東方単車迷走   作:地衣 卑人

51 / 52
四十九  と蓮

 

 

 雀の鳴く声はどうやら、時代が進み世界が狂えど変わらぬものの一つなようで。

 ようよう白くなりゆく外界を見たところでその光景が、歌人でも詩人でもない私の琴線に触れることなどもなく。唯々、疲れの取れないままの体を必死に伸ばしては、眠たげなあくびを吐くことだけに徹して。

 体の緊張を無理やりに解くも、思考だけは活性化したまま。私の意識はまた、たった一つの悩みへと向く。

 

 幻想郷。単車。過去。現実。

 

 ――妖怪。

 

 様々な単語が頭の中を飛び交い、私の思考を乱して舞う。情報の波は小さな人間の脳内で膨れ上がり、暴れ回り、私の意識をつつきまわしては覚醒に追いやり。

 

 また、眠れぬままに日の出を迎えた。ベッドで眠るメリーは、その寝息を乱すことなくそこに横たわり。こういう時ばかりは、彼女のマイペースさが羨ましい。

 私とメリーがあの単車から逃げ出して一週間程。とりあえずメリーを私の部屋に泊まらせて単車から隠してはいるものの、いつ見つかるかと不安でならない。東京から帰ってきた際、私は車道に単車を残し、細い道の入り組んだ先にあるこの部屋に荷物を置きに来たこともあり、家の位置は割れていない筈。しかし、あの単車が近くにいるのは間違いないのだ。

 数日前に確認しに行ってみた時、あの単車は既に影も形も無く。誰かが持って行った、なんて楽観的な予想を立てれる程に私はおめでたい頭はしていない。きっと、アレは一人で勝手に動き回ることが出来るのだろう。今も、メリーを探し求めて彷徨っているに違いない。

 動き回る思考。結論の出ない堂々巡り。とりあえず今は、そんな思考をかなぐり捨て。

 

「朝ご飯……」

 

 仄かな眠気を瞼で押しやり、私は。二人分の朝食を作る為に、立ち上がったのであった。

 

 

 

 

 

「で、何か変化は無い? メリー」

「んー、夢を見ることが多くなったかな?」

 

 私の作った目玉焼きを頬張りながら、彼女は言う。睡眠時間が足りていない私よりも眠そうなのは、彼女のもつ能力故か、単に性分か。少しだけ脱力しながら、コップに注いだ麦茶を飲み干す。

 

「どんな夢を見たの?」

「えっと……竹とか。紅い館とか……」

「前にも言ってたわね、そんな夢」

「そう。でも、他にも見たわよ。人間のいる里や妖怪だらけの山とか」

 

 容器からまた新たな麦茶を注ぎながら、彼女の話に耳を傾ける。

 メリーの見る夢の世界が、幻想郷なのだろうか。ならば彼女の夢は、彼女がまた幻想郷に近付いたことを指すのか。

 あの日以来。あの単車の意識に触れて以来、メリーの力は更に強くなった気がしてならない。同じ妖怪に触れたことで、彼女の力が呼び起こされたのか――

 

 ――同じ、妖怪?

 

「ッ!」

「……? 蓮子、どうかした?」

 

 何を。私は今、何を考えた?

 メリーのことを……無二の親友のことを、妖怪、と……

 

「ねぇ、蓮子? おーい」

 

 メリーの呼ぶ声が聞こえる。その声には緊張感を欠片程さえ見出すことも出来なければ、私の思考を読み取り、軽蔑の意を孕ませることも無く。しかし、それがまた一層、私の心を締め付けて。

 

「……なんでも、ない……」

 

 やっとの事で絞り出した声は、震えていて。彼女の目を見る事さえも出来ずに私は、卑屈に、コップ中のお茶を啜った。

 

 

 

 

 

 

 そして、家に籠ったまま時は過ぎ。大学から出された宿題をしたり、テレビを見たり。気付いた時には既に日は暮れ、今に至り。

 薄暗い部屋には、夕日が差し込み。夜の帳が顔を覗かせつつある夜空を、薄いカーテン越しに見上げて一つ、伸びをする。

 

 今日も何事も無く、一日が終わる。その事実がとても、愛おしいものに思えて。

 

「メリー、もう夜よ……メリー?」

 

 別の机で本に埋れた、彼女を見やる。精神学やら心理学やら、彼女を囲む様々な本は、数日前、あの妖怪に見つからぬように彼女の部屋まで取りに行ったものだ。随分と重い荷物を持たされたことを思い出し、決して悪い気はしないものの、苦笑いをしながらそれらを眺める。

 

「メリー……寝てるの?」

 

 覗き込んだ彼女の顔は、悪夢に歪められることも無く静かに、そこに沈んでいて。自前の金髪に整った顔立ちは、図らずとも自分のそれと比較してしまい、その思考に少しだけ嫌になる。

 

「……風引くわよ。メリー」

「……んっ……」

 

 起きた、訳ではないようだ。その仕草が一々可愛らしくて。

 

 同時に、昼間に過った考えが、後ろめたくて。

 彼女の寝顔を眺めたまま、一つ、小さく溜息を吐く。その溜息もそのままに視線を彼女から外して、寝床へと向かい。抱え上げた毛布の重みは、やけに重く感じるも、しかし、この程度の重さでは罪滅ぼしにさえならないことくらい、私にでも理解できていて。

 彼女に掛けた毛布。少しだけむず痒そうに体をよじり、その寝顔は私の目の届かない方を向いてしまう。

 

 眠るメリーに、他意は無い。

 唯々、私が勝手に、彼女を遠くへ追いやってしまっているだけ。その事実に気付きつつも、正すことなどできはせず。比喩ではなく痛む胸を抑えてたところで、罪悪感は消えず。堪らず、彼女から視線を外す。

 

 そういえば、今日の夕飯の材料がもう、無かったっけ。急ごしらえの思考の逃げ場に意識を滑り込ませ、次は、その抜け穴に飛び込まんと体を動かす。

 無地のメモ用紙に、買い物に行くという書き付けを残して。心なしか弱々しい手付きで財布を掴み、玄関の鍵を開ける。

 

「……ちょっと、奮発してやろうかな」

 

 免罪符には、なり得ないが。しかし、気休めでも良い。彼女との繋がりを感じたい。

 

 そう、小さな決意を持って、私は。

 冷えた扉を潜り抜け、一度、鍵の音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 夢に漂う、妖幻な霧。深く、薄く。広大に、細かく。刻々とその姿が移り変わる夢の霧は、何処までも妖しく。何処までも懐かしく、私をより深みへと誘う。

 

 此処は何処か。此処は夢か。夢とは何だ。夢とは幻覚だ。

 でも、それは。本当に。本当に?

 

「……夢が只の幻では無いことは、貴女が一番分かっていらっしゃるでしょう。メリー嬢」

「……単車さんね。人の夢にまで出てくるなんて、あまり良い趣味じゃないわね」

「普通に会いに行っても、また蹴り飛ばされますしね」

 

 霧の中で朧げに。くすくすと笑う彼の影は、冷たい鉄塊のそれではなく。そこにいるのは、薄らぼんやりと濃霧に立つ、一つの人型。

 彼は、単車ではなかったか。ならば、夢の中とは言えども何故、態々人の形を取るのだろう。

 

「私は元々、人だったのですよ。貴女と同じ、人間」

「人間がバイクに? 蓮子が聞いたら、何て言うかしら」

「大事なのは理屈ではないのですよ。科学なんてものでは包括しきれない世界のことなのですから」

 

 確かに、彼の言うことが事実ならば、それを科学で解明する事など出来はしないだろう。第一、人知を超えた力の存在を、私、マエリベリー・ハーンは知ってしまっているのだから。

 

「てか、この間話しましたよね? 私」

「そうだったかしら? タイムスリップしたら幻想郷の外だったって聞いたけど」

「内容を端折り過ぎです。初めと最後しか聞いてないじゃないですか」

 

 一つ、大きな溜息をつく彼。だって、面倒だったのだもの。

 

「……これからする話は、きちんと聞いて下さいね」

 

 落胆するのも、束の間。あの時のように真剣な口調で、彼は言う。

 

「まず、あのとき貴女が気付けたかは……そして、蓮子嬢が貴女に伝えたかどうかも、分かりませんが……貴女は、自分の体の変化に気付いていらっしゃいますか?」

「……何の事かしら」

「とぼけないで」

 

 少しだけ、きつい口調。私の目の前に立つ相手は、妖怪。夢の中だとしても、そこは私。襲われれば怪我は免れないだろう。

 しかし、何故。何故、私は恐怖を感じないのか。恐れを抱かないのか。

 そんなことを考える内に、空気は凍てつき。目の前に立つ妖怪は、その本性を現してゆく。

 

「……怖がれ。恐れろ。私ならば、貴女の頭を握り潰す事くらい、わけも無い事なのですよ」

 

 投げられる言葉には、無感情な残酷さが垣間見え。途端に膨れ上がり、ぶちりぶちりと肉を引き裂き覗かせるのは、ガラクタの寄せ集めのような鋼鉄の体。現すは、無機質な巨腕を伸ばす、紅い鉄の妖。その姿は、鉄の巨人というに相応しく。

 

 しかし、それでも。

 

「変形ものは、あまり好きじゃないのだけど」

 

 そこに恐れは、無く。私の前に立ちはだかる巨人を見上げながらも、慄くことは疎か怯むことさえしないのは、何故。

 

「……ほら。怖がらない。貴女は既に、妖怪たる私に身の危険を感じていない」

 

 しゅるしゅると縮み、元の姿に戻る彼。鉄の体は肉に埋れ。人の姿を取り戻した彼は、また、心底残念そうな様子で……何処か、安堵したようにも見える表情で、私を見据える。

 

「貴女は既に、私よりも強い。貴女が一度手を振ったならば、全ての境は掌の中……貴女は、もう」

 

 知っている。そんなことはもう、気付いている。

 

「……分かってる……私は」

 

 認めたくは、ない。自分が既に、自分ではないなんて。最早、この世界に存在することさえ許されないなんて。

 思い描くのは、喜楽の日々。人として生を謳歌し、小さな体を懸命に動かしては前に進む、本当に小さな、幸せの連続。

 もう、会うことも叶わないのかな。心の中で最後に、誰よりも大事な彼女の……たった一つの、その名前を呟いて。

 

「私は……私は、妖怪。境界の妖怪」

 

 私、マエリベリー・ハーンは。

 

 人間の生の、その名を捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 街灯に照らされた、薄暗い夜。夜の闇に浮かび上がる暖色は、アパートに備え付けられた味気ない白の光にへと飲まれ、私の視界を明るく、そして寂しく照らし出す。

 左手には、膨れ上がったビニール袋。白菜やら椎茸やら、そして肉やら。合成だらけの世界とは言え、その味が落ちることも無く。むしろ、人間に食べやすいように改良を重ねてある分、天然物よりも味は良いのかもしれない、なんて。

 科学主義者のような思考を振り払い、右のポケットから鍵を取り出す。

 今日は、鍋だ。それも、大抵の人に受けの良い、すき焼きである。財布の中身は寂しくなったが、こういう日は鍋でもつついて騒がしく過ごすに限る。ビールやらカクテルやら、ごっそり買い込んだアルコールの類も、その重みを以て私に存在を訴える。

 

 取り出した鍵は、鍵穴へ。そして、くるりと一回し……

 

「あれ ?」

 

 開かない。今ので逆に、鍵がかかってしまったらしい。まさか、鍵を閉め忘れた……否、私の頭にはまだ、鍵を閉めた時の情景が張り付いている。

 嫌な、胸騒ぎがする。

 

「メリー!?」

 

 再び鍵を回し、飛び込むように家に転がり込む。さっきまで彼女が寝ていた場所には……

 

 

 誰も、いない。

 

「メリー!?」

 

 彼女とは、私と一緒にいる時にしか外に出ないようにと約束した筈。自身が狙われていることを知った彼女は、渋々ながらもそれを受け入れて。

 それが、いない。別の部屋にも。何処にも。

 

「メリー! メリー!」

 

 いない。いない、いない。

 

 いない。

 

「メ……」

 

 再び、先ほどまでメリーの居た机に戻った私は、自身の残した書き置きを見つける。

 そこには、私が書いた字とは違う……しかし、見慣れた筆跡が残っていて。

 

「メリー!!」

 

 部屋の扉を跳ね除けて、全力で外へと飛び出す。冷たい風は頬を打ち、しかし、それに頓着するだけの余裕さえもない。

 

 

 

 残されたのは、短い手紙。

 それは、永訣の言葉。別れの挨拶。

 

 

『さよなら、蓮子。そして、

 

 

    ごめんね。

 

 

        友より』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。