「承知しました、風間さん」
そう言って私は本部に戻った。その足で会議室に向かう。私が着くと既に城戸司令や忍田本部長などボーダーの幹部が揃っていた。
「藤井くん、報告を」
「はい。先ほど二宮隊のスナイパーである鳩原先輩が数名の人ともにゲートの向こうに行きました。私の記憶にない人の顔だったので民間人と思われます。現在現場では……」
簡潔に何が起きたかを、そして現在の状況を伝えてから質問に答える形で私が見て記憶したことを伝える。攻撃して防ぐことが出来たのでは、という指摘に関しては距離がありすぎて無理だったから状況を記憶する方に集中した、と答えることで誤魔化すことが出来た。正直に『迅さんから事前に手を出すな』と言われていたとは言えない。
一通り報告を終えると下がっていいと言われたので会議室を後にした。この後どのような決着にするかを話し合うのだろう。場合によっては二宮さんも呼ばれる可能性はある。そう思いながらスマホを見ると東さんから連絡が来ていた。
「どうかしました?」
「鳩原の件、知ってることを聞かせてくれないか?」
「なんの事ですか?」
とりあえずとぼけることにした。東さんクラスならさすがに知ってるだろうが私から話したという事実が残るのは良くない。一応他言無用とされているのだ。
「とぼける必要は無い。風間からさわりだけは聞いてるからな」
「なるほど。とはいえ私からは言えないですよ」
そう言外に質問形式でなら、と伝えると東さんから質問が飛んできた。もっともYES/NOクエスチョンだったし、「そんな感じです」だとか「ん〜それはちょっと…」とかぼかしたような返事だけだったが。東さんは少し前から鳩原先輩のことを気にかけていたようだった。それと同時に鳩原先輩を慕っていた絵馬くんが心配なようでもあった。
「絵馬くんは大丈夫だと思いますよ。彼は強いと思うので」
「そうか?まぁしばらくはスナイパーの方で変な噂が広がらないように警戒するしかないか」
「私はカゲさんの方が気になりますね。絵馬くんが落ち込んでるのを見て上層部に乗り込みに行きそうで…」
「さすがの影浦もそれはしないだろう。北添が止めそうだ」
実は東さんと話している間に鳩原先輩は隊務規定違反でクビ、二宮隊はB級への降格の処分が決まっていた。当然鳩原先輩が密航した、なんてことは言えない。恐らくどういった違反かを聞いても濁されて終わるだろう。その態度にイラついたカゲさんが何かをしてしまう可能性が一番高いのでは、と私は睨んでいる。
「それじゃあ私はこれで。他に答えられることは無いですから」
「あぁ、助かったよ。また麻雀でもやろう」
「次こそは東さんにも勝たせて貰いますよ」
そう言って東さんのもとを後にした。そしてその足で自宅に戻り迅さんに電話をかける。
『助かったよ。上手く誤魔化してくれてありがとう』
「迅さんの頼みですから。これで未来がいい方に行くんですよね?」
『そうだな〜…まぁ最善ではないけどかなりいい方だよ』
「そうですか、わかりました。明日また玉狛に伺いますね」
『おう、待ってる』
翌日、事の顛末をもう一度詳細に伝えフライシュの練習をしてそのまま任務にあたった。最近では防衛任務中に積極的にフライシュを使うことにしている。そもそも普通のアステロイドのように撃っていれば私のトリオン量的にノーマルトリガーと玉狛トリガーの違いなんてわからないのだ。最初の方こそ本部公認とはいえあまり良くないかな、と思いノーマルトリガーで任務に当たっていたが太刀川さんに「お前の新しいトリガーはどこが違うんだ?」とノーマルトリガーを使っている時に聞かれてからはフライシュを堂々と使っている。ちなみに出水くんはパッと見でわかるようで太刀川さんのことを心底残念そうな目で見ていた。なんなら小声で「いつものだよ…違うわけないだろ……」と呆れながら呟いていた。
いつも通りに任務を終えるとラウンジが少しばかり騒がしい。何があったかと覗きに行くと影浦隊にB級降格という処分が下されていた。通達文を読むとカゲさんが根付さんに暴行を加えたとのこと。図らずも東さんに話した通りになってしまったらしい。
ちなみに東さんからは「迅のSEを共有できるようになったのか?」という本気なのか冗談なのかわかりにくい連絡が来た。そんな訳ないでしょう、と返すと「いつも一緒に色々やってるからそう思っただけだ」と言われた。もしかして迅さんと行動してるせいで私まで暗躍してると思われてる?私はただのしがないB級隊員だと言うのに…。いや、A級の個人隊員になったんだった。そう思いながら玉狛に着き、迅さんに詳細を伝えた。話だけなら林藤支部長から聞いてるのでは、と思っていたら「又聞きと実際に聞くのとは違うんだよ」と言われ心底感心した。
あまりにもまともなことを言うので何か悪いものでも食べました?と聞いてしまったほどだ。
そして月日が流れ12月になった。この間色々なことがあった…。荒船さんが突然スナイパーに転向したり、B級ランク戦で二宮隊・影浦隊が蹂躙劇を繰り広げたり…。あと秋の文化祭では二宮さんがやってきて地元有志としてバンドを組んでいた。
来年に向けて三門市大の文化祭にも足を運んだ。諏訪さんが風間さん、レイジさんと組んでビールとおつまみを売っていたのは、あまりにもらし過ぎて笑ってしまった。ちなみに太刀川さんは授業に出席していないのに文化祭にはしっかり来ていて、教授に見つかり研究室でレポートを書かされていたらしい。自業自得である。
そんな事を思い出しながら任務にあたっていると、風間隊の歌歩から通信が入る。
『イレギュラーゲート発生、市街地の方に開いたから夏綺ちゃんお願い!』
「最近多いんだけど一体どうなってんだか…。藤井了解!風間さん、しばらく離れます」
『あぁ、頼んだぞ藤井』
そう言って私は駆け出した。ここ最近誘導装置が上手く働かないのか、市街地付近、稀に市街地にゲートが発生する。幸いにも、現在までに民間人や街への被害はまだ確認されてない。近くにボーダー隊員がいることが多く、迅速に対処出来ている為だ。そんな事を考えているうちに警戒区域と市街地の狭間近くのゲートにたどり着き、出てきたトリオン兵をすぐに処理する。数が少なかったためあっさり処理が終わり、以降は平和に任務が終わった。
基地に戻ると忍田さんから呼び出しがかかり、本部長室に来るよう言われた。何かやらかしただろうか、と考えるが心当たりは無い。いや迅さんが絡んでたらむしろ心当たりしかないが、私単独だとすると本当にない。ビクビクしながら行くと、助言を求められた。
「このところイレギュラーゲートが多発しているのは知ってるな?原因に何か心当たりとかは無いだろうか?」
「いや私もそれを考えてるんですけど…本部のエンジニアの方で何とかならないんですか?」
「原因が分からない以上対策のしようがない、というのが開発室の返答でね。まぁその通りといえばそうなんだが…」
「とりあえず考えてみます。もう一度イレギュラーゲートに関する情報を頂いてもよろしいですか?」
「すぐにまとめよう。欲しい情報は何だ?」
「まず日付と時間、それから場所。あとその時の警戒区域のゲート発生状況。それから…一応対応に当たった隊員をお願いします」
「分かった。ある程度はまとまっているから完了次第君の端末に送っておこう。一応このことはB級以下には内密に頼む」
「了解です。東さんや諏訪さん、二宮さん辺りは大丈夫でしょうか?」
「まぁいいだろう。ただし他言無用であることはしっかり伝えてくれ」
「わかりました、失礼します」
そう言って本部長室を後にした。やらかし関連じゃなくて良かった…と安堵すると同時にどこか考えられる場所がないかを探す。資料室は人の出入りがあるしこういう時隊室があるとなぁ…と思ってしまう。今年の12月レポートに個室のワーキングスペースのようなものが欲しいことを書こうかな…。勉強やレポート作成用の部屋としての建前で。そんな事を考えながら歩いていると後ろから声をかけられた。
「おう藤井、なんか難しい顔してんな」
「諏訪さん…こんにちは」
「なんかあったか?」
「本部長から課題を出されまして…諏訪さん、今って他に人います?」
「うちは今日OFFでな。堤は加古に引きずられてって日佐人は学校で課題、おサノは…なんか忘れたけど来ねぇぞ」
「ホントですか?じゃあ部屋借りますね。そういえば諏訪さんはなんでいるんですか?暇なんですか?」
「課題やりに来たんだよ…。しっかり資料当たらないと上手く書けないからな。図書館より集中できるしこっち来た」
「なるほど…」
そんな会話をしながら諏訪隊の隊室に向かう。行き詰まったら迷惑にならない範囲で諏訪さんを頼ろう、そう考えて私は現時点で持っている情報をまとめ始めた。私自身は、思考する時はアナログ派で考えのメモなどはルーズリーフに書きながら思考を形にしていく。
私が持っている情報は、最近イレギュラーゲートが開く、しかし大きな被害は現在出ていない、開発室も原因がわかってない。このら3つである。流石に情報が足りない、と思っていると諏訪さんにメモを覗き込まれた。
「あン?お前そんなことについて考えてんのか?てか忍田さんに押し付けられたの?」
「押し付け…いや私自身も考えてたとこなのでそんな感覚はないですけど…」
「開発室もよく分かってねーのか。雷蔵に文句言わねーとな」
「仕方ないと思いますよ。場所に規則性とかもないですから…。諏訪さんはどう思います、この件について」
「まぁそうだな…。まずは誘導装置の故障説、何らかの理由で誘導装置がぶっ壊れてて市街地や警戒区域の端にゲートが発生してる」
「それは私も考えました。でもそれなら開発室でわかると思いませんか?」
「だろうな。つーわけでその線はない」
「なら他には?」
「現状見当がつかねぇ。つかそもそも情報が少ないんだよ。俺だって遭遇したことある訳じゃないしな」
「それに関しては…ちょうど忍田さんから資料が来ました」
そう言って私のタブレット端末を渡す。すると諏訪さんがすぐに放り投げて私に文句を言ってきた。
「ザッけんなおい!これ思いっきり1ページ目に『機密事項』て書いてあんじゃねーか!」
「忍田さんから諏訪さんに見せる許可は得てます。もちろん他言無用ですけど。ちなみに他だと東さん二宮さんはB級でもセーフとの事です」
「クッッソこんなのハメ技じゃねぇか…」
ボーダー内部における資料の重要度は文言と色で分けられている。『機密事項』は基本的にA級以上のみが見られる。黒字なら全員だが、赤字になると隊長しか見てはならない。『重要事項』は基本的にB級隊長以上、ただし黒字の場合は隊長判断で隊員にも見せることが出来る。
とは言っても黒字の機密事項は一部のB級隊長は閲覧可能である。元A級の二宮さんカゲさん、それから東さん。年長者ということで、ものによっては諏訪さんも見られる。そのためそんなことを言われても、こちらとしては「何を今更」状態である。
「だいたい諏訪さんはただのB級隊長じゃないんですって。風間さんレイジさん寺島さんと同い年で仲がいいんですから。それに夜な夜な東さん冬島さん太刀川さんと麻雀やってたらそりゃー上層部も多少は開示しますよ」
「最近忍田さんからのメールが増えてんのもそれか…?」
「どうですかね…。さて諏訪さん、資料を見た感じどうです?」
「あーまぁ待ってろ。自分のレポート書きながらまとめっからお前もちょい考えてろ」
そう言ってタブレット返してくる。届いた資料を見ながら考えを深める。が、何も出てこない。時間も場所もバラバラで、やはり規則性は見つからない。強いていえば市街地付近では日中に発生していて夜間には発生していないくらいだ。ネイバーも夜は寝るんだろうな、というとこであまり参考にはならない。私がウンウン唸っていると諏訪さんが声をかけた。
「まず共通点を探してみろ。事件解決のためには全ての事件に何かある共通点を見つけるのがポイントだ」
「諏訪さんは何か分かったんですか?」
「ん、まぁ仮説程度だけどな」
そう言われ再び資料に目を通す。共通点と言われても……。それこそ日中に発生している程度だろうか。あとすぐに隊員が対処していて被害が出ていない。……ん?なんで都合良くボーダー隊員がいるんだ?イレギュラーに発生しているはずなのにボーダー隊員は必ずいる。対処した隊員に共通点はあるだろうか?探してみるもバラバラであった。アタッカーやガンナー、スナイパーなどポジションは満遍なくやはり共通点はない。とすると…
「諏訪さん、これもしかして私たちになんか発信機的なのがついてるとかですかね……?」
「さすがにそれはねーだろ。でもお前いい線いってるからもう少しじっくり考えてみろ」
そう言われもう一度資料に目を通す。対応したのは私、隠岐くん、犬飼先輩、菊地原…。まぁ全員腕はいいし戦いなれはしている…。でも諏訪さんが言いたいのはそういうことではなさそう…。
「お前も含めてその対応した奴らはどんな奴なんだ?」
「え?まぁ腕のたつ隊員だなぁ、と…」
「それ以外は?戦闘面以外はどうだ?」
戦闘面以外…?私以外はチームに入ってる…。犬飼先輩は二宮隊、菊地原は風間隊、隠岐くんは生駒隊…。ここも共通点はない…。出身地も隠岐くんは関西だし違いそう…。他には……
「………トリオン量?」
「俺もそう思うぜ。その資料にある初期対応した隊員は全員トリオン量が高い。おそらくゲートを開くのにその辺にいるやつのトリオンを使ってる、あるいはトリオン量の高いやつの近くにゲートを発生させるプログラムがあるんじゃねーか?」
「やっぱり諏訪さんてただのB級じゃないですよ…でもこの仮説が正しいとして対応できなくないですか?」
「そうだな、でも当面の対処はできる。誘導ができるんならそもそもゲートを強制的に閉じる、あるいは封鎖することくらいはできるはずだ。もちろん一時的なものになるけどな」
「だから対処なんですね…」
「そういうこと。
諏訪隊の隊室にある電話を借りて忍田さんに私の仮説を報告すると、明後日の会議に参加して欲しいと頼まれた。断るわけにもいかず、久しぶりの上層部会議に参加することとなった。諏訪さんに報告するとニヤニヤしながら頑張ってこいよ、と言われたので会議の場で諏訪さんも同様の仮説を立てたことをバラしてやる、と心に誓った。
翌々日、学校が終わりその足で会議室に向かう。イレギュラーゲートに関する会議に呼ばれてしまったためである。こんなの報告書を書いてそれで話してくれればいいのに…と思うが呼び出されては仕方がない。この歳にして組織の歯車になりつつあるのだ自分は。
「……ということで、私の仮説としては『トリオン量の多い人間の近くに発生しやすい』というものです。またB級の諏訪隊長も同じ考えでした。一先ずはゲートの強制封鎖とかが出来ればそれで対応するのがいいかと」
「ふむ…一理あるかもしれない。鬼怒田さん、強制封鎖は可能だろうか?」
「できないことも無い。が、今は基地のトリオンが足らん。トリオン能力の高い者たちに非番の日にトリオンを提供してもらうしかないわい」
「ではそのような通達を出そう。迅、何かこれに関する解決策とかはあるか?」
「ん〜…今のとこはなにも…。それよりも近々大きな攻撃があるかもしれない」
「それはどういうことだ?迅」
おっと一気に緊張感が増してきたぞ?ていうかこれ私聞いてていいのか?でも今「あ、じゃあ失礼しますね…」なんて言い出せる空気でもなくなってしまった。迅さんめ…
「街をぶらぶらしてたら見えたんだよね。どうやら街に被害が出るのは避けられそうにない。時期までは流石に分からないな…数ヶ月以内、ということくらいかな」
「イレギュラーゲートへの対処に加えてその規模の攻撃か…」
「年内は安全そうだからまずはイレギュラーゲートかな?ただ今のうちから次の侵攻に備えておいた方がいいかもね」
迅さんはそう言って一度話を締めた。そのタイミングで私も失礼しました、と一言述べて会議室をあとにした。あとは大人たちが上手いことやってくれるだろう。