東方単車迷走   作:地衣 卑人

17 / 52
十六 封と鉄

 

 

 

 さとりに拾われて、数ヶ月は経っただろうか。圧し折られた俺の体は徐々にではあるが再生し続け、自力で動くくらいのことならば出来るようになった。クラッチがまだ壊れたままなので、エンジンの動力が車輪へ届かないのが難だが、それもじきに回復するだろう。替えのパーツなんて売ってる訳も無いし、再生能力が無ければ本当に屑鉄と化すところだった。妖怪万歳。

 

 地底での生活にも段々と慣れ、今ではさとりに代わって買い物に出かける事もある。今も、袋いっぱいに詰めて貰った食料品をハンドルにぶら下げ、地霊殿へと帰る途中である。

 

 地獄の繁華街。幾つかの地獄は既に機能を停止しているものの、此処は地上から移住してきた妖怪が多いこともあって、いつでも大賑わいである。鬼、妖怪、妖獣、獄卒……と、種族で言えば碌でもない者ばかりだが、此処ではそんな事を気にする者は誰もいない。性格は捻くれてる者ばかりだが、基本的に全員飲み仲間といった具合である。

 

『爺さま爺さま!』

『乗せて乗せて!』

 

 のろのろと車輪を転がしている所に、数体の憑喪神が俺の上に飛び乗ってくる。繁華街に初めて来た時から、ずっと俺にくっついてきている憑喪神たち。下駄やら行燈やら笠やら、全員小柄で、まだまだ変化したての者ばかり。そういえば、小傘は元気にしているだろうか。

 

「爺さまは止めい。まだまだ若いぞ」

『でも、五百歳でしょ?』

『大っきいしー』

「大きさは関係無い……と、そんなことより、どうだ?」

『まだ見つかって無いよー』

「そうか……」

 

 憑喪神たちに探させているもの。それは、封印された寺の仲間達である。

 村紗たちが封印されたのは、地底だった筈。しかし、何処を探しても見つからない。さとりにそのことを相談してみたら、何処か地中で眠っているのだろうとの返事を頂けた。

 埋まっているのだとしたら、俺には何も出来やしない。どうにか、埋まっている位置だけでも分かったら、掘り返すことも出来そうなもののだが……

 

『頑張って探すよ!』

『頑張るよ!』

 

 背中から元気の良い声で、憑喪神たちが言う。沢山孫が出来た気分……と、いうと、自分が爺だと認めることになってしまうが。実際、五百も生きれば立派な爺ではあるのだけれども。

 随分と長く生きてきたものだと、憑喪神たちの声を聞きながら何とは無しに空を見上げた時であった。

 

「ん……?」

 

 暗い空、何か大きな物体が落下してきている。微弱ながらも妖気を放ちながら、それは灼熱地獄跡へ向けて落ちていく。

 方角的には、地霊殿の方。地底にとっての空は、地上にとっての地殻の層。ならば、今落ちて来たあの物体――恐らく妖怪――も、地殻を越え地上から落ちてきたとみるのが妥当だろう。

 

「……行くか」

『どしたの?』

「何、ユーフォー見物さ」

『何それー』

『私も行くー』

 

 突如地上からやって来た未確認落下物体を目指し、俺と憑喪神達はノロノロと走り出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 血の臭いが近付く。弱々しくも禍々しい妖気が、進むに連れ濃くなっていく。予想していたよりも、力有る妖怪。もし暴れ出したならば、俺には抑えきれないかもしれない。

 

『お爺ちゃん』

「手負いかぁ……お前等、戻った方がいいぞ」

『でも、爺さま、のろいし』

『何かあったら大変だよ!』

 

 背中の憑喪神たちが口々に言う。まさか、此処まで懐かれてるとは思わなかった。爺思いの孫たちの言葉に、思わず目頭が熱くなる。

 血縁者でもなければ、目頭さえ無いのだが。

 

「お」

 

 地霊殿へと続く、暗い一本道。その真ん中に、一体の獣が横たわっていた。猫のような、虎のような、蛇のような……

 

『何これ』

「鵺、か」

『ぬえ?』

 

 鵺。暗雲と共に現れ、複数の獣が混ざった姿をした妖怪である。頼政の矢を受けて落下した所を斬り殺された、というのが俺の知る鵺の話だが……此処に来たと言うことは、こいつも封印されたのか。

 胸の辺りに矢が刺さり、体に残った真新しい刀傷が痛々しい。

 

『どうするの? ほっとく?』

「うんにゃ……此処に来たなら、こいつも仲間だろうよ」

 

 俺が、此処に運び込まれ、受け入れられたように。

 

「とりあえず、地霊殿まで運ぶ。乗せるのを手伝ってくれ」

『わかったー!』

 

 さとりには、後で平謝りしよう。兎に角、今は手当が先である。体に巻きついたフェムトファイバーを腕代わりに操り、鵺を持ち上げる。やっとのことで習得した、腕代わりになる妖術。細かい作業は出来ないが、物を持ち上げることくらいなら出来るようになった。

 憑喪神達が下から押し上げ、鵺を俺の上に乗せる。

 

「ぐ、ぅ……」

「気が付いたか。人語は分かるかね」

「ぁ……ぅ……まだ……」

 

 掠れた鵺の声が響く。その姿に見合わず、その声は高く、まるで少女のようだった。

 

「死にたく、ない……」

 

 鵺が言い終えると同時に、その姿が水に映った像を掻き乱したかのようにぐにゃりと変形する。

 

「お、おお?」

 

 鵺の巨体が消え、俺の上に残ったのは。

 

「お、女の子?」

 

 胸に矢を受け、刀傷を負った一人の少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、大丈夫でしょう。彼女も妖怪ですし」

「ありがとうございます」

 

 地霊殿の一室、俺とさとりはベッドに寝かされた鵺少女を見る。包帯を巻かれた体に、先の獣の面影は無い。

 正体不明の癖に有名な鵺。姿は現れる度にころころと変わり、暗雲に紛れ鵺鳥に似た声で鳴く。声や暗雲は知らないが、確かに落ちてきた時の姿は話に聞くそれであった。

 

「どうしましょうか。傷が癒えるまでは、ここに置いても?」

「仕方がないわ。まあ、退屈凌ぎにもなりそうですし」

 

 さとりが扉を開く。廊下は、いつも通り鈍い光に照らされていた。

 

「部屋にいます。何かあったら、呼んでもらえるかしら」

「了解です」

 

 さとりが出て行き、俺は、鵺の眠るベッドの横に一台

ひとり

きり。鵺は目を覚ます気配もなく、憑喪神たちはさとりを恐れてか早々に引き上げてしまった。話し相手が一人としていなくなり、暇になってしまう。

 やることも無いので、鵺少女の姿を改めて確認してみる。包帯を巻かれ、その上にシーツを被せただけの体は、本当に伝説の鵺なのかと疑ってしまう程に華奢である。あの姿は幻覚の類なのか……とも思ったが、それにしては生々しかった。彼女がどんな能力を持っているのかが気になる。

 背中には、一対の翼。らしきもの。赤と青の、歪な形の物体が、左右に三本。これで飛ぶつもりなのか、それとも翼ではないのか。先端が尖っていて、これだけでも武器になりそうな形状である。

 

 それにしても。

 

 心の中で独りごちる。この世界の妖怪は、やたら少女の姿を取るものが多い。それも、頭に美が付く少女ばかり。俺の知っている妖怪とは、かけ離れた姿の者も多い。此処に来て初めの方で太子に会ったため、そういうものだと割り切っていたが。

 ずっと、此処は過去の世界だとばかり思っていたが、もしかすると……

 まあ、考えた所で納得できる答えなんて出るはずがない。この時代にバイクが走っている時点で、俺の知る歴史からははみ出しまくっているのだし。

 

「ん……」

 

 鵺が身を捩る。どうやら、目を覚ましたらしい。

 俺は考え事を止め、鵺の方に意識を戻した――――

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

「ん……」

 

 体を捩ろうとすると、胸や腹に痛みが走った。背中には、柔らかい感触。どうやら、布団の上にいるらしい。

 ぼんやりとしていた頭の中。目を開けると、そこは見知らぬ部屋。鈍い明かりの灯った、薄暗い部屋に寝かされているようだった。

 

「お目覚めですか」

 

 突然の声に、思わず体が小さく跳ねる。そうだ、私が地底に落とされた後、この声が聞こえて……

 

「喋れますかね。胸を撃ち抜かれてたので、辛いやもしれませんが」

 

 声のする方をみると、そこには何か、鉄製のモノが一つ。他に人影は見えないし、これが喋っているのだろうか。

 痛みを堪えて、私は布団……周りから一段高くなった寝台の端に腰掛けた。

 

「……私を、助けたの?」

 

 言葉を発する度に、胸に痛みが走る。触ってみると、矢の刺さっていた所に包帯が巻かれていた。

 自分が包帯しか身に纏っていないことに気付き、少しだけ顔をしかめながら薄い掛け布団を羽織る。寝台の横に厚い掛け布団もあったけど、痛みで手を伸ばせなかった。少し、肌寒い。

 

「ええ。封印されたのでしょう?」

「……あっさりと、ね。嗤う?」

「そんな、まさか」

 

 封印されたのは、他でもない私の力不足のせい。生まれたばかりの、未熟な妖怪が増長した結果。どうやら私には、人々に語り継がれるような大妖怪になる素質は無かったらしい。

 いとも簡単に射抜かれ、落ちたところを斬られ、抵抗虚しく封印。これだけでも、自分の力不足を痛感する。しかし、何より悔しいのは。

 

「誰も、怖がらなかったなぁ」

 

 正体不明の種が剥がれ、曝け出された私の姿は、幼い生娘のそれで。そんな少女など、恐れる人間はいない。そればかりか笑われ、蔑まれ、見下され。挙句には下卑た目で私を見る始末。妖怪として、ではなく、ただ嬲られるだけの少女として見られたことが、何よりも。

 

 口の中に、血の味が広がる。何時の間にか、唇に歯を突き立てていたらしい。

 唇を噛み締めたところで、悔しさが紛れるわけでもない。寧ろ、そんなことしか出来ない自分を再確認して益々嫌になる。

 

 私は、弱い。その事実が、否応無しに私の胸に押し付けられて。

 

「く……そ……っ」

 

 涙が溢れ出し、私の頬を伝い落ちた。人前で泣くなんて、みっともない。手で顔を隠しても、落ちる涙までは隠せなかった。

 涙を止めようと躍起になる。呼吸がし難い。傷を受けた胸が痛い。

 苦しい。苦しい。苦しい――

 

「っ……?」

 

 その時、何か、背中に柔らかい物が覆い被さった。厚めの掛け布団……さっき、手を延ばせなかった掛け布団が、私を包み込むように被せられていた。綿の入った布団の温かみが、背中を通して体の奥深くへと染み渡る。

 

「その格好では、寒いでしょう。温まれば、少しは気も楽になりますよ」

 

 鉄の塊が言う。その口調は、無機物の癖に暖かかった。

 その言葉を皮切りに、堪えていた涙が溢れ、零れ出す。

 

「あ、ぅ……」

 

 彼の伸ばした、二本の紐のような物が布団の上から私の背中を撫でる。腕の代わり、とでも言うつもりなのか。何となく、滑稽で。その癖、やけに優しくて。

 

「ぅっ、あ、うああああっ……」

 

 私の背中を撫でる彼に寄り掛かって、生まれて初めて声を上げて泣いた。鉄の体は冷たく、生き物のそれとは程遠い。それなのに、確かに暖かい。本当、意味が分からない。けど、やっぱり暖かい。

 

 正体不明の鉄の塊に向かって、私は泣き続けた。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

「……ありがと」

 

 鵺が布団に顔を埋め、小さな声で言う。案外、素直な性格のようだ。

 

「なんか、楽になったわ。もう、大丈夫」

 

 先程呟いた時よりも、はっきりとした口調。精神が回復したならば、体の回復は遠くないだろう。

 

「ところでさ。あなたって、何? 憑喪神っていうやつ?」

「まあ、似たような物ですかね。こう見えて、乗り物なのですよ」

「ふうん……」

 

 鵺がフェムトファイバーを弄りながら言う。横になって布団を深く被っているので、表情はよく見えない。

 

「此処って、貴方の家なの?」

 

 眠た気な声。もう、二、三言話せば眠ってしまいそうな。

 

「まさか。此処の主はさとり殿。私も居候でして」

「そう……なら、さ……」

 

 鵺の言葉の続きを待つ。が、待てども待てども意味のある言葉が続くことは無く。やがて聞こえたのは、その寝息だけ。

 眠ってしまったか。

 

「さとり殿に連絡入れるかね……」

 

 そのまま曲がるとベッドにぶつかるので、車輪を回し、後ろに体を引く。と、その時だった。

 鵺が、俺の腕とも言うべきフェムトファイバーを握ったままである事に気が付いたのは。それも、両端。

 

「……」

 

 俺は静かに元居た場所に体を戻す。鵺の手は固く握り締められたままで、抜け出せそうにはない。

 

「まあ、いいか。後ででも」

 

 鵺の傍、ベッドの横にてサイドスタンドを立てる。彼女が起きるまでの間、少しだけ眠らせてもらうことにする。

 

 

 鵺が目覚め、やってきたさとりに叩き起こされるのは、それから数刻後のことであった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。