寺に住み着いて数年。
今も俺は、聖の元、彼女の考えを広めるべく西へ東へと村沙と共に駆け回っていた。
時には聖輦船と並走し、河を渡る時には吊られて移動なんてことも、数える程度ではあるがあった。中々に苦労の多い仕事である。その分、やり甲斐もあるのだが。
元々彼方此方と迷走する身、しかし、今は、目的に向かって走っている。
持ち主がいると言うのは、やはり、良いものである。
が。
「これぐらいでどう?」
「大きすぎますって」
「なら、これなら!」
「殆ど変わらないじゃないですか」
我等が船長、キャプテン村沙とのやり取りである。なんでも、俺に碇を取り付けたいとか。何を考えているのか分からない。彼女の考えが全く読めない。
「流されたら危ないでしょ!」
「流される前に、浮きませんし。私」
「ほら、水以外でもさ……」
「宙にも浮きませんし」
「なんか、あの、時代の波とか」
「乗り遅れたくもありませんし……」
因みに、もう、既に一つ付いているのだ。しかし、それでももう一個付けたいと言って聞かない。俺をどうしたいのだろう。
「あ、じゃあ水に浮ける様にすれば良いんだ」
……どうしたいのだろう。
至って平和な毎日。平穏な日々。
その日も、普段通り、いつもと変わらない一日を過ごす筈だった。
「ここにいたか」
毘沙門天堂の前にいた俺たちに、ナズーリンが話しかける。その顔は、何故か険しい。
「ムラサ船長。聖から身を隠せとの命令だ。船も。いいと言うまで、絶対に出て来るな、と。何処か遠くへ逃げても構わないとも」
「え?」
「一輪からの報告で、妖怪退治の人間が向かってきているらしい」
「妖怪退治? それって……」
「私たち妖怪がいることがばれたか、聖自身がばれたか、だ」
まさか。一体、どうして……なんて、言えるほどの情報操作ができるわけでもなく、他人の口に戸は立てることなんて出来やしない。いつか、その手の人間に見つかることは分かっていたのだ。
そう。来るべき時が来た、それだけのこと。
「船長、船を」
「う、うん」
「君も隠れた方がいい。エンジンは駆けずに移動してくれ」
「了解」
山の裏手へ向け、聖輦船が飛び立つ。俺は、白蓮が建ててくれた小屋の中へ。
白蓮は、きっと説得しようとするだろう。あとは、相手がそれを聞き届けるか。
正直な話、望みは薄い。説明に応じない場合は……やはり、殺しあう覚悟をしておかなければならない。一番戦闘に向いていないのは俺である。殺す覚悟より、壊される覚悟。
道具は道具として。持ち主が望むならば、壊れるまで使われ続けたい。ずっとそのスタンスでやってきたし、今更変える気もない。
山の向こう、ゆっくりと降下し始めた聖輦船を見ながら、俺も、村紗を迎えに行くために走り出す。通り過ぎる景色を眺めながら俺は、密かにその決意を固めた。
最も本堂に近く、妖力を隠す術も掛けられている俺の小屋。狭いその部屋に、妖怪が三名。村沙、一輪、俺である。ナズーリンは、寅丸の所へ報告に向かった。雲山は、上空待機。持って行ってもらったヘルメットを通して、監視をしている所である。
「……姐さん、大丈夫かな」
「とにかく、本当に危なくなったら……」
「全力でいくわよ」
物騒な話だが、仕方が無い。どれ程の実力者が来るかは分からないが、何れにせよ、白蓮や寺の皆の事がばれた以上此処に留まる事は出来まい。
逃げるにせよ、何にせよ。まずは、障壁を除かねば。
基本、突っ込むことしか出来ない俺が役立てるかは不安であるが。
「……あれ、か?」
「来たの?」
「紅白……巫女か」
偉く目出度いカラーリングの少女。あれが、妖怪退治の人間らしい。
「巫女。女の子です」
「女の子?」
若干拍子抜けする二人。しかし。
「気を付けてください……あの巫女」
強い。見れば分かる。上空から眺めていると言うのに、ここまで嫌な匂いがやって来る。
「……妖怪じゃ、勝てないかも知れません」
「そんな、巫女一人でしょ?」
「あれは……何なんでしょうね。なんか怖い」
天敵、というものだろうか。
これは、ひょっとすると拙いかもしれない。
「山門、潜りました……」
紅白の巫女が、寺の、広い庭の中央に立つ。手には、祓い棒と札。戦う気満々である。
「あー、妖怪退治に来たわ。なんか居るなら出て来なさい」
「……ようこそ、信貴山寺へ。妖怪とは、私のことでしょうか」
「あー? あなたは人間……いや、妖怪ね。匂うわ」
小屋に、二人分の声が聞こえて来る。
「私の所に退治の依頼が来たわ。出張してきてあげたんだから、大人しくお縄に着きなさい」
「それは、遠くから態々……どうです、休憩がてら説法でも」
「私は巫女、神道よ。お寺に用は無いわ。休憩はしたいけど」
えらく軽い口調の巫女である。余裕の表れなのか、何なのか。ふわふわと掴みどころがない。
「……私は、何も悪事など働いた憶えは」
「妖怪を」
巫女が遮る。
「退治するだけが私の仕事。その裏側にまで、興味は無いわ」
「……可哀想に」
「あん?」
白蓮の一言で、二人の間の雰囲気が一気に険悪なものとなる。飛び出そうとする一輪を、村沙がどうにか押さえつけた。
「ちょっと、早く行かないと……!」
「待って! まだ話が終わってない!」
白蓮が口を開く。
「自分の意思に従えず、誰かの言いなり。自分の本心に背を向け、目の前の、目に見える事象だけに対処する。自分の行いが誤ちであるということに気付かずに済むようにと、物事の裏側まで目を向けようとしない」
「……余計なお世話よ。私は私。あんたはあんた。人の考えなんて、一々聞いていられるほど、私は暇じゃないの」
「逃げないで」
話を切り上げようとする巫女に、なおも食い下がる白蓮。巫女は、苦々しげな顔。もしかしたら、何とか説得出来るかもしれない。
「……あんたの望みは」
「人と妖怪の共存」
「何故」
「虐げられる、罪なき者を救うために」
「……」
巫女が、白蓮を見据える。対する白蓮も、巫女の目を一心に見つめている。
「虐げられているのは人。妖怪は、極悪非道の略奪者。調伏されても仕方がないの」
「人に善人と悪人がいるように、妖怪にも心優しい者と心無い者がいます。私は、そんな心優しい者たちを救いたい」
少しの間が空いて、巫女が口を開く。
「人と妖怪は違う。人と人さえ相入れないのに、人と妖怪が共存なんて」
「出来ます」
「妖怪は人を食う」
「食べない妖怪もいます。平穏を望む者だけでも、共存の道を歩ませたい」
さらに嫌そうな顔をする巫女。
「ああ、もう……悪役は悪役のまま消えなさいよ。やりにくいったらありゃしない」
「悪も正義もありません。唯、私たちは平穏が欲しいだけ」
「……話は、終わりでいいわね?」
巫女が護符を、棒を構える。これ以上、聞く気は無いらしい。
「いつか気付くでしょう。自分の間違えに。感情を押し殺してまで、誤った道を進んでいることに!」
「御託は要らない!」
白蓮が魔法を唱え、空へ浮かぶ。巫女は、何の動作も無しに同じく空へ。重力を無視するかのような動きで、ふらふらと飛行する。本当に、何者なのか。
「自分勝手で軽挙妄動な人間よ。今、私が貴方の間違いを気付かせてあげる……いざ、南無三!」
「煩い! 間違ってるのはあんた! 私は私の思うように生きているだけよ!」
言うが早いか、投げられた無数の護符が白蓮に迫り、しかし、彼女に当たる前に迎撃され、打ち落とされていく。
護符、針、玉。
近距離では身体能力の優れた妖怪の方が有利と考えてか。彼女は、近付く気は全くないらしい。
が。
「ぐっ」
対する白蓮も魔法使い。遠距離でも充分に対応できるのだ。法術は勿論、魔法、外法まで。巫女の投げた飛び道具を呑み込みながら、人外の術が空を飛び交っている。
「ああ、もう、一気に片付ける! 夢想封印!」
一枚の護符を掲げ、声高々に術を放つ。
色取り取りの光の玉。白蓮が避けようと起動を変えるも、追尾機能があるらしく逃げる白蓮に追い迫る。
「遅い!」
今まさに彼女を飲み込まんとする光の玉を前に、白蓮が何かの術を使う。白蓮の飛ぶ速度は跳ね上がり、彼女の纏う妖気も、先よりも数段強く。自身の能力を引き上げた白蓮は、光の玉に追尾されたまま寺の上空を飛び回った。
巻くこともせず、打ち砕く事もせず。純粋な速さのみで巫女の攻撃を振り切る。出鱈目である。
高速で飛び回る白蓮を前に、巫女が悪態をつく。
「面倒な……でも、掛かったわね」
上空の白蓮。その八方に浮かぶ、護符。
「終わり。封魔陣」
護符の放つ蒼白い光。それが繋がってできた、一つの立方体が白蓮を包み混む。白蓮の姿が、青の光に掻き消された。
封印。嫌な言葉が脳裏を過る。
「姐さん!」
「聖!」
小屋の壁の隙間から見ていた一輪が飛び出し、村沙が俺のエンジンを駆ける。雲山が急降下し、聖輦船が山の裏手から浮かび上がる。
「ああ、もう……まだいたの」
「姐さんを……っ」
「聖を!」
見る間に巨大化する雲山。聖輦船は、止まることも考えずに猛スピードで突っ込んでくる。そして、村沙を乗せた俺も。
「「放せッ!!」」
「夢想封印、散」
全方位に、無差別に。白蓮を襲ったのと同じ玉が放たれる。
一輪が光に弾かれ、何発も被弾した雲山の形が崩れ去る。俺の体がひしゃげ、乗っていた村沙が放り出される。
そして、聖輦船も。撃ち落とされ、砕かれた欠片が辺りに散らばった。
「……これを使うか」
「なに、を……」
「封印の軸にするだけよ。私の力じゃ、結界なんて長くは持たないし」
欠片を摘み上げた巫女が、村沙を一瞥し、白蓮を捉えた結界に向き直る。
させない。封印なんぞ、させてたまるか。
まだ、エンジンは生きている。
俺は、思い切りアクセルを回し、無理やりエンジンを駆ける。歪に曲がった体。前輪はひしゃげて回りもしないし、排気口からは煙と共に破片が飛んで行っているのが分かる。しかし、気にしている暇は無い。馬力任せにガリガリと地面を削りながら、巫女へと突っ込んでいく。
「まだ動くの」
そこへ、空からまた光の玉が降り注いだ。車体が、また凹み、折れ、砕け、地面へ減り込んでいく。痛い。が、エンジンだけは止めない。減り込んだ分地面を抉り、突進を繰り返した。
「しつこい!」
光の玉が、さらに放たれる。ついに、エンジンがやられた。辛うじて点灯していたライトも消え、タンクからはなけなしの妖力が垂れ流される。もう、自力で車輪を回す事すら出来ない。しかし、巫女の攻撃は止まること無く俺を潰しにかかる。
「止めて、止めてよ! もう動けないから! ねえ!」
村沙が叫んでいる。良く見えないけど、泣いているのか。巫女は、その言葉を聞いてか聞かずか、攻撃を止めた。
村沙は船幽霊なので死ぬ殺される心配は無い、が。最悪消滅、なんて事も有りうる。正直逃げて欲しい。
ボロボロになった一輪は、涙を流しながらも巫女を睨みつけている。こっちも、早く逃げて欲しい。
白蓮を置いて逃げる事など、彼女たちにできる訳が無いのだが。
「あー……泣かないでよ、もう……どんどん後味悪くなってくじゃない」
「泣いてない……聖を放して」
「無理。私だって依頼で来てるんだから」
「依頼って……私たちは、唯、妖怪も人も幸せな世界にしようと……」
「止めてよ、もう。あんたらが善人だってのは分かったわ。どちらにせよ依頼は達成しないと拙いんだから、悪役のままやられて頂戴よ。これ以上後味悪くなったら帰ってお茶飲めないじゃない」
巫女が溜息を吐く。心底、疲れた顔で。
「……あんたんとこの親玉は、魔界に封印する。雲入道と、あんたらと、船は地底」
「……」
「地底は、案外自由がきくらしいわ。這い出して親玉の封印を解くなり何なり、好きにしなさい。何年かかるか知らないけど」
「ぇ……っ?」
「殺してもいいとか言われた気がするけど、殺さないでおいてあげるわ……一匹は、もう駄目かもしれないけど。共存でもなんでも、私が関係ないところでやってよね。あー、後味悪い」
「どうして……?」
面倒臭そうに、巫女が答える。
「あんたんとこの親玉が言ったこと、なんか、気になったしね……でもまあ、強いて言うなら」
感情論? と、巫女は答えると同時に、白蓮、村沙、一輪、雲山、そして聖輦船を封印した。残るのは、俺のみ。
「……あーあ、こんなボロボロになっちゃって……あんたのせいで、あの娘にも泣かれるし……」
俺の前、地べたに彼女が座る。もう、何度目か分からない溜息を吐き、ぼうと俺を眺める。
「……あいつらは、いつか出て来るでしょうねぇ……私は、その頃はもういないだろうけどさ。ってか、生きてる?」
返事代わりに、俺の砕け散ったヘッドライトに淡い妖火を灯す。これで、限界。
俺はもう、何も喋れない。発音が出来ないのは、それを行っていた部位が破壊されたからか。一体、何処がその役割を果たしていたのか、なんて、どうでもいいことが思い浮かんだ。
「生きてるわね……で、続きだけどさ、知り合いの妖怪にも、あんなこと言う奴がいるのよ。あんたんとこの聖? だっけ? それよかもっと妖怪妖怪してる奴だけど」
どこか、遠い目をした彼女が呟き、懐から札を数枚取り出す。
「そういうのが増えるとさ、いつか本当にそんな世界になるのかもね。妖怪退治なんていらないような」
俺にぺたぺたと札を貼っていく。妖力の流出が止まっていく。俺だけは、別の封印でも施されるのだろうか。
「あいつらが出て来たときに恨まれたくもないから、死なない程度に助けとくわ。一応、封印って形だけどね。だから、いつか、あいつの言ってた世界を……」
巫女が何か言うが、良く聞こえない。唯、眠い。眠い……
視界が暗くなり、体の力が抜ける。体を地面に沈ませたまま、俺は、眠りについた。