東方単車迷走   作:地衣 卑人

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二十四 代と鉄

 

 私の袖に、一枚の花弁が舞い落ちる。

 見上げれば、そこに舞うのは紫の桜。様々な『幻想』が流れ着く幻想郷と言えど、此処まで紫がかった色の桜は、この丘にしか存在しない。紫の花弁は、この地にのみ降りそそいでは土へと還り、また、桜の一部となってこの塚へと舞い落ちる。桜がこの塚にしか存在しない上、この場所自体が、人々にあまり認知されていないこともあり、この色の所以は、未だに誰も知らないまま。

 唯、この桜。見ているとやけに哀しくなる。

 

「稗田様、此処は……」

「無縁の塚。その名の通り、無縁の者を弔う墓地です。と、言っても……」

 

 無縁の者なんて、里にはあまりいないのですけれど、と付け加える。

 無縁の塚。紫の桜が舞い落ち、墓地である為に冥界との境界が曖昧になっている危険な地域。

 それは人にとっても、妖怪にとっても。

 

「最近は、里に住む妖も増えてきましたしね……妖怪達にも注意を呼び掛けましょうか」

 

 手記を取り出し、記録しておく。その場で感じた一時の感情も、こうして記録に残しておけば後で何か役に立つ。

 妖怪に向けた注意喚起。人間の為にと編纂して来た幻想郷縁起も、その在り方を変えるべきなのかも知れない。

 

「……む……?」

 

 退治屋さんの顔が、不意に険しくなる。

 

「どうしました?」

「いえ……なにか、気配が」

 

 気配……私には、まだ分からない。しかし、彼が感じたのならば、もう此方へと向かって来ているのだろう。

 私は、単車さんの方に目を向ける。

 

「……どうします?離れていましょうか?」

「いえ、構いません。人が、あの方と出会う機会はそうそうありませんし」

 

 単車さんは、前回の転生時からの付き合いなので、此処に向かって来ているその方を知っている。

 私が記録を残す時、此処にくるのは一番最後。何故なら。

 

 

「阿礼乙女。編纂は終わりましたか?」

 

 

 桜の下。何時の間に其処に現れたのか、緑色の髪に冠を乗せた少女……閻魔が、私に問い掛ける。その瞳は、私の全てを見透かすように。その佇まいは、全ての干渉を受けつけぬかのように。

 内心では冷や汗を流しながらも、現在の幻想郷縁起の編纂状況を報告した。

 

「後は、此処の記録を取り、屋敷で纏め、仕上げるだけです。一通りの記録は、終わりました」

 

 震える手を戒めながら、纏めて来た幻想郷縁起の原案を閻魔に手渡す。彼女の反応が、如何様なものか。すこし、不安に感じながら。

 

「……ふむ。要所は掛けておらず、確認の取れていない妖怪には注意だけ促し、それでも不確定な憶測は加えていない。人を危険に晒しめるような事は書いていない、と」

 

 彼女が、私の幻想郷縁起をどう見るか。

 それで、私の次の転生が確実に行われるかどうかが決まるのである。言い方を変えれば、閻魔は今、私の此度の人生を評価しているのだ。

 

「……妖怪にも向けた注意喚起を取り入れましたか。人も妖怪も、所詮は同じ。悪行を為すか、善を行うか。善を為し、人と共に歩む妖怪も現れ始めたのですね……」

 

 私の記録は、閻魔が幻想郷の近状をしる一つの参考ともなっているらしい。彼女が、私の纏めた文書を通して見る今の幻想郷は、どの様なものか。それは、私には知り得ないけど。

 

「合格です。次の縁起にも期待していますよ」

 

 その一言を聞いて、私は、安堵の息を漏らす。今回の転生の意義は、認められたのだ。

 これで、私の役目は終わったも同然。これで。

 

 これで、悔いを残さずに、また。

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 阿礼乙女と閻魔の会話を聞き終えると共に、阿礼乙女のそれに合わせて溜息を吐く。これで、役割を終えた彼女の生も、その終わりを迎えてしまうのだろう。喜び半分、寂しさ半分。また、知っている人間が一人遠くへ行ってしまう。

 

 頭領には閻魔の事は何も伝えていないが、口を挟むべきではない事は理解しているらしく、ずっと沈黙を貫いていた。

 

「頭領殿」

 

 小声で話しかける。引き続き話を始めた二人の邪魔をするほど、空気が読めない単車ではない。

 

「あれは、あの方は誰だ」

「閻魔様で御座います。おっかないですよ、口を開けば小言に説教、叱咤激励罵詈雑言」

「聞こえてますよ。それに、罵詈雑言はおかしい」

 

 閻魔の声がかかる。流石閻魔、地獄耳。その地獄耳を隠す緑の髪と、その上に乗っかる王冠。

 面倒な御仁に目を付けられたものである。

 

「……面倒、などと考えましたね」

「そんな、人々の罪を裁き社会に秩序と平静を与える尊き方々閻魔王が一である貴女様を前に、そんな無礼極まりないような事を考えるなどという事がどうしてあり得ましょうか、いえ、あり得ません」

 

 俺の言葉を聞いた閻魔が呆れたように溜息を吐き、その手に握る板……悔悟棒というらしいそれを握りしめる。

 

「本当、変わらないと言うべきか、懲りないと言うべきか……」

「道具の性質は、中々変わらぬものですよ。閻魔様」

「……貴方にはもう、自我が芽生えているのです。いつまでも、物であることに固執するべきではありません」

 

 大体、と。閻魔は続ける。

 

「貴方は……物であるにせよ、主人に仕えるという存在意義がある。そして、貴方はその道を進んで選んだのです。だと言うのに、貴方の言動は慇懃無礼にして相手を小馬鹿にしたことばかり。貴方の言動は、主人の顔に泥を塗る行為であると前にも言ったはずなのに、また、今、私の目の前で繰り返すとは言語道断。そう、貴方は少し……」

「ほら、こんな感じで」

「ふむ、なるほど」

「何がなるほどですか!」

 

 頭領よりも頭一つ背の低い閻魔、四季映姫が声を張り上げる。も、やはり低身長。迫力が無い。

 

「全く……大体、貴方も……」

 

 今度は頭領への説教。本当に説教好きなのだなぁ、等と他人事のように見守る。

 

「さて、阿礼乙女……阿礼乙女?」

 

 少し離れた場所、閻魔と話をしていた場所に佇む阿礼乙女。

 俺の二度目の呼び掛けで、我に帰ったように振り向いた。

 

「は、はい?なんでしょう」

「……いえ、取り敢えず里に戻る準備でもと」

「そう、ですね。里に……」

 

 ふと、阿礼乙女の顔にかげが差す。寂しげとも、悲しげとも言えない表情。しかし、それも束の間。

 その顔から陰は消え、真剣な眼差しへと変わる。

 

「単車さん。すこし、お時間を頂いてもよろしいですか」

「……何故でしょう」

「……私は、退治屋さんに伝えなければならない事がありますので」

 

 伝えなければならない事。

 まあ、大体想像はつく。

 阿礼乙女の、もう一つの使命。稗田としての、使命。その相手に、頭領を選んだのだろう。

 

「結界、張っておきますね。邪魔の入らぬよう」

「ありがとうございます」

 

 ぺこりと、頭を下げる。花の形をした、髪飾りが揺れる。

 

 閻魔と頭領の話が終わり、阿礼乙女が閻魔に話しかける。俺は、今の内に引っ込んでおくとしよう。

 

 来た時と同じように姿を消した閻魔。紫の桜の下、二人の男女が話し始める。

 俺は、エンジンを駆けることなく静かに、その場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇そうねぇ。うら若い男女が、恋路を辿っている最中だと言うのに」

「ドラマだったら、喜んで見たのですけどねぇ。生憎、脇役でしたもので」

「なら、仕方ありませんわね。阿礼乙女と妖怪退治屋の恋愛ドラマ。月曜九時から」

 

 本当、懐かしい。こんな話題。彼女以外とは、話すことの出来ない話題は、遠い遠い過去の記憶を甦らせる。

 

「そして、その後。残されたる一人の男と、二人の愛の結晶。其処からの方が、視聴率は高いのかしら?」

「さぁ。私は、見ることはないでしょうけどね」

「あら。子供を男手一つで育てる中、出勤は赤いアメリカンバイクで、なんてのも良いと思うのだけど」

「……確かに、見守りたくはありますがね。ただ、そろそろ私も……そう、疲れてきたもので」

 

 少し驚いたような顔をして、彼女が此方を見る。

 

「あら。寿命?」

「寧ろ、今まで動けていたのが不思議なくらいです。ガソリンも入っていないというのに」

「妖怪でも、死ぬ時は死ぬしねぇ……って、無生物でも死ぬのね」

「不思議なことに。元から生きて無いのですがね。唯、眠るだけなのやもしれません」

「そうである事を、心から願いますわ」

 

 空間が裂け、紫色の隙間が開く。

 

「お疲れ様。貴方のおかげで、人と妖怪にも接点が出来た。ありがとう」

「どういたしまして。役に立てたのならば、道具として冥利につきまする」

「では……また」

 

 妖怪が消える。紫のドレスに、金色の髪。白い日傘。

 八雲紫とも、もう会う事もあるまい。

 

「……あと、どれくらい動けるかねぇ。一年は、無理だな」

 

 思えば、この体になってから千年以上の歳月が過ぎた。生き過ぎた、と言っても過言では無い。

 もうそろそろ、彼等を迎えに行こう。

 この体が動かなくなるまで、残り数ヶ月。

 それまでは、主人の為に尽くそうと。

 

 そう、誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阿礼乙女と退治屋の頭領の子が生まれる数週間前。

 一つの鉄の塊は、その産声を聞くこともなく。

 静かに、その鼓動を止めた。

 

 

 






 二つ目の、終わり。

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