「夏綺、この後いいか?」
どうやら面倒事に巻き込まれそうだ。迅さんの表情を見て私は悟った。
「ここでも大丈夫ですか?それとも…」
「支部に行こう。その方がいい」
いつもの緩い笑みを消して、真面目な顔で迅さんは言った。その言葉と共に歩き出したので彼の後について玉狛支部に私も向かった。
玉狛支部、ボーダーには本部とは別にいくつか支部が存在する。その中の一つで旧ボーダーの思想を受け継いでいる場所でもある。
現在ボーダーは三つの派閥に分かれている。
「ネイバーは全て敵」という思想の城戸派、「ネイバーは敵だが街を守ることが最優先」の忍田派、そして「ネイバーにもいい奴いるから仲良くしよう」の玉狛派である。現在のボーダーになる前、いわゆる旧ボーダー時代は玉狛の考えがメインだったと聞いたことがある。そもそも城戸司令も忍田本部長もみんな旧ボーダーの人だから元々はその考えだったはずなのだ。
ちなみに私は忍田さん寄りの考えだ。そう何度も公言しているのに城戸さん辺りから「なにを企んでいる?」と聞かれるのは迅さんといるからだろう。
迅悠一。玉狛支部所属の『自称』実力派エリート。旧ボーダーの頃からの戦闘員で未来視という破格のサイドエフェクトを持つ。趣味は暗躍とセクハラというダメ要素の強めな人間だが……。
「今なんか失礼なこと考えてないか?」
「セクハラが趣味なのはアウトですよ…。それで私を呼んだのはなんでですか?いやどうせ暗躍の手伝いとかなんでしょうけど…」
「手厳しいね夏綺は…。まぁ本題はそんな感じ。近いうちにボーダーを揺るがす事件が起きる。その時夏綺は現場に居合わせるはずだ」
「未然に防いで欲しいということですか?」
「いいやそれは無理だ。むしろ防がない方がいい」
「どういうことです?」
「夏綺がそれを妨害しても未来は変わらない。むしろ悪化すると言っても過言じゃない。だから静観して欲しいんだ」
「それがボーダーのためになるならその通りにしますよ」
「助かるよ。何も言わなかったら手出しする未来の方が可能性として高かったからな。あとお前のサイドエフェクトでその事件を詳細に記憶して欲しい。誰がやろうとしているのかも含めてだ」
「迅さんのサイドエフェクトでもわからないんですか?」
「知らない人がいる場合その人の顔にはモヤがかかっててわからないんだよ」
「それは初耳でした。それじゃあ事件に居合わせたら私は一連の流れを詳細に記憶すればいいんですね?会話はどうします?」
「可能なら耳も強化して欲しいかな。まぁそれはお前に任せるよ。ただ一番重要なのは『誰が』『何を』したかなんだ」
「了解です。それじゃあもういいですか?」
「おっと帰るにはまだ早い。今日の晩メシ当番はレイジさんなんだ」
「レイジさんは今日私が来ることを?」
「もちろん伝えてあるよ。食ってくだろ?」
「ご馳走になります」
「そんじゃあ時間まで試してほしい
その提案に私はどうして?と思った。迅さんの言う「
「で、これはどういうトリガーなんですか?」
「射撃トリガーだよ。ただトリオンのコントロールを上手くやらないと使い物にならないって言ってた」
「それで私を指名したんですね」
「そういうこと。ボーダーの中じゃトリオンコントロールで夏綺に敵う奴なんかいないだろ?」
「出水くんとか玲ちゃんなんかは上手ですよ?まぁその二人は指名出来ないですよね…」
「わかってるならなにより。そんじゃあちょっくら試し撃ちしてくれ。マニュアルは預かってるから」
そう言って迅さんはマニュアルを投げ渡した。とりあえずマニュアルに目を通して起動してみる。試し撃ちなのだから失敗しても何かが起きる訳ではない。
「トリガー起動」
いつも通りにトリガーを起動すると普段の私の隊服姿に切り替わった。本当に最初から私に試させるつもりだったらしい…。このフライシュというトリガーはマニュアルを読んだところボーダーの射撃トリガーと大差ないような印象を受けた。
「迅さん、テキトーに的出してもらっていいですか?」
『動かない的でいいよな?』
「仮想戦闘だし普通にトリオン兵でお願いします」
『そんじゃあ宇佐美のプログラム出すか。1時間はトリオン兵出続けるから頑張れよ』
そう言って迅さんは通信を切った。まぁコントロールルームから見ているだろうけど。トリオン兵が現れると同時に私はマニュアルに従ってトリオンキューブを作り出した、いや作り出したはずだった。
「くっっそ本当に難しいわね…」
思わず悪態をついてしまう。このトリガーの最大の長所は射程と自在性である。だがそれを扱うにはかなり正確なイメージとイメージ通りに弾道を引くトリオンコントロールが必要なのだ。普段無意識に作り出すキューブですらちゃんとその大きさ、形をイメージしないとどうやら作り出せないらしい。これはこのプログラムじゃない方が良かったかもしれない…。
とにかくまずはキューブを出すことから始めないといけない。大きさは普段の半分程度…私の右手の下に出す…27分割で射出……。するとキューブは出現した。しかし形が歪である。これはつまり私自身の想像力とコントロール不足なのであろう。でも今はこれでいい。とりあえず第一関門は突破だ。あとはこれを分割して撃てれば何とか…。
「チッ……上手くいかないわね。イライラするわ」
分割する前にキューブが消えてしまった。どうやらキューブをイメージしたまま分割後の状態をイメージしないとすぐに消えるようだ。
『だいぶ苦労してるな』
「一旦普通の的出してもらっていいですか?まずは綺麗なキューブを出してそれをきっちり当てるとこから始めたいです」
『やっぱりそうなったな。ちょっと待ってな…はいよ』
「こうなることが視えてたんですか?」
『まぁな。でもやらせた方がいい方向に行きそうだったから』
なんでも見透かされてるか…。今度は動かない的が私の前に現れた。さっきと同程度のキューブ…いつもの位置…そのまままっすぐ飛ばす…。
するとさっきよりは綺麗なキューブが出てきてそのまま的に当たった。しかし的は倒れるだけで傷はついていない。
「迅さんこれってもしかして…」
『どうやら「どんなダメージ」を与えるかもイメージしないといけないっぽいな…。メテオラのようにするのか普通に貫通させるのか』
「これ実は
『無いよ。れっきとしたノーマルトリガーだ、まぁトップクラスのトリガー使いしか使えないとは言ってたけど』
「こんなふざけたトリガーを使えるって本当に凄いですよ。でも今のでいろいろわかってきました」
そう言って再びキューブを出す。やはり分割しないでまっすぐ的に向かって飛ばすイメージをより強くする。弾が当たると的を貫通して的に穴があく様子までイメージする。そして撃ち出す。
『とりあえず成功、か?』
「これを成功というのはシューターとして負けたような感じがありますけどね。でもまぁ、最初に比べたらそうですね」
『相変わらずストイックなことで…。で、どうする?』
「とりあえず普段のトリガーをどう使っているかを振り返ろうかなと思います。キューブの大きさとかもしっかり計測したいですし」
そう伝えて私はフライシュを解除して普段のトリガーを起動した。迅さんにも訓練室に来てもらいいつも通りのキューブを出してそれを計測してもらう。計測結果をメモしてその日は終わりとした。
その後食べたレイジさんのご飯は相変わらず絶品でなんというか女子としていつも負けた気分になるのだ。レイジさんからレシピは習っているものの何故かあの味にならない…。
翌日も玉狛に来てフライシュの扱いを練習するがどうも上手く行かない。
しかしマニュアルの一文を思い出すとそこからはそこそこ扱えるようになった。
射程と自在性が比例するというものである。つまりイメージを強く持ち『思い通り』に撃とうとすると『射程』がその分『伸びる』、ということだ。
逆に言えば何かの『型通り』に撃とうとすれば『射程』は『短く』なる。
つまり最初は普段のアステロイドなどをイメージして撃つことで扱いになれ、そこからイメージを膨らませていけば解決するのでは、と考えたのだ。予想は大当たりし、迅さんに誘われた日から1ヶ月程である程度使えるようになっていた。
「よう、だいぶ上手くなったな」
「型があればあとはイメージを膨らませるだけですから。それに私は本部でも随一のバイパー使いですよ?」
「それもそうか。バイパーの弾道をリアルタイムで引けるのなんてお前と出水、那須くらいだしな」
「はい。でもこれ玉狛では使える人いないですよね?どうするんですか?」
「ん?いやそれなら…」
「おー藤井、久しぶりだな」
そのタイミングで声をかけてきたのは玉狛支部の林道支部長だった。どうやら本部での会議から戻ってきたタイミングらしい。
「お久しぶりです。お邪魔してます」
「いやいや、藤井にはいつも迅に付き合ってもらってるし気にするなよ。それよりどうだ?ソイツの扱いは」
「一応戦闘プログラムは対処出来るようになりましたよ。でも玉狛の方ではこれを使いこなすのは…」
「だよな、俺もそう思っていた。だからそれ、お前にやるよ」
「え?いやいや私は本部所属なので…」
「実はさっきの会議でお前の扱いも議題に上がってな…」
そう言うと今日の会議のことを話してくれた。ただのB級が聞いていいのだろうか、と思っていると迅さんから大丈夫だ、という視線を送られた。
林道さんの話をまとめると私は今後A級の個人隊員として扱われる、本部所属でありながら玉狛のトリガーを防衛任務に限り使うことが出来る、A級扱いになったことでこれまで以上にそういった任務や仕事が割り振られる、といったものだった。
「それ面倒なんで今からお断りは…」
「無理だな。そもそも誰も反対しなかったし」
「夏綺がただのB級ってのも意味がわからないからな…太刀川さんとまともに戦えてどのチームとも上手く連携が取れて本部での事務仕事もできる、しかも『個人』だからな。東さんとかもその枠だけど後進の育成のためにB級にいるような人だからなぁ」
「ま、そういうこった。固定給も出るし悪くないんじゃないか?」
「遠征とかは行かないでいいんですよね?」
「あれはチームとして選ばれるから関係ないよ。ただ遠征部隊の戦闘訓練には呼ばれるかな」
まぁその程度なら、と思った。しかしそうなると学校の公欠が増えそうで心配である。三門市立大は公立ながら毎年数名の指定校推薦を受け入れている。そのためになるべく休まないように、学校の授業への影響は最小限になるようにボーダーの方の任務を入れていたのだが…。
「勉強は心配ないよ。お前は現時点でかなりよくやってるからこの調子でやればちゃんと指定校推薦が取れる」
「それでも心配なものは心配ですよ…」
「本当に心配性だねお前は…。でも大丈夫だ、『俺のサイドエフェクトがそう言ってる』」
「それ、あんま信用してないんですよね…」
「なんだと!?実力派エリートがこう言うのに…」
「まぁ頑張りますよ。さすがにテスト前とかは減らしてもらいますけど」
そう言って正式にフライシュを貰い玉狛を後にした。一応フライシュの他にバッグワーム、シールド2枚が入ってるがまだ本部の方でトリガー登録をしていないのでこれを外で起動することは出来ない。いや、正確には起動しない方がいい、である。現時点で起動してないと未登録のトリガー反応を検知され場合によってはネイバー扱いされてしまうからだ。
開発室に向かい新しいトリガーを登録してもらいそのまま家に帰った。
「こちら藤井、鳩原先輩と他数名を取り逃しました。ですがゲートに入って行くところを見ました。鳩原先輩は『向こう』の世界に『密航』したものと思われます」
「分かった…。俺たちが現場に残りトリオン反応などを探知する。藤井は先に戻って事の顛末を報告してくれ」
「承知しました、風間さん」