手洗い場で『布切れ』を洗う後藤先輩を眺める。
人間かと疑問を浮かぶレベルで顔面が崩壊していた。
どうしてこうなってしまったんだろう。
普段使いしているトイレで、どんな変態行動されてしまうんだろうと覗き込んで、まさに個室に入ろうとする後藤先輩と目があっただけなのに・・・
「通報しないでくださいぃ!・・・これでも女なんです・・・あっ・・・漏れ・・・あっあっ・・・」
それからのことは思い出したくない・・・
後藤先輩は、水を絞った『布切れ』をハンカチで包んでポケットにいれた。
ゆらりとこちらを振り向く。
後藤先輩の崩壊は顔面に留まらず全身に及んでいた。
ぐじゅぐじゅと肉が解ける音が聞こえる。
人間・・・?
正気が奪われていく。
「なんでもしますから・・・秘密にしてください」
洗濯の前に、全面降伏するかのように差し出された学生証。
秀華高校 1年 女 後藤ひとり。
私と同じ人間のメスらしい。
猫背に、オドオドとした気配。
小さい声量に、ところどころに入る吃音は会話に慣れない人見知りそのもの。
サングラスを外しているのに、視線はあっちこっちにキョロキョロと全く合わない。
私もたいがい暗い性格だけど、ここまでじゃない。
バンドって人前に出て演奏するものなのに。
・・・なんでこの人、男子のふりしてバンドしてんだろう。
もしかして虐められて、無理やり加入させられてる?
バンドネームも、確か『ぼっち』だったし・・・
闇を感じる。
表情を隠す長い前髪の奥を覗き込もうとすると、へへっと生気のない誤魔化し笑いを浮かべて、そっぽを向いてしまった。
暗い・・・
そして話が進まない。
そんな中、無人のはずの静かなフロアに軽快な足音が響いてきた。
「こんなところにいたのね! 後藤さん!」キターン☆
陽キャの化身のようなキラキラ女子高生が飛び込んできた。
うわ、きつ。
陰キャ同士の世界に浸っていたからギャップがきつい。
岩の下に隠れた虫が、岩がどかされて日の光に逃げ惑う気持ちを味わう。
「喜多ちゃん・・・」
後藤先輩の知り合いらしかった。
相性がいいとは思えない組み合わせ。
どういう繋がりなんだろ。
「もうっ!トイレに行くってそれっきりどっかに行っちゃうし。そろそろ集合時間でしょ」
「あっ、本当もうこんな時間だ・・・マズイ、行かなきゃ・・・」
「時間ないのに、なんでこんなとこまで来てたの?」
「だって人がいないトイレって全然なくて・・・!」
「その辺の男子トイレですれば良かったのに」
「ッッ!! だって・・・男子トイレって、男の子って立っておしっ・・・してるんてますよ!
そんなところ、 入っただけで痴漢で捕まるのに!喜多ちゃんは鬼畜です・・・」
そこまで強く言い切ると、後藤先輩はヘナっと萎れた。
チラリと視線を向けられる。
「この子に女の子ってバレちゃいました。へへっ、バンドマンのぼっちくんはもう終わりです・・・」
「え、そうなの? まあ、時間ないし、後藤さんは先に行ってて。私が話しとくわ」
「え・・・わかりました」
後藤先輩はちらちらと振り返り――――モゾモゾとズボンのお尻のあたりを気にしながら――――どこぞで去っていった。
「さて、秘密を知られたからにはどうしちゃおうかしら」
内心が読めない笑みを浮かべる謎の陽キャ女子。
喜多ちゃんと呼ばれていたっけ・・・
あまりの陽のオーラに萎縮してしまう。
それにそもそも。
「あの、言いふらさないです・・・ 」
「うーん、信用できないわね。弟がやってるバンドだし、バラされると困っちゃうのよね・・・。まぁ、そろそろ時間だし歩きながら考えましょ」
「歩きながらってどこへ・・・?」
「何って。その『結束バンド』のライブが始まるのよ」
――――――振り返って見れば。
私の人生が『普通』を踏み外したのはこのときだった。