吸血鬼異変と呼ばれた、此度の争い。その、数日後。
異変に関わった者達が、妖怪の山の集会所に集まっていた。
天狗や、何処にも所属していない妖怪達。その中でもトップや、今回の異変で一際目立った行動をしたもの達が、十数人。しかし、異変の発端たる吸血鬼の姿は一人も見えない。
「賢者よ」
「如何なさいました、天魔さま」
天魔……天狗の頂点。現在の山の支配者が苛立ちながら言う。
「あの……なんだ、吸血鬼といったか。誰一人として来てないではないか」
「ええ。ほぼ全員が、来れる状態ではありませんもので」
「何だと?あの、怪我してもすぐに治る連中が……まさか」
「その、まさか」
天魔が、少し驚いたように言う。
「殺したのか。全員」
「殺されましたわ。全員」
「一体、誰に」
「吸血鬼の王。それこそ、鬼といい勝負になりそうな子に」
辺りがざわめき、集会所が喧しくなる。
俺は、吸血鬼の王の代理として紫に呼ばれたのだ。レミリアは何で自分が呼ばれないのかと憤っていたが、至極当然である。
これは、吸血鬼に対する会議なのだから。
「吸血鬼。西洋の鬼と考えて頂いて結構です。その能力は……どうぞ」
俺の方を見て、紫が話を振る。事前にレミリアに聞いておくようにと言われていた、吸血鬼の能力と、弱点。
無論、命に関わる弱点などを晒し出す筈がない。黙秘権といったところか。お遊びのような、フェイクの弱点ばかりが並んだ。
「力は、鬼の四天王には届かずとも、他の鬼と同等以上の力を。速さは、天狗と同等か、瞬間的にはそれ以上。魔力、妖力は、一声かければ数千の悪魔達を召喚出来るほど。再生能力は、首だけになってもお昼寝したら治ってるそうです」
吸血鬼の能力。各能力がバランスよく、かつ全て、幻想郷の強者と同等のものである。
しかし、どうでもいいような弱点も多い。
「弱点は、日の光を始めとして、流れ水が渡れない、ニンニクなど。鬼と同じく炒った豆も駄目とのこと」
「十字架はきくのかしら」
「十字架のペンダント持ってましたよ。こないだ普通に着けてました」
「……そう」
くすくすと笑いながら、紫は頷く。
「笑いごとではございませんぞ、賢者よ。鬼と同等の力を持った者を野放しには……」
「でも、貴方がた天狗は、鬼を野放しにしてきた」
空気が凍る。勿論、比喩であるが。
とりあえず、とばっちりを受けないように俺は紫と天魔から二、三歩分くらい離れる。
「相手に弱点があるからといって。あなた方が数で勝ってるからといって、増長しない方が身の為ですわ」
「我等天狗が負けると?」
「負けるでしょうね。相手は、西洋を束ねた命亡き者の王。鬼と違うのは、吸血鬼は悪魔であり、そんじょそこらの妖怪とは格が違うということ」
「だが、我等は山で吸血鬼と戦い、何体かは倒した」
「今残っている吸血鬼の王は、それ等吸血鬼全員を一撃で葬りさった」
天魔は睨み、紫は笑う。とても、愉快そうに。
一触即発、まさに修羅場。俺を除いた、会場内の全員に緊張が走る。
俺は、紫から事前にこうなるであろうことを伝えられていたので、どうもないが。
「で、貴方は残った最後の吸血鬼に喧嘩を売るのかしら。その力を恐れて」
「恐れてなどおらぬ。ただ、我が眷属が害を被るようなことがあれば……」
「害も何も、自分から首を突っ込む連中ばかりじゃないの」
二人の話は終らず。緊張仕切った会場、集まった妖怪たちの中。一人だけ、その手を懸命に動かす者がいた。
懐かしい顔。最後にあったのは、輝夜と幻想郷を目指した時だったか。
その、見知った顔に向けてライトを当て、すぐに切る。その天狗は、俺の目線に気付き、足早に此方へと駆け寄ってくる。
「あら、貴方は……お久しぶりです」
「なんで敬語なんですか、射命丸殿」
「今は、新聞記者の射命丸文ですので」
その手帖……文花帖と書かれた手帖と、万年筆を見せ付ける文。
新聞記者なんて始めていたのか。
「で、早速ですが取材です。今回の吸血鬼異変、貴方は吸血鬼の王の側についたとのことですが、その馴れ初めとは」
「馴れ初めって、そんな使い方でしたっけ」
「細かい事はいいのです。これは、他の天狗の新聞と差を付けるいい機会なんですから、さあ、早く」
敬語の割に、ガンガンと行く記者である。流石天狗。謙っても何故か上から目線。
文の場合、親しみやすい程度の、態度のでかさではあるが。相手を気遣って調節してるのか、素か。
まあ、どちらでも構わないのだが。
「それに、貴方は数ヶ月ほど前に見た時は完全に動きを止めて……死んでませんでしたっけ?」
「そう。そして、村人に祀られていたようで……」
「ああ、だから、若干神力を持ってたのね」
「やっと憑喪神らしくなってきました。千年生きてようやっと……」
「まあ、その辺はどうでもいいのです」
流石天狗。相手に合わせず自分に合わさせる。
「で、敵側につくというのは勇気のいるもの。しかし、その勇気を与えるほどの魅力が相手にあったと言う事にもなります。では、貴方は一体、何に惚れ込んだのか」
射命丸文が、俺に問う。
その解答は、もう決まり切っているというのに。
「惚れ込んだのは、事実です。しかし……」
「しかし?」
「私は、あくまで物。誰かが私を使おうとするのなら、使われるのが物の使命。私の自我は二の次、三の次」
はあ、と、酷く落胆した様子で天狗が肩を落とす。
「それじゃあ、貴方個人に対する新聞になってしまうわ。異変の記事じゃなくて」
「あ、でも私を蘇らせたのは吸血鬼の王ですし、何に惹かれたのかも知ってますよ」
「なになに、何でしょうか!」
途端、顔を綻ばせて万年筆を握る文。そして、また。
「紅かったからだそうです。主人は、紅色が大好きで」
落胆。先よりも、大きな落胆。見ていて楽しい。
「私の話より、あのお二方の話の方が面白いと思いますよ」
「他の仲間と同じものを新聞に書いてもねぇ」
「すぐに、同じ場面を取材する事になりますよ」
未だ睨み合う紫と天魔の間に割って入る。太い鉄の塊が間に入るのだから、それなりの威圧感がある。
と、思う。
「八雲殿、天魔殿。貴方がたが言い争っていると、話が進みませぬ」
俺も一応、吸血鬼側の代表。自分の主に対しての、幻想郷側の議論を見守らねばならない。
それに、話が始まる前にこうなった時は仲裁に入れと、紫に言われていたからでもあるのだが。出来レースである。
「……そうね、ごめんなさい。天魔さん、ここは、一度、手を取りあって」
「……そうだな。此方も申し訳なかった。話を戻そうか」
紫と天魔の間のぴりぴりとした空気が消え、話が元の、吸血鬼にたいする議論に戻る。我が強い妖怪同士の議論は話が進みにくい。
「では、吸血鬼と私はある条約を交わして和平しました。その条約について、説明して頂いてもいいかしら」
「了解です。吸血鬼は幻想郷の人間を襲わない代わりに、妖怪側は食糧の提供をする。そして、幻想郷に吸血鬼を受け入れ、住まう事を許す、と」
「もう、そんな条約を?」
「はい。主は、この幻想郷を楽園と言っておりました。人と妖怪が共存する、そんな理想郷だと。主は人間と手を取りあって暮らすことを望んでいます。だから、その邪魔になる他の吸血鬼達を一掃しました」
会場が沈黙に包まれる。
吸血鬼に対する、妖怪達の見方は、少しは変わっただろうか。
「今、主は幻想郷に自分の館を移転する準備を進めております。そこには、人間の従者がいる。主が望むのは、平穏な生活。だからこそ、自ら人を襲わないと誓ったのです」
「その誓いは、信じれるものなのか?」
「悪魔の契約は、絶対。それは、意思など関係なく悪魔を縛り付ける鎖。それを自ら体に巻きつけた覚悟を、ご察し頂ければ」
「……ふむ」
天魔が考え込む。
「吸血鬼を幻想郷の味方につければ今後、このような事態が発生した時に強い戦力ともなります。そして、力の均衡を保つ柱にもなる。私は、吸血鬼と手を取りあうことに賛成ですわ」
紫が俺の発言を後押しする。周りの妖怪に対して、賢者の発言力は強い。こうなってしまうと、山の妖怪も数で負ける。賛成するしか、選択肢は無い。
「それに、吸血鬼は我儘で、好奇心も強い妖怪ですわ。きっと、人に危害を加えない程度の異変を。それは、貴方達天狗にとっても嬉しいことなのでは?ね、新聞記者さん」
いきなり話を振られた文が、天魔の顔色を伺う。天魔は少し顎を突き出し、苦笑いする。
天魔と言えど、天狗。ゴシップは好きなのだろう。
「それは、勿論歓迎したいところですね。是非取材にも伺いたいですし」
「眷属がそう言うならば、仕方がない……我々山の面子も、吸血鬼を受け入れよう」
角して、吸血鬼の幻想郷への移住は、幻想郷から認められたのである。
出発の準備をする俺に、紫が近付いてくる。紫の洋服に、日傘。その背後に開いている、境界の裂け目。
「貴方に頼みがあるのだけど」
「何でしょう」
「ちょっと、知識が必要でして」
会議が終了し、人が疎らになった集会所で、紫が俺に話しかける。会議の後に一杯やるという魂胆らしく、酒樽を担ぎあげてくる天狗の姿が目に入った。そんな他の妖怪達を眺めながら、俺は、紫の話を聞く。
「幻想郷にぴったりの決闘ルールが必要なの。此度のような殺し合いじゃなくて、安全で、それでいて熱中出来る……」
「遊びの決闘、ですね」
「ええ。ゲーム感覚のね。貴方は、何か思いつかと思ったから」
「つまりは、ゲームのルールを考えろ、と」
ゲームなんて、千年以上やっていないと言うのに。
パズルゲーム、RPG、格闘ゲーム、STG……挙げれば切りが無い、が。
「力が強い方が勝ち、というのが従来の決闘。だから、死人が出るのです。だから、別の事で競えばいい。例えば……」
「例えば?」
「……美しい方が勝ち?」
「抽象的ねぇ」
「とりあえず、ゲームを模倣して見たら如何ですか?パズルゲームとか、格闘ゲームとか。シューティングゲームなんて、綺麗で良いと思いますけど」
「まあ、いくつかのルールを考えてはいるのですけどね……まあ、施行しながら考えていきましょう」
「施行だけに、ですか」
「思考と言うのね。他では言わない方がいいわよ」
「すみません」
上手いこと言ったと思ったのに。
「とりあえず、この辺で私はお暇しますね」
「あら、宴会には参加しないのね」
「物が主の元を離れるのは、命を受けた時か捨てられた時だけです」
エンジンを駆け、ギアを落とす。クラッチは切ったまま。
「残念ね。貴方にとっては、その方が幸せなのでしょうけど」
「物にとっては、嬉しいことです。では」
俺は、クラッチを繋げ、走り出した。
向かうは湖の畔。黒い屋敷の跡地まで。
「これは……なんとまぁ」
湖畔に、いつの間に築かれたのか、大きな屋敷が建っていた。黒い屋敷に似た形ではあるが、その色は赤。何処も彼処も紅く染められた屋敷。その屋敷の塀の、門の前。
「あら、もしかして、貴方が……」
「始めまして。ここは、レミリア・スカーレット様のお屋敷でしょうか」
「ええ、ここは、レミリアお嬢様の屋敷。貴方が、単車さんね?」
「貴方は」
「私は、美鈴。紅、美鈴。この屋敷の門番よ」
中華風の格好に、紅く、長い髪。
美鈴。彼女も、レミリアの従者なのだろう。
「私は、レミリア様に拾われたしがない乗り物でございます。以後、お見知りおきを」
「乗り物かぁ。メイド長が喜びそうね。あ、レミリア様は中でお待ちよ。屋敷の中は、メイド長が案内してくれるはずだから……」
美鈴が、門を開く。見るからに重そうな扉が、軽々と開く。
「これから、よろしく」
笑顔。吸血鬼達を一掃した、紅い悪魔の屋敷の門番が、人間味に溢れた笑顔で笑う。レミリアも、この笑顔に惹かれて門番にしたのだろうか。
「此方こそ、よろしくお願いいたします」
俺は、その笑顔に見送られながら門を潜ったのであった。
まずは、彼女の言っていたメイド長に挨拶しよう。それから、レミリアの所へ案内して貰おう。
俺は、人間が大好きなお嬢様の元へと走りだしたのであった。