今回はいつもより少し短いです。
それではどうぞ。
リーファを抱きしめる事数分、俺たちは当然ながら羞恥で顔を真っ赤にしてお互いを直視出来ないでいた。今更ながら何をやってんだよ、俺は…下手をしたらセクハラで訴えられても仕方無いレベルだぞ、あれは。
ともかくこの気まずい沈黙を破るために俺はリーファと向き合った。
「あ、えっと、抱き付いたりして…その…悪い」
「え?!う、ううん。私こそ急にあんな事をしてしまってごめんなさい。…迷惑だったよね?」
彼女は自信無さそうに問いかける。俺は普段通りにそれに答えた。
「…別に気にしてねえよ。迷惑なら俺だって掛けてるからな、お互い様だ」
「…やっぱり優しいね、タツヤ君は」
優しい、か…生憎俺は自分が優しい人間なんて思った事は無いのだが…ただその言葉とこちらに向ける笑顔が照れ臭くて、それを誤魔化すために俺は口を開いた。
「ハッ!俺なんかが優しいなら世の中神様仏様だらけだぜ」
俺のぶっきらぼうな言葉に彼女は苦笑しながら答えた。
「でも、いつも一言多いよね?」
「…ほっとけ」
図星を付かれた俺は彼女から目を逸らして呟く。彼女の声色が俺を責めるようなものではなく、どこか嬉しそうなのが余計に気恥ずかしい気分にさせる。
「それで、今日はもう上がるか?」
いくら泣いてスッキリしたといっても万全ではないだろう、どうせ今日出来る事なんて特には無いのだから無理をせずに休んだ方が良いと思いそう彼女に言ったのだが、彼女は首を横に振った。
「ううん、大丈夫。ここまで来たら乗りかかった船だから最後まで付き合うわ」
「そうか…」
個人的には休んで欲しかったのだが、これ以上言っても頑固な彼女は聞かないだろう。
なんていうか…律儀だよな彼女、そんな感想を持ってしまった。
「じゃあ最後までよろしくな」
「うん!よろしく!」
そう言ってお互い笑い合う…静かな部屋に心地良い、穏やかな時間が流れた。
「あれ?早いな二人とも」
しばらく笑い合っていると部屋の中から別の声が聞こえた。声の主キリトがベッドから立ち上がりこちらに歩いてくる。
…今の時間は十五時二十分、俺は遅刻してきた奴に皮肉をたっぷり込めて口を開いた。
「早いってお前…俺たちなんやかんやで二十分ぐらい待ってたんだけどな。メンテが終わったらすぐに入ろう、って言ったのは何処のどいつだったかな?」
「わ、悪かったよ…」
俺の皮肉にキリトは気まずそうに顔を逸らす。どうせ遅れた理由はアスナの所にギリギリまでいたからだろう…お前の妹から裏を取れてるしな。まあ、どうせやることなんか無いからいいか…
「それで今日はどうするつもりなんだ?」
俺の問いにキリトは先程の表情から一変、真面目な表情になり答えた。
「ああ、一応グランドクエストの確認に世界樹まで行くつもりだ」
まあ予想通りだな、流石に三人でクエストに行こうなんて馬鹿げた事は言わねえか…と内心ホッとする。
「じゃあ行くか?どうせ武器の耐久値だって回復しないといけないしな」
ここまでの長旅と戦闘で武器もボロボロだろう、クエストクリアのためにも必要な事は早く済ました方が良いしな。俺は二人が頷くのを確認して宿から出たのであった。
世界樹のお膝元アルン、夜だったからあまり気にならなかったが中々活気に溢れた町だ。武器の回復を手近な鍛冶屋で済ました後、俺たちはゆっくりと世界樹に繋がる階段を上って行く。
「後は何か買うもんあるか?」
「そうだね…ポーション類いは買ったし、防具も装備も整えたからもう無いと思うよ」
俺の呟きにリーファが答える。仕方無い話だが待つだけというのは正直なところ暇だ…まあ昨日のハードスケジュールの息抜きって考えればいいか、と自分を納得させる。
「!パパ!上空にママの反応があります!」
「なっ!?」
しかし、そんな息抜きもユイの突然の叫びに終わりを迎える。ユイの話が本当ならこの上空…つまり世界樹にアスナが囚われているという事だ。
瞬間、俺の横を突風が過ぎ去る…予想通り上空には黒い影キリトが翔んでいた。
「え?!ちょ、ちょっとキリト君!」
慌てて羽を出して追いかけるリーファの後ろに俺も付いて行く。前方のキリトはものすごい速さで上昇していくが途中で大きな壁にぶつかったように仰け反った。おそらく高度限界という奴だろう。
「クソ!クソ!クソ!」
何度も頂上に行こうとその障壁に挑むキリト…しかしそんなので障壁を破れる筈が無く、先程から全て弾かれている。キリトの鬼のような形相を見てリーファは口元を手で抑えながら叫びそうなのを我慢している。
俺は未だに無意味な体当たりを繰り返している馬鹿の肩を引っ張った。
「おい、落ち着けよ。ここからテッペンに行くことは出来ないって分かっただろ?」
俺の言葉にキリトはようやく立ち止まった。
「…ああ、そうだな。少し熱くなり過ぎた」
そう呟いて世界樹の上を睨み付けるキリト…どうやら少しは冷静になってくれたらしい。
「なあ、あれって何だ?」
唐突にキリトが上を見ながら俺に尋ねてくる。俺がそこを見ると、そこにはこちらに向かって日の光を反射しながらゆっくりと落ちてくる何かがあった。
キリトが見た物はカードキーらしきものであった。ユイの話ではこれはシステム管理用のアクセスコードらしい…そんな物が落ちて来るなど偶然とは思えない。こいつはきっと…
キリトも俺と同じ結論に達したらしい。厳しい表情のままリーファに尋ねる。
「リーファ、クエストは世界樹に行けばクエストを受けれるんだよな」
やはり…!この馬鹿は今クエストに挑むつもりなのだ。
…出来るわけが無い、俺はキリトを止めるべく叫んだ。
「無理に決まってんだろ!冷静になりやがれ!今はシルフ・ケットシー連合の準備が出来るまで待つんだよ!」
「俺たちが手をこまねいている間にも彼女は日に日に弱っていくんだ!こんな所で立ち止まっていられる訳が無いだろ!」
しかし、俺の言葉はキリトには聞き入れられなかった。こんな時に頑固になりやがって…!俺は内心舌打ちをする。さらにキリトはリーファを見て口を開いた。
「リーファ、ありがとう。君はここから来ないでくれ、これは俺の問題だから」
「キ、キリト君…」
キリトの言葉に困惑するリーファ、次に俺の方を向いた。
「タツヤは一緒に来てくれるか?」
「…お前には協力するって言ったけどな、こっちは自殺行為をするつもりは無い。本当に待てないのか?」
「ああ」
俺の言葉に力強く答えるキリト、その瞳には一片の迷いも無かった。全く…
「…勝手にしやがれ」
そう言って奴から目を逸らす、するとキリトは悪い、と呟いて何処かに翔んで行ってしまった。
「…戻ろう、リーファ」
「え?で、でもキリト君が…」
「あんな馬鹿はほっとけば良いんだよ」
俺は苛立ちながらそう答える。あんな奴はもう一度領地からやり直して頭を冷やしとけってんだ。
しかし、リーファはある一点を見つめたまま動かない、おそらくその視線の先にグランドクエストを受ける場所があるのだろう。
しばらくするとリーファはその瞳をこちらに向けて戸惑いながらも口を開いた。
「…私、キリト君を追いかける」
「あのな…リーファが一人でいっても何も変わらないだろ?それにあんな勝手な奴に付き合う必要なんて無いよ」
「それでも!あんなキリト君を放って置けないよ!タツヤ君はここで待ってて!」
そう言うや俺の静止も聞かずに羽を出して全速力で翔ぶリーファ、そのせいでこの場には俺しかいなくなってしまった訳で…
「ーーーああもう!どいつもこいつも!」
結局二人をほっとけ無かった俺は頭を掻きむしり、一人怒鳴り声を上げてリーファの後を追いかけるのであった。
あいつら…!後で説教してやる!
世界樹の前の巨大な白色の扉は開きっぱなしになっていた。リーファはもう入ってしまったのだろう…俺は急いでその中に入って行く。
「何だよ、これは…」
入るや早々そんな言葉を呟いてしまった。
世界樹の中はドーム状になっており上からの眩い光が中を照らしていた。上までかなりの高さがあり翔んでいくにしてもかなり掛かりそうだ。しかし問題はそこではなく…
「なんて数だよ…」
白色の鎧に羽を生やしたガーディアンが上空を埋め尽くしていることだ。人型にもかかわらず無機物のような雰囲気を醸し出すそれは、まるで一つの巨大な壁のように侵入者を入らせまいと蠢いている。
数が多いと聞いたが、まさかこれほどとは…
しかしその場には似つかわしくない緑の影が見えた事で俺の思考は中断される。
緑の影リーファは何かを大事そうに抱えながら迫り来るガーディアンの刃をかわしてこちらに向かって翔んで来た。
「タ、タツヤ君!どうして?!」
「説明は後!キリトの野郎は?」
俺の言葉に彼女は自分の抱えた手を一度見て叫んだ。
「ゴメン、間に合わなかった」
どうやらキリトは殺られてしまったらしい、リーファが大事そうに抱えているのがそのリメンライトであろう。
あいつ…!勝手に行ったあげくにこれかよ!少しは周りの事も考えやがれ!と憤慨するのを我慢して俺はリーファに呼び掛ける。
「そのまま真っ直ぐ出口に向かえ!そのガーディアンは俺が足止めする!」
「分かった!」
リーファはそのまま俺の横を突っ切る、俺の目の前には剣を振りかぶる二体のガーディアンが…
「遅えんだよ!」
俺は奴らのガラ空きな胴体を横一文字に斬りつける、思ったより深く斬りつけれたようで奴らはすぐさま白い煙を上げて消滅した。
やっぱり一体一体は強くない、問題はこの量だな… こいつは手強い相手になりそうだ。
「…!おっと!危ねえな!」
そんな事を考えていると突然何か光る物が飛んで来たので槍で払う、飛んで来たであろう方向を見るとこちらに向けて数十体のガーディアンが弓を構えていた。
「…え?マジ?」
体から出る筈が無い冷や汗を感じながら急いで出口に向かって全力で翔んだ。
しかしどんなに速く翔んだとしても絶対に間に合わない…出口に辿り着く前に俺は黒髭もビックリのサボテン野郎になるだろう。
かわすという選択肢も残念ながら無い、あんな弾幕をかわせるような奴はただのニュータイプだ。
だがここで死ぬ訳にはいかないのだ…!俺は一か八かの賭けに出ることにした。
『こいつでどうだ!』
俺は槍の柄の真ん中を両手で持ち回転させ、そのまま奴らと向き合い後ろに下がりながら翔んだ。
こいつは俺が以前見ていたアニメでやっていた方法だ。武器を高速で回転させることで擬似的な盾を作り相手の遠距離攻撃を弾く…アニメの中では手首を高速回転させていたのだがそれは人間には不可能だ。
そして視界を覆う程の矢が俺を襲う…
「ッチ!やっぱ全部は無理か!」
高速回転する槍が当たった矢を出鱈目に弾き飛ばすが俺の体に不快感が走る、不快感の発生源である足を見ると二、三本の矢が突き刺さっていた。
やはり槍が届かない範囲は防御出来ないか…まあサボテンになるよりは遥かにマシだが…
その後も俺の槍がカバー出来ない場所にどんどん突き刺さる…気付けば俺のHPは真っ赤に染まっていた。
出口まであと三十メートル、か…このままだと出口に着く前にHPが無くなっちまう…
あいつらが俺に標準を定めている事を利用するしかない…俺は出口目掛けてーーーではなく地面目掛けて降下した。奴らは俺の動きを見て標準を出口から反対方向の地面に向ける。
『かかった…!』
俺は地面に足をつく寸前で急停止して後ろ向きのまま全力で出口目掛けて…いわばホバー移動をするように翔んで行く。迫り来る矢を床を滑るように躱し、後ろ向きのまま倒れるように出口にダイブする…俺がドームから出ると同時に巨大な扉は独りでに閉じた。
「痛つつつつつ…」
そして現在俺は地面に勢いよくダイブして後頭部を思い切りぶつけてしまった事により地面を転がりながら頭を擦っている。実際は痛みでは無く不快感なのだが反射的にやってしまうのはおそらく長年の経験であろう。
それにしても…なんとか助かったな、と一安心する。
「タツヤ君!大丈夫?」
「ああ、なんとかな…」
心配そうにこちらに来たリーファにそう答える。辺りを見回すと少し離れた所に黒色のリメンライトが浮かんでいた、リーファが救出したキリトのものだ。
「今、回復魔法を掛けるね」
そう言って彼女がスペルを唱えると淡い光が俺を包み込む、HPは緩やかに上昇していき赤から黄色にそして緑になってゲージ一杯になった。
「助かったよ」
「ううん、こちらこそゴメンなさい。勝手に飛び出したあげく結局迷惑掛けちゃった」
そう言って頭を下げるリーファ、…本当に素直だよな、彼女は。反省している彼女を見ると俺の怒る気なんてものは失せてしまった。
まあ、そもそもの原因にしっかりと灸を添える事にするかと結論付け…あれ?
『結局キリト領地からやり直しじゃねえか!』
このゲームでは殺られるとリメンライトになりしばらく時間が経つと勝手に領地に戻されるのだ。それを防ぐためには蘇生魔法を掛ける必要があるのだが、高度な回復魔法はウンディーネしか修得出来ない。
つまり俺たちが助けようと助けまいとあいつが領地からやり直す事には変わらない訳で…俺たちの苦労って一体…
しかし、リーファは急いでメニュー画面を操作し、青い小瓶を出してキリトのリメンライトの元に駆けた。
「これで…」
そう言って小瓶からのピンク色の液体をリメンライトに掛ける…するとリメンライトから紫色の煙が立ち昇りそこからキリトが現れた。
…なるほど、蘇生アイテムか。ショップで売って無かったのを考えるとかなり貴重な物なのだろう。
…後であの馬鹿に請求しとけよって伝えておこう…
「ありがとう、リーファ」
キリトはリーファに感謝して歩き出す…その行き先にはあの巨大な扉が…そろそろ堪忍袋の緒が切れかかってきた俺はキリトの肩を力一杯掴んだ。
「…離してくれ」
こちらを振り向きながらキリトが呟く、その目には邪魔をするなら斬り捨てる、という意志が見られた。俺はそんな目を無視して問い掛ける。
「またあんな無意味な事をするつもりか?人に迷惑まで掛けて…お前があんな馬鹿な事をするたびにクエストクリアから遠ざかるのが分からないのか?」
この世界にはデスペナルティというものが存在し、熟練度が何パーセントか減少するのだ。つまり復活出来なければ前よりも弱くなりクエストクリアはより困難になるのだ。無意味どころかマイナスにしかならない…
しかしキリトは唇を噛み締め俺を睨み付けた。
「だけど行かなくちゃ…!あそこに行かないと何も終わらないし、始まらない…!一刻も早くアスナに会わなきゃいけないんだ!離せよ!」
そう怒鳴り散らして再び扉に向けて歩き出そうとするキリト…
もう限界だ…!堪忍袋の緒が切れたぞ!俺は怒りのままキリトの胸ぐらを掴み、殴ろうとして…
「ちょ、ちょっと待って…今何って…」
寸前で拳を止める。声の主のリーファはその瞳を大きく開き口元を手で隠していた。
その様子はまるで何か信じられないものを聞いてしまったようで…
「アスナ…俺が探している人の名前だ」
リーファの動揺を気にも掛けずキリトは答えた。
その言葉を聞いて彼女はさらに困惑する…
「え?だ、だってその人は…」
まるで荒波に襲われた船のように彼女の緑色の瞳が揺れ動く…それはまるで彼女の心を表しているようだ。
そしてその瞳がキリトの前で止まり…
「お兄ちゃん…なの?」
リーファのその言葉は俺の怒りやキリトのアスナへの思いなどを吹き飛ばすには十分過ぎるものであった。
ログアウトしてしまったリーファを追いかけるキリト、一人残されたタツヤは過去の記憶を思い出す、それは苦く苦く辛い記憶…
次回「過去」にレディーゴーーー!!!