カーリア騎士、オラリオに召喚される。 作:ラニ様大好き丸
これは、謎の騎士がベルとアイズと不思議な出会いをする前。
──薄暗く、天然に生成された光石が岩肌に所々で不気味に光り輝いている、そんな物々しげな雰囲気の洞窟。いや、正確には洞窟ではないのかもしれない。入り組んだ地形ではあれど、奥へと続いていくその道は長い時を経て自然に生成されたものとは思えないほどに不自然に整備されていた。
そんな何もかもな奇妙な閉鎖空間の中で、鉄の何かを勢い良く振るわれるような鋭い風切り音が響く。
「──ッ!?」
同時に洞窟内の光でソレが反射し、薄暗い空間に鋭利な銀閃が描かれた。
誰かがなにかを振るっている。そのたびに、いかにも創作物に出てくるゴブリンやコボルトっぽい見た目のモンスターたちの悲鳴が……命が奪われた後、死体が粒子化して魔石やドロップアイテムだけが残される音が響いた。
そこには一人の男を複数のモンスターたちが取り囲み襲い掛かっていた。人間はその手に持っている剣と盾で迎え討っており、ゴブリンたちは棍棒などを持って襲っていた。現在は十匹程度のモンスターが取り囲んでいるが、つい先程まではその数は二十匹以上にも及んでいた。しかしそれらを悉く蹂躙し、今の十数匹に至っていたのだった。
容易くたった一振りで、流れるように襲いかかってくるモンスターたちを次々に粒子化させていく高度な技量。さらには多くの敵に囲まれている中でも正確にそれぞれの間合いを把握して、優先すべきものとそうでないものを瞬時に判断して効率的に処理していく戦闘経験の深さ。
実際、その男が
数分もしないうちに、彼を囲んでいたゴブリンやコバルトたちはすべて魔石になっていた。今さっきまで周囲に響いていたモンスターたちばかりが切り裂かれていく生々しい音や悲鳴がなかったことのように、場は静寂が包んだ。
「はぁ……はぁっ……!」
思わず、呼吸を荒くしてしまう。
戦闘経験が豊富に見えたが、それは違うらしい。
彼がここまで疲れているのには要因があり、その要因とは戦闘後にくる身体的な疲弊と言うよりは精神的な極度の緊張が解けたからだった。
過呼吸に近いくらいに呼吸を早めていた。彼が装備しているヘルムの中からまるで数時間も通して戦っていたかのような辛そうな呼吸音が辺りに響き始めた。
「……っ! くそっ……なんだってんだ!」
膝に手をついて錯乱しているように見える彼の風貌は、一目見れば誰もが騎士だと答えるほどには騎士そのものだった。
一部、ルビーや金箔などの豪勢な装飾を施されていながら、洗練された美しさと機能性の両方を備えたヘルム。鎧の方も同じように豪勢でありながら機能性を重視していて、魔法使いローブのように背中には高貴な装飾が刺繍されたマントが装備されており、まさに魔法騎士然とした装備一式に身を包んでいる。
左手には複雑な作りをしているもののやはり美しさと機能性を兼ね備えている見事な造りの中盾を装備しており、右手には青色を基調とする豪勢な装飾にとことんまで鍛え上げられた業物の直剣が握られていた。
英雄譚に憧れている子供たちが見れば、目を輝かせるに違いない。まるで、彼は物語の中で姫を助けにいくどこかの国の仕える高貴な騎士そのものなのだ。だからだろうか。不思議と剣と盾を手に持ち、立っているだけでも絵になってしまう。
そんな一見、練度が高い冷静沈着な騎士のように見える彼だが、その実、心情の方はと言うと洗練された騎士とは程遠いものであった。
「……なんなんだよこれ!」
なんと、そんな高貴に見える騎士が思わず湧き出てくる感情をそのままに騎士の形見であるはずの直剣を地面に叩きつけ、怒声をあげ始めたではないか。これでは先程までの騎士がモンスターたちを倒したあとの格好いい雰囲気が台無しである。
「なんで起きたらいきなり洞窟中にいて、道中散々変な化け物どもに追いかけ回された挙句に戦った結果……そいつらをこ、殺してっ……意味わかんねえよ!」
もしこの場に誰かいたら、高貴な身なりでありながら気がおかしくなった騎士の姿に少なからずショックを受けてしまうことだろう。
「てかこれ見にくいわボケ! 暑い! はずさ……っ!? っ……手が震えて上手く外せねぇっ……くそ!」
見事な一品であるはずのヘルムを外そうとするが手が過剰なほどに震えて外すことができないことに、彼は今日一番の怒声を洞窟に響かせた。
「てか今時、鎧なんて着て化け物と戦うとか意味わからねぇ!!」
彼は壊れてしまった。
だが無理もないだろう。何せ、十数年もの間ダンジョンやモンスターという概念が存在しない世界──地球という惑星の世界の中でも一際平和な国であった日本で生まれ育ってきたはずの彼が、いきなりゲーム『エルデンリング』に登場するカーリア騎士装備一式を着させられた状態で目覚めた瞬間、モンスターに食い殺される思いをしたのだから。
──ここは迷宮都市オラリオのダンジョンの4階層にあたる場所だった。彼の世界で言うダンまちという作品の世界に何故だか目覚めてしまったのだった。
当然、彼はまだそんなことは知る由もなく一旦怒鳴るのをやめて深呼吸する。というか、脳裏に『それこそ叫んでたら声聞きつけてまた化け物たちと鬼ごっこする羽目になるんじゃないか』という恐ろしい勘が過ぎった為である。
「……あぁっ、くそっ。震えが止まんねえ……っ」
それに、先程から彼の身体は──いや、彼の心はとうに限界だった。
生まれて初めて明確な殺意を向けられた。
生まれて初めて剣という武器を握り、襲ってくる化け物が相手だと加味してもその手で肉を切り裂いて命を殺めた。
……今もこの手に、生き物の身体を斬り裂いていく生々しい感覚が残っている。その度に耳にした化け物たちの悲鳴も、血が噴き出す音も鼓膜の奥で響き続けていた。
殺らなければ、殺られていた状況で相手に勝つことで生き延びたことを喜ぶべきなのだろうが、ただひたすらにこの手でモンスターとはいえ生き物の命を奪ったことが重くのしかかる。
先程、多数のモンスターを相手に大立ち回りをして戦っていた時の騎士の姿とはまるで鏡のように正反対な心情の乱れようだった。
「っ……まず一旦落ち着こう。そうだ、あの岩の裏だったら」
モンスターへの恐怖と命を殺めた罪悪感で狂いそうになるが、また同じように襲われればたまったものではないのも確かであった。思わず立ち尽くしてしまう本能とは裏腹に彼の中にある理性が先ずは状況を整理しようと諌めてくる。
彼はその理性に従うことにしたのだった。
§
それは俺が、ダンまちの世界に行ってしまう少し前の話。
「──っ! やったっ……マレニアを倒したぞ!」
俺はついにやり遂げた。
2022年2月の初旬にFROM SOFTWAREから発売されたばかりの新作、『ELDEN RING』に俺はどっぷりとハマってしまっていた。大学生だったことも功を奏して、暇な春休み期間中はずっとエルデンリングの世界に浸れることができた。
フロムゲーならではのソウルシリーズから代々続く、シンプルながらも硬派で且つ爽快感を兼ね備えた戦闘システムとダークファンタジー調の雰囲気ながら他のゲームとは一線を画す美しい映像美が創り出す世界観で有名なシリーズで、その系譜ともされる『ELDEN RING』。
フロムでは初めての試みとなるオープンワールドゲームということで、少々ストーリー的にも、ゲームプレイ的にも間延びしてしまうのではないかと不安であったが、プレイし始めた途端それは間違いであったと分からせられた。
そんなフロムが制作した最新作とだけあって約束された神ゲーであったエルデンリングだが、当然日本だけでなく世界中のゲーマーがこのゲームに熱中した。当時の配信サイトでは軒並み殆どの配信者がこのゲームをプレイしていたくらいだ。
さらに、なにやら二月の下旬現在で既に数千万本の売り上げを達成したらしい。ビックタイトルというか、化け物タイトルである。
これは2022年のゲームオブザイヤーはエルデンリングで確定かなぁ……SEKIROに続いて受賞とはフロムさん強すぎないか。
余談だがあまりにも面白すぎて知り合いの高卒で就職したやつなんかわざわざ発売初日から3日有給を取ってやり込むくらいだ。
さて、では俺はというと春休みという絶好の期間に二月発売された初日から下旬にかけてやり込んだ結果、数多のボスを倒し、全クリを前にして裏ボスの一角であるマレニアにまで到達していた。まだ表のラスボス格のラダゴンなどは倒していない。理由はラスボスを倒して全クリした後でも裏ボスのマレニアを倒しにいけるのか分からなかったからだ。クレジットが流れた後に強制的にタイトルに戻されて二周目に突入したらたまったものではない。それに、せっかく攻略サイトを使わないでここまで来たのだ。流石にそんなことで攻略サイトを解禁して確認しようとは思えなかった。まあ、全クリした後も世界を旅できそうではあったが。
話を戻して、自分と同じようにプレイしてる友達から数ある凶悪なエルデンリングのボスの中でも最強格だと聞いている裏ボスのマレニアに挑んで、俺は四時間の死闘を繰り広げた。マレニアは意外にひるんでくれるボスではあったが、想像以上に強かった。刀を使っているためか彼女の攻撃と攻撃の合間の隙がそこまでなく、攻撃ができるタイミングが少なかった。それに加えて即死級の攻撃を幾つも有しており、また回避も容易ではなかった。特に水鳥乱舞という攻撃は避け方さえわかれば簡単だがそれに至るまでに二十回は死んだ。
さらにマレニアからいかなる攻撃を喰らってしまってもその分だけドレインされて削った回復されてしまう始末。
第二形態移行時の初見殺しダイブ攻撃で死んだ時は、やっとHP半分まで行けたと思ったのに……と堪えたものだ。それからはさらに隙が無くなり、何度も死にまくった。特に苦労したのはマレニアが飛び上がった末にその場で滞空した後、様々な武器を持った彼女の分身体が絶え間なくこちらを追尾して攻撃してくる攻撃パターン。その頃には分身して攻撃してくるパターン以外の攻撃には慣れて大体避けれてきてたのだが、あの攻撃パターンだけは最後まで自分の技術では無理だった。それが2回以上来ないことを祈りながらプレイしてまた一時間もかかって、合計四時間の苦闘の末にようやく撃破することができたのだった。
達成感もろもろで、脳汁が、ドーパミンがドバドバである。気持ちいい!
「……とにかく、今日はこの辺で終わりにしよう。朝からぶっ通しでやってたから朝飯も昼飯も食ってないや」
これで『ELDEN RING』のほぼ全てのマップとボスの攻略が終わったせいか、それまで異常な集中力で鳴りを潜めていた腹が急に鳴り出した。それはもうとんでもない音が鳴ってる。めちゃくちゃ腹減ってる。
「シャワー浴びて夕飯食べてさっさと寝るか。いい夢見れそうだし」
憑き物が取れた、と言ってもいいのだろうか。肩にのしかかっていた謎の重荷も取れた気がする。なんだか身体がすごい軽い。
そうして、そのまま気分良くシャワーを浴びて適当な夕飯を食べた後に、約十時間近くやり続けた身体は想像以上に疲弊していたのか俺は早々に眠りについた。
そして、目覚めたら剣と盾を持って立っていて突然モンスターに襲われたのだった──なんでやねん。