埒外の獣が異世界より追い出されたようですよ?   作:恐っろしい畜生

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 木のニオイ。土のニオイ。風のニオイ。

 嗅ぎ慣れた筈の自然のニオイは、しかし何故だかいつもよりも瑞々しく、活力にあふれた青さというものを少年の鼻腔に叩きつけてくる。

 

「…………ここは、どこ?」

 

 立ち上がって空を見上げた少年は、しかし本気で訳が分からない。

 徐に胸元へと手を添えれば、既に塞がった胴体を縦に縦断する大きな刺し傷が確認できた。

 傷に触れれば思い出せる。圧倒的なまでの痛みと、そして自分が真っ逆様に“死”という終わりに落ちていく感覚を。

 勿論、少年自身は“死”を経験したことはない。ないが、しかし無くともあの瞬間は自分が死ぬのだと理解させられ、そして納得させられる部分があった。

 

 なのに、生きている。今この瞬間、確かに息をして、見慣れない空を見上げて、覚えのない森の中で。

 

「どうしよう…………」

 

 どうしようもない。現実は無慈悲だが、事実として少年にはどうする事も出来ない。

 選択肢は幾つもある。前に進む、右に進む、左に進む、後ろに進む、近くの木に登る、その場で立ち尽くす、寝転がる、諦めて自殺し直す、獣化してみるetc.軽く挙げてもこれだけある。

 だが、選べない。少年は、一種の虚脱の様な状態であったから。

 彼は今までずっと、死にたかったのだ。死にたくて死にたくてたまらなかった。

 そして、漸くその望みが果たされ、彼は永遠の虚とも言える死への道を転がり落ちた、筈だった。

 気付けば、見ず知らずの森の中に立っておりどうすればいいのか、何をすればいいのか、何も分からない。

 ただただ、立ち尽くす。幸いは、腹が減っていない事だろうか。

 

「…………ん?」

 

 ぼんやりと空を見上げていれば、不意にその鼓膜が音を拾う。

 風を切る音だ。それが、徐々に近づいてくる。

 緩慢な動作で、その音が聞こえてくる方向へと体ごと向けて、数秒後。

 

「「…………」」

 

 目が、あった。

 金髪の少年だった。もっとも、この獣少年よりも年上そうな少年。

 その頭には、見た事も無いごてごてとした装飾品を身に着けており、少年にはその装飾品にいったいどんな意味があるのか分からない。

 

 そして、相手も自分と目が合った事に気が付いていた。止まる気配は無かったが。

 

 凄まじい勢いで通り過ぎていった誰かを見送って、少年は首を傾げる。

 何かに追われているのか、とも考えたがそういう慌ただしい音は聞こえない。何より、一瞬だけの擦れ違いではあったが駆け抜けていった彼が強い事も、少年には分かった。

 少し考えこんで、少年は近くの木の下にまで近づき、その幹に背を預けて座り込む。

 やる事も無い、やりたい事は現状出来るか分からない。という訳で、眠りに就く。

 

 いつもの様に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それじゃあ、箱庭に向かいましょう」

「ああ、良いぜ。オモシロイのは大切だからな」

 

 ニンマリと笑みを浮かべる金髪の少年に、黒ウサギは内心で首を振る。

 とある事情から、彼とそれからあと二人ほどの人員を異世界から召喚した黒ウサギ。だが、やって来た三人は何れも問題児揃いで、取り分けこの金髪の彼、逆廻十六夜は中々の問題児っぷりを見せていた。

 どうにかこうにか協力を取り付けることが出来たが、前途多難。

 

 悶々としている黒ウサギの一方で、十六夜がそう言えばと話題を振る。

 

「この森には、結構な数の幻獣がいるんだよな?」

「え?あ、はいな。その通りにございます。ですので、私は十六夜さんを探してこうして世界の果てまで駆けてきた次第でして」

「…………なら、箱庭の住人でも普通は来ないんだな?」

「余程の理由か、或いはギフトゲームへの助力を求める際に赴く場合はございますが……そうですね、普通は足を踏み入れるものではありません」

「じゃあ、()()()()()()()()()()()()

「アイツ?十六夜さんは、箱庭にお知り合いでも?」

「いや?知り合いじゃないさ。この森の中間あたりか?その辺りで、すれ違ったんだ」

「え……?」

 

 目を点にする黒ウサギ。

 二人の行く森は、幻獣と呼ばれる獣たちが闊歩し、果ては神格を有するモノすらも存在する魔境なのだ。

 よっぽどの力が無ければ足を踏み入れたとて、悲惨な目に遭うだろう。

 

「ど、どのような人だったんですか?」

「あん?あー……上半身は裸だったぜ。下は、襤褸切れみたいなサルエルパンツ。髪は灰色………あ、んで上半身の中心にデカい刺し傷が残ってたな」

「ええ!?だ、大丈夫なんでしょうか、その人は……」

「さあな」

「さあなって……」

「そいつが本当に人間なのか、そして人間ならここで何をしているのか。俺が狐に化かされてる可能性だってある。そうだろ?」

「それは、そうですが…………」

「何なら、戻り道で見て見るか?そいつが本当に人間なのか」

 

 ワクワクとした様子を隠す様子もない十六夜。

 事実、彼にとって重視すべきは、面白いか、面白くないか。そして、この幻獣の跋扈する森の中で瘦せっぽちの自分よりも年下であろう子供が何をしているのか。それは、面白い事に該当した。

 黒ウサギとしては、一刻も早く先に送り届けた二人と、それからその二人と合流させた自身の仲間との合流を進めたい。

 しかしその一方で、この森の中を一人で居る誰かに対する、興味、そして警戒という気持ちもその心にはあった。

 箱庭に住まう者として、何かしらの異変を無視するわけにはいかないのだ。結果、大きな事件の前の火消しにも繋がるから。

 

 時間も差し迫っている事もあり、二人は箱庭への道を駆けつつ件の現場へと向かう。

 

「……ほ、本当に人がいますね。それも、子供です」

「だな。寝てるのか?」

 

 二人が見つけたのは、木の幹に背を預けて足を投げ出し俯く小柄な少年だった。

 十六夜の言葉通り、みすぼらしい格好であり、何より目を引くのがその上半身に刻まれた大きな、いや大きすぎる刺し傷。

 まず間違いなく、少年の体では心臓含めた主要内臓器官の大半が損傷、ないしは破壊されているであろう致命傷だ。

 一応、僅かに膨らみ、萎むその体から呼吸をしている事は分かる。

 

 そこに、黒ウサギが止める間もなく近付く十六夜。

 無造作に近づけるのは、彼自身の強さがあってこそ。その距離が二メートルに差し掛かり、

 

「――――……誰?」

 

 少年が顔を開ける。

 灰色にも見える複雑な色合いの髪と、それ以上に目を引くのがその瞳。

 まるで、星空をそのまま眼球として嵌め込んだかのような深く、しかし怪しく輝くような独特な色合い。

 星空の瞳が十六夜へと向けられる。

 

「さっきの……」

「よお、さっき振りだな。ここで一体何してるんだ?」

「…………何も」

「へぇ?」

 

 声変わり前なのか、何処か甲高く、そして空虚なその言葉に十六夜は目を輝かせる。

 変わって声を掛けたのは、黒ウサギだった。

 

「あの、貴方は何処のコミュニティに所属を?よければ、私たちがお送りしますが……」

「……コミュニティ?」

 

 黒ウサギはおや?と首を傾げた。

 この世界において、“コミュニティ”という言葉は知らない方が珍しい程度にはメジャーだ。それこそ、この世界に来たばかりでもなければ、子供でも知っている。

 にもかかわらず、少年の反応は未知に対するソレ。

 

「オマエ、名前は?」

「……?」

「名前だよ、ナ・マ・エ……マジか?」

 

 さしもの十六夜も眉を顰める。

 名前とは、この世界に生を受けて最初に与えられる()()だ。名は体を表す、という言葉もあるほどに名前というのは生きとし生けるモノにとって重要なもの。

 

 ここで一つ補足をすると、少年が誰かと会話できたのは、誰かにそれらを学ばされたから、ではない。

 言ってしまえば、始まりはオウムや九官鳥が言葉を覚えるのと同じような事。

 

 言語を学び、それらを操る知識を得た(上位者を食らった)

 本能しかない筈の(少年)に、知性と知恵が生まれた。

 

 話を戻すと、彼には名前を与えられる事が無かった。名前という概念は知っているが、しかし名乗る必要も無ければ、今この瞬間十六夜に尋ねられたことが初体験。

 

 一方で困っているのは二人の方も同じくだ。

 

「記憶喪失、という事でしょうか?」

「いや?どっちかっていうと、そもそも名前が無いって見るべきだろ」

「名前が?」

「結局のところ、名前は付けられて、そして呼ばれて初めて意味がある。そして付けられたとしても、呼ばれなけりゃ、な?」

 

 十六夜の言葉は、黒ウサギとしても分からないものではなかった。

 ある意味、勘違いだ。

 

 そもそも少年は名前を必要とせず、もっと言うならば名前を付けてくれる相手が居なかった。

 その一方で、黒ウサギの方は少年が名前をも付けてもらえなかった劣悪な環境の住人であった、と考えていた。

 どちらも、親が居ないが前者は少年に、後者は親に、それぞれの問題点を置いている。

 そして、正解は――――前者。

 

 少年は、両親含めた群れ(一族)の悉くを喰らい尽くしていた。

 

 空腹だったから、そして彼は尋常ではない大食漢でもあった。

 喰らって、喰らって、喰らって。気付けば周りには誰も居なかった。

 その時には、ただ満たされた満腹感だけがあった。だが、知恵を付け(上位者を食らい)精神(内面)の成長を経て、覚えた自己嫌悪は歪みを与えた。

 

 何を思ったのか、十六夜は更に距離を詰めようと近付き、少年は木の幹を背に立ち上がる。

 

「来るな」

「ハハッ、どうした?取って食おうって訳じゃないんだぜ?」

「近寄るな」

 

 軽薄に笑う十六夜に、少年は硬い声で告げる。

 同時に、その体に僅かな紫電が走った。

 本来ならば人体ではありえない現象だ。

 だが、逆廻十六夜の足を止めるには到底足りない。寧ろ、

 

「――――良いな、オマエ。さっきの蛇より、面白そうだ!」

 

 その好奇心を刺激する。

 これに慌てるのは、黒ウサギだ。

 

「ちょ、十六夜さん!?我々にこれ以上時間をかけている暇はないんですけど!?」

「硬い事言いっこ無しだぜ、黒ウサギ!今更、一時間だろうが二時間だろうが、遅れた所で変わらねぇよ!」

 

 既にエンジンがかかっている十六夜を止める事は出来ない。

 好奇心が刺激して已まないのだ。

 

 目の前の少年には何かがある。自分の知らない、未知の何か(浪漫)が。

 逆廻十六夜にとって、動く理由はそれだけで十分だ。

 

 相対する少年も、十六夜の雰囲気に逃げられない事を察する。

 何をされるかは分からないが、しかし荒っぽい事になりそうだ、と磨かれた第六感が警鐘を鳴らしてくる。

 故に、抗うならば――――()()()

 

「ぅぅぅぅ…………――――Grrrrrrr……!」

 

 獣化。雷光を纏いし、深い夜の毛並みを持つ異形の怪物。

 

「Oooooooooooo!!!!!」

「ハッ!良いぜ、オマエ!」

 

 救いの担い手と理外の獣がぶつかり合う。

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