東方単車迷走   作:地衣 卑人

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三十二 遊と鉄

 爆発音が、立て続けに鳴り響く。

 空を覆っていた紅い霧は何時の間にか薄くなり、抱かれた紅い満月が崩れ落ちた瓦礫の影を伸ばしている。

 

 月は、空に輝き。その中を踊る、二つの影。

 レミリアと、巫女の二人が、無数の弾丸を撃ち出しながら舞う。スペルカードによる決闘も、もうクライマックスと言ったところか。

 巫女の札が飛び、吸血鬼のナイフが空を切る。色鮮やかな光弾に、美しい軌道。息を飲む程の美しさ……

 等と、感動に浸る暇も無く。降り注ぐ流れ弾や、爆風で散った瓦礫や破片の雨を、飛べない俺は、長い影の這い回る地上で避け続ける。

 彼女等の弾幕ごっことやらは、確かに美しい。しかし、それは遠巻きに眺める時にのみ言える事で。これだけ接近すると、鑑賞する余裕など全く無いのである。

 

「あっぶな!」

 

 目の前に紅い光弾が落ち、地面が爆ぜる。俺は、巻き上がった粉塵の中を突き抜ける。気分はヒーローものの主人公……の、バイク。

 煤と埃だらけになった体を右へ左へと揺らしながら、目的の場所へと急ぐ。

 

「ああ、くっそ……洗車したい……」

 

 悪態を吐いても、この車輪の回る速度を落としはしない。

 レミリアと巫女の決闘の行方を見守りたくもあるが、今は、為すべきことがあるのだ。

 俺のこの行為に館の……幻想郷の未来は今、この俺に掛かっていると言っても過言では無いのだと、少しばかり見栄を張った理由付けをして、自分に喝を入れる。

 レミリアと巫女の戦闘のため、現時点でもう館は半壊に近い状態なのだが……彼女が地上に姿を現したならば、紅魔館だけの問題では収拾がつかなくなる。

 妖と人の理想郷たる、幻想郷。永い、永い年月を経てやっと、今の状態にまでなったのだ。そんな幻想郷を壊す訳にも、そして、そんな幻想郷から吸血鬼を追い出す訳にもいかない。郷と主と、その妹君を守るために、走る、走る。

 

「急げ、急げと……」

 

 これだけ派手に騒いで、気付かれないはずが無かったのだ。皆が暴れ回った音は全て、暗い地下室へと伝わっていたに違いない。

 気配と妖気は、どんどん濃くなっていっている。急がなければ、手遅れになることだろう。

 俺は、目一杯にアクセルを回し続けたのであった。

 

 

 

 

 

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 レミィと紅白の巫女が戦う空の、真下。そこを、紅い鉄が駆けずり回っている。

 幸い、レミィ達は彼女が地上へと向かっていることにまだ、気付いていないようだ。二人が気付く前に、彼女を止める必要がある。

 私は流れ弾の届かない時計台から、彼のヘルメットを通して通話を開始した。

 

「こちら、パチュリーノーレッジ。聞こえてる?」

『こちら、紅鉄グラスホッパー。聞こえてます』

「……レミィみたいなこと言わないの」

『ごめんなさい』

 

 初めは、もっと普通な性格だと思っていたのに。彼の主に似たのか、若しくは似ていたから巡り会ったのか。

 何れにせよ、レミィと彼のセンスは分からない。巫山戯ているのか、本気なのか。

 

「まあ、いいわ。鉄バッタ」

『紅鉄グラスホッ』

「もういい」

 

 蒸し返さなければ良かったと反省し、弾幕を避け続ける彼を見やる。今は、巫山戯た会話をしている場合ではないのだけれど……気を張り過ぎるよりは幾分ましかと、思考を改める。一見余裕そうに見えるが、シートに紅いナイフが刺さっているのは、気付いていないのだろうか。

 

「目的地は、その辺りよ。地下へ続く階段があるはずだから、探してみて。レミィ達の戦闘で大分破損しているだろうけど」

「了解」

 

 それは、今はもう使われなくなった地下への階段。地下深くに位置する、図書館を通らずにあの部屋へ続く唯一にして最短の経路。

 彼女はその階段を上っていっている。

 

「心してかかりなさい。スクラップになりたくなければ」

『できればストラップになりたいです』

「そうね。破片と残骸を使って作りましょうか」

『緑色の皮と、黄色い金属で……』

「はいはい」

 

 彼の世迷い事を聞き流し、手の中の本に目を向ける。

 この本に込められた魔法は、吸血鬼を抑え込むためだけに作った私のオリジナル。本当は、酔っ払ったレミィが暴れた時に使う予定だったのだけれども。

 今は、彼の持つ鉄の輪に術式を埋め込み、この魔法を発動させることが出来るように手配してある。あとは、彼が上手くやってくれる事を願うだけ。

 

「彼女の攻撃は、レミィのよりも強力よ。加減を知らないから。被弾すれば鉄屑になるわよ」

『了解……見つけました、階段』

 

 ヘルメットの透明な部分……シールドと言うらしいそれに、彼の視界が映し出される。

 そこには、ボロボロになった一つの階段。

 

「そう。その階段よ……気を付けて」

『了解……行きます』

 

 彼が、薄暗い階段へと一段、踏み出す。緩やかな傾斜を以って階段は螺旋を描き、その様は、逆さの摩天楼を思わせる。彼のライトの照らす範囲は限られ、光の届かぬ暗闇からは不安が顔を覗かせ……思わず、笑ってしまう。

 悪魔と共に遊ぶ魔女たる私が、暗闇を恐るなど。

 

『如何なさいました?』

「いえ……なんでもないわ」

 

 彼女が表に出れば、この地に大いなる災厄をもたらす。彼女の力は、加減の効くようなものではない。

 破壊か、否か。それは、言うならばゼロとイチ。一度能力を開放すれば、その対象は一瞬で無に帰す。

 そんな力が、幻想郷に現れれば……その力が、牙を剥けば。必ず、レミィも彼女も、この幻想郷から排除されてしまう。

 私も咲夜も、美鈴も小悪魔も、先の戦闘で動ける状態ではない。咲夜に至っては、疲れきった体で撃ち落とした黒白の魔女を捕まえている状態である。頼りは、彼だけ。

 一見すれば、絶望的とも言えるかもしれない。けれど。

 

 自分達の仲間を信じれない程、私はペシミストではない。

 

「頼んだわ、私の友人の、可愛い妹様を」

 

 ヘルメットに手を添え、他でも無い彼へと祈る。二人の吸血鬼の運命を私は、その車輪に託した。

 

 

 

 

 

 

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 巫女と共に、紅い月の下でステップを踏む。くるり、くるりと空中で宙返りをしながら、実に無駄の多い動作で札を、針を避け続ける。無駄ではあるが、この方が格好が付く。ならば、美しい方が勝ちの弾幕戦、無駄を省く必要性は、無い。

 一つ弾を避けては、彼女の運命を覗き見。一つ弾を撃ち出せば、彼女の何事にも縛られない力を測りながら。

 大き過ぎる翼に、巫女の針が掠め。投げ付けたナイフが、巫女の頬を浅く切り。薄く垂れた血を拭う暇を与えることなく、私は更に、出鱈目な軌道でナイフを投げる。

 空中での戦い。吸血鬼と巫女の夜。あまりに愉快で、思わず笑みが浮かぶ。

 

「何笑ってんのよ、気持ち悪い」

「ふふ……やっぱり楽しいわね、人間って」

「その楽しい人間が、死滅しそうな雰囲気だけど」

 

 巫女が地上を見下ろす。そこには、禍々しい妖気の溢れ出す、傷付いた一つの階段。あの階段と、続く地下室は吸血鬼の館からそのまま持ってきたもの。地下にいた彼女は、此処がもう吸血鬼の館ではないことをまだ、知らないかもしれない。

 

「二人以上の殺人は大量殺人よ」

「大丈夫よ。私の忠実な道具がもう向かってるから」

「道具? メイドならもう冥土に行ったわよ」

 

 この巫女は、正義の使者にしては口も、態度も悪い。同じ人間ですら道具扱いするのは、人妖分け隔て無く接するからか、それとも、ただ単に捻くれているのか。

 

「向かったのはメイドじゃないし、冥土にも行ってないわ。今の所」

「ふん。でも、私も大丈夫な気がするからいいわ」

「そう。そんな事に気を取られなくていいの。今は――」

「あんたを倒す。そして、帰って洗濯物を乾かす」

「そうそう、それで良いの」

 

 彼女は、そんな所に注意を向けなくて良い。これは、私の家庭の問題。そして、そちらの解決には私の友人や、忠実な道具が既に対処しようとしているのだから。

 私の運命を、彼等に。普段は運命を操る側だが、偶には、自身の行く末を他人に任せて見るのも楽しいかもしれない。

 懐から、一枚のカードを取り出す。これが、最後の一枚。

 

「運命は覆らない。紅い霧が晴れようと、この地は永遠に紅いまま……『紅色の幻想郷』」

「世迷い事は要らない、あんたを窓の少ない棺桶へと封印する! 『夢想封印』!」

 

 紅と、紅と白と、七色の光。

 今宵最後の遊びを、私達は興じ始めたのであった。

 

 

 

 

 


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