それではどうぞ
ユリエールさんからのお願いとは第一層の地下ダンジョンの奥に取り残された軍のギルドマスター《シンカー》を助けて欲しいということであった。シンカーを取り残したのは軍のサブマスター《キバオウ》で彼が現在の軍の指揮を執っているとのことだ。まさか内部分裂が起きるなんて…そんなことをしている場合じゃねえだろう!今は75層のボス戦に向けて全員が準備しなくてはいけないのに何余計なことしてるんだよ…!もはや怒りを通り越して呆れてきたぜ…
「シンカーは人が好過ぎたのです…!彼は丸腰で話し合おうというキバオウの言葉を信じて一人高難易度ダンジョンに取り残されて…!」
シンカーさん…あんた人が好過ぎだろ。丸腰で話し合おうって言われてその通りに来るなんて…どうせアイテムストレージの中なんて相手に見えないんだから転移結晶ぐらい持ってけば良かったのにな。ちょっと馬鹿正直過ぎではないだろうか?
…まあ、俺が捻くれているんだと言われてしまえばそれまでなのだが…
「私一人ではシンカーの元まで辿り着くことは出来ませんでした…お願いします!シンカーを助けるのに手を貸して下さい!」
悲痛な表情でキリトとアスナに頭を下げるユリエールさん、おそらく彼女にとってこのシンカーという人物は特別な存在なのだろう。たかがギルドマスターのためだけにここまでやれるとは思えない。
しかし、残念ながらキリトとアスナは迷っているようだ。確かにそうなっても仕方無い…ユリエールさんに手を貸してやりたいが残念ながらこちらにはなんのメリットも無い。その上もしかしたらこの人の話は嘘で目的は先ほどの報復だという可能性も無いわけでは無いのだ。この依頼を受けることにマイナス面はあってもプラス面は無い…さてこいつらはどうするか…
「大丈夫だよママ。この人嘘言ってないよ」
意外な事に口を開いたのは記憶喪失の少女《ユイ》であった。その言葉を聞いてキリトがアスナに口を開いた。
「疑って後悔するよりは信じて後悔しようぜ。何とか成るさ」
「あいかわらず暢気な人ね。ユリエールさん微力ながらお手伝いさせて頂きます」
その言葉に目元に涙を溜めながらユリエールは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいえ、大事な人を助けたいという気持ちは私にも分かりますから」
どうやらあいつらは行くことに決めたようだ、相変わらずのお人好しだな。
「それに攻略組が3人もいるから問題無いです。絶対にシンカーさんを助けましょう!」
確かに攻略組が3人もいるんだ、大体のダンジョンなら楽勝だろう…?3人?
「おいキリト、もしかして俺も数に入れてんのか?」
「え?当たり前だろ」
何当たり前の事言ってんだよという雰囲気でこちらを見るキリトとアスナ…いや!おかしいだろ!何で俺が行く前提で話してるんだよ!残念ながら俺はこいつらほどお人好しじゃねえよ。
「お前らな…そこに行って俺に何のメリットがあるんだよ?悪いけどお前らと違ってタダでそんなことする気は無えぞ」
するとこの人でなし!という目で俺を見る二人…いや、これは正常な意見だぜ?お前らが異常なだけだ。
「…分かりました。それではキリトさん、アスナさんお願いします。ではご案内「あ、ちょっと待った」?何ですか?」
忘れてた、忘れてた…軍の奴に会ったら聞きたいことがあったんだった…
「ユリエールさんはコーバッツって奴を知っていますか?」
そうコーバッツの事だ…あいつにこの町での徴税を止めるように進言して欲しいと頼んだが本当にやってくれたのか気になったのだ。未だに軍による徴税が続いているので彼の進言は聞き入られなかったのか?それとも進言自体をしなかったのか?あいつは義理堅い性格だからおそらくは前者だとは思うが…
「コーバッツですか?…彼は軍を辞めさせられました」
ユリエールさんの話ではコーバッツは何度も何度も徴税を止めるように進言したのだが聞き入られず、さらにはサブマスターのキバオウの逆鱗に触れてギルドを辞めさせられたという事だ。あのおっさん…一回進言するだけでいいって言ったのに…律儀というか何というか。今度会ったら謝っておこう。
さらに驚くべきことにその件でシンカーがキバオウと話し合うことになりシンカーは置き去りにされたということだ。…この事件が起きた原因は俺にもあるってことか…
「…状況が変わりました。雀の涙程度ですがお手伝いします」
そうして俺たちはユリエールさんに連れられて地下ダンジョンへと向かったのである。
そういう訳で俺は現在地下ダンジョンにいる。キリトの話ではβテスト時点ではこんなダンジョンは無かったらしく、ある程度、階層が進むと開放される隠しダンジョンでは?という話だ。ユリエールさんの話ではダンジョンには60層程度のモンスターが出るらしいが、正直戦力が過多ではないだろうか?
だが問題は…
「がんばれー!パパー!」
後ろの方でアスナと一緒にいる少女《ユイ》であった。
当初の予定ではサーシャさん達と一緒に教会で待って貰うはずだったのだが、ユイ本人が絶対に付いて行くと主張し、梃子でも意見を変えないので仕方なく連れて来ているのだ。
…正直、こんな所に連れて来るべきではないのだが…終わった事は仕方ないか。
「スミマセン。ほとんど何もしなくて」
「気になさらないで下さい。あれはもう病気ですから」
ユリエールさんの言葉にアスナが答える。前方ではキリトがカエル型のMobを相手に無双していた。確かにあれは病気だな…嬉々とした表情で相手を斬っているってなかなか恐ろしいよな…まあそれだけではないと思うが…
一番の原因は自分をパパと呼ぶユイの前で良い格好をしたいというところだろう。お前は娘の運動会で張り切る父親か!…そういえばあの人もそうだったな…インドア派なのに頑張って次の日には筋肉痛になって妹と一緒に湿布貼ったっけ…なんで今更両親のことを思い出してしまうのか…あいつらに毒されたかな?
「いや~、倒した倒した」
爽やかな笑顔でキリトはこちらに歩いて来た。どうやら全部倒しきったようだ。60層のMobとはいえあんな短時間で全滅させるなんて…やはりあいつは人外だな。
「あ、そうそう。帰ったらこれ料理してくれよ。きっと美味いぜ」
そう言ってアイテムストレージの中からグロテスクな肉の塊…おそらくはさっき倒したカエルの肉であろう…をアスナの前に出した。
「いやーーーーー!!!」
そう言ってアスナはその肉を思いっ切り後ろに投げる。すると肉はポリゴン片になって消えた。
…まあ普通あんなグロイ物を目の前に出されたらそうするよな…
「何すんだよアスナ!!それなら…」
そう言って両手に収まらないほどの肉をアスナの前に見せるキリト、そして悲鳴を上げながらそれを次々と後ろに投げ続けるアスナ。お前ら…ここダンジョンだぞ…何夫婦漫才やってんだか…まあ、あいつららしいといえばそうなのだが。
「フフフ」
その光景がよほど可笑しかったのだろう、さっきまで厳しい顔をしていたユリエールさんは初めて笑った。
「お姉ちゃん初めて笑った!」
そう言って嬉しそうな顔をするユイ。ユリエールさんは一瞬驚いた顔をした後すぐに微笑んだ。シンカーさんの事で余裕が無かったのだろう…少しは気持ちが落ち着いたようで良かったな…
暫らくすると大分奥まで辿り着いた…もうそろそろシンカーさんがいる場所に着くだろう。
するとキリトの《索敵》スキルにプレイヤー反応があった。どうやら安全エリアにシンカーさんはいるようだ。キリトの言葉にユリエールさんは安全エリアまで一人で走って行ってしまった。
「ユリエール!」
「シンカー!」
これで後は全員転移結晶で帰って終わり…そんなことを考えていたのだが…
「来ちゃダメだ!その通路には…」
その言葉を聞いてキリトが走り出す。ユリエールさんを抱えたまま地面に剣を立ててブレーキをかけると…その数歩先には巨大な刃が地面に突き刺さっていた。危なかった…あのままにしてたらユリエールさんは真っ二つになっていただろう。キリトはその刃を突き刺した奴を追いかけて俺もそれに続いた。
俺たちの目の前にいる相手は髑髏の顔に赤い目、ボロボロのローブを羽織身の丈ほどもある鎌を持った死神のような姿をしていた…名前は《フェイタルサイズ》か…俺がキリトの隣に行くと同時にアスナが来た。ユイはユリエールさんと一緒に安全エリアに行ったようだ。あそこなら一応は安心だろう。
「アスナ、タツヤ、今すぐユリエールさん達と一緒に転移結晶で脱出しろ!俺の識別スキルでもデータが見えない、おそらくは90層クラスの敵だ。俺が時間を稼ぐ!」
おいおい…いきなり難易度上がり過ぎだろ。なんでこんな何にも無いダンジョンでそんな強いの出すんだよ。馬鹿なのか茅場の奴は…
それにキリト…そんなお願い聞いてくれると思ったのなら大間違いだ…特にお前の奥さんは…
「そんな事私がさせると思うの?ユイを頼みます!三人で早く脱出して下さい!」
すると三人分の転移結晶を出すユリエールさん…これで後はこいつを適当に撒いて逃げるだけだ。さて…俺も行くか…
「なんで攻撃役が時間稼ぎするんだよ。どう考えても壁役の仕事だろ?お前なんか危なっかしくて任せられるか」
俺は前に出て何時でもあいつの攻撃を防げるように準備をする。まずは鎌による斬り下ろし…確かに速いが軌道が単純だ、これなら十分防げる…!俺は《スカーレットアイギス》を前に構えてその攻撃を受け止めようとしたが…
「な…!!」
余りの衝撃に俺は後ろに吹き飛ばされた、HPも二割ほど削られている。馬鹿な…あの74層のフロアボスの猛攻にも耐えきったコレでも止められないなんて…あいつは化け物か…!
キリトとアスナも二人がかりで止めに入るが吹き飛ばされる。そのHPは半分を切っていた…つまり後一撃でも食らえばあいつらはさっき投げてた肉の塊のように消滅してしまうということだ。…そんなことさせるかよ!
「っく…!」
あいつらに止めを刺そうとする鎌を全力で防ぐ…しかし先ほどと同じように吹き飛ばされてしまう。これじゃ持たない…一体どうすれば…!
「馬鹿!ユイ逃げろ!」
俺がそんなことを考えているとキリトが叫ぶ…目の前にはなんとユイがまるで散歩でもしているかのような軽い足取りでこっちに歩いて来て死神の前に止まった。
なんて事だ!!このままでは奴の凶刃が碌な防具を装備していない彼女を真っ二つにするだろう…
キリトやアスナも逃げるようユイに向かって叫んでいるが…
「大丈夫だよ。パパ、ママ」
その言葉は妙に落ち着いていて…それでいて先ほど見せた年相応の幼さというものは微塵も無かった。
そして死神の凶刃が振り下ろされた時、信じられないことが起きた。
その凶刃はユイの数歩先ほどにある紫色の障壁に弾かれたのだ。そしてその頭上には…
『破壊不能オブジェクト…だと!』
この世界では建物や壁など耐久値が存在しない破壊不能オブジェクトというものがある。しかしそれがプレイヤーに付与などされるはずが無い。一体何がどうなっているのか…正直頭がパンクしそうだ…
するとさらにユイは空中に浮かびその手に巨大な炎の剣を出現させる。そしてそれを死神に向かって振り下ろす…死神も鎌で防御するがその剣はそれを容易く破る。そして死神は炎に包まれて消滅した。
「パパ、ママ、全部思い出したよ」
その表情はまるで悲しいのに無理して笑おうとしているような痛々しい笑顔であった。
ユイの話は俺たちを驚かせるには十分な内容であった。自分はプレイヤーのカウンセリングを行うプログラムであること。この世界の中枢《カーディナル》からプレイヤーとの接触を禁じられモニタリングだけしていたがエラーを蓄積して記憶が無くなったこと。他の人とは異なる精神状態を持つキリトとアスナに会いたくてフィールドを彷徨っていたこと…他にも色々言っていたがこのパンク寸前の脳みそで理解出来たのはそれぐらいだった。
映画や小説のようなSFの世界でのみの登場すると思われていた人と同じ感情を持つアンドロイドやAI…それを完成させた茅場を初めて俺は歴史に残る偉大な科学者だと思った…まあ性格は最悪だが…
「私ずっとお二人に会いたかった…可笑しいですよね?私はただのプログラムなのに…」
この話を聞いてからのキリトとアスナは大分ショックを受けているようだ。…無理もあるまい。あんなに自分たちをパパ、ママと言って慕ってくれた子が実はプログラムでしたなんて言われてもそう簡単には受け止められないであろう。
「私は異物としてカーディナルに処分されるでしょう。キリトさん、アスナさん今までありがとうございました」
「嫌だよユイちゃん…!消えるなんて…絶対に嫌!」
涙ぐみながら言葉を出すアスナ。しかしそのアスナの悲痛な言葉にもユイは表情を変えずに淡々と答えた。
「気にしないで下さいアスナさん。私は所詮プログラム…偽物なんですか「ふざけんな!!!」」
自分は偽物だから…その言葉は俺を怒らせるのに十分なものであった。
「お前が偽物だったならあの眩しい程の親子の絆は何だってんだよ!あれも偽物だったって否定するのかよ!」
「それは…」
「パパママ呼ばわりした挙句に勝手に消えるとかふざけんなよ!こいつらがどんな思いでお前といたか考えなくても分かるだろ!少しは親孝行しやがれ!」
「でも…」
「…いなくなってからじゃ何もかも遅いんだよ…その時に後悔したって…もう手遅れなんだよ…」
かつての俺は両親からの絆というものが消えて無くなった思い込み、勝手に距離を置いてしまった。本当は在ったのに…変わったのは両親ではなく俺だったのに…その事を知ったのは両親が亡くなってから数日のことだった。その時俺は死ぬほど後悔をしたが、そんな事をしても意味は無かった…生きている内に伝えるべきだったのだ…自分の思いを…そんな後悔をこいつらにはして欲しく無い。
「ユイちゃんは私たちの娘だよ」
「ユイは偽物なんかじゃない。だから自分の望みを言葉に出来るはずだ…言ってごらん。ユイの望みは何だい?」
キリトとアスナのまるで自分の子供に話しかけるような言葉に目に涙を溜めながら手を伸ばして答えた。
「私は…私はずっと一緒にいたいです。パパ、ママ」
その言葉を言い終わると同時にアスナはユイを離さないように強く抱きしめて、その上からキリトもユイを抱きしめた。
しかし、現実は非情である。ユイの体は少しずつ光になって消えていく…アスナの行かないで!という言葉すら無視して着実にユイはこの世界から消されようとしていた…
「カーディナル!…いや茅場!そう何時もお前の思い通りになると思うなよ…!」
そう言ってキリトは黒色の四角い奴…確かコンソールがどうとか言ってたやつ…を操作する
「今ならユイをシステムから切り離せるかもしれない…いや!絶対にやって見せる!!」
そう言ってもの凄い速さでキーボードを押し始めた。
「ダメ!早く逃げないと…」
ユイの言葉を聞いて後ろを振り返ると後ろには先程よりも小柄な死神が3体…おそらくは《カーディナル》とやらが俺たちを排除するために出したのだろう…が安全エリアに入ろうとしていた。
「キリト!後ろの敵は俺が止める、お前はユイを助けるのに集中しろ!」
そう言って死神共の方へ走り出す。一体一体は先程の死神よりも弱いがそれでも俺が勝てる相手ではない。俺のHPはどんどん削られる。でも…
『諦めてたまるか…!』
ここで諦めたらユイが死ぬなんていうクソみたいな結果になっちまう。そんなことは絶対にあってはならない!俺の命に代えても阻止してやる…!
「タツヤ!ユイは助けた!早く逃げるぞ!」
キリトの言葉を聞いて俺はほくそ笑んだ…お前らの思い通りにはならなかったな、ざまあ見やがれ…俺はキリトがスイッチに入ってくれた隙を見て転移結晶でこのダンジョンから脱出したのであった。
そして俺たちは現在《始まりの町》にある噴水がある場所にいる。シンカーさんが戻った《アインクラッド解放軍》は解散して規模を小さくしてまた新しく作り直すそうだ。まああれだけ大きかったからあんないざこざが起きたってのもあるからな。これでこの《始まりの町》にも平和が訪れるであろう。
キリトから聞いた話ではユイは今アスナが着けているペンダントに付いている結晶になっているらしい。今は無理でも絶対にユイに会えるようにすることが現実に帰ってからのキリトの目標らしい。
「ありがとうタツヤ。お前がいなかったらユイを助けられなかったよ」
唐突にキリトがそんな事を言った。俺のおかげか…
「ちげえよ…俺なんかいなくても結果は変わらなかっただろうさ…」
「?どうしてそう思うの?」
アスナの疑問に俺は答えようとする…が上手く言えそうに無いな…
「《カーディナル》ってのはさ…お前らがユイを助けるわけないって思ってたんだと思うんだよな…プログラムにそこまでする人間なんていないって決めつけてよ…でもお前らはユイを助けようとした。そんな不測の事態が起きたからあいつはあの死神野郎を出したんだよ」
もし絶対にユイを排除しようとしていたなら問答無用で俺たちをどっかに強制的に転移させることが出来たはずだ…カーディナルならそれぐらい楽勝であろう。でもそうしなかったということはキリト達がユイを見捨てると考えていたからであろう。
「この世界の全てを司る《カーディナル》様もお前たちの行動までは予測できなかったってことだよ」
「?つまりどういう事なんだよ?」
つまり俺が言いたいことは…その…
「…《カーディナル》はお前たちの家族愛に負けたってことだよ…」
俺がそう言うと二人とも一瞬呆けたような顔をした後クスクスと笑いだした。確かに我ながら恥ずかしい事を言ったと思うが仕方ねえだろ!それしか思いつかなかったんだから…
「…お前らに真面目に答えた俺が馬鹿だったよ」
そう不貞腐れたような顔で言うと未だに笑いながら謝ってくる二人。
俺はそいつらを無視して転移門へと歩き出したのだった。
親と子…その絆は確かに見ることは出来ないが感じることは出来る。そしてその絆は奇跡を起こすこともあるかもしれない…俺はそう感じたのであった。
この調子でいけば夏休みまでにALOまで行けそうです!…多分
第75層ボスへと挑む戦士たち…その先にあるものは!?
次回「骸の刈り手と絶体絶命」にレディーゴーーー!!!