東方単車迷走   作:地衣 卑人

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四十一 物と鉄

 

 風に棚引く、銀の髪。ハンドルに絡む、細い指。

 紅いフルフェイスを被った咲夜が、俺に乗って魔法の森を駆ける。此処の所、異変の度に解決に向かっていた咲夜。久方ぶりの運転だが、その腕は全く鈍っていない。

 

『メイド長、本日は何処に』

「ちょっと、買い物にね。貴方は、行ったこと無いかしら?」

『魔法の森に、店が?』

 

 こんなところに店があるなんて、俺は知らなかった。人間を相手にしているのか、それとも、妖怪を相手にした商売なのか。何れにせよ、こんなところに店を建てている時点で、店主は相当の変わり者だと言うことが分かる。

 

「ほら、見えてきたわ」

 

 視界の悪い魔法の森。見えてきたと言うことは、それは則ち対象が目と、鼻の先まで近付いていると言うこと。その言葉を聞くのと殆ど同時に、咲夜が俺のクラッチを引き、ブレーキを駆ける。止まる寸前にギアを落とすと、停車と同時にニュートラルへ。無駄の無い動作は、運転されていて気持ちが良い。

 エンジンを切って、サイドスタンドを立て。彼女は、フルフェイスを取る。

 

「……ふう、やっぱり、髪が乱れるわね」

「ヘルメットは、それしか無いもので」

「ええ。だから、買いに来たの」

 

 咲夜が、店の扉を開ける。すると、そこには……

 

「……え……?」

「いらっしゃい。久しぶりだね……凄い音がしたが……」

「ええ、お久しぶりですわ。ちょっと、欲しいものがあって」

 

 咲夜が開いた、扉の先。そこに並ぶのは、外の世界の道具……

 

「此処になら、置いてあるかと思ったので。バイクのヘルメットは置いていらっしゃる?」

「ヘルメットだって?あるにはあるが……」

 

 エンジンを駆けずに、店の扉を潜る。一昔前のコンピューターや、電気スタンド。湯沸かしポッドまである。

 ここは、外の世界の道具を扱っているのか。外の道具が幻想郷に紛れ込むことはあるが、こんなに沢山並んでいるのは、初めて見た。

 

「おや……それは……里の守り神じゃないか」

 

 店主らしき男が、俺を見て言う。俺が眠っている間の俺を、知っているらしい。

 

「守り神? 今は、お嬢様の乗り物ですわ」

「君のご主人様は、えらい物を拾ったね……自分で動いているようだけれど、意思があるのかい」

 

 男が、俺に話しかける。この男、他の者よりも道具に対して真摯に向き合っている。その言葉は、妖怪としての俺に話しかけているのは勿論だが、道具としての俺にも語りかけてくるのが分かる。

 

「はじめまして。現在紅魔館にて使われています、単車の憑喪神で御座います」

「ああ、口もきけるのか……ふむ。用途は、乗って遠くまで移動すること……前と、変わっていないな」

「まあ、そんなにころころと変わるものでもありませんし」

 

 店主は本を閉じ、カウンターの奥で姿勢を正す。きっと、客足はさほど良く無いのだろう。

 

「それで、ヘルメットだったかな。無い物は無い香霖堂。きっと、気に入ってくれる物があると思うよ」

 

 まあ、無い物はやっぱり無いんだがね、と。そう付け加えて店主は、積み重なった道具の山に視線を移した。

 

 

 

 

 

「これなんてどうだい。名称はヘルメットのようだが……」

「ああ……それは、自転車のヘルメットですね。学徒が通学時に使う」

「これは……えらく、仰々しいわね」

「あー……潜水用……ですね」

 

 香霖堂。数少ない外の道具を大量に溜め込んでいるのは流石と言う他ないが、肝心のバイク用ヘルメットが非常に少ない。今見つけたのは、フルフェイスが一つ、ハーフ型が二つ。そして、ジェット型が一つ。ついでに通学用、自転車用、工事用、潜水用が、一つずつ。

 

「うーん……思ったより少なかったが、これで全部みたいだな」

 

 店主、森近霖之助がもう一つ、銀色のヘルメットを机に置く。鈍い光沢を放つ、ジェット型。これで、ハーフが二つ、ジェットが二つ。フルフェイスは、今持っているのが同種なので除外。

 俺としては、ハーフ型はお勧め出来ないが……

 

「この、被るだけのは楽そうね。安全性は、どうなのかしら」

「あまり、お勧め出来ませんね。やはり、守ってくれる範囲が少ないですので」

「そう……没ね」

 

 そう言って、二個のハーフヘルメットを横に除ける咲夜。見た目や快適さより、安全性を重視してくれるのは、使われる身としてもありがたい。

 

「残るのは、この二つね。黒と銀。そうねぇ……」

 

 咲夜の前に並ぶ、ジェット型のヘルメット。フルフェイスが頭全体を覆うのに対して、ジェット型は、顎の部分が大きく開いた構造になっている。頭を締め付けることも無く、フルフェイスよりは装着が楽で、快適なヘルメット。

 咲夜は、一つのヘルメットを手に取る。

 

「これを、頂いてもよろしいかしらら?」

 

 選んだのは、霖之助が最後に持ってきた銀のフルフェイス。それを手に取り、見つめる。

 

「被ってみたらどうだい?」

「そうね……っと」

 

 咲夜の頭にすっぽりと、ヘルメットが覆い被さる。後ろ髪はヘルメットの中に収まり、長めの三つ編みが垂れる。そういえば、彼女が髪を結んでいない所は見たことが無い。

 

「ぴったり、ですね。あ、そうだ」

 

 俺は、咲夜の被るヘルメットに意識を集中する。感覚としては、俺の妖気を薄く引き伸ばし、ヘルメットに繋げるように……

 

『あー、あー、マイクテス、マイクテス。本日は曇天なーりー』

「うん、聴こえてるわ」

「ああ、良かった。ちゃんと繋がった」

 

 これで繋がらなかったら、運転中の会話が非常に困難になるところだった。運転中の電話は厳禁だが、バイクにも意思がある場合は、意思疎通が上手くいかないとかえって危ない。進もうとする道が逆方向なら、簡単に転んでしまうだろう。

 

「さて、と。買うヘルメットも決まりましたし……私は、もう少し商品をみたいのだけど」

「了解です。私は……」

「僕と少し話さないかい。道具とこうやって話すのは、初めてでね」

「了解です」

 

 咲夜が商品の並ぶ棚を眺め始め、俺は、霖之助とカウンター越しに向き合う。と、言っても気分、ではあるが。店内は物が大量に積み重なっており、あまり下手に動くと、積み上がった同胞達が俺の上に降り注ぐことになるだろう。

 

「さて……憑喪神、と、言ったかな」

「まあ、そのようなもの、ですね」

「ふむ……一般に憑喪神とは、永い年月を経た道具がなる物だが、永きを生きたという意味では、そこらの妖怪と大差ない。神とは名がついてはいるがね」

「私自身、妖怪だと思っていますけどね。憑喪神に、神性は薄い」

「君は、里の守り神として祀られていたそうだね。そのせいか、君はそこらの憑喪神よりも神性が強いな」

「ええ、まあ。千年以上生きているというのも、ありますが」

 

 ぴくりと、霖之助の眉が跳ねる。何か、要らぬことを言ってしまっただろうか。

 

「……蒸気機関が開発されて、まださほどの時は立っていない。少なくとも、千年もの期間はね」

「あ……」

 

 してやったりと言わんばかりに、霖之助の顔が綻ぶ。それでも、僅かに笑ったという程度ではあるが。

 

「何。幻想郷には時を超えて紛れ込む事だってあるんだ。君のようなのがいても、不思議じゃないよ。特に、回答も求めていないしね」

「……助かります」

「僕が聞きたいのは、君がどのような経緯で意思を持つに至ったかさ。君は、どうも普通の妖怪とは違うように感じてね」

 

 まあ、無理にとは言わないが、と。付け加える霖之助の目に輝くのは、一筋の光、知的欲求。霧雨の魔女や、パチュリー等の魔法使いが瞳に映すものと同等の光。

 昔なら、未来から来たなどと言っても信じては貰えなかっただろう。しかし、今となってはその未来も、近しい時代。特段、知られて困る話でもない。

 あの、雨の日。不死の娘が俺に話してくれたように。

 

「そうですね、何処から話したものか……」

 

 俺は、道具屋の店主、森近霖之助に、あの冬の日の出来事を話始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

「では、これで」

「ああ、まいどあり。また来るといい」

「ええ、では」

 

 エンジン音を響かせ、単車に乗ったメイドが、僕の店から離れていく。彼女達の姿が魔法の森に消えると、僕は、静かに店の扉を閉めた。

 慣れ親しんだカウンターに置いたままの本を手に取り、椅子に座る。掌の中の本を開くが、意識は、本ではなく先ほど会話したばかりの憑喪神のことへと向けて。

 頁に並ぶ文字を眺めながら、思考の海へ沈む。

 

「ツクモガミ、か」

 

 彼は、その言葉を履き違えているのではないか。彼の生い立ちは、一般に言う付喪神のそれとは大きく異なる。付喪神は確かに意思を持った道具の妖怪だが、その意識は、言わば自然発生によるもの。道具自身の意思なのだ。

 しかし、彼は。物に、人間の意識が憑いているに過ぎない。死んだ人間が獣に生まれ変わったり、魂が物に取り憑いたりするのは別に珍しい話では無い。鉄鼠などがいい例だ。

 だが、彼は死んでなどいないのではないか。真冬とは言え、昼間。それも、高々数時間眠ったくらいで死ぬものなのか。眠りながら死んだものが、取り憑いてしまうほどに強い未練を持てるものなのか。

 生きたまま、それも、眠りながら他のものへと生まれ変わる例は、あるにはある。寧ろ、そっちの方が彼に合致すると言える。

 しかし、それは酷く残酷で。

 

「……僕は、ちゃんと存在している。この思考が、何よりの証拠だ」

 

 蝶や蟻の方が定番だが、成る程、ここは幻想郷。まさに、楽園と言うに相応しい。ならば、彼は……

 

 僕はそこで、思考を止める。興味深い話ではあるが、考えても仕方が無い。待っていれば、いつか、分かる事。

 もし彼がその時に、此方を望んだならば、誰かが迎えに行かねばならない、と。それだけを決意して。

 僕はまた、頁の上を踊る文字を追いかけ始めた。

 

 

 


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