東方単車迷走   作:地衣 卑人

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三十三 響と鉄

 地下へと続く螺旋。

 何処までも深く、暗い闇の中に、紅い炎が咲き乱れる。凝縮した妖気と、大気を揺らす魔力の波。抉られた壁が崩れ落ちる音が反響し、俺のタンクを震わせる。

 予想以上の力に少しだけたじろぐも、スピードは落とさない。落とせない。

 ガタガタと車体を揺らしながら、地下へと続く階段を疾走する。

 

「こんばんは、正体不明のユリック・ノイマン」

 

 幼い声が、地下から反響する。存在は知っていたものの、初めて聞いた彼女の声。落ち着いてはいるものの、何故か、その声はとても、狂気を孕んだものに感じて。

 

「……こんばんは、誰とも分からぬユナ・ナンシー」

「U.N.オーエンは貴方の方よ」

 

 突如、妖気が急接近し、その源たる少女が姿を表す。

 薄い黄色の髪に、美しくも歪な翼。燃え盛る杖。姉のレミリアに似た、幼い顔。

 少々気が触れていると聞いたが、会話は出来そうである。

 

「貴方は、何をしに来たのかしら? もしかして、私と遊んでくれるの?」

「そんな。役不足ですよ」

「私に勝つなら、ストレートフラッシュより上ね」

「ポーカーフェイスは得意ですがね」

 

 回りくどい会話。精一杯の虚勢。間違っても刺激しないよう、彼女の言葉遊びに会話を合わせる。

 

「で、何して遊ぶ?」

「何をお望みで? かくれんぼでもしましょうか。それとも、ままごとでも?」

 

 その程度で満足してくれるならば、問題児等と呼ばれやしないだろうが。

 

「もっと楽しい遊びがあるんでしょ? ずっと地下から見てたわ。何て言うんだっけ」

「弾幕ごっこのことですかね? 最近流行りの遊びでして」

「貴方もやってるの?」

「私は、男ですので。弾幕ごっこは女子の遊びらしいので」

「少しくらい、付き合わない?」

 

 要は、暴れたいのだろう。その瞳に浮かぶのは、小童の持つ輝き。捕まえた虫の手足を捥ぐ、そんな無邪気さを残した、瞳。

 俺を使って遊びたいと言うのであれば、喜んで使われよう。しかし、それだけでは俺が此処まで来た意味が無い。せめて、彼女がその遊びのルールを知るきっかけくらい作らねば。

 

「カードは、お持ちでしょうか」

「無い。だから、これは練習ね」

 

 彼女の手の中の杖が、いっそうその炎を燃え上がらせる。俺の体すら溶かすつもりではないだろうかと思う程の、熱量。

 加減を知らない、というパチュリーの言葉は本当だったらしい。

 戦慄する俺を前に、手加減の出来ない問題児は楽しそうに嗤う。

 

「どうやるんだったかしら。技の名前を言いながら、攻撃すればいいんだっけ?」

 

 本当に、愉快そうに。全てを嘲笑うかのように。

 彼女が、そのか細い腕を振り上げる。

 

「レーヴァテイン」

 

 彼女の手が振り下ろされると同時に俺は、今来た道が崩れ去る音を聞く。逃げるつもりは元々無かったが、これでいよいよ後には引けなくなった。

 

「……力だけではありません。この遊びは、美しい方が勝ちなのです」

 

 弾幕など、張った事も無い。相手も、それは、同じ。故にこれは、ごっこ遊び等ではない、本当の(こわ)し合い。

 我等が主の妹、フランドール・スカーレットは、見よう見まねのスペルを宣言した。

 

 

 

 

 

 

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「不意打ちでもかませばよかったのに」

 

 お嬢様の友人、パチュリー様がぼそりと呟く。紅茶を持ってきた私は、ヘルメットに映る光景を眺めながら言う。その紫色の瞳に輝くのは、無機質なライトと禍々しい炎の煌めき。私の持ってきた銀のプレートにも、パチュリー様の目に映るものと同じ光景が映り、あたかもそれは、舞台の照明のよう。

 

「パチュリー様、それでは美しくありませんわ。美しい方が勝ちなのですから」

「カードすら持ってないじゃない、あの二人。いや、一台と一柱。スペルカードルールは無効よ」

 

 最もな意見。でも、パチュリー様も本当は分かっているのだ。

 お嬢様が、あの単車を妹様の元へと送りつけた理由を。お嬢様が、彼に何をさせようとしているのか。私にも分かることに、パチュリー様が気付かない訳がない。

 

「傷や凹みくらいなら、私でも直せるけど……あれの中身は、外の世界の魔法よ。私は専門外だわ」

「河童はそう言うのに詳しいとか。持って行ってみましょうか」

「ばらけて戻ってくるだけでしょう」

 

 パチュリー様がカップに口を付け、また、本を読み始める。本を読む余裕があると言う事は、特に問題は起きていないと言う事。私も少し安心して、紅茶を乗せて来たプレートを下げる。

 

「彼は」

 

 不意に、パチュリー様が言う。表情は、本に隠れて分からない。

 

「あれでいて、物なのよね。偶に忘れそうになるけど」

 

 その言葉の意味を探ろうとしても、何も掴むことが出来ない。

 しかし、彼方も私がその言葉を正しく理解出来る等とは思っていないだろう。

 故に私は、思ったままの回答を言葉に表す。

 

「ですから、大事に使わないと。私には、時を戻すことは出来ませんよ」

 

 ティーカップなら、取り替えれば良い。華やかな手品に気を取られ、それが元のティーカップと違うという事には、誰も気付かない。

 しかし、彼は。

 取り替える事の出来ない、珍品中の珍品なのだ。

 

「……帰ってきたら磨いてあげて頂戴」

 

 苦笑しながら紫の魔女は言い、また、本に目線を落とす。

 私は一言、了解とだけ返事をして、その背を彼女へと向けた。

 

 

 

 

 

 

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 ライトが、降り注ぐ瓦礫と塵を照らし、光の線を映し出す。

 階段は、あれよあれよと崩れ去り、ついに俺は、その終着たる石の床へと車輪を乗せる羽目になった。

 地底暮しだった俺にとっても、この暗闇は居心地の良いものではない。ましてや、今にもスクラップになりそうなこの状況では、辺りを見渡す余裕さえない。

 

「まだやるんですか? もう、逃げ場が無いですよ? 私の」

「まだ逃げる気だったのね。黒死病でも撒き散らす気?」

「鼠と申しますか」

 

 ならば、彼女は猫。

 いつでも殺せると言うのに、捉えた獲物を生かして遊ぶ、猫。

 だが、鼠には鼠なりの戦い方がある。

 

「逃げきって見せましょう。私は、地を駆ける二輪。最速の座は譲りません」

 

 天狗と競うとなれば、怪しいが。それでも、今ぐらいは見栄を張っても良いだろう。

 

「妹様……いえ、フランドール様」

「何かしら。鉄の鼠さん」

「次に会う時は、スペルカードで遊びましょう。だから、それまでには、カードを用意しておいて下さいな」

 

 俺は、シートに刺さったナイフ……その柄に挟まった、一枚のカードに妖力を込める。

 

「レミリア様から、お手本を頼まれました。紅魔……」

 

 レミリアから託された、一枚のスペルカード。上空から降り注いだレミリアと巫女の決闘の、流れ弾の中。唯一被弾した、紅のナイフ。その一振りのナイフが運んできた、レミリアのスペルカード。

 弾幕ごっこ等やったことも無いが、このスペルは見覚えがある。

 あの日、レミリアが吸血鬼を一掃する時に見せた、光の柱。それを、そのままスペルカードにしたものなのだろう。

 幸い、カードにはレミリアの魔力も込められている。この魔力を使えば、俺でもあの紅を再現出来そうだ。

 

「『スカーレットデビル』」

 

 スペルカードの使用を宣言すると同時に、暗い縦穴に紅の光が満ち満ちる。夜の力を凝縮した、レミリアのスペル。その紅い光を前に、狂気の少女は目を丸くする。

 階段が崩れ去り、僅かな凹凸はあるものの、随分と平になった壁。俺は紅い光と共に上昇しながら、壁に車輪を押し付けた。

 

「さようなら、フランドール様。また、お会いしましょう」

 

 紅の柱に押し上げられ、俺の体が壁を這う。俺は、その流れに合わせてアクセルを回す。

 車輪が壁を踏みしめ、光が俺を押し上げる。壁を走るのは、初めての体験だが……何とか、行けそうである。

 ミラーを見ると、フランドールはその七色の翼を羽ばたかせて飛び立とうとしていた。いつまでもスペルに目を奪われているほど、大人しくはないらしい。

 しかし、それについての対処は、もう準備済みである。

 

「もう一つ、置き土産です」

 

 洩矢神から貰った、鉄の輪。それに込められた魔法を発動させるため、ありったけの妖力を注ぎ込む。発動させるのは、パチュリーから託された魔法。相手よりも高い位置で発動させなければ意味の無い、吸血鬼対策の魔術。

 本当は地下に潜ってすぐに発動させればそれで良かったのだが、それでは、あまりにも無粋な気がしたのだ。

 相手と対面する事もなく、話を聞くこともなく封じ込めるなど。地底の皆が聞けば怒るに違いない。

 

 鉄の輪が輝き、籠められた魔法が暗雲を作り出す。雲は瞬く間に赤く染まった地下への洞穴を覆い尽くし、その色に染まり。

 そして、振り出す水滴。紅い光に染められた、紅い雨。まるで、血が降り注ぐかのように紅い、雨。

 

 途端に弱まった彼女の妖気を背後に感じつつも、振り返ることもなく。

 俺は、血の雨の降り注ぐ洞穴を駆け上がった。

 

 

 

 

 

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 雨が降る。と、いっても、雨なんて初めて見るのだけど。

 知識としては、知っている。空に浮かんでいるという雲から、無数の水滴が落ちてくる自然現象。

 その雨に撃たれながら、私は光を失った縦穴を見上げる。体が少し怠い。どうやら吸血鬼は、雨が苦手らしい。

 

 雨は、紅い光が消えてもなお降り続けている。足元には、早くも水が溜まり始めていた。

 

「弾幕ごっこ」

 

 彼の言葉を繰り返す。何だかんだで、別れる前にまた会う約束をしてしまった。こんな狂人とまた会おうだなんて、何を考えているのだか。

 私が幽閉されてから 495年の間、彼のように、私と接触しようとした存在は、一人も――

 

「あれ……? いや、確か……」

 

 また、あの時と同じような感覚に包まれる。大事な何かが思い出せない、そんな感覚。

 本当に、誰かいたのだろうか。私を連れ出そうとする、誰かが……

 

 水は、溜まり続ける。もう、私の膝近くまで水面は迫って来ている。

 

「……スペルカード」

 

 ルールに則ったならば、また、会える気がして。

 手の中で、一枚のカードを作り出し、只々見つめる。雨の所為で魔力は弱まっているけど、この程度の魔法なら、使うのに何の支障もない。

 

魔法(スペル)の名前は……クランベリートラップ。禁忌、クランベリートラップ」

 

 水の溜まった地下。降り注ぐ雫の生み出す、無数の波紋。

 クランベリーの収穫は、畑に水を張ってから、落とした果実を掬い上げるらしい。いつ覚えたのかも分からない知識を、しかし、確かに見たことのある光景を元に、一枚のカードを作り上げる。

 水の張られた地下深くから、私をすくい上げるのは――

 

 

 

 

 

 

 

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 静まり返った、主の寝室。囲む、赤い壁。転がる声は、その、壁の中に響き。その、言の葉に乗せた問いを、俺へと投げかける。

 

「お疲れ様。よくやったわ」

「レミリア様こそ、お疲れ様です」

 

 妹様の元から帰還した俺に、レミリアが労いの言葉を投げかける。妹様の一件で忘れかけていたが、今は異変の真っ最中。その決着も、俺が地下にいた間についたはずだ。

 

「もうじき……日の出と共に霧は消えるわ。あー、負けた負けた」

 

 負けた割には嬉しそうに、彼女が言う。妖怪は人を襲い、退治されるものなのだから、当然なのかも知れない。

 退治されるまでが、異変なのだから。

 

「それより、妹はどうだったかしら」

「とても可愛らしい妹君でした」

「あー、そうじゃなくて」

 

 苦笑しながら、レミリアが言う。彼女が何を聞きたいのかは、分かっている。

 

「スペルカードには、興味津々といった所で。レミリア様のスペルにも、驚いていましたよ」

「ふふ……それが聞きたかったのよ」

 

 満足気に息を吐き、笑うレミリア。俺のシートに腰を下ろし、未だ刺さったままだったナイフを引き抜く。

 

「あだっ」

「ああ、ごめんなさい」

「いえ……痛いですけど」

 

 ナイフの刺さっていた穴に手を当てるレミリア。彼女の手を伝い、俺の傷口に魔力が注ぎ込まれる。

 そして、彼女が手を離すと、そこには。

 

「直しておいたわ。これで勘弁してちょうだいな」

 

 完全に塞がった傷口。

 その上に、彼女が体を横たえる。

 

「疲れたわ。少し、眠る」

「お疲れ様です。ごゆっくりと」

「……起きたら、ちょっと話があるわ……」

「分かりました。では」

「ええ、おやすみなさい」

 

 満足そうに、安心したように。

 紅い悪魔は、目を閉じる。数分も経たぬ内に寝息を立て始め、俺は一台(ひとり)、窓の外を眺める。

 

 何についての話なのかは分からないが、悪い話では無いのだろう。

 兎角、今は。俺も、疲れが溜まっている。

 

 明るくなりゆく空。差し込み始めた朝の日差しから、紅い暗闇へと身を滑らせて、サイドスタンドを降ろす。

 子供のように眠る主を乗せたまま、フランドールと交わした……と、言っても一方的に、だが……約束を思い、視界を閉じる。

 俺も、少し眠ろう。霧が晴れようと、彼女達は、永遠にこの地に。また、夜が来れば共に騒ぎ、遊ぶことになるのだから。

 

 

 辺境を包んだ紅の幻想は、日の光と共に眠りにつき。斯くして、紅霧異変と呼ばれた此度の異変は、終わりを迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 




 紅霧異変、完結。

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