東方単車迷走   作:地衣 卑人

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七 神と姫と鉄

 

 永琳と別れて、早数年。

 未だ、幻想郷なる土地は見つからず。しかし、焦ることもなく。

 月の使者は変わらず血眼になって輝夜を探しているようだが、それも満月の日のみ。

 だが、それでも定期的に住む場所を変えるようにはしている。

 そのせいで、気持ちとは裏腹にあまりのんびりとは暮らせていないというのが現状である。友達の類も作れないというのは、辛いところ。

 

 ちなみに輝夜の服装は動きにくい着物ではなく、動きやすく、目立ち難く。そして旅をしていても違和感の無い行者のような格好をさせている。

 寧ろ、俺の方が目立ってしまうので、赤いボディの上にボロ布、それを注連縄によく似たフェムトファイバーで縛り上げている次第である。まるで妖怪のような姿。いや、一応妖怪ではあるのだが。

 

 

「ねえ、まだつかないの?」

「もうそろそろ。の筈。多分」

 

 上に乗った輝夜が俺に問い掛ける。そう言えば、ヘルメットを通して会話ができる様になった。風に遮られることも無く、中々に便利である。

 

「なんでそんなに曖昧なの……」

「だって、行ったこと無いですし」

「ああ、もう。飛ばすわよ!」

 

 輝夜がアクセルを戻し、クラッチを切りギアを上げる。そして、またアクセルを回す。

 

「……上手くなったなぁ」

「そう?」

 

 今や、輝夜も自分で運転出来るようになり、何処へでも自由にいけるようになった。昔は、俺が輝夜を乗せていたが、今は、輝夜が俺に乗っている。道具の身としては、持主に使われるというのは非常に喜ばしい。が、少しばかり寂しさも憶える。

 

「ああ、多分近いです。何か、それらしい気配を感じる気がします」

「曖昧ねぇ、ほんと」

 

 森の中、程々に整備された大きな坂。

 目的地は、この上にあるらしい。

 

 

 

 

 

「……姫」

「ごめんなさいごめんなさい」

「笑いながら言わないで下さいな」

 

 坂の中程。そこに転がるボロと、それを見下ろし笑う少女。

 坂の途中で鹿が飛び出し、避けたところで、すっ転んだ次第である。

 しかも、坂の低い方に向かって倒れたため、輝夜の力では起き上がらせる事ができない。車輪も浮いているので、どうすることもできない。

 ちなみに輝夜は脱出して無傷。世は真に不条理である。

 

「でも、困ったわ……助けを呼ぶ?」

「それは、まずいかと……」

 

 輝夜を一人にさせるのは、避けたい。何も月の民だけが驚異では無く、妖怪やら賊やらに見つかっても、不味い事になるのは目に見えている。

 

「じゃあ、どうするのよ」

「どうしましょうか」

「もうすぐ夕暮れよ」

「……どうしましょ……ん?」

 

 坂の上に、違和感を感じる。

 何かの気配。妖怪でも、人でも無く、どちらかと言えば月の民に近いが、月の民では無い。

 この気配は……

 

「姫、離れないで下さい」

「ん」

 

 輝夜も気配を感じ取ったらしく、素直に俺の後ろに回る。

 しかし、俺もこの状態。せめて、上手く扱うこともできない妖気を集中して威嚇する。

 坂の上に、気配が近づき……

 

「……人でも、妖怪でもない。ましてや、神でもない。しかし、決して弱くはない妖気を持っている。その癖、助けを欲している」

 

 気配の主が姿を表し、ゆっくりと近付く。

 

「我を呼ぶのは何処の人ぞ?」

 

 巨大な注連縄に、赤い衣を纏った女性。

 注連縄、となると、この気配の正体は……

 

「近付かないで。私たちは……」

「姫、お待ち下さい」

 

 俺を庇うように前に出た輝夜を止め、目の前の女性に話し掛ける。

 

「貴女様は、この社の……」

「ええ、この神社の祭神、八坂神奈子。建御名方、の名の方が知られているかしら」

 

 やはり、神。この気配は、神力だったか。

 

「申し訳御座いません。彼の建御名方神の鎮まりになられるという諏訪大社、一度参拝に上がりたく思いまして」

 

 建御名方と名乗った女性が、何やら考える素振りを見せる。やはり、人間もどきと妖怪もどきが参拝というのは信じられないか。しかし、本当に今回の目的は参拝なのである。

 

「……それで、どうしてこんなとこで転がってるの?」

「情けないことに、先ほど鹿を避けた拍子に転びまして」

「ふむ」

「それから起き上がれないので御座います」

「亀かお前は」

 

 俺と神のやり取りに、輝夜が笑いを堪えている。

 警戒を解いたと見たか、建御名方が輝夜へと話しかけた。

 

「貴女、名前は?」

「私は……蓬莱山、輝夜」

 

 一瞬迷うも、偽名は使わなかった。少しばかり無用心だが、この神ならば多分大丈夫だろう。

 それに、彼女の決定に逆らう気は無い。

 

「そうか、輝夜……かぐや?」

 

 また、建御名方が考えこむ。かぐやという名に引っかかったようだが、それも束の間。

 

「聞いた事がある気がするけど、分からん!まあ、話せばわかるだろう」

 

 俺の体、腹の部分に手を入れて……

 

「よっと」

「うわ、わわ!」

 

 片手で持ち上げた。軍神とは言え、細身の女性が片手でバイクを持ち上げる様は、余りにもミスマッチである。

 目を丸くしている輝夜に、建御名方が話し掛ける。

 

「さ、すぐそこだからついておいで。折角だから運んでいくよ」

 

 俺を肩に担いだまま歩き出す神を追い、輝夜も慌てて歩き出したのであった。

 

 

 

 

 諏訪大社。今回の目的地たる社である。

 単なる参拝……というのもあるが、一番の理由は幻想郷についての情報収集である。遥か先、遠い未来まで残るこの神社の神ならば、何か知っているのではないか、と。

 

「そんなわけなのですが」

「知らんな」

「……そうで御座いますか」

 

 今俺たちがいるのは本殿前。

 俺の上に輝夜が腰掛け、建御名方神……もとい八坂神奈子は賽銭箱の上に座っている。

 

「まあ、まて。もうそろそろ私の友人が帰ってくる。そいつの方が地理には詳しいだろうさ」

「友人?」

「ああ、名前は洩矢」

「諏訪子ね」

 

 突然、何処からか声が聞こえ、本殿の方から何かが飛び出してくる。

 

「おぅ、お疲れー」

「あんたはもうちょい疲れなよ」

 

 幼い外見に蛙のような仕草。洩矢諏訪子というらしい神様が、輝夜に尋ねる。

 

「あなたは?」

「私は、蓬莱山輝夜。ここへ参拝にくる途中、助けてもらって」

「助ける? 妖怪にでも襲われたのかい」

「いや、連れが……」

 

 訝しげな顔をする諏訪子。周りを見回しながら、神奈子に聞く。

 

「連れだって?」

「あぁ、そいつそいつ」

 

 俺に目線を投げ掛けながら言うものの、俺の上には輝夜が乗っているので、輝夜を指したようにしか見えない。

 ますます考え込む諏訪子に、俺は声かけた。

 

「私で御座いまする、洩矢様」

「うぇ?」

 

 気の抜けた声を上げ、蛙のように俺のところまで一跳び。

 

「あんた、喋れるの?」

 

 輝夜が俺から降りたので、俺は自力で動き諏訪子に向き直る。

 

「おお、動いた……妖怪?」

「おそらく」

「えらく曖昧だねぇ」

 

 曖昧なのは、自分でもよく分からないから。とりあえず、神から見て俺は、同類とは感じないらしい。憑喪神やも知れぬと思っていたが、違うのかもしれない。

 

「気が付いたら、喋れるようになっておりました故」

「ふうん……あんた、鉄だね」

「鉄ですね。所々違いますけど」

「ふむふむ」

 

 興味深気に俺を眺める諏訪子。

 洩矢、蛙、鉄と言えば、嘗て諏訪を収めていた神洩矢神が思い浮かぶ。建御名方神とは戦を交えた筈だが、見たところ仲は良さそうだ。

 なんとなく、こんな神様達を信仰して来た先人達が誇らしく思える。敵対しあっても後腐れせず、こんな風に生きていけたなら……きっと、世は見せかけではない、本物の平和なんてものを手に入れることができるのではないか。人と妖の間の溝も、埋まるのではないか、なんて。夢物語もいい所……だが、それ故に、魅力的で。

 後で輝夜に話してみようか。

 実際、彼女の方がずっと長生きなので、俺が話す事なんてないのかもしれないが。

 

「一旦、ボロ布を取りましょうか?」

 

 輝夜が紐に手をかける。この場だけならば構うまい。俺は何も言わず、輝夜が紐を解くのを待つ。

 

「はぁ……赤いねぇ」

「派手よねぇ、いつ見ても」

「……」

 

 一人と一柱は俺の赤い部分に注目するも、残る一柱は別の部分を観察していた。

 

「あんた、絡繰だね。何が出来るんだい?」

 

 エンジンやホイールを見つめながら、八坂神奈子が言う。機械に興味があるらしく、俺の外見からどんな用途の道具なのかを探ろうとしている。

 

「車輪……しか見た感じ分からないね。物を運ぶための道具?でも、それならこんなに重くするのはかえって不便だし……いや、逆ね。これだけ重くても、女の子の腕であの坂を途中まで登れたんだから。つまり、動く為の力を車輪に送って、回せるのかな。人が押さなくても、勝手に進む車。馬みたいなものなのかね」

 

 驚いた。大当たりである。

 少なくとも、俺が走っている姿を、彼女は一度も見ていない筈だ。

 

「その通りです……すごい」

「神奈子は技術革命が好きだからねぇ」

 

 からからと、諏訪子が笑う。そういえば、此方は当時の最先端技術たる鉄を使う神であった。どうやら、諏訪の神々は技術系に強いらしい。なんとなく、未来にまでこの社が残る理由が分かる気がする。

 

「ま、私達にはまだまだ作れそうにないね。構造がさっぱりだし」

 

 神奈子が溜息を吐き、諏訪子はなにか輝夜と話している。

 日は、もうじき沈む。境内は赤く色付き、長く伸びた影が賛同を覆い始めている。

 

「もう、日が暮れるね」

 

 諏訪子が言い、輝夜が夕日を見つめる。

 

「今日は泊まって行きなさい。こんな時間に外に放り出したりしたら、信仰に関わるわ」

「またまた、素直に心配だからと言えばいいのに」

「なんとなく、こっちのが格好いいじゃない」

 

 そういいながら、二柱の神様は本殿に引き上げる。

 

「ついといで。使わない部屋もあるし、今晩くらいなら貸すよ」

「あなたは?」

「私は、外で。乗り物ですゆえ」

「ふぅん……ま、外で飲むのも悪かないね」

 

 どうやら、飲むのは前提らしい。手をひらひらと振りながらまた後で、と、先に中に入って行った二人を追うように神奈子が神社に入って行く。

 一人残った俺は、先よりも影の強くなった境内を眺めながら、神社から聞こえてくる楽しげな談笑を聞く。

 平和である。束の間の、がついてしまうのが悲しい所だが。

 しかし、それも輝夜の選んだ道である。ならば、道具である俺がどうこう言うつもりは無い。

 彼女が望む未来を掴むまで、使われ続けるだけである。

 

「おーい、こっち、こっち」

 

 輝夜の呼ぶ声が聞こえる。ミラーで確認すると、開いた戸から輝夜が手を振っていた。どうやら、あの部屋を借りたらしい。

 

「今行きますよ、姫」

 

 これからどうなるかなんて分からないし、輝夜が何を望むかなんて知る由も無い。

 唯、今は。

 

「ほら、酒持って来たよ!」

「あんたはあんま飲むなよ?酒癖悪いんだから」

 

 こういう貴重な時間を、大切にしていきたいとだけ思った。

 

 

 


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