東方単車迷走   作:地衣 卑人

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六 月と鉄

 屋敷を包み込む、月の光。

 しかし、見慣れた筈のその光は、空に浮かぶ満月が放つものではない。

 中空に浮かぶ、光り輝く牛車や、戦車に似た乗り物。

 兵士達は、矢を構えることも出来ずに、只々呆然と立ち尽くしている。そして、俺も、神々しいにその姿に見惚れ、動けないでいた。

 

 月の使者。俺の知る竹取物語のそれよりも、ずっと近代的な姿形。しかしその科学力も然ることながら、彼らが纏うその力は確かに、この地上には存在しないもので。月の民はどうやら、科学力と幻想の力の両方を兼ね備えた存在であるらしい。

 

 本当に、輝夜は逃げ切るつもりなのか。人間達はおろか、妖怪である俺さえも戦慄し、目を離すことさえ出来ない、この存在から。

 

 

 

 その時であった。

 ゆっくりと高度を下げる月の民に向かって、一本の矢が飛んだのは。矢の放たれた方を見れば、なんと我が友人その人である。屋根の上、足を震わせながらも弓を構え、月の使者を睨み付けていた。

 風を切る音と共に、勢い良く飛んだ矢は、しかし月の使者に届く事なく。あらぬ方向へと軌道を変え……

 

「あだっ」

 

 何故か、俺に向かって落ちて来た。刺さらなかったが、鏃も鉄製なのでかなり痛い。しかし。

 

「すまない、すまない。我が友よ」

 

 その痛みで我を取り戻すことが出来たのはありがたかった。そうだ、俺はあいつの分まで働かねばならないのだ。自分に活を入れ、事の行方を見守る。

 

「汝、幼き人――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、竹取の翁の訴えなど聴き入られるはずもなく。輝夜姫は地上に蓬莱の薬を遺した後、月の使者に連れられて空高く月へ向けて上昇して行くのであった……

 

 

 何故か、俺も一緒に。意味が分からない。しかも、どういうつもりか俺まで牛車に乗せられている。牛車といってもかなり大きく、戸や壁は、何か金属の様な物で張り巡らされている。まるで、宇宙船のように。

 牛車の中にいるのは、俺と、輝夜と、赤と青の服を着た女性の三人だけ。

 

「……永琳。なんのつもり?」

 

 輝夜が、顔に困惑の色を浮かべながら問う。答えるのは、赤と青の服を来た女性。俺を連れて行くと言い出した張本人である。

 

「大丈夫。ただ、私の計画に、彼はちょうど良かったから……ごめんなさいね、急に連れ出して」

 

 永琳が俺に話し掛ける。俺が意思を持っている事に、気付いているのか、否か。とりあえず、息を殺す。

 

「あ、喋ってもいいわよ。永琳は味方だから」

「ああ、さいですか……」

 

 輝夜の言葉に安心し、止めていた息を吐き出す。と、言っても口も肺も無いのであくまで気分、だが。

 

「はじめまして。しがない地上の普通の乗り物で御座います」

「こちらこそ、はじめまして。しがない月の使者、八意永琳よ」

 

 簡単な自己紹介を済ませ、俺は輝夜に声をかける。

 

「姫、もう、言ってあるんで?」

「いいえ、まだ……」

 

 輝夜が、悪戯を白状する子供の様にそわそわしながら、永琳と向き合う。牛車は地上からゆっくりと、しかし確実に離れて行っている。早く思いを申告しなければ、手遅れになる。

 

「……あのね、永琳。私……」

 

 ちらちらと永琳の顔色を伺いながら、輝夜が続ける。やはり、言い難いのだろう。

 しかし、俺と目が合った途端、意を決したように彼女は永琳の目をしっかりと見詰め、自分の思いを打ち明けた。

 

「私、月には帰りたくない。地上に残って、この地上の、美しい穢れと共に生きたい」

 

 静かな牛車の中に、輝夜の声が響き渡る。

 永琳は、輝夜の話を遮る事なく黙って聞いていた。

 

「お願い、永琳。私を、地上に住まわせて」

 

 少しの間を置いて、永琳は口を開く。

 

「地上に残るとするならば、血塗れた道、茨の道を進む事になりますよ。月から隠れ、永遠に逃げ続ける……そんな道を辿る事になるのですよ。それでも」

 

 

 それでも、地上に残りますか。

 それでも、地上に残りたいの。

 

 

「……ふふっ」

 

 言葉が重なり、二人は笑い出す。話は纏まったとみてよいのだろう。

 

「姫」

「ん」

「何処までも、お供しましょう」

「……ありがと、永琳」

 

 笑い合う二人。逃避行の前とは思えない程に穏やかな時間。この二人なら、きっと、永遠にでも逃げ果せるに違いない。

 

「さて……そろそろかしら」

「そろそろってなに、あ!?」

 

 ガタン、と、牛車が大きく揺れる。永琳が輝夜を庇って抱きしめ、俺はサイドスタンドで必死に踏ん張る。

 

「まさか……」

「ええ、落とすわ」

「結構高いんじゃないのか、こ、れえ!」

 

 遂に横倒しになる俺の体。しかも、自力では起き上がれないという情けなさ。

 

「お、起こしてくれ……」

「また倒れても何だし、暫く我慢してなさい」

 

 爆発音が数回聞こえ、緩やかに下降して行っているのが中からでもわかる。月人の悲鳴、喧騒。随分と大ごとになってしまったなぁと、他人事のようにその音を聞く。

 

「××様! ××様は!?」

「何処にもいない!」

「姫のところか!?」

「牛車の戸、外からじゃ開かない!」

 

 名前がよく聞き取れないが、永琳を探しているのか。月の使者達が慌てふためいている。

 

「いいの? 永琳」

「ええ……どうせ、生かしておく訳にはいきませんし」

 

 永琳が苦笑する。

 対する輝夜は、表情が曇る。

 

「姫……私達が進むのは、こういう道です」

「……うん。分かってる」

 

 外の喧騒が、更に五月蝿くなる。どうやら、もう地上に落ちる寸前らしい。

 

「貴方に頼みがあるの」

 

 永琳が、俺を起こしながら話し掛ける。腰を入れ、梃子を使って車体を起こすと、俺に囁く。

 

「姫を連れて逃げなさい」

「…何処へ?」

「東へ。何処までも東へ。流石に、月の兵器相手に私一人じゃ、ね」

 

 輝夜が聞いたら怒りそうな事を言う。死ぬ気だろうか。

 

「要は、時間を稼ぐから逃げろと」

「そう。あの子のこと、頼んだわ」

「面倒も見ろと言いますか」

「月の追っ手から逃げながらね……貴方、この時代に来てから何年?」

 

 この時代? この時代に来、あ?

 

「な、なんでそのことを!?」

「地上の遅れた科学力で、自動二輪車が作れますか。月の都の物でもないし。なら、ね」

「……この時代に来て、二百年程にまります」

「妖怪としては、そこそこね。なら、大丈夫」

「……ねぇ、何を話してるの?」

 

 存外長い内緒話に、輝夜が不安そうに訊ねる。

 

「姫……いえ、輝夜」

 

 永琳が輝夜に向い直る。

 

「貴女は、これに乗って逃げなさい」

「――ぇ……?」

 

 呆然と、立ち尽くす輝夜。

 

「永琳は……?」

「私は、ここに残って使者達を倒してから」

「なら私も」

「駄目」

 

 永琳が、輝夜を抱きしめる。優しく、けれど、強く。

 

「月の使者は倒さねばならない。でも、貴女が捕まっては意味が無い」

「でも!」

「大丈夫。少し遅れるけど、必ず会えるわ」

 

 肩を震わせる輝夜を撫でながら、永琳は言う。

 

「幻想郷、という場所があります。地上の賢しい妖怪が、人と妖怪の共存を望み、保護している……」

「……」

「そこで、待ち合わせ。詳しい場所は分からないけど、きっと見つけ出せる」

「絶対に、来るのね?」

「なんなら、先に着いて待ってますよ」

「……絶対に――」

 

 輝夜の言葉を遮る様に、牛車が揺れ轟音が響く。遂に、地上に墜落したらしい。

 永琳が俺に目配せする。

 

「姫。お乗り下さいな」

「えっと……」

 

 輝夜が、俺の友人に教わったように乗車する。自分の教えたことが輝夜の役に立っていると聞いたら、彼奴はどんな顔をするだろうか。

 

「もっと足に力を込めて。体を支えるのは、手じゃなくて足です」

 

 タンクを挟む力が強くなる。が。

 

「もうちょっと強くなりませんか?」

「も……もう無理……」

 

 弱い。本当に弱い。これでは、発車しただけでも振り落とされそうな程に弱い力。

 

「……次に会う時には、運動しておいてくださいね、姫」

 

 見兼ねた永琳が輝夜の体に紐をかける。足をタンクに縛り付け、ベルトの様に腰に一巻き。

 ちなみに、バイクにシートベルト装着は転んだ時に脱出出来なくなるので危険である。真似してはいけない。

 

「フェムトファイバーの組紐です。これなら、大丈夫でしょう」

「フェムトファイバー?」

「絶対に切れない組紐よ。科学的とは言い難い構造だから、説明しても分からないと思うけど」

 

 さあ、と、永琳が輝夜にヘルメットを被せ、牛車の扉の鍵に手をかける。俺は、いつでも飛び出せるようにエンジンを駆け、ギアをローに落とした。

 

「では……また」

「ええ……また」

 

 そして永琳が鍵を開け身を引くと同時に、俺は扉を勢い良く突き破った。驚く月の使者たちを尻目に、逃げる、逃げる、逃げる。

 

 

 

 

 東へ。

 永琳との約束の地、幻想郷を目指して。

 

 

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