東方単車迷走   作:地衣 卑人

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十一 鼠と鉄

 京の外れ。物に溢れた小屋の中、ボロ布を纏った鉄の塊が一つ。

 俺である。

 輝夜と別れて、二百年程。随分と時の流れが早いものだと、心の中で一人ごちる。

 彼方此方を走り回った末に、この荒れ果てた小屋で暮らし始め……もう、十数年は経ったか。乗り物と言えど、雨風に吹きっ晒しというのはやはり、勘弁願いたいのである。

 

「暇、だなぁ……」

 

 今日は雨。こんな日にまで走りに出たくはない。窓も無く、床も、人一人が横になれる程度にしか残っていないボロ小屋の中。一人、ぼぅっと、特に面白くもない天井を眺める。

 暇である。

 が。その退屈な時間も、もうじき終わる。来客の気配だ。

 

「三、二、一……零!」

 

 カウントダウンに合わせ、扉に視線を向ける。一秒、二秒、三秒……何の変化も、無い。

 誰かがいる気配はあるのだが。

 

「……ああ」

 

 気配の正体に思い当たる。こう言う事は、今までにも何度かあった。

 

「いい加減学習しろ、小傘」

 

 前輪を使って引戸を開けると、其処には屋根に引っかかった茄子色の傘。ウィリーの要領で前輪を持ち上げ、傘を下から押し上げて、屋根から外してやる。

 

『はぁ~、助かった』

「だからなぁ、もうちょい屋根から離れて着地しろって」

『難しいのよ、風に邪魔されて』

 

 彼女の名前は、小傘。

 物の妖怪繋がりでよく遊びに来る、化け傘の娘である。

 妖怪に変化してからまだ数年と日が浅く、未だに妖怪じみた姿は取れていない。ごく平凡な普通の傘、である。

 唯、喋る事を除いて。

 

「で……今日はどうしたん」

 

 剥き出しの地面に置いた卓袱台。それを挟んで、小傘と向かい合う。単車と傘が会話する食卓。奇妙な絵面である。

 

『んー……特に急ぎ、て訳じゃ無いんだけど』

 

 小傘がふわりと浮かび上がる。そしてその足に引っかかった、ランプの様な物体。一体、何処で手に入れた物なのだか。

 

「なんだ。盗みでもしたのか」

『落ちてたのよ』

 

 小傘が机の上にそれを置き、また元いた場所に座り直す。傘がどうやって座るのかは甚だ疑問であるが。

 

『貴方、妖怪やって長いでしょ? これ、何か分からない?』

「長い、つっても四百年程度だしなぁ……」

 

 四百年生きれど、大した成長はせず。出せる火は未だに小さな灯火程度で。

 これでは不味いと努力を重ねるも、使えるようになったのは、たいして面白くもない術ばかり……例えば、マフラーから出す煙の色を変える、等。会得した当初は喜びのあまり酷く興奮した覚えがあるが、使いどころも無い上に、後々考えてみれば、心から下らないと思ってしまうような術で。本当、ままならない。

 

 閑話休題。

 改めて、机の上の物品を見る。

 淡く光るランプの様な見た目に、何処か妖怪を退けるような力を感じる。坊さんが使う力に似ているので、多分仏教系の道具なのだろう。が、詳しくは分からない。

 

「分からん。なんかお寺な雰囲気だ」

『何よそれ』

「お寺な雰囲気だ」

 

 呆れたように小傘が言い、また答えになっていない答えを返す。わからないものは仕方ない。

 

「とりあえず、家に保管して置くぞ」

『任せたわー』

「そこの棚に置いといてくれ」

 

 小傘がふわふわとまた浮かび、器用に先の物品を足に引っ掛けた。空を飛べる、というのは本当に羨ましい。

 

『……あれ、雨上がってる?』

 

 そういえば、雨音が聞こえない。戸を開けると、いつの間にか日が差していた。見上げれば、うっすらと虹もかかっている。開いた戸から流れ込むのは、雨上がりの土の匂い。もう、これ以上は降りやしまい。

 

『雨上がったなら、今の内に出ようかな』

「お前、傘だろうに」

『傘だって濡れたくはないわー』

 

 傘らしからぬ言葉を宣いつつ、小傘が戸口を潜る。今度は、屋根に引っかかることもない。

 

『じゃ、またねー』

「おーう、何処其処に引っかかんなよー」

 

 くるくると回りながら、小傘が遠ざかっていく。

 小傘の姿が背の高い木々の向こうへ消えるまで見送り、俺は、戸を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小傘が訪れてから数日後。

 風が容赦無く小屋を揺らし、雨が屋根壁に叩き付けられる。

 台風である。そこそこに強い。

 小傘をはじめとする我が家に入り浸る憑喪神達は、此処にやって来ない所を見ると皆、思い思いの場所に避難しているらしい。風に飛ばされ真っ二つにぽっきり、もといぽっくりなんて洒落にならない。

 それはさて置き、暇である。輝夜といた頃は、こういう日も退屈ではなかったのだが……

 

「ん?」

 

 何かの気配。獣臭い。が、獣とは違う力も感じる。この力、何処かで……

 段々足音も聞こえ始める。どうやら、この小屋に向かっているらしい。

 

「三、二、い……」

「あっ……!?」

 

 ばしゃん、と。

 

 俺の小声でのカウントダウンを遮るように、水飛沫の上がる音が扉越しに響き渡る。そしてその、数秒後。ゆっくりと開けられた扉の向こうから、頭から泥水を被った何者かが顔を覗かせる。

 

「……誰もいないな」

 

 少女である。頭には、丸い二つの耳。手に持った二本の棒と、尻尾に引っ掛けた籠が印象的である。

 そのどれもが、泥水に汚れていたが。

 

「はあ……とんだ災難だよ、全く」

 

 鼠の妖獣、らしい。あ、籠から鼠出て来た。

 

「……宝塔を探すついでに、雨宿りさせて貰おうかな。齧っちゃ駄目だよ」

 

 鼠達は頷き、籠から出た後も家を荒らさず、集まって丸くなっている。躾のなった鼠である。

 しかし、ホウトウとはなんの事か。

 

「この家から感じたんだがね、宝塔の気配を」

 

 宝刀なんて代物、こんなボロ小屋にはおいていない。砲塔なんぞ、言わずもがな。宝塔だって、あんな大きなもの……

 いや。もしかすると。

 棚の方をチラリと見る。小傘の持ち込んだ、あのランプもどき。大きさは小さいが、確かに宝塔の形である。感じた力も、彼女の纏うそれと同質のもの。あれが宝塔と見て間違いあるまい。

 

「……妖怪がいたのか? 妖気を感じる……」

 

 俺のことか。妖気はなるべく抑えているのだが、やはりここまで近付かれると分かるらしい。

 

「……くしゅっ」

 

 鼠少女が、くしゃみを一つ。濡れた体、顔に張り付いた髪。妖怪と言えど、どうやら寒さには強く無いらしい。

 

「……流石に、誰も来ないだろうね」

 

 俺の隣を抜け、申し訳程度の面積しかない床に上がる。そして、自身の着ている服の裾に手を掛け……

 

「……露出狂?」

「っ……!?」

 

 鼠少女が、今まさに脱がんとしていた服を戻して振り向く。その顔に浮かぶのは、驚愕と羞恥。そして、警戒。

 鋭い目つきで俺を睨み付け、一歩後ずさる。

 

「誰だ」

「……勝手に入ってきて、誰だはないでしょうに」

「む……だが、入った時は何も言わなかったじゃないか」

「そりゃ、まあ」

 

 本当は、何も言うつもりは無かったのだ。宝塔を見つけて、雨宿りしていくくらいならば、何も問題無い。しかし。

 

「まさか、人の家で服を脱ぎ出すとは思わなかったもので」

「っ……! そ、それは! 誰もいないと!」

 

 途端に顔を赤くする鼠少女。楽しい。

 

「いやまぁ、脱ぎたいなら別に構いませんけど」

「脱ぎたいわけがあるか!」

 

 ふいっと、そっぽを向かれる。ちょっと遊びすぎたか。

 

「……くしゅんっ」

 

 ……もう少し友好的に話しかけるべきだったか。話し難い。

 

「……着替えの服は一番右の棚。屏風や几帳は、同じ棚の一番下」

 

 ぴくりと、彼女の耳が動く。

 

「こんなところで風邪を引かれても困ります故。此処にある道具は、御自由に」

「……恩に切るよ」

 

 床の上に屏風が広げられ、その向こうから衣擦れの音が聞こえ始める。

 しかし機械の体。こんな状況でも、何も感じない。生殖能力なんてものを持ち合わせていないので、当然と言えば当然か。

 

「……着替えたら、何かに掛けておいて下さいませ。火くらいなら起こせます故」

「分かった」

 

 屏風が畳まれ、少しだけ大きめの着物を着た少女が現れる。手に持っていた二本の棒に着ていた服が掛けられ、彼女がその棒を棚と棚の間に器用に渡した所で、俺はその下に妖術の火を放った。

 

「……君は、妖怪なのか?」

「人間に見えますでしょうか」

「私には、見えないかな。人間のつもりなのかい? その姿で」

「いえいえ、そんな。妖怪ですよ。怖い、怖ぁい妖怪でさぁ」

「……君が親切な奴なのか、おかしな奴なのか分からなくなってきたよ」

「おかしくて親切なものでござい」

「……そうか」

 

 若干疲れた顔をして、鼠少女が横になる。実際、雨に打たれての疲れもあるのだろう。無論、精神面の疲れもあるのだろうが。

 

「貴女、御名前は」

「私は、ナズーリン。しがない物探しさ」

「ナズーリン……?」

「ああ、異国の名前だよ。漢字は当てられない」

 

 異国の妖怪、なのだろうか。しかし彼女の雰囲気は妖怪というより……

 

「ナズーリン殿」

「……殿?」

「ああ、ノリで付けているだけで御座いまする故、お気になさらず」

「大分失礼なことを言うね、君は」

 

 輝夜にもよくどつかれた。曰く、慇懃無礼にも程がある、と。

 しかし、今はそんなことどうでもいい。彼女には、聞いておきたいことがある。

 

「毘沙門天、という名に憶えは」

「ん……どうして」

 

 少しだけ驚いた顔をするナズーリン。当たりと見ていいようだ。

 

「宝塔と鼠から連想しまして。あとは、雰囲気がお寺っぽかったので、もしかしたら、と」

 

 毘沙門天は手に宝塔を持った姿で表されるし、鼠はその使いである。そして、ナズーリンから感じる気配は、余りに獣らしく無かったのだ。神の使い……白狐とか白蛇とかに似た雰囲気。ならば、と。

 

「……よく、これだけの手掛かりで分かったね……確かに、私は毘沙門天様の使いさ。ご主人様の失くした宝塔を探しにやって来て、ごらんの有様だ」

 

 ナズーリンが溜息混じりに、びしょ濡れになった服を見る。

 

「台風が来る前に見つけ出したかったのだがね……反応は、この辺りからしたのだが」

「ああ、それなら……先の棚の、一番上に」

 

 ナズーリンが棚を漁る。思いきり背伸びして、棚の上にあるそれを掴む。

 

「これだよ……君が拾ってくれてたのか。助かった」

「何、友人が持ってきたんでさ」

 

 小傘の手柄、である。俺は、預かっただけ。

 

 それにしても、傘、宝塔、鼠、と。小傘は偶然とは言え、いや、偶然だからこそ。

 毘沙門天に関係のある単語が三つ。本当に、偶然と言えるのか。これはもはや、毘沙門天の思し召しではないか。毘沙門天が俺を(いざな)っているのではないか。

 半ば妄想と思い込みであるが。

 

「時に、ナズーリン殿」

「なんだい?」

 

 宝塔を傍らに、俺の出した火に手をかざして暖をとっているナズーリンに話しかける。宝塔を見つけたこともあって機嫌が良い。

 

「私も、毘沙門天様に参拝させて頂きたいのです」

「……これまた、どうして」

 

 少しばかし訝しげな顔をするナズーリン。まあ、妖怪が参拝、なんていう時点でおかしな話ではあるのだが。

 

「私は、実を言えば乗り物の妖怪。日本中を走り回り、色々なものを見聞きして生きてまいりました。しかし、やはり妖怪の身。神仏に近づく機会は、中々無いので御座います」

「……ふむ」

「参拝をしようとしても、突き返されるなんてことも多々。それ故、この機会に、と」

 

 ナズーリンが考え込み、俺を見る。

 

「まあ、構わないんじゃないかな。家の寺は、大分特殊だし」

「ありがとう御座います」

「ああ」

 

 そこまで言って、ナズーリンが壁に寄り掛かる。非常に、眠たそうに。何処か、安心したように。

 

「すこし、眠らせてもらうよ……疲れた」

「どうぞ……おやすみなさいませ」

 

 おやすみ、と、小さく返事をしたのを最後にナズーリンが眠りに着く。

 風は、依然として強い。しかし、明日には台風も過ぎ去ることだろう。

 まだ見ぬ毘沙門天を思い浮かべながら、俺は、小さな妖火を夜通し焚き続けた。

 

 

 


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