東方単車迷走   作:地衣 卑人

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十七 鵺と鉄

 

 繁華街の外れ。

 地霊殿にも程近いその場所に、一件の小屋が建っている。

 物が少なく、あるのは布団と机と、小さな箪笥のみ。寝るためだけにある、当に寝床というに相応しい内装である。

 しかし、地底に建つ家の内装など、どの家もこんなものである。食事や風呂は全て外で済ませ、自宅を使うのは寝る時だけ。江戸の暮らしはこんな感じだったと聞いた覚えがあるが……今は鎌倉時代である。江戸に入るまでこの暮らしを続けるつもりだろうか。妖怪の文化は進んでいるようで、進展が殆ど無い。地底のこのような生活が、江戸時代までこのままで続く可能性も、十分にある。大体、妖怪というものは寿命が長すぎるせいもあってか、人間に比べ向上心と言うものが少ない。新しい物を取り入れるのは、外から何か……例えば、西洋文化などが取り入れられた時や、妖怪のそれと比べ目まぐるしく変化する人間社会に、惹かれるような発明があった時だけなのである。時間が止まっている、とまではいかないものの、妖怪の歴史の流れは、恐ろしく遅い。

 

 閑話休題。地底の文化事情などはどうでもいい。

 兎角、今、俺がいるのはそんな、地底では極一般的な小屋の中なのである。一般的と言いつつ、入口にスロープがついている家は此処ぐらいのものなのだが。俺が上がり難いから、と、この家の主が作ってくれたお手製のスロープである。

 そして、その主は俺の真横に広げた布団の中で寝息を立てている真っ最中で。

 

「ほら、もうそろそろ起きて下さいな」

 

 俺の言葉を聞いてか、布団がもぞもぞと動く。が、中にいる人物が出て来る様子は一向にない。

 

「……あと五時間」

 

 そんな戯けた返事が帰ってきたのを確認し、俺は布団に包まる主の方へ向き直る。

 

「警告ー、警告ー、残り三秒以内に起きなければ、強行手段を取らせて頂くー」

 

 どうせ、この言葉も聞こえてはいないのだろうが。そんなことはお構い無しに、俺はカウントダウンを開始する。

 

「三、二、一、ゼロ」

 

 何でゼロだけ横文字なのか。なんて、小さな疑問を置き去りにして。

 俺のクラクションが、地底に建つ静かな小屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿じゃないの!? なんで真横で鳴らすわけ!? 鼓膜が破れるかと思ったわ!」

 

 布団から飛び出したぬえが俺に捲し立てる。起こしてやったというのに、酷い言われようである。

 

「何回起こしても起きないのが悪いんじゃないですか。大体、毎日毎日……」

「いいじゃない。どうせ、朝も夜も無いんだしさ。地底には。大体妖怪が早起きして何になるのよ」

 

 まあ……一理ある。俺たちは妖怪だし、地底で規則正しい生活を送るものなど数えるほど。ぬえが毎日同じ時間に起きる必要は、本来なら全く無いのだ。

 しかし。

 

「ぬえ嬢は構いませんが、私が困るのです。ほら、ご自身の手を見てください」

 

 ぬえが俺に従い、自分の手を見る。そこには。

 

「……仕方ないじゃないの。これないと寝れないんだから」

 

 ぬえの手に握られているのは、一本の紐。俺の体から伸びるフェムトファイバーである。

 あの一件以来、ぬえは眠る時はいつも俺の腕代わりたるフェムトファイバーを握りしめている。寝ている時は構わないが、ぬえより起きるのが早い俺としては迷惑極まりない。

 

「いい加減、その癖治してくださいな。私だって、やらなきゃならない事があるのです」

 

 やる事、というのは地底に封印された村紗たちの捜索である。憑喪神たちと共に地底を虱潰しに探し回る、気の遠くなるような作業。そんな重労働を、憑喪神たちだけに任せるわけにはいかない。

 そして、そのことはぬえにも伝えてあるのだ。

 

「何よ、もう……寺の仲間、寺の仲間って。今の持ち主は私でしょ?」

「勿論、今の私の主は貴女。でも」

 

 今の主は、ぬえ。それでも。

 

「私は、前の主を見殺しに出来るほど薄情ではありませぬ故」

「っ……なら、今の持ち主はどうでもいいわけ!?」

「そんなことは」

「煩い!」

 

 ぬえが俺を突き飛ばし、小屋の外へと走り去る。少女の姿を取るといえど、ぬえは妖怪。俺の体は易安と押し倒され、ぬえを追う事も出来ない。

 

「ぬえ嬢!」

 

 走り去る背中に、俺の声は届かなかったらしい。いや、無視されたのか。何れにせよ、怒らせてしまった事に変わりはない。

 先程までぬえが掴んでいたフェムトファイバーを使って、体を起こす。片方のミラーが曲がってしまい、打撲した時に似た痛みが走った。

 

「……そこの箒よ」

 

 俺の呼び掛けに応じて、立て掛けてあった箒が動き出す。ひょこひょこと俺の前まで歩いて来て礼をする箒に、俺は言伝を託した。

 

「憑喪神たちに伝えておくれ。持ち主の用事で、今日は行けそうに無い。本当に申し訳無い、と。言えるな?」

『憑喪神たちに伝えておくれ。持ち主の用事で、今日は行けそうに無い。本当に申し訳ない、と。言えるな?』

「よし、頼んだ」

 

 箒が小屋の外へ走り出す。憑喪神には至らずとも、そこそこ古い箒だ。心配はあるまい。

 

 それなりに長くを生きた俺には、ある能力が備わった。憑喪神以外の、意思を持たない道具たちをも活性化させる力。一時的に自由に動けるにし、使役する能力である。

 『道具を使う程度の能力』とでも言うべきか。道具の癖に道具を使う、何ともおかしな能力だ。

 

「まあ、それは、さておきっと」

 

 俺は、小屋の外に出てエンジンを駆ける。広い地底、正体不明の彼女を見つけ出すのは骨が折れそうだ。

 既にミラーは折れてるけど。

 

「行くか」

 

 ギアを落とし、走り出す。

 確かに、前の主人は大事である。が。

 今の主は大事では無いと言えるほど、俺は薄情では無い……つもりである。

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 封獣ぬえは後悔していた。

 今しがた突き飛ばした彼に非は無く、自分の我儘を言うだけ言って飛び出してくるなど、まるで子供のようで。前の持ち主への嫉妬の為に相手を傷付けるなんて、自分の事ながら情けない。

 妖怪としての生を受けて高々、数十年。精神的にまだまだ未熟な部分があったのだと言い聞かせた所で、彼に対して自分がしたことを正当化出来るほど図太い神経は持ち合わせていない。

 

「あーあ……」

 

 考えが纏まらない。現状を打破するにはどうすればよいかを考えても、出てくるのは意味の無い呟きのみ。逃げ込むように飛び込んだ、暗い橋の下。いつものように、話し相手になってくれる相方も、今は居ない。

 

「何、辛気臭い顔をしているのかしら」

 

 唐突に声がかかり、ぬえの体が跳ねる。そこにいたのは、緑の目をした少女。尖った耳と、綾取りの橋に見たてたらしい着物の装飾が目に付いた。

 

「……誰よ」

「貴女こそ、誰よ。ここは私の守る橋。橋姫の橋に腰を下ろす、その勇気が妬ましいわ」

 

 橋姫……たしか、彼がこの妖怪について何か言っていた気がする。嫉妬心を操る、橋の守護者……だったっけ。

 

「ごめんなさいね。ちょっと、嫌なことがあったから」

「そう。でも、此処にいられるのは迷惑だわ。私みたいなのの近くにも、あまり長いはしたくないでしょう?」

 

 言葉は攻撃的だけども、その口調と表情は暗く、寂しげな橋姫。

 心優しい守護者だけど、自身の種族と能力故に他人を遠ざける……彼の言葉が頭の中を反響する。

 ならば、ここを出る前に。

 

「貴女がそう言うなら、出て行くわ。でも、一つだけ悩みを聞いてよ」

「出て行けと言って出て行こうとする素直さも妬ましいわね……一つだけ、よ」

 

 やっぱり、根は優しいらしい。

 ぬえは、目の前に佇む橋姫に自分の悩みを打ち明ける。

 

「私は……何て言うんだろう。ある道具を持ってるんだけど」

「道具?」

「憑喪神って言うの? 車輪が付いてて、赤い体の……」

「ああ、彼ね。名前は知らないけど」

 

 そういえば、私も彼の名前を知らない。他の持ち主たちには……彼が今頃探しているだろう寺の仲間たちは、彼の名前を知っているのだろうか。なんて。

 

「ほら。妬まない。それは、私の仕事」

 

 橋姫の指が、私の頬を撫ぜる。その指に付いているのは……涙?

 

「あれ? なんで、私……」

「嫉妬よ、嫉妬。彼の、前の持ち主への嫉妬。ごめんなさいね、私が近くにいるから、貴女の嫉妬心を掻き立ててるの」

 

 申し訳なさそうに、橋姫が言う。

 

「嫉妬は、誰もが持つ下賤な感情。私は、それを操る妖怪。貴女の嫉妬心は、私が美味しく頂くわ」

 

 橋姫の目が怪しく、けれど優しく輝く。深い、緑の光。水の底から見た月の光にも似た、朧げな輝き。

 その光に吸い付けられる様に、私の心を覆っていた暗い『何か』が消えて行く。これが、彼女の言う嫉妬心なのだろうか。

 

「ご馳走様。貴女の嫉妬、とても美味しかったわ」

「それは……喜んでいいのかしら」

「いいんじゃない? もう、気持ちも晴れたでしょう」

 

 確かに、気持ちは晴れた。さっきまでの苛立ちも、悲しさも。

 

「さ、ここにもう用は無いでしょう?さっさと何処へでも行きなさい」

 

 半ば追い出される形で、暗い橋の下から、ぼんやりと明るい繁華街の方角へと浮かび上がる。

 

「ねぇ、あなた名前は?」

「二つ目ね……まあ、いいわ。水橋パルスィよ」

「パルシー?」

「パルスィ」

 

 彼女の憮然とした顔を見て、橋から飛び出す。お礼は言い忘れたけど、それはまた今度にとっておくことにした。

 今は、やらなきゃならない事があるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな小屋。私と彼が生活を共にしている小屋で、私は彼の帰りを待っていた。

 数刻。昼も夜もない地底だけども、起きたのを朝だとするのならば今は夜中。流石に、帰りが遅過ぎる。

 まさか、もう帰ってこないつもりだろうか。

 

「……さむ」

 

 普段、彼の起こす妖火で暖をとっている小屋の中に、他の熱源は無い。起こそうと思えば火くらい簡単に起こせるが、そんなつもりにはなれなかった。

 

「名前くらい、教えてくれてもよかったのに」

 

 さとりに無理を言って彼を引き取ったというのに、このざまである。欲しくて堪らなかった。それは、幼子が玩具を欲しがるときのそれとは違う、他の感情で……無機質相手に何を考えてるんだかと、自分でも呆れてしまう。

 それでも、元々無理に自分のものにした手前、出ていかれても何も文句は言えない。

 だけど。

 

「行こ」

 

 せめて、謝ることくらいは許してくれるといいなと思いつつ。私は、昼も夜も無い地底の空へと飛び出した。

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 困った。

 非常に困った。朝一でバッテリーが上がって充電するために態々シート周りを全部バラさねばならなくなった時くらいに困った。

 具体的に言えば。

 

 

「てめぇ。聞いてやがんのか。おい」

「八割ほど聞き逃しました。申し訳ない」

 

 小中併せて十数匹の妖怪達。封印されたてらしいが、懲りることはなかったようである。

 地底は鬼の天下と知ってか知らずか、徒党を組んで追い剥ぎの真似事中らしい。なにも、妖怪相手にやる事もあるまいに。

 

「あんまり、調子に乗ってると痛い目に遭いますよ。此処は鬼の天下。貴方がた程度では、赤子扱いが関の山。もっと静かにお過ごしなさいな」

「鬼だ? んなもん、皆封印されちまった野郎ばっかだろうが」

「貴方達も変わらないでしょうに」

「俺たちは、嵌められたんだよ。あのひょろくせぇ人間共に」

 

 成る程、それで荒れているのか。結局、此処に来るのは皆、同じような境遇のものばかりらしい。

 理由が理由だけに、あまり手を出したくは無い、が……

 

「まあ、数日も居れば慣れますよ。此処は、貴方たちの為の楽園ですし」

 

 やらなければやられる。偶には、戦う事も必要かとエンジンを駆けようとした、その時だった。

 あの時見た獣が、俺の前に降り立ったのは。

 

「あんたら、何やってんの?」

 

 猿の頭、狸の体、虎の足、蛇の尾。俺が初めて見た時の鵺。禍々しい妖気と黒雲を吐きながら、巨大な獣は妖怪たちを見下ろす。

 怯んだ妖怪たちを一瞥し、俺に向き直ると、いつもと変わらない少女の声で囁いた。

 

「ちょっと待ってて。何処にも行かないでよ」

「行きやしませんよ。持ち主をおいて」

 

 先まで猿だった顔が何時の間にか猫のそれに変わり、背には鶏の翼を生やしたぬえが、その羽で羽ばたく。姿を変え続けるぬえに、俺は一応、注意を促す。

 

「殺しは駄目ですよ」

 

 返事代わりの唸り声と共に、その一方的な蹂躙は始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぬえが、いつもの少女の姿で俺の上に寝転んでいる。多少、疲れたように見えるぬえ。気怠そうに黒い空を見上げ、俺の座席に身体を横たえている。

 

「お疲れ様です」

「本当、疲れたわよ……探したんだから」

「私だって、探しましたよ」

「貴方が探してたのは寺の仲間、じゃないの?」

「今日は、貴女ですよ」

 

 ぬえが、俺のタンクに向けうつ伏せに体勢を変える。暖かい。俺の体は、冷たく無いだろうか。

 

「よかった。もう、帰って来ないかと思った」

「寧ろ、私の方がそう思いましたよ」

 

 初めて鵺を載せた時の体勢。それだけで、なんと無く安心する。

 

「……ねぇ」

「何でしょうか」

「寺の仲間探し、手伝わせてよ」

「……結構、疲れる仕事ですよ」

「それでもいいから。私を乗せて、ね」

 

 冷たい鉄の体に、ぬえの体温が伝わってくる。逆に、ぬえの身体には俺の冷たさが。俺は、少しでも暖めようとエンジンを駆けた。

 

「貴女が言うのなら、喜んで」

「……ありがと」

 

 ぬえの表情は見えない。けれど、笑ってくれているように思える……と言うのは、流石に都合が良すぎるか。

 唯、俺は。今、この胸に湧き上がる気持ちを、彼女に伝えねばならない。

 

「こちらこそ……ありがとう」

 

 俺の言葉を聞いたぬえは顔を上げ、今度は、確かに微笑んだ。

 

 

 

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