俺だって、自分がクソなことには気付いてる。
“轟焦凍”として、俺はこの世に生を受けた。
…『何故生まれたか』を知るまでは至って普通の人生だった。
朧気ながら姉さんも夏兄も今と違って素直に喋ってくれてたと思う。
燈矢兄もまだ居たんだ。
それに………等身大の夢だって抱く事も出来た。
母さんが見せてくれた“オールマイト”の映像。
どれほどのピンチでも笑って人を大勢救う姿に……魅せられたんだ。
プロヒーローになりたいんだと思えたのは事実だった。
────……俺たちが“轟家”じゃなけりゃ幸せに生きてんだろうか。
“エンデヴァー”、現日本No.2プロヒーロー。
そんな肩書は俺には上っ面でしかない。ただのクソ野郎だ。
母さんは病んじまった。
夏兄たちとも離れ離れになった。
俺の存在意義を勝手に決めつけた。
家族の全てをクソ親父に滅茶苦茶にされた。
この状況を創り上げたクソみたいな理由が…………No.1への嫉妬。
自身の『個性』だけではこの国のトップに立てなかった。
“炎”が肉体に熱を籠もらせて、戦えば戦う程に動きが鈍る。
だから体温を下げる“氷冷”を手に入れた。
2つの『個性』を継がせれば、弱点を克服できる。
ソイツにならば“オールマイト”をも越えられる……──────
……下らない上昇志向が行き着いた末路こそ、『俺』だった。
俺以外の家族を人間とも見做さなくなったのはいつからだ?
物心ついた頃にはもうアイツの目は腐ってた。
当たり前かの様に、『特訓』という名の俺への虐待が始まった。
流した涙と吐いた胃液すら乾かさないと気が済まない。
望んで産ませた俺の“炎”を、暴言と暴力で否定してくる。
『俺を失望させるな』と……狂ったように罵り続けた。
…母さんの件があっても変わらなかった。
顔の左に受けたこの火傷は決して母さんのせいじゃない。
奴の『個性』を継いで、この地獄へと巻き込んだ元凶である息子。
虐待に気を病んだ母さんにとって………俺こそ“呪い”そのものだ。
アイツと俺が、母さんを追い込んだんだ。
なのに気にも留めなかった。むしろ迷惑だと切り捨てた。
俺への虐待は日に日にエスカレートしていき……─────
────……この憎しみが殺意にまで至るのはすぐだった。
何度アイツを殺してやろうと思ったか。
…なまじ実力だけはある。叶わないのは分かっても収まらない。
では、プロヒーローを目指す事すらやめてしまえば?
クソ親父の期待なんて無視すりゃ話は変わるのか?
ソレは………選べなかった。
そもそも、アイツに歯向かえる筈もないのを分かったからか。
結局は自分の夢を捨てきれなかったからか。
………そんなのはこの時の俺に思いつく訳も無い。
夢なんて考えてるような、生きる余裕も持つ気が無かった。
考えれば考えるほど脳に恨みつらみが渦巻いていく。
…アイツにとって俺は『自分の望みを叶える為の道具』だ。
だったらその勝手な将来設計を否定してやる。
クソ親父から受け継いだ“炎”は金輪際使うつもりはねぇ。
母さんの“氷冷”のみで強くなり……No.2だって超えてみせる。
敷かれたレールの上だろうが、その全てを利用してやる。
────……気付けば、己の人生を復讐の為としか考えなくなった。
数年が経つと………ある人物が俺の人生を狂わせる。
“天蟲飛威炉”として、日本で名を轟かせる男。
…その父『天蟲久悟』は俺でも知ってる有名人だった。
街を歩けばA.R.Cの名は至る所で見つかる。覚えない方が馬鹿だ。
プロヒーローでもあり医者や経営者でもある異質な存在………
しかし息子も、誰が見たって異質だった。
敵犯罪に巻き込まれるどころか、自力で解決する中学生。
ニュースじゃ度々『未来のNo.1』と持て囃されてる。
実際、間違いじゃない。今思うと現実味を帯びてきた。
────……そんな話をアイツが知って、癇に障るのは必然だ。
息子と近い世代でここまでの活躍は想定外だったんだろう。
馬鹿げた理想が崩れたのは良い気分、だっていうのに………
…俺への罵倒が、天蟲飛威炉との比較ばかりになった。
“奴がお前の年齢では成功を収めていた”
“奴は父の望み通りに生きているのに、お前は何だ?”
“血を裏切るな。奴の『個性』など越えられる力を授けたんだ”
……聞く耳持たなきゃいいってのは分かってる。
この言葉全部、クソ親父が放った世迷言なんだよ。
だが、俺という人間は……割り切れるほど大人でもなかった。
“天蟲”の名に抱いた感情は、敵対心なのは間違いない。
また数年経って、中学で初めての授業。
よくある自己紹介。いちいち人前に立つのも面倒だった。
同級生の言葉なんて聞き流す程度だった中で……────
「初めまして! 私の名前は天蟲菟希っていいます!!」
────……『天蟲』の血縁者が居たのには驚いた。
天蟲飛威炉の特徴ぐらいは覚えてる。
赤みの混じった白髪。赤い瞳。…確かに一致していた。
まぁ、兄の母校に居ると思えば別に変じゃなかった。
絮吏儕を選んだのは奴の意向だ。
個性練が条件、だったんだろうがそう単純じゃねぇ。
“当てつけ”なんだろう。天蟲飛威炉と同じ道を歩ませて。
変だと言うならば……その妹と同級生になる俺の運の悪さだ。
教室でも、常に話題の中心にいた。
明るく社交的。人の目を惹くのも、外野からですら分かる。
『天蟲』の名が持つ力だけじゃない存在だった。
────……なのに、その要素は俺の目に映っただけだ。
俺が見ようとしてたのは“違い”のみ。
雰囲気が違った。
迫力が違った。
そして、『個性』が違った。
天蟲菟希を見る度に『兄と比べれば』って枕詞がつく。
………そこでやっと思い知らされる。俺の現実に。
クソ親父を嫌っておきながら、無意識に倣ってやがった。
関わった事すらない他人を歪んだ視点でしか見れない。
戦う訳でも競う訳でもないのに、無駄に対抗心に燃えていた。
しかし、俺は────……ソレを間違いだと認めきれなかった。
“天蟲”そのものに対する感情が、更にひどく歪んでいく。
「あの、轟くんだよね? 同じクラスの天蟲菟k……ッ!」
話しかけられるなんて、予想だにしていなかった。
目が合った瞬間に何故か天蟲菟希は怯んだ。
すぐに気付く。睨まれたと思って言葉に詰まったんだろう。
怖がる様な表情………普通の奴等と変わらない反応だった。
反射的に俺は普段通りに戻ろうとした。
「用が無いなら」と伝え、反応も待たずに学校を後にする。
…思えば、誰かを認識した事に勘付かれたくなかったんだ。
話しかけられようが他人など眼中に無い。
父親の名を出せば尚更だった。血を許せなくなるから。
そう思ってたのに、いざ因縁抱いた相手は例外だと理解した。
勝手に気にしてた自分を再確認させられた様で嫌になった。
だから、俺は逃げたんだ。
天蟲菟希に何を思われたか、ソレは如何でも良かった。
プロヒーローを目指さないのは知っている。
たとえクラスメイトであろうと……関わり合う事も無い。
嫌ってくれた方が都合が良い。
関わるべきじゃないと示すには、十分だと思ったんだ。
なのに。
「っ事情は知らないですけど! …轟君が、嫌がってますから」
突き放した筈の存在が、俺を助けようと目の前に現れた。
面倒な輩に絡まれるなんてよくあることだ。
ただしつこかっただけ、厄介な奴に絡まれただけだった。
…感情を押し殺せなかったのをこの時以上に悔やんだ事は無い。
だが妙なのは………ずっと怖がっていたんだ。
庇うつもりで来て、その行動と態度が釣り合っていない。
挙句の果てに嘲笑の対象が俺から移っていた。
『兄貴の真似』やら『ザコ個性』やら言われて……
反論したいだろうに、辛そうな表情で黙ってた。
もう分かったよ。人を庇える気の強さじゃないってのは。
…この状況を収めたのも巡回してた教師だった。
笑い者が増えただけだ。何の助けにもなってねぇ。
散々な目にあって……俺の前で塞ぎ込んでる。
何が、したかったんだ?
「…………ごめん」
何故、謝るんだ?
疑問ばかり湧いてくる。
こんな事やらなきゃ、今の羽目にあってねぇだろ。
そもそも俺を庇うって何だよ?
関わってくるなよ。迷惑なんだ。
うだうだ考えている内に、つい呼び止めてしまった。
「ぅえ゛ッ!? っど、どうしたの?」
…そこまで驚くのも変だろ。
お前が発端なんだから、その想定は出来るだろうが。
理由を訊ねた。無関係の場に現れた、その意味を。
照れた様に笑ってはいるが……俺でも空元気だと分かる。
帰ってきた言葉も俺の失敗を反芻させるだけ。
ただ分かった事が1つ、コイツは馬鹿なお人好しだ。
俺の敵意を理解してるのは反応的に確か。
それでも尚────……意地張って俺の前に立った。
理解が及ばない。…これ以上の質問は無意味だ。
「あのさ、轟君」
まだ邪魔をする。素直に帰らせてくれないのか。
聞かなかった事にすれば良い。
無視しても、このお人好しならば許すかもしれない。
そう考えておいて………謎に相槌を打ってしまった。
「私は轟君の『敵』じゃないから」
────……は? 何、を………言ってるんだ?
「私を嫌いに思うのは、別にいいよ」
「………自分で変なこと言ってるよね。あははっ」
「でも」
「言っておきたいんだ。私は敵じゃないって」
「いつか仲良くできたらなって」
「これからも思ってるからさ」
「じゃあ、またね。轟君」
そう言って、隣を歩き抜けていった。
手を振りながら別れを告げる姿を目で追って………
立ち尽くす事しか出来なかった。
何を以って天蟲菟希を『敵』と見做したか?
結局、血縁だけだった。
認めるしかないのか。この姿が偽善じゃないって事を。
だから考えを改めろって?
『仲良く』? …して良い訳ないだろ。
何と言われようと、その名に抱いた怨念は消せない。
嫌う権利も無いのに……そう言い聞かせるしか出来なかった。
この日に見た景色は、忘れようとも脳裏に残り続ける。
天蟲菟希。…その名前も、その行動も、その表情も。
別に、こっから知り合うような事になる訳でもない。
本人直々に言われた通りだ。嫌ったままの中学生活だった。
ただ、俺はお前を見る度に……─────
自分でも分からない暗い感情で想い悩む様になった。