未熟、遅筆ではありますものの、せめて暇つぶしにでもなれれば幸いで御座います。
また、本文は所謂『幻想入り』SSとなっておりまして、東方project原作には登場しない、オリジナルのキャラクターが主人公で御座います。
その点のみ、ご了承をば。
一 人と鉄
小さな神社。
山奥の、本当に小さな神社へと続く石段の下。道路から外れ、少し開けたその場所に、一台のバイクと、その上に寝そべる男性が一人。
俺である。
「ああ……ぬくい……」
多分、傍から見れば相当間の抜けた顔をしていると思う。人は来そうに無いから、気にする必要も無いのだが。
人一人来ない神社。
そんな神社に何故来たのかと言えば、なんて事はない、只の趣味である。
バイクに乗っての神社廻り。
「ああ、気持ちえぇ……」
季節は冬。風は、今日も冷たい。が。
バイクに乗ったあとの仄かな疲れに、暖かな日光。そして、エンジンの余熱。冷えた身体に染み入るように伝う温もり。
気持ちいい。車のエンジンルームに潜りこむ猫の気持ちが分かる気がする。そのままエンジンを駆けられて南無、なんて話もよく聞くが、被害者たる猫達の心境はきっと今の俺のような状態だったに違いない。
危機感一つ憶えず、重くなる瞼を跳ね除けようともせず。睡魔に身を委ね、気付いた頃にはもう手遅れ。
今思えば、俺が置かれている状況は、正に猫達のそれであった。
「……さみぃ」
目を冷ますと、辺りはもう暗かった。どうやら、眠ってしまっていたらしい。
「やべ、帰らないと……」
何せ山奥。灯りの無い道の走行はかなり恐い。俺はギアがニュートラルに入っている事を確認し、エンジンを回し始めた。
なんだろう、何となく違和感を感じるのは。変な体勢で寝たからだろうか。
兎角、早く帰らないと。
周りを確認し、ギアをローに落とす。クラッチを繋げないままアクセルを数回、勢いよく掛けた。
夜の山にエンジン音が響き渡る。
それが、いけなかった。
「何者だ!」
「うぉあぁあ!?」
突然かけられた怒声に、つい間抜けな悲鳴を上げてしまう。チキンだから仕方ない。あ、エンストした。
「何時の間に入り込んだのか……」
「な、な、あ? どちら様で?」
「天狗よ。そして此処は私達の山。侵入者さん」
天狗?天狗と言うと、あの天狗だろうか。
「ほ、本物?」
天狗。日本では馴染み深い妖怪の一つ。山の神であるとも、修験者達の成れの果てとも言われる、力ある妖怪。
その正体は漂流し、日本に流れ着いた外国人であるとも言われるが、かけられた言葉は流暢な日本語、それも空から聞こえて来たとなると、信じる他なさそうだ。
「貴方は?」
「はい?」
「種族」
「見て分かる気がしますけど……」
声の主は姿を表さない。それが、逆に不気味で仕方ない。声自体は上から聞こえるのだが。
「……狼?」
「人間です」
そんな馬鹿な、と言う声が聞こえたかと思うと、目の前に何かが着地する。
「私の知る人間は、貴方ほどおかしな姿はして無いわ」
降りたったのは少女。想像していた姿とは大分食い違ったが、女の天狗だっているのだろう。
「鼻、長く無いのな」
「烏天狗だからね。もっと上役がお望みだった?」
「滅相もございません、そんな畏れ多いこと……」
彼女は俺の周りを回りながら、俺の姿を注意深く観察している。
バイクが珍しいのか、非常に興味深気である。バイクを知らないのであれば、先の反応も当然なのかもしれない。言われてみれば、確かにバイクの形は狼のそれに似ていないこともないし。
「……生き物、って感じがしないわね。どこも硬そうだし……甲殻類?」
「哺乳類」
「それは無い」
無くない。
未だ人間扱いされないのは悲しいが、どうやら敵意は無いようだ。寧ろ、好奇心か。
これは、何とか上手く説得なり謝罪なりすれば生きて帰れるかもしれない。
さて、どう出るべきか。
天狗は未だに、バイクに興味深々な様子で、何やら一人で呟いている。
「うーん、生き物かしら。でも、現に話してるし、妖気も感じるし……」
遂に生き物であるかも疑われ始めたか……って、妖気?
「妖気? 俺から?」
「ええ、妖気。あ、もしかして憑喪神?」
「人間!」
おかしい。妖気は、妖怪が発するものじゃないのか?
そして、天狗には俺が人間には見えないと言うし、身体には違和感もある。
てか、実を言うと、今俺はバイクに乗っている感覚が無い。けど、確かに俺はバイクを操作している。まずい、混乱してきた。
「……なあ、俺って何に見えます?」
「エビに似てる気がしてきたわ」
「……鏡とか、持ってません?」
「あるけど……はい」
天狗が、俺に鏡を向ける。ライトが反射して、バイクが明るく映し出された。
バイク、だけ。
乗っている筈の俺の姿は、何処にも無い。
「……なあ、鏡に映ってない部位とか無いよな。鏡に映ってる俺の姿と、天狗さんから見える俺の姿、何処も違いは無いよな……?」
「質問の意味がよく分からないけど……何処も、違いはないわ」
「で、ですよねー」
なんてこったい、と手を投げ出して叫んでしまいたいが、それすら出来ない。
この違和感の原因にして、俺が人間に見えない理由が分かったのだ。
「俺、バイクになっとるがな……」
かくして、俺のバイク人生が幕を開けたのであった。