妖怪が里を襲えば、退治屋達と共に里を守り。人が攫われれば、その行方を追い。
人の生は短く、それでいて、多様性に溢れていて。時は飛ぶように過ぎ去り、後には思い出だけが積み重なっていく。
人里で暮らし始めて、もう、随分となる。妖怪である俺の感覚でも長いと感じるのだから、人間にとっては途方もない時が過ぎたのだろう。
昔は退治屋が中心だったこの里も、今は大手の道具屋に飯屋、甘味屋なんてものまで立ち並ぶ、ちょっとした街が出来上がり始めていた。
「おっす。座らせてもらうぜ」
「お疲れ様です、店主殿」
少し疲れた顔で、若い男が俺の上に座る。大手道具屋の若き店主。商才に恵まれたらしく、ここの所彼の道具屋、霧雨道具店はぐんぐんと成長し続けている。
「仕事はよろしいんで?」
「おう、こっそり抜けて来ただけだから大丈夫だ」
「あまり大丈夫じゃないように聞こえますな」
霧雨家の者は、どうも素行がよろしくない。しかし、それでも商売が繁盛しているのは彼が影で努力しているからなのだろう。
今も、道具店の周りを見回し、人通りがどれ程のものなのかと探っているようである。商品開発にも余念は無く、俺にサイドバッグを作ってくれたこともあった。丈夫で、大容量。車輪への巻き込み防止のカバー付きという、此方の需要を実に理解した一品。デカデカと『霧雨道具店』と刺繍されている辺り、宣伝効果も期待したらしい。
前の店主も研究熱心で、よく仕事を抜け出しては辺りを歩き回って他の店の観察なんてことをしていた。
また、誰に対しても親身になって話を聞き、信用も厚い。それも、商売繁盛の秘訣なのだろう。
「おやっさん!何処ですか!」
「おお、いけねいけね。んじゃ、帰るぜ。丁度、邪魔になるとこだったしな」
すたこらと店に戻る店主を眺めながら、欠伸を一つ。はて、丁度邪魔になる所とはどういう意味だろうか。
「おい、行くぞ」
またもや唐突声を掛けられる。次は、刀を持った青年。いつぞやの、俺と争った青年の面影を残したその顔は、忘れるはずもない。
「いつでもどうぞ、頭領殿」
「おう」
現退治屋頭領。と、言っても彼の他に退治屋はもう皆廃業した後で。最後に残った彼も、自身の代で退治屋業は畳むつもりだと語っている。
「……依頼が、数件。幾つかは、説得で終わりそうだ」
「了解。頭領殿、ヘルメットを」
「……」
無言でヘルメットを被り、俺のキーを回す。俺が使われ始めてから何回も代替わりしたが、彼が一番真面目な性格で。若干とっつきにくいものの、仕事が終わったら毎回磨いてくれるなんて一面もあるので、物としては嬉しい限りである。
「まずは、人里の外れ。化け猫の被害が出た」
「了解」
人通りの少ない道を選んで走り始める。
俺を運転出来る人間も、彼だけになってしまった。昔は、退治屋達が取っ替え引っ換えに乗り回し、忙しくも楽しく暮らす事が出来た。のんびりと走る者、慎重な者、荒々しい者。改めて、人の個性というものに気付かされることばかりで。
そうやって、段々と成長する人里を見守って来た。
人里は狭い。バイクなんて必要無く、歩きで十分事足りる。幻想郷において、妖怪の跋扈する人里の外まで出掛けるのは退治屋か、物好きか。
最後の退治屋たる彼が廃業すれば、俺の役目は無くなりそうだ。そうなれば、俺は、もう―――
「……依頼の数が、最近、目に見えて減ってきている」
「……巫女、ですね」
「ああ。大きな悪事を働けば彼女が動く。依頼がくる前に動くからな、あれは」
巫女。俺を封印した巫女の後継。
勘で動き、現行犯で退治しているのだから此方に依頼がくるはずがない。
「……平和が一番だ。彼女が即座に対応すれば、被害は目に見えて減る。人は、安心して生活出来る」
「人里も、暮らしやすくなりましたねぇ。人にとっても、一部の妖怪にとっても」
妖怪の中には、人と共に暮らしたいというものも居る。そういった連中が、少しずつ人里まで来て人間の仕事を手伝うようになって来た。まだまだ人と妖の間はギクシャクとしているが、次第に解れ、自然に付き合えるようになるのだろう。
不意に、ブレーキがかかる。
「さて、行くか」
「引っ掻かれないといいですねぇ」
「お前なんぞ、誰が引っ掻くものか」
猫たちの集まる中、一際大きな猫に向けて彼が歩き出す。
俺は、その後ろ姿を見ながら後に続くのであった。
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依頼がとんとこなくなってから数週間が経ったある日。
妖怪退治の看板の下を、一人の少女が潜り抜けた。
「いらっしゃい……これは、稗田様」
「こんにちは、退治屋さん、妖怪さん」
阿礼乙女。幻想郷縁起と呼ばれる妖怪に対する対処法などを記した書を編纂するために転成を繰り返す少女。
実を言えば、前々から仲の良かった二人。最近は依頼が少なくなったこともあり頭領が里にいる事も多くなったため、話す機会が増えたようである。
友達以上カップル未満、と言った所か。
「とりあえず、私は出かけて来ますね。あ、戸は閉めておかないと茶化されますよ」
「ち、茶化されるような事はしない!」
「ご、誤解です!」
顔を赤らめて同時に宣う。もう、この時点で十分茶化せる。
「顔、赤いですよ。お二人とも。では……」
「ま、待って下さい!今回は依頼で来たのです!」
「依頼?」
頭領が、阿礼乙女を見る。此処しばらく依頼が来なかったかと思えば、突然の稗田家からの依頼。当然、困惑する。
が、俺は先代の阿礼乙女にも会っている。俺が里に来て、数十年くらいの時だったか。その時もこうして、当時の頭領に依頼がきたのである。
「……お体は、大丈夫ですか」
「ええ。私の準備は出来ています」
「お、おい。説明してくれ」
一人会話に取り残された頭領が慌てる。依頼の内容を知っているのは俺と、記憶の一部を引き継いだ彼女のみ。
「阿礼乙女の編纂する幻想郷縁起。そこに記す妖怪の調査、ですね」
「はい。退治屋さんにはその護衛を頼みたいと。妖怪さんには、前回同様に足代わりになって頂きたいのです」
「それは、つまり」
「旅ですよ。頭領。稗田様が幻想郷を巡る間の護衛役です」
幻想郷は、そこまで広くは無いと言えど遠くまで行けば日帰りで帰るのは難しくなる。それ故の、旅。その場で記録し、記録し終えれば次の場所へと移動する小旅行。
「わ、私で良いので?」
「貴方以外に退治屋もいませんし」
「博麗の巫女なんて言うのは」
「彼女は大きな異変を解決するためにいるのですから、私の都合で連れ出す訳には行きません」
「ですが、私だって一応は異性であって……」
顔を赤らめ、段々声の大きさも小さくなっていく頭領。生娘かと突っ込みたくなるものの、ぐっと堪える。
「何、顔を赤らめてるんですか!これは依頼、旅といっても、仕事なのですからね!」
対する阿礼乙女も顔が赤い。この二人は人の目の前で、何をしているんだか。
「そ、それに、別に、他に頼む人がいないからという訳ではなくて、その、わ、私は、貴方が……」
「……本当に、よろしいんですね?」
「……はい」
頬を朱色に染め、潤んだ瞳で見つめる阿礼乙女。同じく顔に朱を滲ませ、真剣な眼差しで彼女を見つめる頭領。真っ直ぐに繋がり、絡み合う視線。吐息の音が聞こえるであろう程に近付いた、二人の距離。
二人の顔が、ゆっくりと近付いて―――
「あの、私、居ますからね?此処に」
重なり会う前に、弾けるように跳ね退いた二人。本当に、俺の事を忘れていたらしい。天然なのだろうか。
「い、いつからそこに!?」
「ずっと一緒だったじゃないですか」
「ぬ、盗み見るなんて……!」
「いきなり始めたんじゃないですか」
呆れた声で二人に反論し、未だにあたふたと慌てふためく二人に告げる。やはり、天然らしい。
「兎角、頭領は荷物の用意を。稗田様はその手伝いを!私は外で待っていますからね!よろしいですか!」
「わ、分かった!」
「は、はい!」
それだけ告げて、俺は外に出る。あの二人の事だから、荷造りの途中もあの甘ったるい空気を醸し出しながらの作業となるのだろう。大分、長くなるかもしれない。
偶々店のすぐそばをぶらついていた絶賛サボり中の霧雨店主を眺めながら、俺は溜息を吐くのであった。
数刻の後、店から二人が出てくる。予想通り、やけに長い荷造りであった。荷作りなんてせずに子作りでもしてれば良い、なんて、少々下品な嫌味が頭に浮かぶも、流石に口には出さない。デリカシーなんていう問題ではなく、ただ単にまた面倒な事になりそうだからである。
「終わりましたか、子作……荷造り」
「ちょっと待て今何か」
「荷造り」
「いや、別の言葉が」
「終わりましたね?荷造り」
「……ああ……」
荷物で手の塞がった頭領に代わり、阿礼乙女が店の鍵を閉めて近付いてきた。
「では、行きましょうか。どうしました?」
「いや……なんでも、ありません。ただ、人目は気にするべきだと学んだだけです」
「?」
「賢明です。頭領」
俺の荷台に自分の荷物を括り付け、阿礼乙女の荷物をサイドバックに詰め込む。
「あら、この袋……」
「ええ、霧雨店主に頂いたもので御座います。丈夫な作りなんで助かっております」
「はあ……家の備品も痛んで来ましたし、次は彼の所で買い揃えましょうかね」
頭の中で、霧雨店主が親指を突き立てる姿が浮かんだ。サイドバッグの対価が店の宣伝ならば、安い物である。
「さて……稗田様、後ろへ」
「はい。えっと……こう、ですかね」
「はい。ヘルメットは稗田様がお被り下さい。私は兜がありますゆえ」
阿礼乙女がヘルメットを被る。フルフェイスの為会話がし難いのが難点だが、そこは俺の能力でどうにかしておく。
頭領の兜と、阿礼乙女のヘルメット。その二つを通して会話出来るようにしておく。これで、走行中も会話が出来る。
「もっと、足に力を込めて下さい。振り落とされないように。腰に手を回して、しっかりと捕まっていて」
「は、はい」
バイクの二人乗り。特に、後ろが馴れていない時には、二人は殆ど密着した状態になる。
なんとなく、押し黙る二人。
しかし、俺は黙らない。
『お二人共』
「何だ」
「何でしょう」
『平常心』
「「うるさい!」」
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稗田様を後ろに乗せ、魔法の森を走る。悪路の走行、流石のこいつもガタガタと揺れながらの走行となる。しかし、倒れはしない。たいして運転の上手くない俺でもこの道で転ばないのは、こいつの助けがあるから。
単車に馴れていない稗田様が振り落とされないのも、こいつがこっそりと縄で固定しているから。本当、こいつには世話をかける。
『この辺りで止まって頂いてもよろしいでしょうか』
「分かりました」
ブレーキをかけながらギアを落とし、最後にニュートラルへと一段上げてからエンジンを切った。
魔法の森。瘴気に満ち、妖怪と化した木々や蟲が蠢く森。
「稗田様、ヘルメットを取らないで下さいね。瘴気にやられます」
「退治屋さんは……」
「私は、耐性がついていますゆえ」
森での修行の中、段々と森の毒気に慣れていって。今ではもう、この程度の毒では気分さえ悪くならない。
しかし、稗田様の場合、森の瘴気は死を招く。私も、彼女に何かが起こらぬように細心の注意を払わねば。
「この辺りの妖怪は……妖花や蟲、妖獣などですか。薬草や茸の類も多いので、そちらも記録するべきですかね……」
稗田様は手帳に記録を取りながら、森の中を歩き始める。私と相棒も、稗田様を中央に置きつつ進み始めた。
「稗田様、無理はなさらぬよう」
「ええ。只、森で一晩過ごすことになりそうですので、お願い致しますね」
「分かりました。必ずや、お守り通してみせましょう」
「……侍っぽいなぁ。やっぱり」
どこか寂しそうに相方が呟くも、その表情は微塵も変化せず。よって、その心情を読み取ることも出来ない。
「稗田様を頼む。稗田様、暫しお待ちを」
「了解ー。はい、結界張りまーす」
「えっ……えっ?」
困惑する稗田様が、相棒と共に結界に包まれる。慇懃無礼ではあるものの、流石は永きを生きる妖怪。その結界の強度は、巫女といい勝負になりそうな程。
二人に背を向け、迫り来る妖気に身構える。気配は、複数。囲まれてしまってはいるものの、稗田様は安全。安心して、妖怪達を退治する事が出来る。
「さて……かかってこい!」
私は、茂みから躍り出た妖獣達に切りかかった。
□□□□□□□□□□□□□
頭領が妖獣の群を一掃してから数刻後の、夜の森。焚火と、簡易テントの張られた小さな広場。キャラバンとは、こんな感じなのだろうか。瘴気除けの結界で広場を護りながら、揺れる焚火を見守る。
阿礼乙女はテントの中で森の記録を取り、頭領はその傍に控えている。テントの中の様子は分からないが、覗き見たりするほど俺は野暮では無い。
只々、二人に邪魔が入らぬように結界を維持し続ける。暇だったので、妖怪や幼獣を寄せ付けぬよう、妖怪除けの結界も張っておいた。
「……それで……この辺の妖怪は……」
「なるほど……では……対処法等は……」
テントから二人の話し声が聞こえる。あまりよく聞き取れないものの、この辺りの妖怪について話しているようだ。
男女二人、狭いテントの中。本当、真面目なんだか奥手なんだか。
二人がこのままくっつかないんじゃないかと、要らぬ心配をしてしまう。
「……老いたなぁ、俺も。精神的に」
人里で、沢山の人に使われる中で。生まれては死に、かと思えばまたその子が生まれ、育ち、また死んで。
人の寿命は短い。阿礼乙女は、その中でも特に短い。彼女は転生するので、付き合い自体は長いものの、それでも。
人の生は、短い。何度も別れては、何度もその面影を残す者と出会って。そして、また別れがくる。
人と妖怪とが共に生きるには、寿命というものは大きな壁になるだろう。妖怪側は、何度も別れを味合わなくてはならない。人間側は、妖怪を残して逝かなければならない。
寿命の差。それは、あの二人の間にもあることで。
テントの方を眺め、また焚火を見る。二人の話し声から察するに、どうやらまた、昼間の桃色な空気に突入したらしい。人と妖怪の関係を再現したかのような恋愛談。見ていて、少しだけ辛くなる。
暗い、夜の森。俺は二人の人間の事を想いながら、其処に停まり続けた。