東方単車迷走   作:地衣 卑人

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単車幻走
二十五 紅と鉄


 人里の外れに、一つの、小さな祠が建っている。年季の入り、苔生し、それでもなおしっかりと大地を踏みしめる丈夫な作りをしたそれは、造った者が如何に手を掛けたかが見て取れる。龍神が現れ、長い嵐の中でもびくともしなかった、祠。

 そこに眠るのは、一つのモノ。赤い鉄の体には注連縄を思わせる細い組紐が絡みつき、ぶら下がった鉄の輪を鈍く輝かせ、何故か小さな錨を吊るしたそれは、かつて妖怪退治屋達が使っていた道具だと言う。馬より速く地を駆け、人語を解し、妖術を使う妖怪。人とともに歩んだその妖は、今では里を守る神として祀られている。

 それが、先の阿礼乙女の記録に残る彼に関しての記述。

 私は、阿礼乙女ではない唯の稗田の子。それでも、稗田家に生まれたからには阿礼乙女の思いを継がねばならない。

 

「……妖怪に対しての見方を、改めるベキなのでしょうね」

 

 彼がその機能を停止させたのは、退治屋が活躍する時代が終わったためなのかもしれない。それはつまり、人と、一部の妖怪が手を取り合って生きる道を選んだ為である。

 人に味方する妖怪……彼が人々に認知され、受け入れられるにつれ、人は妖怪の中にも人との和平を望む者がいるということを知った。そして、それを受け入れていく勇気も持った。

 まだ完全ではなく、出来始めたばかりの新しい関係。まだまだ妖怪の襲撃もあるし、人が食われる事もある。しかし、今それ等と対峙するのは人と共に歩む決意をした妖怪や、人と妖怪の間に生まれた子、そして。

 

「何をしているの?」

 

 声の方を向くと、そこには紅白の巫女が立っていた。

 博麗の巫女。妖怪を退治する事において、彼女の右に出るものはいない。

 

「いえ、少しお散歩でも、と」

「体に触るわよ。身体、弱いんでしょ」

 

 巫女とは思えないほどに砕けた姿勢の彼女。やる事が無ければ里をぶらつき、悪さをするものがいれば人間でも容赦しない。悪人を調伏しては金をせびり、飽きれば自分から妖怪の住処へ赴く。まるでごろつきである。こんな巫女は、今まで例が無い。

 

「ほら。甘味屋でも行くわよ。暇だったのよ」

 

 巫女が、祠の前でしゃがんでいた私に手を伸ばす。

 

「ほら」

 

 しかし、悪人ではないのだ。誰に対しても……そう、妖怪に対してさえ公平に扱い、時には優しささえも窺わせる。人と妖の関係の変化、博麗の巫女の変化。そして何より、時代の変化。

 変化し続ける世界を思いつつ、伸ばされたその手を掴む。

 

「ありがとうございます」

「さ、行くわよ。あ、勿論あんたの驕りね」

 

 苦笑はしながらも、彼女の手を離すことはなく。

 人と妖怪が争い合う時代は、きっともうすぐ終わりを告げる。

 私は、そう確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

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 黒い霧が世界を覆う。本当に、悪趣味なものだと思う。

 どうせなら、紅く。闇より深く、暗く、美しい紅。そんな霧で、この地を覆ってしまえば良かったのに。

 妖気を消し、民家の建ち並ぶ里の外れを歩く。護衛など要らないし、誰かと戦うつもりも無い。第一、あんな奴らの顔など見たくもない。

 あれが、同胞だなんて、認めない。

 

「ん……何、これ」

 

 辛うじて風雨を防げるだけの、石造りの小さな小屋。これは、友人の持っていた本で見た事がある。

 祠。この地にいる、八百万の神々を祀るものだという。神と言えど絶対的な唯一神ではなく、その性質は私達悪魔や、この国でいう妖怪に近い。

 

「神、ね。これが」

 

 黒い霧が覆っているせいでぼんやりとしか分からないが、金属のようだ。見た事の無い形をした無生物。これが、神だと言うのか。これを、人々は崇めるのか。

 少し、興味が湧く。近頃、嫌なことばかりだったからか、それとも、何か私を惹きつけるものがあったのか。

 纏わり付く黒い霧を魔力をもって無理やり引き剥がし、その、祀られている神の姿を見る。

 

「……ふ、ふふ。いい趣味してるじゃない。この地の神は」

 

 其処にあったのは、赤色の鉄塊。それを使って移動するのか、二つの大きな車輪が目を引く。

 だが、何より。この鉄の歩んできた歴史。運命を操る私には、彼の歩いてきた道がぼんやりと分かる。そして、これからの運命も。

 

「いいわ。命亡き貴方にもう一度、この世界を走る力を上げる。命亡き者の王たる、この私の力でね」

 

 冷たい鉄の赤に、私の紅い魔力を注ぎ込む。無生物が死ぬはずが無い。これは、自ら歩むだけの力を失っただけに過ぎない。

 ならば、今。

 その力を授けよう。

 

「さあ。甦りなさい、鉄の塊、命無き物の王よ。私と共にこの黒く醜い霧を、紅く染める為に」

 

 手の輝き、鉄の反射。紅く、紅く、紅く。その命の灯火を、再び鮮やかに燃え上がらせる。

 

 乾いた金属音が聞こえ始め、私も注ぎ込む力の量を増やす。何かが中で回転する音、始めは篭っていたその音が、段々と澄んだものになる。

 そして。

 

「わ、わわ!」

 

 爆発音にも似た、中で何かが鼓動する音。まるで心臓のように、しかし、生物のそれよりもずっと強い鼓動。溢れ出す、強い妖力。

 他の魔物の妖力を燃料として動くのか、私の魔力がその鉄の体を廻り、燃え、再び新たな妖力を生み出していくのが分かる。

 

「……私を呼ぶのは……黄泉返らせたるは、何者か」

 

 鉄の塊が口を効く。少しだけ反響したような、若い男の声。

 

「我が名は、レミリア・スカーレット。『気高き』吸血鬼にして、夜の王、レミリア・スカーレットだ」

「吸血鬼……お会いできて光栄でございます。命亡き者の王、夜の支配者、西洋の魔物の頂点……まさか、実際に会うことが叶おうとは」

 

 どうやら、長く眠っていたというのに吸血鬼を知っているらしい。私達がこの地を訪れたのは、つい最近だと言うのに。

 

「この霧は、貴方様のお力で?」

「いや……これは、他の吸血鬼達の出したもの。全員で力を合わせて、この程度。私なら、一人でこの地を覆ってみせるというのに」

 

 少しだけ、隠していた妖気を放つ。私の持つ、紅色の妖気。夜の力を集めた、限りなく純粋な、妖魔の気質。

 

「……強い。貴方は、吸血鬼という点を除いても、強過ぎる」

「そうね。そして、誰よりも気高く、誰よりも格が高い。これが、本来の吸血鬼。本当の吸血鬼。それが……」

 

 徒党を組んで、他の地を征服しようなどと。やっていることは、卑劣なコンキスタドール共と変わらない。

 あんな俗物達が、吸血鬼の筈がない。

 

「この地、幻想郷を、吸血鬼面した下級魔族が侵略しようとしているわ。流石に、名前だけは吸血鬼。そちらの妖怪達の中にも支配下に置かれた者が現れ始めている。私は、そんな吸血鬼の汚点を全て、消し去りたい」

「……吸血鬼は、貴方一人で十分と?」

「私と、あと、妹ね。ちょっとだけ気は狂ってるけど、あの子もその力を恐れられて幽閉された身。強く、哀れで恐ろしい、私の可愛い妹なの」

「して、私などを目覚めさせたのは、どのような理由で?私程度が、力になれるとは思いませぬが」

 

 謙った物言い。しかし、その真意は此方に探りをいれようと、自らを卑下しているのだということが分かる。力が無いと言いつつ、その内包する妖力は並の吸血鬼を優に超える。

 扱いは、難しいかもしれない。でも。

 

「私は、運命を操る能力を持っている。貴方は、私の力になる。その運命が私には見える」

「運命なんて……それこそ、結果論。ダイスの目は読み取れようと、箱の中の猫の生死は開けて見るまで分からない」

「シュレディンガーの猫は、只、生と死が重なり合っているだけ何だってね。運命なんて、全てそんなもの。私は、その重なりあい、絡み合った運命を捻じ曲げ、選り分け、一本の糸だけを残すことが出来る。私には、その選択権がある」

 

 幻想郷という隔離された空間にいながら、外の世界の知識を持つ鉄塊。やっぱり、面白い。

 

「私は、この幻想郷に私の屋敷を持ってきたいの。他の吸血鬼達には内緒で造った私の城。それには、この幻想郷が、私の屋敷が建つに相応しいものでなくてはならないとは思わない?」

「貴方の求める幻想郷とは?」

「人と、魔物が共存出来る地。家のメイド長は、人間でねぇ」

 

 目の前にいる鉄のライトが輝く。それは、希望を見出した人間の目に光が灯るのにも似た。

 

「人と魔物……妖怪の共存は、この地の生まれた理由。それだけを目指して、今までこの幻想郷は保たれてきた……貴方のその言葉が、真意ならば」

 

 鉄の塊が続ける。その先に続く言葉は、私の望む一言。運命など読まずとも、予想はつく。

 

「私は、貴方の手と、足となりましょう。剣と、盾と、そして馬となりましょう。貴方が、人と妖の共存する幻想郷を、本当に望むのであれば」

「本当に、望むわ。だから私に貴方の力を頂戴、命無き物の王よ。この地を侵す、愚か者を退けるために」

 

 小さな、紅い魔法陣を展開する。これは、悪魔の契約の印。あとは、彼がこの魔法陣を受け入れるだけで契約が済む。

 

「喜んで。私は今、この瞬間から、命亡き者の王たる、貴方の物」

「契約は完了ね。もう、引き返せないわよ?」

「後ろ向きには走れない構造でして。只管、貫き通すのみです」

 

 紅い鉄。彼が、運命の歯車となり得る。

 咲夜と。フランと。パチェと。この地で、穏やかに。家族として過ごすという、細やかな夢。

 それに繋がる、運命の糸。

 

「行くわよ。もうじき、勘付かれる。今の私はまだ、増長した下賤な吸血鬼の一人なんだから」

「すぐに、胸を張って歩けるようになりますよ。高貴な吸血鬼として……お乗り下さい、レミリア様。乗り方は、馬のように」

「馬、ね。私と貴方、どっちが速いのかしら」

 

 鉄の上に飛び乗り、二本の棒を握り締める。彼の鼓動が伝わり、また、魔力が繋がるのが分かる。

 

「行きますよ。吸血鬼ですらも納得出来るよう、全速力で」

「頼んだわ。あんまりノロかったら私が運ぶからね!」

 

 鉄の塊が爆音を上げ、走り出す。ゆっくりと走り始めたかと思えば、唐突な急加速。凄まじい速度で景色を追い越し、ライトは黒い霧を払っていく。成る程、私よりも、速い。

 

「まだ、まだ速くなりますよ!何処まで行けばよろしいのでしょうか!」

「湖の畔、黒い館が建っているわ!其処まで!」

「御意!」

 

 紅い翼を畳み、空を飛ぶ時のように体を水平にして。

 加速していく運命の中、私は、その運命を望んだものへと捻じ曲げる為。

 纏わり付く黒い霧を、この身で割いた。

 

 

 

 





 そして、始まり。

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