東方単車迷走   作:地衣 卑人

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二十八 明と紅

 吸血鬼の黒い館。館とは名ばかりで、実際は巨大な、西洋の城……

 その城の、頂。吸血鬼なのにベランダ付きの、真っ赤な部屋から、下の喧騒を眺める。

 

「おぉ、賢者殿のご到着です」

「賢者、ねぇ。一番偉いのに、自分で来るのね。徒歩で」

「幻想郷と外の世界を隔てる結界を張った方です。妖怪が消えてしまわぬよう、人と共存できるように、と」

「共存……すまないわね、その関係を壊して」

「レミリア様が謝ることはありません。転嫁できる責任は他に回すのが世渡りの秘訣ですよ」

「私が、世を渡ってもねぇ」

 

 第一、いつかは壊れる関係だったのだ。

 互いに、極力干渉を控えるなんて。妖怪は、人を襲うもの。それが崩れたのならば、妖怪の力は弱まる一方。

 それを明るみに出した吸血鬼は、ある意味このシステムのデバッカーの役割を果たしたとも言えなくはない。

 

「で、いいのですか。あれ」

「まあ、食欲は湧かないわね」

「血の海に向かって涎垂らす主は嫌です」

「だから、湧かない」

 

 眼下に広がる、血の海。八雲紫と吸血鬼達による戦闘……否、八雲紫による吸血鬼達の虐殺の跡である。どうやら、殺してはいないようだが。

 

「本当に一人も、殺したくない吸血鬼はいませんね?ほら、幼少期に一緒に遊んだバービーちゃんとか」

「誰よ」

 

 後は、スカーレットちゃんとか、と、まで言おうとして何とか言葉を飲み込む。人形繋がりで危うく同じ過ちを繰り返すところだった。

 

「私が守りたい吸血鬼は、妹だけよ。あとは、まとめて」

 

 ぽい、と。物を放る仕草をする紅い悪魔。非情である。

 かくいう俺も、知ったこっちゃないのだが。主の決定に、物が逆らうことなど無いのだ。

 

「血は、流れているのですよねぇ」

「海を作る程度にはね」

 

 海は、塩分濃度の高い水。血液の紅い海も、塩水の青い海も、成分だけみればそう変わりは無いのかもしれない。

 そういえば、血の海で思い出したが、血の味は、鉄の味である。

 ならば、吸血鬼にとって、鉄は美味いと感じるのか、否か。

 

「レミリア様」

「何かしら」

「レミリア様は、私を食べたいと思いますか」

「鉄のバッタなんて食べたく無いわ」

「せめて、鉄のグラスホッパーと言ってくださいよ」

「……なんで、そんな単語ばっかり覚えてるのかしら」

「紅鉄グラスホッパー……格好良い」

「まあ、格好はいいけど」

 

 やはり、この主はセンスが良い。

 と、遊んでいる場合でもない。

 

「……では、行って参ります」

「頼んだわ。さっさと終わらせて、戻ってきなさい」

「妖気、消せる限り消しておいてくださいね」

「分かってる。見つからないようにするわ」

 

 レミリアが、強い力を持っていることが知られては困るのだ。

 紫は、必ずレミリアの命を狙うから。危険因子は、幻想郷から排除するべきと判断するだろうから。

 紅い主を守るため、俺は、紫の妖の元へと進み出した。

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 鉄の鎧が、剣を振るう。

 命無き、物体。中身の無い空蝉。しかし、これ等の甲冑はどういう訳か自ら私へと襲いかかって来る。

 

「っ、はっ!」

 

 傘を真横に一閃。鎧は砕け、また、次の鎧。鎧の攻撃をスキマに送っても、鎧は砕けず、ばらけるだけ。私が一体一体、直に砕いていくしかないのが辛い。

 意思も感じなければ、生気も感じない。本当に、ただの物。

 

「何なのかしら、ほんとう、に!」

 

 傘を大きく広げ、回し、断つ。丁度、電気ノコギリのように。

 

「これで、最後!」

 

 砕けた鎧を飛び越え、襲い来る鎧の胸に思い切り日傘を刺す。

 

「お終い」

 

 そして、傘を開いた。

 

 

 

 砕けた鎧の破片が、ダイヤモンドダストのようにキラキラと舞い落ちる。

 微弱な妖気を纏って落ちる、鎧だった物の成れの果て。

 この妖気は、憶えがある。

 これが、私の知る物の妖気ではないことを祈りながら、扉の前に立った。

 

「……きな臭いわねぇ、本当に」

 

 やはり、巫女を出さなくて良かった。彼女が出ると、話がややこしくなる。

 巫女は今頃、常闇の妖怪……闇に包まれた幻想郷で、強く膨れ上がった妖気を手に入れた妖怪。それを退治している筈。あの妖怪なら、まだ時間稼ぎをしてくれることだろう。

 

「では、行きましょうか……命亡き者の王の元へ」

 

 扉を押す。軽い力をかけただけで、その扉は大きく、ゆっくりとした動きで開き切る。

 紅い霧がドアの隙間から溢れ出し、私の衣の袖を摩る。

 

「……なんで、貴方がここにいるのかしら」

 

 紅い霧の、噴出源。

 一定間隔の鼓動、赤い体、二つの車輪。マフラーから出すのは、紅い煙。

 

「何故、貴方がここにいる。命無き物の王よ」

「命亡き者の王は、この奥にいらっしゃいますよ。紫殿」

「……通す気は、無いのかしら」

「ありませんが、戦う気もありませぬ。私は、和平を結ぶ為にここにいるのですから」

 

 和平?

 

「……貴方は、代理というわけね」

「話が早くて助かります」

 

 吸血鬼の王と言えど、その力はたかが知れる。あれだけ力の差を見せつけたのならば、降伏してもおかしくは無い、が。

 何かが引っかかる。

 

「貴方は、何故そちらについているのかしら」

「吸血鬼の力で蘇ったものでして。私は、吸血鬼に使役される身となった次第にてございます」

 

 真面目なのか、巫山戯ているのか。彼の敬語は、どうも小馬鹿にした感じがして好きになれない。

 私も、人の事を言えないが。

 

「それで。和平と言うからには条件があるのでしょうね」

 

 勿論、と、単車が言う。

 私は、後に続く言葉を待つ。

 

「一つ、吸血鬼に幻想郷で暮らす権利を与えること」

 

 一つ目の条件。これは、次の条件を聞くまで食い下がることは出来ない。

 

「一つ。我々吸血鬼はこの条約が結ばれたならば、幻想郷の人間を襲わないと此処に誓う」

「待って。人間を襲わないならば、血はどうやって手に入れるつもりかしら」

「そこは、三つ目の条件で……一つ。幻想郷の妖怪側は、定期的に食糧となる人間を供給すること。現時点での、他の妖怪にも供給してらっしゃるのなら、容易いことだとは思いますが」

 

 つまり、此方には受け入れだけを求めた訳か。

 彼の言葉は、吸血鬼よりは信用出来る。こうして、裏切られた形ではあるものの。

 

「どうなさいますか。契約、交わして頂けますか」

「そう、簡単に事が済むと思って?」

「まあ、思いませんね」

 

 殺気をぶつけてみても、返って来るのは恍けた一言。張り合いがない。

 

「私が仕える、命亡き者の王。彼女は、今回の騒動に乗り気では無かった。だからこそ、吸血鬼と妖怪の間のこの戦争を終わらせようと私を蘇らせたのです。神として祀られ、幻想郷に馴染んだ私を」

「……つまり、吸血鬼の王は、配下の吸血鬼の意見も聞かずにこの条約を?」

「聞く必要がありませんので」

 

 勝手にこんな条約を結べば、後々どうなるかは知れたこと。配下の吸血鬼たちの怒りを買い、殺されるのが関の山。

 しかし、悪魔の契約は絶対。吸血鬼の王がこの契約を交わせば、他の吸血鬼達も従うしか無い。

 王が死に、配下も朽ちる。それは、それで良いのかも知れない。

 

「……契約、結びましょう」

「ありがとうございます」

 

 彼のライトが紅く煌き、また、消える。契約は済んだらしい。

 それにしても、疲れた。肉体的にも、精神的にも。

 疲れたのではある、が。

 

「で、今回の騒動のラスボスは、貴方でよろしくて?」

「……降伏は」

「無しで」

 

 あの鎧達は、彼の配下なのだろう。ならば、彼を倒してから行くのもまた一興。

 殺し合いでは無い、ゲーム感覚での戦闘。その、練習相手として。

 

「命を奪いはしないわ。ただ、ちょっと殴らせなさい」

「嫌です痛い」

 

 彼が、エンジンを一層強く駆ける。嫌と言いつつ、その体からは妖気が溢れ出してくる。

 戦う準備は、出来たらしい。

 

「いくわよ、無機王(ノーライフキング)。ラスボスにはぴったりだわ」

「剣を抜きもせずに言いますか、勇者殿。否、賢者殿」

「装備は傘しかないものでね」

 

 傘を剣のように抜き、その先端を彼に向ける。

 

「さあ。これで、ゲームもお終い」

「いえ。これが、ゲームの始まり」

 

 私は、床を強く蹴り、彼に向かって跳び出した―――

 

 

 

 

 

 

 

 遠くで虹色の光が見え、地上を覆っていた闇が溶けるように消える。

 巫女が相手をしたという、常闇の妖怪。吸血鬼の側に着いた彼女の力は、幻想郷から日の光を奪っていた。つまり、闇が溶けたということは、巫女の勝利に終わったと言うことだろう。

 闇が解けるに従い、黒い霧が消えて行く。日の光が、いつも以上に眩しく感じた。

 

「城内の吸血鬼以外は、これで死滅ですかね」

「でしょうね。あの契約、守るわよね」

「当たり前です。悪魔の契約は絶対ですから」

 

 紫は、少し眠た気に、久方ぶりの日の光に目を細めた。

 

「ところで、紫殿」

「何かしら」

「離れないと、危ないですよ」

 

 

 彼女は知らない。これから起こる、最後の惨事を。

 俺は、フェムトファイバーで紫の手を引く。

 

「ほら、早く、早く」

「ち、ちょっと、何なのよ」

「巻き込まれたら、紫殿でも辛いですよ」

 

 仮にも千年は生きた俺を倒した紫。それでも、直撃すれば只では済まない。

 

「これくらいで、良いですかね」

 

 湖の畔に移動し、黒い城を眺める。

 そこから溢れ出し始めた、強い妖気。紅い霧。

 

「……何をするつもり?」

「なに、ちょっとしたことです。供給する食糧の数、大分減りますよ」

「まさか」

 

 紫はきっと、吸血鬼の王は逆上した吸血鬼達に殺されると思っていたのだろう。

 それは、大きな間違いだと、ここに来て気付いた筈だ。

 

『吸血鬼の名は、貴様らには相応しくない。陰鬱な夜の魔物よ、更に深く、紅い夜に恐れ慄け』

 

 声が聞こえる。紅い霧と妖気が乗せて来た、レミリアの声。城内全ての吸血鬼に伝える為に、スピーカー代わりに使ったのだろう。

 芝居がかった台詞も、こうして聞けば身が竦む。

 

『ここは、人と妖の理想郷。私が求めた楽園(エリュシオン)。貴様らの居て良い場所ではない』

 

 刹那。

 巨大な、紅い柱が黒い屋敷を飲み込む。粉々に砕けた残骸を更に細かく砕きながら、紅い十字架は吸血鬼達を絶つ。

 

「……王は、隠れて居た訳ね。そして」

「今に至る、と」

「彼女の言葉を聞いて、貴方が何故吸血鬼に……『気高い』吸血鬼についたか分かったわ」

 

 紫が空間を割く。

 

「彼女もまた、人と妖の共存を望んだのね。ならば、私が言うことは何もない」

 

 そして最後に、綺麗な紅ねと言い残して、紫は裂け目に消え、俺一人が取り残される。

 

 紅い十字架は、吸血鬼達を砕き。砕かれながら、吸血鬼達は日光に焼かれ。

 紅い光が消え、レミリアが降りて来る。白い煙を立て、それでも、満足げに笑う彼女。陰鬱な夜の魔物だということを忘れる程に、その笑顔は喜びに満ちていて。

 

「日傘、持って行こうかね」

 

 俺は、日に焼かれながらも笑う主の元へと、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 





 吸血鬼異変、完結。

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