東方単車迷走   作:地衣 卑人

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四十五 迷と鉱

 

 

 

 

 

 思えばもう、外の世界に放り出されて百を越える年月が過ぎた。人の体を捨てた後、幻想郷に帰る手段の見つからぬまま俺は、俺の魂は、単車の中で眠り続けて。

 そして単車は、俺の親戚にへと渡り、また、その親族にへと譲り渡され。何人もの乗り手を乗せた後に俺は、この黴臭い物置にへと放り込まれてしまった。

 皆の手を渡る間、俺は一言足りとも言葉を発する事など無く。余計な行動は身の破滅を生む。下手に喋って祓われでもすれば、俺の今までの歴史は無に帰すのだ。そうなってしまっては、目も当てられない。

 俺は、既に幻想の産物。今の世界からは、排除されるべき物の一となってしまったのだから。

 

 

 なんて。眠りの淵、夢現の中、俺は、また。

 映る景色を断ち、記憶の海にへと、意識を放った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――朝ぼらけ。

 疲れた体を休めるため、一晩を小さな神社の駐車場で過ごした俺は、単車に腰掛け一つ、大きく息を吐く。

 幻想郷にいた頃は野宿など日常茶飯事であったが、外の世界で野外で眠るのは、落ち着く事が出来なくていけない。妖怪が跋扈する幻想郷よりも、人間の支配する現代社会が恐ろしいとは、何の皮肉だろうか。

 

「さっみぃ……」

 

 真冬の朝方。最も冷え込むこの時間帯に、寒空の下。指先はかじかみ、爪先は芯まで冷え切り。奥歯をガチガチと鳴らしながら、キーを回してチョークを引く。

 寒さに弱いのは、人間の体だけではない 。バイクのエンジンだって、冷え込んでしまえば掛かりは悪くなり、チョークを引いて調節してやらねば、燃料を満足に燃やす事さえ侭ならない。ガソリンも無しに走っていたあの頃と違い、今の単車……俺には、そういった調整が不可欠なのである。

 此処は、幻想郷ではない。そんな、当たり前の事を再確認して俺は、静まり返ったこの世界に、けたたましいエンジン音を響かせた。

 

「今度は、転ばないでくださいね」

「分かってらぁに」

 

 輝夜と共に駆け上がった、あの坂に思いを馳せて。朝霧のアスファルトから爪先を浮かせ。俺は、未だ外界に鎮まるであろう神々の元へと、走り出した。

 

 

 

 そして、車輪は宙に浮き、タンクは凍りついた地面に貼り付いて。凍った坂道にバイクで突っ込むは良いも、坂の中腹まで来た所で滑り、結果、このザマである。

 

「……転ばないと言ったじゃないですか」

「まあ……フラグだったんだろうよ。あの会話こそ」

 

 つまりは、あのような話をし始めた半身にこそ責任はあるのだ、と。自分自身に責任を転嫁しては、重い車体を起き上がらせようと力を込める。

 が。凍った地面の上では踏ん張りが効かず。つるりと滑っては尻餅を付き、一向に成功する兆しが現れない。

 あの時は輝夜に愚痴を零しもしたものの、真逆俺まで同じ道を辿るとは。輝夜を責めれたものではない。

 

「……繰り返すものなんですね。色々と」

 

 坂の上に現れた気配を感じ取り、半身が感慨深気に呟く。見れば、其処には、あの時に見た姿が、力強く地を踏みしめていて。

 

「……もう転ぶな、と言っただろうに」

 

 苦笑い。しかし、その奥には懐かしさに対する柔らかな笑みが垣間見えて。

 

「お久しぶりで御座います、建御名方神……いえ」

 

 せめて人間部分だけでも、しゃんと背筋を伸ばして立つ。半身は未だ転がったままだが、折角の再開の場面。少しでも格好を付けたいと思うのは、俺の見栄であり、しかし、それを正すつもりはない。

 千年振りの再開なのだ。少しくらい見栄を張っても、構いはしないだろう。

 

「八坂、神奈子様」

 

 彼の軍神は、幻想を失ったこの世界でも尚、威風堂々と。見下ろす瞳は、全てを見透かさんとばかりに深く、澄み渡っていて。

 

「久しぶりだな、鉄の。変わらぬようで何より、だ」

 

 転がる俺への皮肉。しかし、その言葉には蔑みの念は篭っておらず、受けて心地良い程度に俺の現状を咎める。

 

「ええ、本当に……本当に、懐かしい」

 

 やっと。やっと、出会うことの出来た、幻想の住人。そして、この地に残った神々の一柱。

 熱くなる目頭を押さえ、姿の見えないもう一柱の神について尋ねる。

 

「洩矢神様は……」

「あいつは……今は、眠っていてね」

 

 眠っているとは、どういう事か。千年の時が経つ内に、神様の事情にも、何かしら変化があったようである。

 

「まあ、外で話すのも何だ。上がっていきな」

「りょうか、うわわっ」

 

 片手で担ぎ上げた単車を、肩の上に。あの時と同じように出会い、また、同じように運ばれ。思わず零れた涙を拭き取って、俺は。歩み出す神の後を追って、この歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 朝霧の大社。薄く靄の掛かった境内に、二人分の足音が響く。神の歩みは、只踏み出すだけで霧を払い。高位の神と底辺妖怪の格の差を、図らずしも見せつけられる。

 諏訪大社。千年の時を越えて訪れたこの地を、感慨深く眺めては、その懐かしさに胸を詰まらせ。随分と、老け込んでしまった気分である。

 そんな、ある種の感銘に惚ける俺の鼓膜を、慌ただしい足音が揺らした。

 

「神奈子様! あ……」

 

 訪れたのは、一人の少女。随分と幼い……いや、俺の人間としての歳と同じ位か、少し下か。その目に驚きと、不安の色を湛えた彼女に、神奈子は言う。

 

「安心しな、早苗。こいつは、人間じゃない。半分くらいね」

 

 よっ、と。俺の半身を地に降ろし、俺の方を見やる。彼女は、この神社の巫女……否、風祝か。

 風祝とは洩矢神の末裔であり、その秘法を代々受け継ぐ諏訪大社における神職、で、あった筈だ。

 

「お初にお目に掛かります。しがない単車の半妖怪……の人間部分で御座います」

「に、人間部分……?」

 

 首を傾げる彼女。半身の方でも、自己紹介は必要なようだ。

 

「と、妖怪部分で御座います」

「わっ、喋った!?」

 

 何と初々しい反応か。思えば、村紗と初めて出会った時も随分と驚かせたものである。

 

「妖怪を見るのは、初めてですか?」

「ええ……本当に居るんですねぇ」

 

 興味深げに半身を覗き込むも、見た目は普通の単車。妖怪らしさの欠片も無いと言うのに、彼女の目には未知の物に対する好奇の光が灯っていて。瞳を輝かせながら単車を見つめる彼女を尻目に、神奈子が一つ咳をする。

 

「あ、ごめんなさい、つい……私はこの神社の風祝、東風谷早苗です。よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしく」

 

 和やかな空気。しかし、俺が今回此処に訪れたのは、幻想郷の手掛かりを見つける為である。早苗から視線を外し、じっと空を見つめる神奈子にへと声を掛ける。

 

「八坂様。今回は、相談があるので御座います」

「……訳あり、ってことね。早苗、タオルを何枚か持って来な」

 

 タオル?

 

「分かりました……けど、何に使うんです?」

 

 空を見上げる神奈子は、此方に視線を合わせる事も無く。只、一言、端的にその意図を告げる。

 

「……雨」

 

 言の葉が俺の耳に届くと同時に、一滴の水がタンクを打ち。降り始めたのは、雪の混じった雨水。

 

「さ、中に入ろうか」

 

 降り注ぐ水滴は、欠片は冷たく。小走りで駆けていった風祝と、ゆっくりと歩き出した神に従い、俺も社の中に身を置いた。

 冷えた木製の床。続く廊下を抜け、案内された部屋はあの時、輝夜が泊まった部屋であった。

 

「……懐かしいねぇ。二人程、面子は足りないけど」

 

 二人というのは、輝夜と諏訪子か。諏訪子は眠っていると聞いたが、どういうことなのか。

 

「洩矢様は……」

「あいつは……信仰が足りなくなってきてね。私と違って、あいつは自然への畏敬から生まれたようなものだから。形を維持するのも、難しくなりつつあってね」

 

 いつか、諏訪子とした会話が思い起こされる。諏訪子の危惧した通り、人は、神を忘れてしまっているらしい。

 

「ま、仕方が無いと言えば、仕方がないのだけどね。あの時は楽しかったよ。お姫さまとも話せたしね」

 

 からからと笑う神奈子。この状況で笑えるのは、彼女の強さか。

 人を導く神が笑っているというのに、俺までが辛気臭い顔をしていられない。不器用に笑みを作っては、彼女の言葉に返事を返す。

 

「あの時は、お世話になりました」

「いいんだよ。輝夜はちゃんと、あっちに送り届けたんだね?」

「ええ。今も元気にしているでしょう」

 

 俺たちの真下、雨に濡れない場所に移動した半身を見下ろしながら、答える。

 ぼうと、雨の落ちる様を眺める俺に、神奈子が、先の話を切り出した。

 

「……それで、相談というのは」

 

 胡座をかいて座る神奈子に倣い、俺もその場に腰を降ろす。

 

「……八坂様は、幻想郷に行く術を知りませんか」

 

 しんと静まる社。雨の音が、やけに大きく聞こえる。

 

「……しってはいるけど、貴方じゃまだ、行けそうにないよ」

「……それは、何故」

 

 凛と。瞳を閉じたまま、神は告げる。それは、俺が一番聞きたくなかった言葉。直視したくなかった事実。

 

「分かっているんだろう? 半分とは言え妖怪の貴方だ。幻想郷への道は、普通ならば自ずと開ける。それが、こうして迷走し続けているのは……」

 

 まだ、この世界に未練があるからさ、と。そう言い放った神奈子は、俺に向き直る。

 

「貴方がまだ、妖怪に成り切っていないから。人間さ。心が此方側にある限り、境界を超えることなど、出来はしない……貴方が、この世界に何の望みを持ってるかなんて、知らないけどね」

 

 言い終えるとまた、雨天の外界に視線を移し、一つ、小さく溜息を吐く。吐息の煙は雨粒に貫かれ、その形を霧散させて。

 今更この世界に未練など、ありはしない。俺の心は幻想郷にこそあるのだと、そう言い聞かせるように胸の中で呟くも、その言葉もまた、雨中に放り出された吐息の如く、何処かに溶けて。

 何を望んでいるのか。この、幻想を捨て去った世界で俺は、何の希望を抱いているのか。

 分からない。何も、何一つとして……

 

「……貴方にはまだ、この世界で出来る事がある。それを見つける事が出来れば、光も見えようさ」

 

 立ち上がる神奈子。対する俺は、何処とも知れぬ場所に視線を置き、座り込んだままで。

 

「……悩め、人の子よ。道は、必ずあるから」

 

 神は、そう言い残してその場を離れ。俺は、この場で一人、思考の海に沈んで。

 俺が、この世界で為すべきこと。俺が、この世界に抱いた未練。混ざり合い、混沌とした思考の中を、迷走し続けて。

 

 雨音に包まれた社。鳴り続く音に混じった足音は、神奈子のものではなくきっと、タオルを取りにいった早苗のものだろう。

 雪の混じった雨は、やはり、俺の思いなどお構い無しに、境内を打ち据え続けていて。

 

 ぽたり、と。一粒の雫が、人の、体の上に落ちた。

 

 

 

 

 

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