「千束は、将来どんな大人になりたい?」
黒の長髪をたなびかせ、少女は妹分へと問いかけた。
「しょーらい?」
「うん。こんな風になりたい、みたいなのがあるかい?」
「うぅ〜ん?」
黄色みがかかった白髪を赤いリボンで括った少女は、年相応の細く小さな指を自分の顎にあてて考える。
つい最近まで未来は無いと思われていた少女にとって、将来の自分というのはあまり考えたことのないものだった。
一先ず命の危機が遠ざかり、やってみたいことは思い当たるが。
「滝奈みたいになりたい!」
「それは良い答えだ! ……と、言いたいところだけど」
「ダメなの?」
なので唯一思い浮かんだ答えを素直に告げたが、長髪の少女はそれをよしとは思わない様子。
「ダメってことはないさ。けど、私もまだ子供だからね。大人の参考例としては、ちょっと力不足かな」
役不足だと言う黒の少女の言葉に、白髪の少女は不満を覚えた。
少女にとっては目の前の人物こそが今の自分の憧れで、それを否定されるのがたとえ本人からだとしても、納得がいかないのだ。
「滝奈は、どんな大人になりたいの?」
「私? 私は、そうだな────」
なので、逆に問うことにした。
白の少女から見て十分大人に見える彼女は、将来どうなりたいのか。
「人を、助けられる大人になりたい。もっと言えば」
「正義の味方、かな」
Q.分からないことがあればどうすれば良いか。
A.調べる。
Q.では、調べてもどうにもならなかったら?
A.知ってる人間に直接尋ねる。
「店長。少しいいですか?」
本部から移動して暫く。
喫茶リコリコの業務にも慣れた頃、たきなは抱えていた疑問の答えを得るべく店長であるミカに声をかけた。
「どうした、たきな? 仕事で分からないことでも……」
「いえ、仕事の内容は把握しています。聞きたいのはそれではなくて」
「?」
体格に見合わぬ柔らかな笑みを浮かべる偉丈夫は、少女の意図を掴みかね眉を僅かに曲げる。
現在は店の開店時刻前。
今日の準備を済ませ、店の中にいるのは買い物に行った千束を除く三人のみ。
聞くなら、このタイミングしかなかった。
「『あの子』とは、誰のことてすか?」
「っ!?」
柔和な表情が、凍った。
それは驚いたというより、あまり触れて欲しくはない部分に触れられたといった、そんな顔。
実際そうであろうことは、たきなも承知していた。
この話は、この店にとって一種の禁忌に近いことを。
「最初の日に言ってましたよね。私が『あの子』ではないと」
「それは……」
それを承知した上で、今日たきなは尋ねた。
リコリコに初めて来たあの日から、自分の中で引っかかっていた疑問を解かすために。
リコリコの従業員はたきなを含めて四人。
それは間違いなく、過去にも他の誰かが働いていた形跡はなかった。
ならば『あの子』とは、何者なのか。
「教えてください」
「しかし……いや、そうだな。知っておくべきか」
「いいの?」
カウンター席に腰掛けていたミズキが、心配するようにミカに確認する。
普段は千束を雑に扱うこともある彼女だが、内心ではミカに負けず劣らず千束を気にかけていることはたきなにも分かっていた。
「迷惑を被ったのも、今の千束の相棒もこの子だ。なら、知る権利はあるだろう」
何かを諦めたような、或いは覚悟を決めたような。
ミカはどちらとも取れぬ顔を見せると、ついてきなさいと言い、店の奥へと入っていく。
ミカの背中を追い、着いたのはリコリコ内に幾つかある和室の一つ。
そこの押し入れから取り出された、一つの箱。
その箱に収められていた一枚の写真を手渡される。
「これは……」
そこに写っていたのは、今より随分と幼い外見の千束と。
赤い制服を着た、たきなとそっくりの顔をした少女の姿。
二人仲良く、並んで笑みを浮かべて写っている。
「その子はゆうき滝奈。千束の前の相棒で、つまりは君の前任者だ」
「前の……」
自分と瓜二つ、名前まで同じの少女。歳もそう変わらないだろう。
双子だと言われてもおかしくない。
違うのは目尻の泣きぼくろと、制服の色の違いくらいか。
世の中には同じ顔の人間が三人いると聞いたことがあるが、ここまで似ているとなると自分の分身のようで、不思議な感覚を覚える。
「確かに、これなら見間違えても無理はありませんね……」
「あぁ。実際、私も驚いたよ」
ミカがたきなの顔を最初に見たのは、先日の銃取引現場のこと。
千丁の銃が消えることになったあの事件現場で、ライフルスコープ越しにたきなの顔を見て、己の目を疑ったのは記憶に新しい。
「この人、今はどちらに?」
千束と組んでいた程のリコリスなら、当然本部にいるのではないか。
本部に居た時間はそう長くはなかったたきなだが、目標であった本部所属のファーストリコリスの名前と顔は凡そ把握している。
まして自分と同じ顔のリコリスなら、記憶に残らない筈もない。
だが写真の中の人物を見た記憶は、たきなには一切無かった。
そういう人物がいるとも聞いたことがない。
ミカは目を伏せ、重々しく口を開く。
「もう、亡くなっている。丁度君くらいの歳の頃だったか」
「っ!? すいません……」
「いや、いいんだ」
弱々しく首を横に振る。
彼女、滝奈の話をしてから、ミカの姿はどこか老人のように映る。
普段は頼もしさを感じさせる背が、ここに来るまでは、年老いた老人のそれのように小さく感じた。
「……どんな方だったんですか?」
空気を変えるべく、たきなは話題を少し逸らす。
彼女には、それが精一杯だった。
「あの子は、滝奈は慕われる子だった。千束だけじゃなく、他のリコリスたちからも」
「優秀、だったんですか?」
「あぁ。今でこそ千束が歴代最高と言われているが、それ以前は彼女の呼び名だった。ファーストの昇進記録も、彼女が持っていた」
滝奈は、たきなの予想を超える成績の持ち主だったらしい。
ファーストの称号は、決して伊達ではない。
リコリスの中で最上位の力を持つことの証であり、それ以下とは一線を画すのがファーストリコリス。
たきなにとっても目標の一つであり、未だ手の届かぬ領域。
「千束さんは、この人と仲が良かったんですね」
「それはもう。ずっと彼女にべったりで、本当の姉妹のようだった」
二人の様子を話すミカの顔が、少し明るくなる。
それだけ思い入れがあったのだろうことは、たきなにも容易に察することが出来た。
千束にも言えることだが、彼女のことも娘のように思っていたのかもしれない。
ミカは千束と滝奈の昔話を幾つか聞かせた後、ふと口を閉すと小さく頭を下げた。
「店長……?」
「身勝手な話かもしれないが、たきな。千束を頼む」
「えっ……?」
それは、喫茶店の店長としてではなく、DA支部の司令官としてでもなく。
錦木千束という少女を思う、大人としての、ミカ個人としての嘆願。
「あの子は今も彼女のことを引きずっている。いや、囚われていると言えばいいのか。滝奈が亡くなってから、あの子の時間は止まったままだ」
滝奈の心臓が止まったあの日から。
千束の時間も止まっている。
「私も油断していた。あの子はもう大丈夫だと、乗り越えられたのだと思っていた。だが、滝奈が千束に与えたものは、私の予想など遥かに超えていた」
表向きは明るく振る舞っていても。
朗らかに笑っていても。
千束の中に残されたものは、本人が認識しているよりずっと根深いところに突き刺さっている。
今もなお。今のままでは、これからも。
ミカは、身体を支える杖を強く握りしめる。
「頼む、たきな。あの子を、千束を────」
「ただいまー! 千束が帰ってきましたよ〜!」
ミカの言葉の端を遮ったのは、他でもない買い出しから戻った千束の声だった。
「ミズキー、先生とたきなは?」
「奥よ。何してるかまでは知らないけど」
姿が見えないたきなとミカを探す千束の声。
こうして聴くと、とても過去を引きずっているとは思えない明るさ。
「……戻ります」
「そうだな。戻ろう」
間もなく店の開店時刻。
二人は写真を仕舞うと、もと来た道を引き返した。
「千束さん」
「おっ、たきなお疲れ〜! どうどう? お店にはもう慣れた?」
キッチンルームでは、千束が買ってきたものを冷蔵庫に仕舞っていた。
妙に菓子類が多いように見えるが、彼女に買い出しを任せると大抵はこうなる。
つまりいつもの、たきなにとってすっかり見慣れた光景。
「先生と何してたの?」
「気になることがあったので、店長に少し話を聞いていました」
「えぇ〜ホント〜? 実は秘密の「千束さん」」
「私と滝奈さんを重ねるのは、やめてもらえませんか」
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