、頑張んないとな!って」
「苦手ってトキがそれ言っちゃお終いでしょー?」
「だってそーなんだもん。お兄ちゃんみたいに要領良くないし」
「…そう言えば、お兄さんのニュースについて話すって流れだったね」
「あっ、忘れてた!」
盛り上がってたせいでキッカケを忘れてた。
お兄ちゃんについて、今の内に教えておきたい話題があったんだ。
仮免の話にも繋がるけど……夏休みが待ち遠しい理由が出来た。
「さっきの感じだとニュースで出たことの他に仕事? 忙しそうだもんねー」
「違うみたい。なんかインターンが始まるまで一旦フリーだって」
「へぇ~」
「と言っても、期末があるから勉強で忙しいっぽいけど」
「アタシ達と一緒じゃん。うわ~雄英の試験ムズそー…」
「ヒーロー科だから、実技もだよ」
「そっか!」
やっと休みだと思えば学生らしいイベントがあるのは、傍から見ててもこっちが疲れそうになる。璃亞さんだってそうだけど。
…嫌なのは忙しくて当たり前なはずなのに、誰かさんは平気そうだったことかな。
体壊すとか1ミリも考えてないんだと思う。
本心を言うと、誰かが止めないと何かダメなことが起こりそうで……───
まぁ今更だね。だったら次のバカンスで癒してもらおっか。
「でさ、ニュースで言ってたイベントって“瀧南水府”でやるじゃん?」
「夏に出来るんだよねー! どれぐらい凄いのかな~行ってみたいんだけど」
「そこにさ、8月に連れてってもらえるんだ」
「マジ!?」
「お兄ちゃんが同じクラスの人と一緒に行くんだけど、『菟希もどうだ?』って誘われてね」
「トキ、雄英の人と仲良いもんね」
「い~な~~もー先輩と知り合ってるとかさ~」
伝えておきたかったんだ。こんな楽しみが出来たってことを。
昨日、いつもみたいにお兄ちゃんと璃亞さんが家に帰ってきた。
だけど雰囲気がちょっと変だった。ぎこちないというか、何というか。
“あの日”を思い返すような感じでさ………
そしたら2人にさっきの誘いを受けたんだ。
うん。流石に分かったよ、ただ遊びに行くんじゃないなって。
ついに決めたんだ。
……ホント遅くない?なんて思ってたとは言え。
『ちゃんと考えてる』って言ってただけある計画なのは嬉しかったな。
でも大所帯になりそうじゃない? 雷咲さん達も誘うみたいだし、10人ぐらいになっちゃうんじゃない?
デートの形じゃないけどソコはお兄ちゃん吹っ切れたのかな。
なかなか無いよ多分、告白予定のデートでクラスメイトいっぱい誘うの。
2人ともみんなに打ち明けたのか分かんないけど………
「どんぐらいスゴいトコなんだろーね」
「人いっぱいなんだろーな~あと顔バレするのがちょっと怖いらしいんだって」
「そりゃね、お兄さんとか絶対ヤバいし。それで言ったらトキも危なそうじゃん」
「私ー? お兄ちゃん達もいるし全然…」
「お兄さんに続いてファンクラブ出来そうなのに?」
「アレはそのさ……」
「芸能事務所のスカウトに親のこととか気付かれないで誘われたの、アタシたちが一緒の時でもあったんだよ? 有名かはともかく人目は集めちゃうんじゃないの~?」
やめてよ………色々申し訳なくなるんだもん。
自分に向けられてる視線や、してくださった評価とかを分かってしまった以上『間違ってる』なんて口が裂けても言うべきじゃない。
でも、自信はもてないよ。だから怖くなっちゃったんだし。
ファンクラブなんてもっての外だ。…お兄ちゃんほど、芯の強い人間にもなれてないよ。
せっかくの外出で私なんかのことで迷惑かけなきゃいいけど……
また脱線しちゃってた。
とは言え、今の内に伝えておけて肩の荷は下りたかも。
…お兄ちゃんの件は知るはずもないけどね。
「でも良かったね。お兄さんが忙しすぎて心配だって言ってたけど、少しは休めるんじゃない?」
「そーだけど────……」
「トキ、なにか不安なことでもあるの?」
「いやいや、まぁ…不安というか……」
「ん?」
ホントは話しちゃいたい。黙っておくには面白過ぎるよ。
不安………どうなんだろう?
お兄ちゃんって奥手とかのレベルじゃないんだよね。
妹目線じゃ恋愛脳のカケラも無いと思ってたけど……今回のプランを知ったら見直したよ。
周りにバレることよりも、より良い思い出にしてみせたいんだなって。
だからまぁ、遅かったけどやり切るって信じてる。
…じゃあ話していいよね?とはなっちゃいけないよね。
プライベートの話だもん。許可もそうだし少なくとも終わってからだ。
私の気分で打ち明けていいモノじゃないな。
「…いずれ教えるからまた今度って事で」
「じゃあいいけど。えっ何のことだろー?」
「まぁ、先輩方も関わる事だから…簡単にこんなトコで言えないんじゃない?」
「そーゆーこと?]
「うん。でも後々喋れると思うし。ってか喋りたいというか」
「へー」
「その感じなら、ネガティブな話じゃないんだね」
「っとゴメン、全然心配させるようなことじゃないよ!」
誤解を生みそうな言い方になっちゃった。
逆に、言えば目をキラキラさせて聞きたがる位の話題だと思うよ?
「楽しみにしてる。……じゃ、勉強に戻ろっか」
「うげっ」
「はぁ~…試験でダメだったら参加は無しって決まってるんだよね」
「だからこそ、今の内に頑張っておかないと。ね?」
「アタシは何もないし~」
「怒るよ」
「冗談だってー」
憂鬱になっちゃうけど割り切らなきゃ。
せっかく誘ってくれたのに、試験はダメダメでした~みたいな結果は恥ずかしいもんね。
アサギちゃんとチヅルにも付き合ってもらってるんだしさ?
良い感じの気分転換になったし、また気合入れてこっか。
せっかくの楽しみの前に『不安』は全部忘れるぐらいになっておかなきゃ!
「ッ………何だ。…用が無いなら話しかけないでくれ」
────……そうだった。コレばっかりは忘れようがないんだよなぁ。
「今日はゴメン! 早く帰んなきゃいけないの!」
「…私も。習い事あるんだ」
久しぶりのひとりっぼっちだ。
チヅルは推してる歌手が出る番組をリアルタイムで見たいとか。
アサギちゃんは……ピアノだったかな? ずっと昔から習ってるらしい。
ちょっと寂しいなぁ。最近はずっと一緒だったし。
でも、暇をもてあそぶ状況じゃないのは良かったかも。
一人だろうと勉強しないといけないのは変わらない。
教室に残ってる何人かに倣って残るのもいいけど、あまり考えたくないのに私の場合は誰かに話しかけられそうで心配だった。
幸いココは絮吏儕だ。進学校らしく自習がはかどる場所はたくさんある。
結局、独り占めできそうな勉強スペースを少し離れたトコロで見つけられた。
…で、慣れない環境で黙々とやってたら下校時間を忘れるなんてね。
校内放送でやっと気付いて、広げたノートやらを急いで片付けて。
小走りで下駄箱へと向かってたトコロだった。
「(璃亞さん今日は家に来るよね? 早く帰んないと……──────
「なぁなぁちょっと待てよ。つれねぇなァ」
心臓に悪い声が聞こえた。
…私に向けたモノじゃなさそうだ。
あまりにビックリしたせいで、運良く曲がり角手前で立ち止まれた。
声のする方へとなぜか隠れながら耳を澄ませてみると、
「……………」
「(あれって、轟君?)」
「別に質問してるだけだろ? 無視することなくね?」
「(…1年生じゃ見たこと無いかも。先輩、かな?)」
呼び止めたであろう人は、身長の高い上級生っぽい人。
陰で嫌のことを考えるのは申し訳ないけど……誰だろうと面倒に思っちゃう絡み方だ。
相手が悪いみたいに質問攻めして、アレじゃ逃げ道が無くなるよ。
ニヤニヤしながら後ろに並ぶ2人はあの人の連れなのかも。
対して、囲まれてるのは轟君だった。
私のクラスメイトだ。話しかけたことだってある。
話しかけて、そして────……あの時の言葉が今でも忘れられない。
あの時は下駄箱で偶然一緒になったんだ。
クラスが一緒だし同じような境遇だと思ってて、仲良くなりたかっただけ。
能天気な私はその程度の考えだった。
………恨みのこもった視線とハッキリとした拒否だった。
嫌われるような憶えがない、とは言い切れない。
…ヒーロー目指すなら私の『名』は世代が近いほど邪魔に見えて仕方ないかも。
でもね、そんなのよくあることだ。慣れっこなんだ。
胸に残って消えない理由は冷え切った敵意のせいじゃない。
怖かった轟君のあの『眼』に、私はほんの少し感じ取れた気がした。
なにか別の理由で私に近付けさせないようにしてるような………
「お前、“エンデヴァー”の息子だろ?」
「オレの仲良い後輩がさぁー『個性』の授業でお前と一緒でよ?」
「なんでか“氷”の『個性』使ってたらしいじゃねぇーか」
「え、火ぃ出すんじゃないのかよお前w」
「教えてくんね? どーしてそんな『個性』持ってんのかをよォ」
「ってか“火”ぃ見せてくれよ。オレ、エンデヴァー尊敬してんだよねw」
……聞いてるだけで嫌な気分になる。
私だって気になってはいたよ。
体力測定であの場面を見た大体の人が疑問に思ったはずだ。
でも、他人が聞いていい訳じゃない。
ちゃんと関係性ができてたってためらうべきだよ。
面白いモノ見たさで聞けば………ほら? 無視したくもなるよね。
「待てよオイ。あのさぁ~つまんねェ事すんなって」
「……………」
「ケッ、そう睨むなよ。楽しく話そうぜ? オレはただ興味があるから聞いてんの」
肩を掴んで逃がしてくれないみたいだ。
…ココからでも分かる位に、ハッキリとした嫌悪感を放ってる。
あーゆーのは経験あるから分かる。轟君の対応じゃ悪影響だ。
ずる賢く詰め寄って、嫌がる反応を指摘しながらあざ笑う。
人数差もあるせいでより逃れられない状況でもある。
下校時刻も迫ってるのに………とんだ迷惑だよね。
────……緊張感が走った一瞬で、やっと今の私を思い出す。
帰らず見続けていた理由は何なの?
全くの無関係だとしても私がこの場に居続けたのに意味はある。
見て見ぬふりなんて、『お父さんに憧れてる』ことへの恥だ。
たとえその誰かが自分を嫌ってる相手だとしても……──────
「先輩後輩、仲良くしようぜェ? なぁとどr、
「あの、どうしたんですか……?」
「ッ…………!」
「あ?」
スットンキョーな質問。さっきまで陰で見てたのに。
……あんなに拒んだ相手が、この状況で現れたら驚くよね。
逆効果かもしれない。嫌いであろう私じゃもっとストレスかも。
たとえそーでも、もう引けないんだ。
「何だよ邪魔し────……お前あの“天蟲”じゃね?」
「話してたトコロ悪いんですが、あまり深く追求しない方が……」
「は? 口挟むなよ。関係ねぇだろうが」
「っ事情は知らないですけど! …轟君が、嫌がってますから」
「────……っ」
迫力に怯んでしまいそうだ。でも、黙ってたら来た意味が無い。
愛想よく笑ってその場を凌ぐんじゃない、強気で立ち向かってみせなきゃ。
私の事を知ってたせいで話がややこしくなる前に。
……なのに私の足は震えたままだった。
「ぎゃははッ! なんだよソレ、兄貴の真似事かよ!」
「真似、じゃない……ですっ」
「ビビっといて強がってんじゃねぇよ。お前の噂も広がってんぜ? 兄貴と違って父親のザコ個性継いでんだってな」
「お父さんの『個性』は、多くの人を救ってきた凄い力です……! いい加減なこと言わないでくださいッ」
「そーゆー事言ってんじゃねぇよw “蚕”ってのは1匹じゃあ生きられねぇ虫なんだぜ? ってこたぁお前の親父がサポートアイテム頼りのヒーローもどきっていう証明だろ」
…最悪だ。ややこしくなるどころか、もっとヒドい状況に。
言い返しても言い返しても嫌味を言われる。
………何してんだよ私。少しの助けにもなってないじゃん。
先輩にも周りにも笑われて、でも私は話を収める様な言葉を紡げない。
恥をかき続けるこの状況を変えたのは────……
「君たち、下校時間だぞ! 喋ってないで帰りなさい!」
「……うーっす。チッ、タイミング悪ぃな」
見回りに来た先生の注意だった。
学年の違う先輩は文句を呟きながら廊下を戻っていく。
取り巻きも気付けば居なくなってた。
取り残されたのは、私たち2人だけ。
「ごめん。出しゃばっちゃって…」
「……………」
何もかも失敗した。…待ってれば先生が来たんだ、無駄でしかなった。
謝ってみたものの当然ながら反応は無い。
そりゃそーだよね? かえって話の邪魔になっちゃって、誰だってこんな情けない姿を見ちゃったら軽蔑しちゃうよ。
結局、私はお兄ちゃんの真似事もできなかった。
先生に帰りを急かされたのに……後悔で足が進まない。
轟君は────……まだ玄関先に居る。
あれ? もう帰ったと思ってたのに。
私なんて見捨ててさっさと帰ってくれたっt、
「────……天蟲」
「ぅえ゛ッ!? っど、どうしたの?」
「………何故、俺を庇おうとしたんだ」
ビックリした。こんなこと想像してなかった。
振り返って話しかけてくれるなんて。
聞き間違いじゃないなら………『かばった』って思ってくれたんだよね?
…あんな大失敗でも私の意図を汲んでくれたってことは、やっぱり轟君は敵意だけを抱いてる訳じゃないんだよ。絶対そうだ。
雰囲気は、いつもと変わらず重く険しいけども。
初めて向き合ってくれたんだ。しっかりと応えなきゃ。
「さっき…先輩に言った通り、だよ? 嫌そうな顔だと思っちゃってさ」
「────……っ」
「…もっとカッコよくいきたかったのになぁ、なんて。あははっ」
絶対上手く笑えてない。和ませるには全然だ。
轟君だって………もっと嫌そうな表情になっちゃったよ。
驚いたというよりも『図星だった』、みたいな反応に見える。
…でも反感を買ってさっさと立ち去るとかじゃなさそうだ。
だったら、今なら私の伝えたかったことを言えるかも。
「あのさ、轟君」
「……………何だ」
「私は轟君の『敵』じゃないから」
初めて目を合わせた時、一瞬ぎょっとした視線を見せたのを覚えてる。
轟君は私を見て何を思ったんだろうか?
驚き?……当然だ。嫌いな相手が話しかけてきたのだから。
────……その一瞬を敵意で誤魔化した気がしたんだ。
こっから伝えるのは更に嫌われるだけの行動になるかもしれない。
私の自己満足だって、自分でも分かってる。
…踏みとどまるのが轟君の為なのかも。
でも『悪意』以外も持ってくれてるなら、まずは誤解を解きたくなったんだ。
「私を嫌いに思うのは、別にいいよ」
「………自分で変なこと言ってるよね。あははっ」
「でも」
「言っておきたいんだ。私は敵じゃないって」
「いつか仲良くできたらなって、これからも思ってるからさ」
「じゃあ、またね。轟君」
……ソレだけ伝えて別れを告げた。
一緒に帰るのは轟君に悪いし変な噂はもっと迷惑だもん。
ほんの少しでも私を分かってくれたら十分だ。
今後の学校生活、轟君がより良く……──────
────……あ゛~~~!!! 何やってんの私?!!
勢いでやっていいこと悪いことあるじゃん?!
全部失敗してるしさぁ!!
もうコレでもっと嫌われちゃったらどーすんの………
……今日ほど『お兄ちゃんみたいになれたら』と思ったことは無かった。
ひとりぼっちの下校が、こんなにつらく苦しいモノになるなんて。
帰ってからも平静を装うので一苦労だった。
────……そんな“一生忘れられない日”が、ちょうど3年後に呪いになる。