東方単車迷走   作:地衣 卑人

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三十七 道と鉄

 

 夕刻。

 博麗神社の境内に、人と妖が集まり始める。今宵は宴、裏に黒幕はいるものの、やはり、呑兵衛揃いの幻想郷。皆、様々な酒や摘みを持って鳥居の下を、まるで屋台の暖簾を潜るかのような気軽さを以て越えてくる。

 かくいう俺も、既に、持ってきた酒を巫女に預けた後で、宴会を楽しむ気は満々、と、言ったところである。

 俺が選んだ酒は、ウォッカ。霧雨道具店で一日働き、その対価として貰ったものだ。

 

「あら……貴方も参加してたのね」

「お久しぶりです、メイド長殿、レミリア様」

 

 長い階段を上ってきたのは、紅魔館の二人組。数日振りに顔を合わせるが、変わりないようで安心する。

 

「うんうん、流石私のバイク。ちょうど、自慢したいと思っていた所なのよね」

「出来たバイクですから」

 

 紅魔館自体がレミリアの持ち物。俺は、紅魔館の備品といったところなので、やっぱりレミリアの持ち物ということになる。

 もう一人の主も、そのうちまた連れ出さねば、と、心の中で独りごちた。

 

「こんばんはぁ」

「おはよう」

 

 鳥居の前に立つ二人の背後に、見慣れぬ顔が現れる。桃色の髪に、青い着物。ふよふよと宙を漂いながら、気の抜けた挨拶をする、一人の人間……否、亡霊。

 幻想郷で、初めて見る顔というのも珍しい。二人は知っているようだが、一体、何者なのか。

 

「見なさい、幽々子。これが私のバイクよ!」

「あらあら、何と無く、兎に似ているわね」

「跳ねはしませんけどね」

 

 何とも、マイペースな亡霊である。そして、もう一人、階段を上がってくる気配が。

 

「幽々子様、流石に重いです……」

「失礼ね、私はそんなに重く無いわ」

「いや、そうじゃなくて……なんでもいいや」

 

 多少投げやりに返した、大荷物を持ち、二振りの刀を差した少女。その後ろには、他の幽霊よりもずっと大きな、一体の霊魂が浮いている。この少女も、知らない人物だ。

 

「妖夢、私のバイクを貸すから、霊夢のところにそれ、置いてきなさいな」

「え、バイク……?これのことですか?」

「はい、これのことです」

 

 そう答えながら、フェムトファイバーで彼女の持つ風呂敷を抱え上げ、シートに乗せる。

 

「わわ、喋った」

「行きましょう、妖夢殿」

 

 覚えたばかりの名前を呼び、荷物を運ぶ。レミリアが手を貸すようにと指示をしたのだから、悪い人達では無いのだろう。

 俺は、慌てて後に続く少女を眺めながら、巫女の元へと向かった。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

「どうよ、私のバイク」

「どうって言われてもさ、大体の奴は見たことあると思うぜ?こいつのこと」

 

 霧雨の魔法使いが、レミリアに言う。レミリアは俺の上に座り、ブランデーを飲んでいた。

 

「それにしても、どうやって動いてるんだ?一応、外の世界の魔法で動いているんだろ?」

「エンジンで燃料を燃やして、その爆発の力を回転する力に変えているだけですよ。原理は単純です」

「ほぉ、それだけ聞くと、なんだか私にも真似出来そうだな」

 

 そう簡単にはいかないだろうが、何しろあの霧雨道具店の血を引く少女である。研究を重ねていく内に、似た物を作りかねない。彼女は、爆発関連の魔法が得意だと聞いているし。

 

「爆発を推進力に、か……何となく、応用できそうだな」

 

 霧雨の魔法使い……魔理沙が呟いている間に、レミリアが俺のシートから降りる。レミリアの身長では、俺と地面の間に高さができて。ブランコから飛び降りる子供のように俺から降り、境内に乾いた足音を響かせた。

 

「ちょっと霊夢のとこにいくわ。ほら、魔理沙、いくわよ」

「ん、ああ、何なんだ、いきなり」

 

 レミリアの意図が飲み込めないまま、魔理沙が引きずられていく。特に抵抗をせず、寧ろ体の力を抜いているあたり、楽して移動しようとしているのが丸分かりである。

 

「……さてと、私は、一足先に」

「楽しんでるかしら?」

 

 俺の真横に開いた裂け目から、紫が顔を出す。呼ばなくても来る、便利な妖怪である。

 

「ええ。でも、そろそろ懐かしい顔が見たくなりました」

「あら、そう。なら」

 

 紫が、俺の目の前にスキマを開く。ちょうど、単車一台が通る程度の広さの、境界の裂け目。この先に、かの鬼神がいるのだろうか。

 

「炒った豆は持ったかしら」

「豆さえあれば、いつでも炒れますけど」

「残念、貴方のご主人様が今食べ終わったわ」

 

 元々、戦うつもりは無いのだが。

 俺は、エンジンを駆ける事なくスキマへと車輪を転がす。

 

「では、行って参ります」

「スクラップになったら、ストラップにしてあげるわ」

 

 紫の言葉を聞きつつ、俺は、紫色の境界を越えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな世界。雲の上にいるかのような、浮ついた感覚。そして、異様に大きく見える月。辺りに漂う霧と、懐かしい力の気配。

 

「お久しぶりです。四天王殿」

「お、懐かしいねぇ。どうしてこんなとこにいるのかは、知らないけど」

 

 辺りに漂っていた霧が萃まり、渦を巻き、一つの形を成していく。低い身長に、大きな二本の角、人間のそれと比べ、少しだけ長い腕。

 伊吹萃香。鬼の四天王の一であり、密と疎を操る鬼神である。やはり、霧の正体は彼女だったか。

 

「賢者殿に連れて来て頂いたのですよ。伊吹殿こそ、どうして地上に?」

「ん、ぐ。観光?」

 

 手にした瓢箪を仰ぎながら、言う。鬼の中でも、彼女ほどに捻くれた鬼はいやしまい。扱いに困るのは、どの鬼でも変わらないが。

 

「で、何をしに来たんだい? まさか、顔合わせってわけじゃないんでしょ?」

 

 萃香が、その茶色の眼で俺を見る。鬼は、総じて好戦的で。ついでに如何なるときであれ酔っているから、すぐに喧嘩をしたがる。物は大事に扱わなければならないと言うのに。

 

「喧嘩なんてしませんよ。私は、道具ですから。刀は勝手に人を切らない」

「刀を叩けば手が切れる。お前を叩けば、どうなるのかしら」

「私が凹む」

 

 鬼などに叩かれてたまるものか。

 

「道具、って言ったね。あんたは、昔からそうだ」

 

 萃香の目付きが変わる。楽しそうに、嘲笑うかのような目付き。本当、鬼は性格が悪い。

 

「自分は道具だからと、決して能動的には動かない。全ての責任は使い手にあって、自分は使われただけだからと、責任から逃げる。道に従いて君に従わず。ほんとは、主の過ちを咎め、正しい道へと引き戻すのが従者の役目だというのに。それが、あんたは全て主人任せ。他人事のように物事を進める」

「……私は従者では無く、主の一部たる道具。主が道から外れても、私は、それを引き戻す権利はない。あるのは、主の目的を遂行する義務だけ」

「はっ。そうやって人の心を無理矢理錆び付かせて、自分を保とうとしてる。あんたが主に選ぶのは、いつでも、道を踏み外しそうにない者ばかり。進言して、棄てられるのが怖いから。イレギュラーのあんたに居場所があるのは、主という拠り所があるから」

「幾ら咎められようと、私は、主の道を行く。主が危険に曝されれば、何より早く私が砕けて主の代わりに壊れましょう。その道だけは、譲れない」

 

 ずっと寝そべったまま酒を呑んでいた萃香が立ち上がる。ふらついた足取り、しかし、鬼は酔えば酔うほど強くなる。

 

「その道を、通れるものなら通ってみろ!私は鬼、横道無く、曲がる事無き鬼の道を、道具風情が通れるものか!」

 

 目の前に立ちはだかる鬼が、その力を萃め始める。

 地上から失われた、光り輝く、鬼の力。その力を前に俺は、エンジンを駆け、ギアを落とす。敵うとは、思わない。しかし、曲がる訳にはいかない。

 俺は、愚直なまでに真っ直ぐに、立ち塞がる鬼へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい。スクラップにはならなかったようね」

 

 所々に煤や、凹み、傷の入った俺に紫が言う。妖怪となった俺は、この程度の傷なら勝手に再生するのだから、ありがたい。

 紫が、スキマを開きその身を、すべり込ませる。もう、帰るつもりなのか。

 

「元々、お呼ばれされた訳でもありませんし、私はこの辺で」

 

 境内から少し離れた、森の中に一台、取り残される。神社からは、未だに騒がしい宴会の音が鳴り響いている。

 結局、俺では鬼には叶わなかった。けれども、道を曲げたつもりも無い。道具は道具。主が進むと決めた道ならば、何処までも乗せていくのが俺の役目なのだ。

 今の俺は、人間では無く、只の、一つの物なのだから。しかし。

 

「道に迷った時のナビになるくらいなら、許して貰えるかね」

 

 主が道を踏み外すことは、避けたい。ならば、壊れてでも元の道へと引き戻すのも道具の……俺の務めか。

 その意を込めた呟きは、宴の喧騒に溶け、俺は。

 また、騒がしい宴会へと、車輪を転がし始めた。

 

 

 

 

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