病院は苦手だ。
どうしても、思い出してしまうから。
アルコール消毒液の匂いがツンと鼻を刺す。
その日、
リコリスはそうそう入院なんてしない。
怪我こそ絶えないが、大抵はDA直轄の治療施設でどうにかなるから。
じゃあ、なんで私は病院にいるのか。
先天性心疾患。
それが、私の身体を蝕むものの正体。
訓練で激しい運動をした後で心臓が苦しくなって倒れた私は、病院に運ばれた。
リコリスの平均寿命は約十八年。
短いと思うが、何せ活動の内容が内容だから仕方ないのかもしれない。
そんなただでさえ短いリコリスの寿命だが、私の場合は更に短い。
病院のお医者さんからも、成人するまで保たないと告げられていた。
私は助からない。
私に未来は無い。
夢や希望も叶わなく、大人になってやりたいことがあってもやれない。
私に、『これから』はやって来ない。
彼女と出会ったのは、そんな風にこれからを諦め始めた頃だった。
「千束、彼女が今日から……」
「はじめまして、千束! 私は
よろしく! と差し出された手を握ると、ブンブンと激しく上下に揺すられた。
先生から紹介されたその人は、なんというか、綺麗な人だった。
年は私の三つ上。濡羽色の髪を真っ直ぐに伸ばし、背筋を張り、私と同じファーストリコリスの赤い制服に身を包んでいる。
右目尻にある泣きぼくろが特徴的な、目の覚めるような美人さんだ。
これまで綺麗な人を見たことはあったけど、彼女は一際目を引いた。
何より、その自信に満ちた眼に。
瞳の色は黒だけど、明るい未来や希望を閉じ込めたような綺麗な眼。
「他の子じゃあ君の足を引っ張りかねないってことで、私にお鉢が回って来たってわけさ!」
「言い方はアレだが、まぁ大体その通りだ。仲良くな、千束。滝奈、千束を頼むぞ」
「任せたまえ、ミカ先生!」
強烈だった。
キラキラと輝くような雰囲気。自信に満ちた表情。
大人びているようで、でも子供っぽくもある不思議な人。
この人が、今日から自分の相棒になる。
たったそれだけで、私はどうしてか前を向けるようになった。
前を向きたいと、思うようになった。
「よろしく、相棒!」
「────うん! よろしく、滝奈!」
これが、彼女との出会い。
鮮烈で、鮮明で、色鮮やかな初めまして。
でも、今にして思えば。
どうして出会ったのが病院だったのか。
あの時、もっとよく考えておけば良かった────。
それから、私と滝奈はずっと一緒だった。
リコリスとしての訓練や任務の時は勿論、寮の部屋も同じだったから寝る時も同じだったし、ご飯の時もそう。
私がフキや他のリコリスと揉めた時も、具合が悪くなった時も側にいてくれた。
隣に居てくれるだけで、心強い人。
私が人工心臓の移植で助かると分かると、一番喜んでくれた。
良かった、本当に良かったって、自分のことみたいに。
手術の前も、終わった後も一緒に居て励ましてくれた。
手を握ってくれるだけで、安心させてくれる人。
電波塔事件の時だって一緒。
二人だったから、解決出来た。電波塔は折れちゃった時は二人して焦ったのはいい思い出。
一緒なら、何だって出来ると思わせてくれる人。
滝奈は、色んなことを教えてくれた。
面白いことも、下らないことも、役に立つことも、そうじゃないことも。
先生やDAの大人たちからは教わらないこと。
私はそれを聞くのが一番の楽しみだった。
滝奈の口から語られるキラキラした話が、私にとっての宝物。
ずっと一緒だった。
ずっと一緒に、人を助けていけると。
ずっと一緒だと、そう思っていた────
「……せんせい、いま、なんて……?」
「滝奈が、病院に緊急搬送された……」
その日は、月に一度の定期検診の日だった。
私が移植された人工心臓の検査を受けに行ってる間に、滝奈は倒れた。
最初に発見したのは滝奈と仲の良いセカンドリコリスの娘で、彼女に用があって部屋まで行くと、寮の自室で倒れているところを発見したらしい。
────滝奈は、心臓が悪くなっていた。
成長するにつれ悪化していく病。
これまでは薬でどうにか騙し騙しやってきて、それでどうにかなっていたらしい。
だが最近になって急に容体が悪化。
そして、今回のことが起こってしまった。
知らなかった。
私の前では、そんな素振りすら見せなかったから。
滝奈はいつも強くて、優しくて、綺麗でカッコいい。
私の、私たち歳下のリコリス皆の憧れ。
その滝奈が、なんで、こんな。
「せんせい、滝奈、助かるよね……?」
「……それは」
「私が、助かったんだもん。だから、だから、滝奈も────」
私は救世主さんに助けられた。
だから、滝奈だってきっと助かる。助けてもらえる。
だから、
「せんせー……?」
「すまない、千束……っ! すまないっ……!!」
先生がこうして泣いているのも、何かの間違いなんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「本日付けで配属になりました、井ノ上「滝奈……?」……えっ」
井ノ上たきなは、只々困惑せざるを得なかった。
というのも。
「……たきな。滝奈、滝奈!」
「えっ、ちょっと、あの!?」
自分の知る限りでは面識の無い相手に自己紹介をしたつもりが、何故か自分の名前を知られている上に、まるで旧知の間柄のように抱きつかれたからだ。
全く意味がわからなかった。
DA本部から異動になったことよりも、異動先が表向き喫茶店の支部であることよりも、更に。
たきなの認識では、目の前の白い髪の少女とは紛れもなく初対面だ。それは間違いない。
にも関わらず、何故こうも親しげなのか。
知らない間に一方的に知られていたというのか。
「千束」
「おかえり、滝奈! もう、何処行ってたんだよぉ」
「え、は、あの?」
「千束」
「先生! 滝奈が帰って──」
「────千束っ!! 」
「っ!」
先程挨拶を交わしたこの店、喫茶リコリコの店長であるミカの突然の怒声に、思わず少し肩が震える。
千束と呼ばれた少女もびくりと肩を震わせると、不気味なはしゃぎようがなりを潜めた。
同時にしんと、空気が冷たく凪ぐ。
「この子は、あの子ではない。分かるな?」
「……うん、そうだね。そうだよね、ごめんなさい」
「いや、私も大声を出して悪かった。すまない」
「ううん。先生は悪くないよ」
状況が全く掴めない。
空気を読むことに自信があるわけではないたきなだが、只事ではない事情があることは察することは流石に出来た。
とはいえ、具体的に何が分かった訳でもないが。
「あの、何がどういう……?」
「あー……まぁ、色々あんのよ。色々」
近くにいる元DA情報部だという中原ミズキに尋ねても、いまいち要領を得ない。
分かったことは、自分に抱きついてきた少女の名前は千束。
司令である楠木が口にしていた名前と一致する。
東京で、つまり日本で一番優れたリコリスであるという。
「やーゴメンね、変なとこ見せちゃって」
「いえ……」
分からないことは多々ある。
どうして名前を知っていたのか。何故DAの支部が喫茶店を装っているのか。ここはどういう支部なのか。
そして、
「じゃあ、改めまして」
『あの子』とは誰のことなのか。
「はじめまして、たきな! 私は千束! 今日から君の相棒だ!」
彼等の事情は知らない。
出会ったばかりで知る由もない。
本部に復帰する為に必要なことだとも思えない。
だが、何故だろう。
「よろしくね、『相棒』!」
「……はい、よろしくお願いします」
知らなければいけない気がする。
知らなければ、何かが手遅れになってしまいそうな。
そんな気がした。
そういえば。
以前、フキと初めて会った時も随分と驚かれたことがあった。
何か関係があるんだろうか……?
最後まで読んでいただきありがとうございます!
なんとなく思いついたもの書いただけなので続きはないです、今のところ。アイディアは無いわけではない。
けど鬱になりそうな展開ばっか続きそう・・・・・・!
感想、評価等いただけると嬉しいです。よろしくお願いします!