アスティカシア高等専門学校は地球と宇宙で名を轟かせるベネリットグループが運営する教育機関だ。パイロット、メカニック、経営戦略といった宇宙開発産業およびモビルスーツ産業に関わる人材の育成を目的としており、ベネリットグループ各社の重役の子息や企業から推薦を受けた学生のみが入学を許される。
未来を担う子供たちは今日も自身の目指す道に向かって勉学に励んでいた。
パイロット志望はパイロット科の授業、実技を。
メカニック志望はメカニック科の授業、実技を。
経営・戦略志望は経営戦略科の授業、実習を。
科が異なる彼らが一堂に会することは多くなく、基盤科目と呼ばれる言語、数字、経済の授業くらいで、それも選択式で自身の希望する日時に受講する。そのため、基礎授業では顔を合わす機会が少ない。しかし、そんな彼らがこぞって参加する人気の授業……人気の教師がいた。
「諸君、朝の挨拶、『おはよう』を謹んで送らせてもらおう!」
そう言って授業開始時間ぴったりに教壇に立つのは、金髪碧眼色白と絵に書いたような美男性で、声もよく通りつつ勇ましく、生徒達の視線を集めるには十分すぎるほどの魅力を備えていた。
「今日も私の授業に来てくれてありがとう。では、私独自の観点から、私独自の見解を添えてモビルスーツ学とそれに伴う経済発展、世の中の流れを話させてもらうとしよう」
生徒から注目を集めるこの教師、名前をグラハム・エーカー。ペイル・テクノロジーズのモビルスーツを乗りこなし、パイロット技能はMS開発評議会が有する特殊部隊ドミニコス隊に匹敵するという。
頭もキレ、歴史担当の教師が諸事情で休職したため、代わりにベネリット本社から派遣されてきた。
初めは若く目麗しい教師ということで、注目を集めていたが、彼の経歴を調べた者と彼の授業を聞いた者から波及して、瞬く間にその名は知れ渡った。
「人類が増えすぎた人口を空に上げてから、企業の宇宙進出は進んでいった。その理由は諸君らも知っての通り、未開の地であったからだ」
マイクを握らずとも90人は楽に入るであろう教室全体に響き渡る声で彼は続ける。
「開拓者たちは未知の部分が多い宇宙で人類が生き長らえる手段を探し、その手段を作り続けてきた。その成果がこの学園がそびえるフロントでありモビルスーツだ」
グラハムの言葉とともに彼の背後にある液晶には、宇宙に浮かぶ様々なフロントやモビルスーツの写真が表示される。
「さて、宇宙で人類が住めるようになって、人類は宇宙へと移り住んだ」
宇宙開発事業が進むと、所得と資産の多い者から宇宙へと移民を始めた。その理由はグラハムの語った通り、増えすぎた人口による地球の環境悪化である。また、資源枯渇問題にも取り組まねばならず、宇宙へ出ることは必然だった。
「そこからの歴史は君たちが義務教育過程で習ってきた通りだ。そのためここからは私の独自の視点と観点、それから解釈でモビルスーツの歴史と宇宙事業について……」
視点も観点も同じ意味ではと教室内の生徒たちが思いつつも、グラハムの話に耳を傾けていると1人の生徒が手を挙げた。
「おや、珍しいな。君が腕を組まずに手を挙げるとは」
手を挙げた生徒を見て口角を上げたグラハムに、獅子のような闘争心と目を引く右目下のホクロから雄々しさと色気を感じさせる生徒は口を開いた。
「グラハム先生はモビルスーツパイロットとしての腕がたつと聞きました」
「皆が勝手に言う。無礼千万だ」
「事実では無いのですか?」
「君がそう思う根拠は何かな、グエル・ジェターク」
授業の合間にする話ではないと諌めることはなく、グラハムはグエルの知りたいという思いを汲んで質問を返す。
「ペイル社が開発した汎用量産機ザウォート。試験運用中のテストパイロットが貴方で、試験データも貴方の操縦で培われたと」
「それくらいモビルスーツパイロットの心得があれば誰でも出来る芸当だが?」
「……試験運用中、アーシアンの起こした暴動活動鎮圧に、かつてアクロバット飛行により彼らの視線を釘付けにして血を流さずに済ませた……その時の映像をオレは見ました」
恐らくは暴動に参加していなかった野次馬の1人が撮影したのであろう映像は今もネットに残っており、そのパイロットがグラハム・エーカーであるということはペイル社から言及されていた。
「地球の重力下であの速度と軌道で操縦できるパイロットが普通であるとオレは思えません」
無重力の宇宙と異なり、重力の負荷がかかる地球において、アクロバティックに機体を操る技術は高度の技能を必要とする。それをこなし、暴動を収めつつもザウォートの飛行性能を見せつける結果をもたらしたグラハムの力量にグエルは興味を抱いていた。
「暴動は収めていないさ。結局、空を汚すなとクレームが来た」
「……あの映像が事実であることはお認めになるのですね」
「ああ。しかし、何故そんなことを聞く?」
教師としての質を測っているわけでもないだろうとグラハムが訊く。
「……決闘中に見慣れないデミトレーナーがいて、そのパイロットが貴方であると分かれば興味を持つのは不自然でしょうか」
「ふっ、学園ホルダーの視線を釘付けにしてしまったかな? 一瞬隙を見せたが実に素晴らしい槍裁きだった」
「何故あの場に?」
「ここのところ決闘中に関係の無い生徒を巻き込むほどの混戦になっているとフロント管理局から申し出があり、不測の事態に備えつつ、レフェリーとして私も相席させてもらう事になった」
決闘委員会に名を連ねているのなら知っていると思っていたがとグラハムは考えるも、グエルの口ぶりからして知らなかったと結論づける。一応、ブリオン寮から決闘委員会に在籍している生徒には伝えており、その後即決闘となったので学園が使用しているデミトレーナーでレフェリーとして参戦したのだ。
「知らなかったのなら私の連絡の仕方に不備があったようだ。心から謝罪しよう」
「いえ、決闘の件はあくまでついでなので構いません。こちらも授業の進行を妨げて申し訳ありません」
グエルが頭を下げると、グラハムも謝る。2人が頭を上げると授業が再開される。グエルの質問への回答時間の分だけグラハムの授業は短縮されたものの、ほとんどの生徒が有意義な時間を過ごした。
中にはグラハムが凄腕パイロットと知れて舞い上がるものもおり、その実力を見てみたいと願うものもいた。
「少年」
授業が終わって、放課後となりホルダーとして決闘の申し込みを受けていたグエルは弟や彼を慕う寮の仲間たちと席を離れようとしたところでグラハムに声をかけられる。
「先日の戦闘、槍裁きは見事だったが力押しがすぎる。区域を跨いでの戦闘は慎みたまえ」
「……はい」
グラハムはそれだけ言うと手早く教材をまとめて教室を出ていく。
「グエル先輩怒られちゃいましたね」
「フェルシー、今のは怒られたうちには入らないよ。ね、兄さん」
「ああ」
ただ釘は刺されたな。
今回の決闘では気をつけないとと思いながらグエルは教室を後にする。
そして、歩きながらグエルは他の生徒のように知りたいと思った。
(ドミニコスに入れたかもしれないほどの逸材……あの映像が事実なら本当に……)
入学からホルダーに君臨して、負け無しのグエルは飢えていた。自分よりも強い存在と戦うことに。
目標であるドミニコスのパイロット。それに近しい存在。手合わせしたいと思うのは男として当然だった。
(何か手は無いか……)
寮の仲間たちに囲まれジェターク寮へと向かいながら、グエルは考えていた。
一方で先に決闘の準備を進めるグラハムは、彼と同じくメカニック科の教師に空きが出たために新任教師として着任していた同僚と共に学園内のハンガーデッキにいた。
「今日は随分と熱烈な生徒がいたようだね、グラハム」
「おや、カタギリ、君も授業のはずだったが……まさかサボり、かな?」
デミトレーナーのコクピットで機体に不備がないかを確かめているグラハムに、フランクに話しかけるカタギリと呼ばれた男は首を振った。
「今日は他の先生が補習で使わせて欲しいって頼まれてね。僕は職員室でお留守番だったんだけど、1度君の授業を見ておきたくてね」
相変わらずフリーダムにやってるようで何よりだよと友の様子を見に来たカタギリは苦笑する。
「しかし、グラハムの実力がもう学園に知れ渡ってるとはね」
「どうせ君の仕業だろう」
「おや、気づかれたかい」
グラハムの指摘にカタギリは隠すことなく認めると、デミトレーナーの調整を手伝い始める。
「君について女子生徒に訊かれてね。つい喋りすぎてしまったよ」
「カタギリの口から語られるのであれば私からとやかく言うことは無いさ」
そう言ってる前にデミトレーナーの調整が終了する。
「こんなにレフェリーに駆り出されるなら専用機を貰った方がいいかもね」
「ペイル社が用意してくれるか?」
「いやあのおば様たちでは難しいだろうね。僕から教授に頼んでみるよ」
「それはありがたい」
グラハムが笑顔で頷くと、ハンガーデッキ内に備え付けられた電話が鳴る。
『あーもしもーし、こちら決闘委員会です。そろそろ始まるんで準備よろしくでーす』
「合点承知」
生意気そうな女生徒からの電話を受けてカタギリは受話器を置く。
「出番みたいだよ、グラハム」
「了解した」
グラハムは即答すると、ハッチを閉めてカタギリの操作で射出用ボックスへと格納される。
『決闘の合図とかはこっちでやるんで、ハム先生は離れた位置でレフェリーお願いしますー』
「あいわかった」
決闘委員会の生徒が言うと、グラハムも同意して通信を切る。
そして、所定の位置につくと決闘が開始された。それを見ながらグラハム・エーカーは己が与えられた役割に従事する。レフェリーとは名ばかりの、決闘の勝敗を判定する者ではなく、戦いを見守る者として。
「そういえばそろそろ花嫁とも会っておかないとな」
この学園に来たもう1つの目的を口にしながら───────。
メモモモ
・ハム先生はベネリットグループ本社からの要請で出向(理由は学園の治安維持と花嫁の護衛)
・カタギリはハム先生の指名で同行。