ソードアート・オンライン~赤腕の槍使い~   作:G.S

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本当に今までお待たせしてスミマセンでしたm(__)m

いやほんとスミマセン。ALOの最後まで書こうと思ったらすごくすごーく長くなってしまいまして……なんと合計二万五千字以上!!書いてる本人が一番ビックリです(笑)

それでは大変長らくお待たせしました。どうぞ!!


第三十六話:向き合う者……

 警察が到着したのはその三十分後の事であった。

 

当然ながら俺は事情聴取を受ける事になったのだが、現場の状況などから早々に俺はただの被害者である事が判明し、一応の証言を取られた後すぐさま解放された。正直言うと事情聴取で大分時間が取られると思った俺は安心していた。これで約束の時間に間に合う、と…………

 

「それで――これはどういう事なのかな?」

 

「あははは…………えっと、ですね……」

 

目の前に終始ニコニコしている俺の担当医がいなければ――の話ではあるが。

 

事情聴取の後パトカーで乗せられて連れて行かれたのはなんと俺の担当医がいる病院だったのだ。どうやら警察の人が親切心で俺を馴染みの医者の所に届けてくれたらしい。まあ……正直ありがた迷惑だったと言わして貰おう。そのお陰で俺は初めてこの担当医に恐怖を感じている訳だし……

 

ちなみにこの医者、別にどこかの副団長様のように後ろに禍々しいオーラが出ているとか、昨日のイカレ変態のように狂っている雰囲気を醸し出している訳でも無い。

 

ただ笑顔なのだ。まるで顔面に貼りつけたように変化の無い笑顔―――最早それは無表情と何も変わらない。その笑顔のプレッシャーが俺にこれまで味わった事の無い種類の恐怖を与えている。

 

そんな恐怖を振り撒いている主治医に俺はなんとか笑顔を作って弁明をする。まあ当然ながらぎこちない引きつった笑みであるわけだが……

 

「車に……跳ねられまして…………」

 

「うん、知ってるよ。それで?」

 

あ、駄目だこりゃ……と早々に俺は諦めてしまった。釈明とか弁明とか今のこの人には全く効果が無い……だから俺は大人しくこの主治医の小言を聞く事にした。

 

「それで何でこんなに滅茶苦茶になるのかな?」

 

ニコニコしながら俺に尋ねる主治医、尋ねている筈なのに答え辛い雰囲気を作り出している事に彼は気づいていないのだろうか?

 

「ほら?ここなんて力づくで抜いた後みたいになってるよ?最近の車はスゴいね~。一体どうやったら車が義手を引っ張るの―――」

 

「すいません。俺がやりました。ごめんなさい」

 

もーーー限界だ!これ以上彼の小言を聞いていたら俺の精神がイカれる!!俺は小言を言い続ける担当医に謝罪の言葉を並べた。非常に情けないかもしれないけど、この永遠の小言地獄を受けてたらマジで俺の精神が崩壊するから!!

 

俺の謝罪に彼は溜め息をつきカルテに目を移す、どうやら少しは気が晴れたらしい。つか晴れて貰わないと凄く困るのだが……

 

「それと今日から二日間ぐらい入院して貰うから」

 

「はぁ!?きょ、今日から!!」

 

だが内心ホッとするのも束の間その医者の言葉に俺は驚愕の声を出す。その声に彼は溜め息をついて呆れた表情でこちらを見た。

 

「君、車に轢かれたんだよ?怪我もそうだけど何より義手の接合部分がおかしくなっているかもしれない。検査入院は当たり前でしょ?」

 

…………確かにこの人の言う通りだ。それに俺は患者で彼は医者、素直に従うべきなのだろう。それでも――

 

「すみません。検査入院は明日からにしてください。お願いします」

 

俺は頭を下げて懇願する。例えどんな事があったとしても今日という日だけは駄目なのだ、今日を逃せばきっと俺の決心は揺らいでしまう……そしたらもう二度と彼女に向き合えない。だから今日だけは――俺は頭を上げて担当医の目をしっかりと見つめる。

 

「無理を言っているのは百も承知です。でも今日は、今日だけは大事な日なんです。検査入院でも手術でも何でも受けますから今日だけは帰らして下さい。お願いします」

 

もう一度頭を下げる俺。これでもし俺の要求が通らなければ力づくでもここから出るつもりだ。そんな俺の必死のお願いに彼は――――

 

「いやー、何か正直意外だったよ」

 

と一言。意味が分からないですけど、という視線を送ると彼は嬉しそうに苦笑しながら答えた。

 

「いや、正直君が自分の意見をここまではっきり言ってくれるなんて思わなくてね。ちょっと言い方は悪いかもしれないけどイエスマンみたいな人だと思ってたよ」

 

…………確かにこの人に自分の意見をしっかり言ったのは初めてだった。義手の事だって俺は正直どうでもいいと思っていた。向こうがやりたいのなら勝手にやればいいんじゃないんですか?と自分の事の筈なのにまるで他人事のように考えていたのだ。

 

「いが……」

 

「うん?」

 

「いや、何でも無いです」

 

意外にも患者の事見てたんですね、と言いそうになるのを慌てて誤魔化した。そんな事を言ったら間違い無く色々と長くなる。だから俺は『それでは』と一言言い、診察室から出ようとして――

 

「ちょっと待ってくれ」

 

と静止を掛けられた。振り返ると同時にこちらに向けて穏やかな視線を送っている担当医が口を開く。

 

「僕に三十分だけくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院を出た俺はアパートに戻り着替えてからあの懐かしの家へと向かっていた。

 

残念ながら彼女との約束の時間には間に合いそうになかったので『悪い。一時間ぐらい遅れる』というメールを送ると五分後ぐらいに『分かった。ちょっと用事があるから先に上がってて』と返信が来た。どうやらまだアウトでは無いらしい、と一安心する。まあ時間に遅れるなんて初っ端から最悪ではあると思う、が……

 

ふと自分の右腕を見てみた。そこにあったのは肩先から何も無い本来の俺の腕ではなく真っ黒な人工物――つまりは義手なのだが、あの自由に動かせる最新式の義手ではなく以前使っていた全く動かすことが出来ないお飾りの義手である。

 

あの医者が俺を呼び止めたのはこいつを付けるためであった。『代わりにこれを付けなさい』と言われて無理やり付けさせられた物……別に付けなくても構わなかったのだが、あの医者が頑なに付けさせようとするので早々に折れてしまった。

 

そんなつい先ほどの事を思い出しながら俺は歩き目に入る風景を眺める。何年も通った事が無い道……それなのに、俺の記憶に焼きついている鮮明な記憶…………

 

もしかしたら俺の時間はあの時から全く進んでいなかったのかもしれない。あのアパートにいる時も学校で退屈な授業を受けている時も片時も忘れた事が無かった光景――忘れようと思って俺は家を出た筈なのに俺の中にはいつもそれがしこりのように残っていた。きっとそれは―本当は俺が一番覚えていたかったからなのだ。

 

四年間もの間俺の中の時計は止まったままだった……そんな今更な事実に気づいた俺はようやく目的の場所に着いた。木造二階建ての一軒家……俺が――俺の家族が暮らしていた家だ。

 

「まさかこれを使う日が来るなんてな」

 

そう呟いて俺はポケットから鍵を取り出す。この家を出る前に爺さんから渡された家の鍵(家族の証)…………二度と使う事は無いだろうと思っていたそれを俺は鍵穴に差し込み回した。

 

ガチャリ、と音が鳴った。ドアノブを回すと扉が開き一歩足を進めると目の前には玄関が現れる。

 

四年振りに見た玄関……木製の靴棚も床のフローリングも少し色褪せた壁紙も――そこからの展望は昔から何一つ変わっていなかった。それはまるでいつものように優しく出迎えてくれているようで――――

 

「――――あれ?何、で……」

 

ふと眼頭が熱くなった。懐かしいかったからなのか、それともようやくここに戻って来れたからなのか……理由なんて分からないがともかく俺は顔を上げて乱暴に目をゴシゴシと擦る。だってこれから会う大事な人に、泣きっ面なんていう情けない姿を俺は見せたくないのだ。幸いにも何とか泣き留まった俺はそのまま真っ直ぐに進んで和室に入った。

 

そこに入った理由は単純な話……仏壇が置いてあるからだ。当初の予定では紗夜に会ってからここに来る予定だったのだが、どうせなら早い内に来た方が良いだろう。だって今日は遅くなりそうだから…………

 

そのまま畳の上に座り手を合わせる。

 

「ただいま。父さん、母さん」

 

写真の向こう側の二人は微笑んでいた。いつも俺達に見せてくれていた笑顔…………

 

「今まで一回も来なくて、親不孝な息子でごめんなさい」

 

最初に出たのは謝罪の言葉であった。数えられないくらいの迷惑を掛けてしまったのに結局謝る事が出来なかったから…………。

 

亡くなってしまった人とはもう話す事は出来ない。だから当然ながら彼らの返答を――思いを聞くことは俺には一生出来ないのだ。

 

それでも俺は謝りたかった。四年もの間ずっと胸に溜め込んできたこの思いを伝えたかったのだ。

 

その後も頭の中では色々と伝えたい事が浮かんで来るが上手く言葉が出ない。自分が口下手だという事もあるがそれ以上に、これ以上何か言ってしまうとさっきまでの涙がぶり返しそうだから……最後に一番伝えたかった事を言う事で今日は終わりとさせて貰おうと思う。

 

「俺の家族でいてくれて――――ありがとう」

 

最後の言葉はやっぱりこれでいいと思う。俺が一番彼らに伝えたかったのはこんな俺を育てて、家族として一緒にいてくれて大事な事をたくさん教えてくれた事に対する感謝の気持ちだから…………

 

「ただいまー」

 

伝え終えた俺が立ち上がろうとするのと時を同じくして玄関の方から明るい声が聞こえた。どうやら待ち人が来たようだ。まあ元を辿れば待たせたのは俺の方ではあるのだが……

 

俺はそのままゆっくりと声の元に向かう。

 

「……おかえり」

 

「……ただいま」

 

そこには車椅子に乗ったままの俺のたった一人の妹――三ヶ島紗夜がいた。

 

 

 

 

 

 

 話をする場所として彼女に連れられた場所は家のリビング。俺は彼女に促されるままに椅子に座った。

 

「お茶用意するからちょっと待っててね」

 

「いや、俺がやるって……」

 

「いいから。兄さんは座って待ってて」

 

俺が座るや否や台所に向かおうとする紗夜。慌てて立ち上がりそれを引き留めようとしたが強く止められてしまったので大人しく椅子に座る。

 

台所に向かっている彼女の後ろ姿を見送りながら俺は彼女の強引さを思い出していた。昔からやると言ったら誰が何を言っても聞かなかった。大抵――というかほとんどこちらが折れていた気がする。

 

そんな懐かしい思い出に浸りながらふと時計を見てみる。紗夜が台所に向かってからもう五分以上経っていた。

 

『…………遅いな』

 

「お待たせー」

 

台所からここまでそんなに距離は離れていない、二分も掛からないだろうに……流石に遅すぎると思った俺は様子を見に行こうと椅子から立ち上がろうとする。だがその矢先に間延びした声と共に彼女は現れた。

 

自らの両足で立ちながら。

 

「――――――おい、紗夜!お前……!!」

 

「どう?驚いたでしょ?リハビリのお陰で少しぐらいなら歩けるようになったの」

 

そう自慢気に話ながら彼女はゆっくりとこちらに向かっている。だがその脚はまるで産まれたての小鹿のように震えており無理をしているのだと一目で分かった。だから俺はすぐさま彼女の元に駆けつけようとする。

 

「お、おい!無理するなって!!そこで待って――」

 

「座ってて、兄さん」

 

だが彼女は俺を静止した。

 

「お願い」

 

口調こそ穏やかではあるが強い意思を含んだ言葉……そんな風に言われてしまっては彼女を止める事など俺には出来ない。だからといって黙ってそんな彼女を見る事も出来無い俺は腰立ちのまま待ち続ける事となった。

 

「ふぅー。…………疲れたー」

 

しばらくすると彼女は無事一人でテーブルに辿り着いた。テーブルにお盆を置くとゆっくりと慎重に椅子に腰を下ろして一息をつきこちらを見つめる。

 

「ば……」

 

「ん?」

 

「馬鹿野郎!!」

 

そんな彼女に俺が開口一番で発したのは”頑張ったな”とか”凄いな”等の労いの言葉などではなく怒声であった。感情が爆発した俺は普段からは考えられないほど怒鳴り散らしてしまう。

 

「何で本調子でも無いのにこんな事するんだよ!もし転んで大怪我でもしたらせっかくここまで回復したのにまた一からやり直さなきゃいけないんだぞ!!それにお前が怪我したら爺さんや婆さんも心配するだろ!あの二人の事も考えろ!!…………悪い、怒鳴っちまった。ゴメン…………」

 

言いたい事を全部言い終わると幾ばくか気持ちが落ち着き冷静になる。まあ冷静になってみると自分が彼女に対してどんな事を言ってしまったのかを思い返す訳で…………

 

…………本当に何やってんだよ、と俺は自己嫌悪に陥る。いつもそうだ。感情のままに相手を傷つけるような言葉を出す事しか出来ない。本当は優しい言葉を一番に掛けなきゃいけないのに…………そんな自分につくづく嫌気が差す。

 

「なんで謝るの?兄さんは心配してくれただけでしょ?」

 

「いや、だって……」

 

「はい。この話は終わりそれよりも――」

 

そこまで口にすると彼女の雰囲気が変わる。普段の優しいものから真っ直ぐで真剣なものへと――

 

「大事な話って何?」

 

その彼女の真剣な表情と瞳を見て俺は確信する。彼女は俺が何をしにここに来たのか分かっているのだ。俺が話す事も、それに対する答えも既に…………

 

それでも一方的に告げるのではなく俺にそれを言う機会を与えてくれたのは彼女の優しさだろう。だから俺はそんな彼女の優しさに甘んじさせて貰う事にする。

 

「すまなかった。お前から両親を奪って、今までずっと独りにして……本当にすまなかった。謝っても赦される事じゃ無いってのは分かってるけど謝らせてくれ」

 

彼女に頭を下げて謝る。彼女と元の関係に戻るために俺が出来る事はこれしかないからだ。

 

「顔を上げて、兄さん」

 

その言葉に従い顔を上げると紗夜はこちらに笑みを浮かべていた。いつも家族に見せていた笑顔を……

 

そのまま彼女はまるで生徒に教える先生のように語り掛ける。

 

「まず一つ言わせて貰うと、母さんと父さんが死んでしまったのが自分のせいだと思っているなら思い違いだわ」

 

「でも……俺があんなんじゃなければ…………」

 

「でも、じゃない。あれは不幸な事故だった。それにあの二人だって兄さんにそんな責任を望んでいないわ」

 

「…………恨んでないのか、俺を?」

 

まるで俺には罪が無いと言っているような言葉に俺は思わず彼女に聞いてしまった。ずっと懸念してきた事を……

 

その問い掛けに、彼女は一瞬の躊躇いもせずに答えた。

 

「恨んでるわ」

 

即答だった。彼女の顔は先ほどの穏やかな表情とは異なり心の内が全く読めない無表情となる。

 

「ずっと私を独りにしたんだもの。二人が亡くなって悲しくて心細かった時に一番近くにいて欲しかったのに逆に離れていった。何年も何年も……。恨みたくなるのは当然でしょ?」

 

「…………ごめん」

 

そんな彼女の言葉に俺は謝る事しか出来ない、ただ謝る事しか出来ないのだ。俺がしてしまった事の取り返しは最早つかないのだから…………

 

「でもね――」

 

そう言って彼女は先ほどの無表情から一変、穏やかな慈愛の表情を浮かべる。

 

「それ以上に兄さんが戻って来てくれた事が嬉しいの」

 

真っ直ぐ俺の眼を見て彼女はハッキリと言ってくれた。恨んでもいるが俺が戻って来てくれて嬉しい、と……その言葉を聞けただけでもここに来た意味があったのだと俺は確信を持てた。本当にこの場所に来れて良かったと……

 

そんな俺の様子を知ってか否か、彼女は更に俺に言葉を掛ける。

 

「ねえ、兄さんはあの事をどこまで覚えてる?」

 

穏やかな表情のまま尋ねる紗夜。あの事……とはおそらく父さんと母さんが亡くなったあの事故の事だろう。思い返すも辛い記憶だが正直に答える。

 

「……母さんと父さんが俺らに覆い被さる所まで。その後はもう病院のベットで寝てた」

 

「……やっぱりそうよね」

 

どこか納得した表情で呟く紗夜。その言葉に少し違和感を感じていると彼女は俺に驚愕の事実を口にした。

 

「実は私覚えているの。あの車の中の事を」

 

それは初耳だった。てっきり彼女も俺と同じように病院のベットで目覚めたものだろうと思っていたから……

 

俺が知らないそのまま彼女はあの時何を見たのかを語り出した。

 

「目を覚ました時には車――というよりはぺしゃんこだったから廃車ね、その中にいたの」

 

彼女のその時の光景を思い出しているのだろう――口をきつく締めて少し体も震えている。明らかに体はそんな悲惨な記憶を思い出す事を拒んでいる。

 

だけどそれでも彼女は止まらない。その恐怖を振り払って彼女は俺に告げる。彼女が見た事実(真実)を……

 

「起きた時には足が凄く痛くて痛くて……でもそれを我慢して目の前の光景を見たの。そこにいたのはこっちに身の乗り出して血塗れの父さんと母さん。それとーーーーー」

 

私に倒れるように覆い被さってに右腕が潰れた兄さんだった…………数秒、数分――それとも数時間だろうか?その言葉を反嚼して理解するのに俺は永遠とも思える時間を有した。俺が?紗夜の上に?覆い被さっていた?…………有り得ない。だって俺にはそんな事をした覚えは全く無いのだ。そんな見に覚えが全く無い彼女の話に戸惑いながら俺は尋ねる。

 

「ぐ、偶然……じゃないのか?」

 

「いいえ、偶然じゃない。ちなみにその前の事も覚えているわよ。兄さん、父さん母さんと一緒に”危ない”って叫びながら私の体に覆い被さったの。てっきり兄さん私の事が嫌いだと思っていたからその時は凄くビックリしてたわ。……だからよく覚えている」

 

噛み締めるように彼女は言った。絶対にそうだという確信に満ちた力強い言葉……

 

残念ながら俺にはその時の記憶は無い。俺が彼女にした行為が彼女だけでも助かって欲しいと思ってからなのか、死ぬ恐怖を少しでも軽くしてあげようと思ってからなのか、はたまた別の何かか……生憎今の俺には見当もつかない。

 

それでも――きっとそこにあったのは彼女に対する愛情だったのだ。最低な兄貴()が初めて(紗夜)にしてやれた兄貴らしい事…………

 

「兄さんのお陰で私は今生きている。こうやって歩いたりお喋りしたり、笑う事も出来るの。だから兄さん――――」

 

そして彼女は俺の義手を両手で握る。俺が彼女の命の代わりとして失った――と言われた右手を労わるように優しく握り締めた。

 

「私を守ってくれて――――ありがとう」

 

気がつけば俺の眼からは涙が流れていた。悲しかった訳じゃない、こんな最低な俺でも兄貴らしい事をしてやれたという事実が嬉しくて嬉しくて――嬉しよぎて涙が出てしまったのだ。

 

久方ぶりに流した涙。止める術なんて知らなくて俺は手で顔を覆い声を押し殺すことしか出来なかった。

 

その間彼女は俺の右手を両手で握り締める。体からは(熱いもの)が流れていくのに、俺の心は懐かしくて暖かい――――ずっと求めていたぬくもりに満たされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を話すと、俺はその日のうちにあの埼玉のアパートを出てこの家に戻る事となった。爺さんと婆さんに今まで迷惑を掛けた事を謝罪し頭を下げると二人共昔と同じように『おかえり』と一言だけくれた事は凄く嬉しかった。

 

余談ではあるが三百人ものSAOプレイヤーを監禁し、俺をナイフで刺そうとした人物、す…………なんとかは当初は犯行を否認。まあそれでも殺人未遂や銃刀法違反など余罪のお陰で奴を長い間拘束する事ができ、ついには部下がゲロった事で容疑を認めたらしい。

 

そいつが主任を務めておりALOの運営管理をしていたレクトプログレスは解散っとここまで聞けば何も問題無し、万事解決だと思われるかもしれない。

 

だが当然の事ながらこれで全部が上手く終わった訳では無い……この事件が生み出した傷跡はあまりにも大きく深かった。

 

この凶悪な事件によってこのゲームのジャンルに対する案全性に再び疑念の声が上がる。そりゃそうだ、今度こそ絶対に安全という謳い文句だったのにこんな事が起きていたなんて事が分かったら当然っていや当然だ。

 

その他のVRMMOもALOと同じく運営中止、壊滅的なダメージを負った事で最早VRMMOというジャンルのゲーム自体が衰退して消えていくものだと誰もが思った。

 

だがそんな時に救世主が現れた。

 

《ザ・シード》と呼ばれるプログラム……無料でダウンロードをする事が出来るそれはVRMMOというゲームを誰でも作る事を可能とした。こいつのお陰でVRMMOというジャンルは消失の一途を辿る事無く、寧ろ以前よりも爆発的な人気を獲得している。

 

とまあそんな事があったわけだが生憎俺にとっては蚊帳の外の出来事……所謂神のみぞ知るって奴だ。俺個人としてはそんな遠くの大きな流れに思いを馳せるだけで精一杯である。それに――――

 

――――俺の居場所はここにある。ずっと求めていた居場所にようやく戻って来れた俺はこの先迷う事はあっても再びこの場所に戻れるだろう。

 

そんな世界で俺は生き続ける。平和で平凡で退屈で――――それ故に満ち足りていると感じる人生を…………

 

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

午後一時、深い溜め息を一つついて俺は教室の扉を開けた。

 

今俺がいる場所はSAO帰還者のための学校だ。SAO事件に巻き込まれてしまった奴らの中には俺も含めて当時学生だった者も多くいた。当然ながら以前通っていた学校にはもう席は無く編入するのも難しい……よって政府が作ったこの学校に通っている訳だ。

 

一応はあの事件の被害者に対する保障……という名目で建てられた学校ではあるが、本音としてはあんな血生臭い世界で二年間も暮らした奴らを一ヶ所に管理したいという所だろう。……言いにくい話だがあの世界では人殺しなどの犯罪行為に進んで手を染めた奴もいたのだし…………

 

ちなみに俺はさっきまで先生の所に分からない所を聞いてた。現在俺は大学受験資格を得るためのカリキュラムを受けている訳だが、高校二年生で学歴も知識も止まっている俺では高三の内容など一回授業を受けただけで理解出来る筈がなく、俺は先生の元に赴くしか無かったのである。

だけど正直職員室は苦手だ。ここの教員は良い意味で先生っぽくないような人だらけだがそれでもあの空気は落ち着かず息が詰まる。もう二度と入りたくはないのだがどうせ俺はまたお世話になるだろう……そう考えると再び溜め息が零れてしまう。

 

「やあ!終わったかい、竜也?」

 

そんな俺の陰鬱な気分など何のその。教室でわざわざ俺を待ってくれた友人は手を振りながらその爽やかな笑顔をこちらに向けた。

 

「ああ……一応な。あんたはいいよな。俺もあと一年早く生まれてりゃ勉強でこんな苦労しなかっただろうに……」

 

その爽やか系の甘いマスクも親しみやすい人柄も何も変わらない……精々変わった所といえば髪が青ではなく黒色の点ぐらいであろう。その友人《ディアベル》こと浪川翔吾に俺はウンザリとした声色で答えと彼はその俺の愚痴に『ははは…………』という似つかわしくない渇いた笑い声を零した。

 

「まあ、それよりも早く飯を食いに行こうぜ」

 

「そうだな」

 

その言葉を合図に俺たちは二人してカフェテリアへと向かった。

 

 

 

 

 

カフェテリアに着くや『俺飯買ってくるから席取っといてくれ』とお願いされた俺は歩きながら席を探していた。今の時間は昼休みを十分ほどよぎた所……正直席はほとんど埋まっている。これだったらあいつを先に行かしときゃ良かったかな、と俺は今更ながら後悔した。俺だけなら教室内で食えるし……

 

だが意外にも丁度二つ席が空いている場所を発見、ついでに俺は知り合いも見つけてしまった。窓から外をイチゴオーレを音を出しながら凄い勢いで飲む――というよりは吸っているそばかすのついた童顔の少女。それに諌めるような視線を送っているツインテールの小柄な少女にそんな二人を見て苦笑いをしている泣き黒子が特徴の青みがかった黒髪の少女。丁度いい具合に席が二つ空いているのを確認した俺は一番近くにいる泣き黒子の少女に声を掛ける。

 

「ここ空いてるか、サチ?」

 

俺に声を掛けられた少女、あの世界で《月夜の黒猫団》というギルドに所属していた紅一点サチは唇を尖らせムスっとした表情で俺を見る。

 

「…………竜也、ここではアバターネームは禁止だよ」

 

「ああ、悪い悪い。つい癖でさ」

 

「もう仕方無いな……どうぞ」

 

サンキューと一言言って俺は彼女の言葉に従い隣の席に座る。ちなみに彼女の本名は立花美幸と言う。ゆっくりと椅子に座る俺ーーそれと同時に彼女の向かい側にいたツインテールの少女は箸を一旦止めてペコリとお辞儀をしてきた。

 

「お久しぶりです、竜也さん」

 

「あぁ、久しぶりシ――珪子」

 

ご丁寧に挨拶をしてくれたSAOでビーストテイマーとして名を馳せていた《シリカ》本名、綾野珪子に俺は軽く返事をする。

 

ちなみに依然として知り合い三号は窓をジーっと見ている。未だに俺が来た事に気づかないそんな知り合いに少しばかりイラっとした俺はそんな知り合いに声を掛けた。

 

「店主さんよ、人がイチャイチャしてるのを見ながら飲むイチゴオーレはそんなに旨いのか?」

 

「ん?何だ、あんたいたのね」

 

「何だとは何だ。相変わらず失礼な奴だな、将来のためにもその言葉使いは治した方がいいんじゃないか?」

 

「うっさいわね。余計なお世話よ」

 

《リズベット》篠崎里香は不機嫌そうにこちらを一瞥すると再び視線を窓の外に戻した。ちなみにこの店主、俺より二つか三つは年が下な筈なのだがまさかのタメ口である。歳上に対する言動がなってないとは思うのだが、それでも相手に不快感を与えないのは彼女のそのサバサバした性格のお陰であろう。こういうのを何て言うんだっけ――姉御肌って奴か?友達としては非常に付き合い安い奴だと思う。残念ながらモテないとは思うが……

 

俺がそんな失礼な事を考えているとは全く知らない彼女は空のイチゴオーレから口を外して視線は変わらず向こうに向けたままある疑問を口にした。

 

「て言うかあんたも知ってたんだ。ここから何が見えるのか」

 

ここから何が見えるか…………まあ想像するまでも無く分かると思うがキリトとアスナの二人だ。今頃ベンチに座って談笑しながらアスナが作ってきたランチをキリトが食べているのだろう。相変わらず仲が良いようで……

 

「あぁ……。つか有名だぜ、この学校のテラスからは胸焼けするぐらい熱々バカップルのイチャイチャが丸見えだ、て。どこからはっきり見えるのかは流石に知らなかったけど、お前がガン見してたら流石に気づくよ」

 

気づいていないのは本人達だけだ、と付け加えるとリズベットは堪えきれずお腹を抱えてケラケラと笑いだし、シリカはクスクスと小さく笑い。サチは声を上げずに苦笑いという三者三様の反応を示す。

 

そんな風に今現在話題に上がっているとは露知らず今頃はベンチに座って仲むつましくアスナお手製の弁当を食べているであろうバカップル……そんな姿を容易に想像出来てしまうのには呆れてしまう。ここから丸見えならあそこからも丸見えの筈だから普通なら分かるだろうに……二人して脳内ピンク色のお花畑だから気が抜けているのだろうか?まあ気を抜きたくなる気持ちも分からんではないが……

 

「あーーあもう、本当にあの二人は所構わずイチャイチャしちゃって。ここ学校なのよ、場所を考えなさいって」

 

「いや、そいつの原因はお前らにもあると思うぜ。全く人が好よぎるっていうのも考えものだな」

 

「本当ですよ。里香さんは甘過ぎます」

 

「うっ!し、仕方無いでしょ!あんな事があったんだから…………」

 

笑い終えると同時にリズベットが発した『TPOを弁えなさいよ!!』的な不満。だがその原因に見当がついている俺は思わず呆れたようなツッコミを入れるとシリカもそれに便乗する。

 

ちなみに原因というのはこの三人が勝手に交わした《一ヶ月休戦協定》なるものだ。アスナがどんな目に遭っていたのかを知ったこの三人は一ヶ月間だけあの二人を温かく見守ろう的な協定を結んだのだ。

 

つまりあの二人だけの甘い空気を生み出しているのはこの三人がそれを容認している事に起因していると言ってもよ言ではないだろう。少なくともお前が文句を言える立場ではないのは明らかだ。

 

まあ……もしこの協定が無ければおそらくキリトはアスナを含めて四人とイチャイチャする事となり周りから羨望と妬みの視線が送られるだけの話だ。被害を受けるのはキリトだけなので俺には全く無関係な話ではあるのだが……正直知り合いの女の子の修羅場的な展開を見るのは気持ちの良いものではないのでホッとしている。

 

と俺は下らない考え事を一旦止めて目の前に弁当箱を出した。

 

「…………あんた、何で弁当をここで食べるのよ?」

 

「うるさいな。別に俺がどこで食おうが構わないだろ?」

 

「いや、そうなんだろうけど…………」

 

「おーい。こっちだ」

 

未だに何か言いたげそうなリズベッド。そんな彼女をほっといて、俺はキョロキョロと周囲を見回している連れのディアベルに声を掛けた。彼は俺の姿を確認するとこちらに歩を進めて目の前の席に座る。

 

「サンキュー」

 

「じゃあとっとと食べるか」

 

弁当箱を開けると目の前に現れたのは艶々の白いご飯に玉子焼きにから揚げ、それに色鮮やかなミニトマトとレタスのサラダ。婆ちゃんが作ってくれた弁当だ。流石美味そうである、まあ実際美味いのだけど。

 

「いただきます」

 

朝早くから弁当を作ってくれた婆さんに感謝しつつ俺は玉子焼きを啄み咀嚼する。うん、やっぱり美味い。俺がどれだけ頑張ったとしてもこの境地には辿り着けないだろう。ここまで達するのに何十年と血と汗を流したのであろう婆ちゃん、その努力には心の底から脱帽する。

 

「ほんと美味そうに食べるわね~、あんた」

 

「美味そう、じゃなくて美味いんだよ」

 

「うわ即答……」

 

当然だ。婆さんの飯は俺が味わってきた中で最高だからな。身内贔屓?勿論入っているに決まっている。だがそれを除いても婆ちゃんの料理は本当に美味いと俺は確信している。そしてその昼のお楽しみを邪魔する者には容赦無く制裁を加える、例えばこちらに箸を伸ばそうとしている目の前の騎士様……とかな。

 

「イタっ!」

 

「イタっ、じゃねえよ。人の飯を取ってはいけないってあんた分かっているだろ?そんなに欲しいならあんたのカツ丼寄越しな」

 

そんな不届き者の手を俺は箸ではたき落とす。行儀が悪いかもしれないが知った事ではない、領地に入られたからには迎撃するのが当然だ。そして報復とばかりに奴のカツ丼に箸を伸ばすとすぐさま制された。その手に握られているのは一対の(得物)……向こうは徹底抗戦の構えだ。俺は叫ばずにはいられない……また戦争がしたいのか!あんたは!

 

「やらせるか!」

 

「えぇい!小癪な!!」

 

交差する箸と箸(剣と剣)、火花散る視線、そして――――呆れる周りの女子達。だがこれは女子には分からない男の世界だ。昼飯という互いの譲れない物を賭けた本気の勝負……俺の弁当……やらせはせん!やらせはせんぞ!!

 

「それよりもみんなは今日のオフ会には行くの?」

 

この不毛な争いを止めようとそんな言葉を発するサチ。その言葉を皮切りに俺たちの話題は本日行われるオフ会へと向くのであった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 カランというベルの小気味良い音と共にバリトンボイスのエギルの声。店の扉の前には面食らったキリトとアスナ、そしてキリトの妹である直葉がいた。ここはエギルが経営するダイシーカフェ、この時間帯は通常店はガラガラである筈なのだが中には二十人近くの老若男女が飲み物片手にひしめきあっている。

 

ちなみに本人談だとあと数時間後に来るという夜の客も今日だけは来ない。それもその筈、本日この場所はオフ会の会場……つまりは貸切なのだ。普通店の予約なんて何ヵ月も前に予約しなければ絶対に無理なのだろうがそこは店主の力で何とかしてくれた、まさにエギル様々である。

 

「……おい。俺達は時間に遅れたつもりは無いぞ」

 

いち速く我に返ったキリトは周りに恨みがましい視線を送る、それは自分たち以外のオフ会に参加するメンバーが既に全員揃っているからだ。おそらくみんなより遅い時間を知らされて騙されたと感じているのだろう。まあ俺から言わせれば今日のメインはお前なんだからその好意に素直に甘えとけって話だ。

 

「主役は遅れて登場するものだからね。あんたらには少し遅い時間を伝えといたの」

 

そのままリズベットがキリトの手を引っ張る。連れていかれた場所は壇上。言われるがままにキリトがそこに立つと周りの視線が一気にそこに集まる。

 

「えー、それでは皆さん御唱和下さい。せーーのーー」

 

「キリト、SAOクリアおめでとう!!!」

 

こうして俺達の馬鹿騒ぎが始まった。

 

 

 

 

「いたいた」

 

 カウンターの席で飲み物を飲んでいる三人を発見した。お酒をゴクゴク飲んでいる短髪のおっさんとコクコクと上品に飲んでいる女性、それと間に挟まれるかんじでグレープジュースを飲んでいるポニーテールの少女。俺はおっさんの隣の席に座り見知った三人に声を掛けた。

 

「久しぶりだなバルトスにパステル。サクヤさんもお久しぶりです」

 

「お久しぶり、タツヤ君」

 

「久しぶりー、というか何でサクヤさんだけ敬語なのよ」

 

俺の声に答えたのはアインクラッド五十層で雑貨屋を営んでいたサクヤさんと防具屋《プトレマイオス》の助手だったパステルだ。ちなみにパステル、年上に敬語を使うのは社会常識だ。お前は年下だしバルトスのおっさんには敬語なんて必要ないだろ?つまりそういう事だ。

 

ちなみにこの三人に声を掛けたのは挨拶のためだけではなかったりする。そのもう一つの要件のために俺は隣で酒を飲み続けるおっさんに声を掛けた。

 

「なあバルトス、あんたの店って中古車の販売してたよな」

 

俺の言葉に一旦酒を飲む手を止めて『へぇっ?ああ……そうだが』と答えるバルトス。その顔はまるで鳩が豆鉄砲を喰らったみたいになっている。

 

そう実はこのおっさん、自動車修理工場の頭である。初めて聞いた時は少し驚いたが、油塗れの作業着を着て工具を持ったこのおっさんの姿を一瞬で想像してしまいその姿がしっくりきてしまった。そしてこのバルトスが経営する工場では自動車の修理だけではなく中古車の販売も行っているのだ。まあ、バルトスのあの顔は何で知ってるんだ?というよりも何でそんな事を聞いたんだ?と言ってるようだが……

 

当然そんな事を聞くという事はあんたの店で車を買いたいって主張しているも同じだ。俺が車を欲しがる理由に見当つかないのだろう。まあ俺も自分のためだけに中古でも車を買おうなんて気にはならない、俺のためならな。

 

「安い中古の車ってあるか?障害者用の車椅子乗せれるくらい大きい奴」

 

俺が車を欲しがっていた理由とはそれ――つまり紗夜の足が欲しかったのだ。一応自力で歩けるようにはなった彼女だがまだ長距離の移動は体に負担が大きく車椅子が欠かせない。当然ながら行動範囲にこれまでと差異は無い訳で…………別に彼女がそれで構わないのならいいのだがもしどこかに行きたいのなら連れて行ってやりたいと俺は思ったのだ。

 

ならわざわざ買わなくても爺さんの車を使えばいいじゃないのか?と言われるかもしれないがそれは出来ないのだ、法的に。というのもこの便利な義手があるとはいえ依然俺の扱いは障害者……この義手が普及して法制度が変えられるまで俺は一般車両には乗れないのだ。

 

「ふむ…………」

 

俺の言葉に顎鬚を触りながら思い出すように考え込むバルトス。考える事数秒後に彼は口を開いた。

 

「一台デカイのがある。今度うちに見に来い」

 

「サンキュー、おっさん」

 

だがビタ一文もまけないぞ、と釘を刺される。ぐぅ!中々痛い所を突いてくる。正直に言うと期待していたが……仕方ない、腹を括ろう。…………ロ、ローンなら大丈夫かな?後、出世払い……今度聞いてみよう。そんな内心ビクビクしている俺に声を掛けたのは背中からひょっこり現れたパステルだった。

 

「あっ!そう言えばタツヤ忘れて無いよね、ご飯奢る約束」

 

「あぁ、覚えているよ。」

 

それはあの七五層フロアボスと戦う前日に約束した事だ、しっかりと覚えている。勿論約束通り彼女には何か奢るつもりだ。あまりにも高い物でなければ……ではあるが。

 

「私ね、ちょっと気になるお店があるんだ~」

 

パステルが出した店の名前は聞いた事があった。テレビでも報道されていてここらでかなり有名な洋食屋の筈だ。……ってあれ?

 

「お前……まさかあの特盛スペシャルセットって奴を頼む訳じゃねえよな」

 

その店の一押しは特盛スペシャルセットという名前から分かるような値段も量もボリューミーな奴だった筈……テレビの画面に所狭しと巨大な皿が並ぶ様子はかなり圧巻だった、同時に『絶対に食べれないだろうな、これ……』という感想も。

 

そんな俺の問いかけにパステルは――

 

「えっ?当然そうに決まってんじゃん」

 

と、さも当然のように良い笑顔で返す。清々しいまでの態度に俺は悟りの境地に達する事無く大声を張り上げる。

 

「おまっ!一つ五千円のセットを頼むとかその歳で贅沢言うんじゃねえよ!」

 

「え~、いいじゃん。こんな時じゃないと食べる機会が無いも~ん」

 

「いいじゃん、じゃねえよ!ぜってーあれだけは奢らねえからな、絶対だぞ!」

 

「うわー!タツヤの野郎が約束破ったー。店主助けてー」

 

そんな感じでまるで子供のようにじゃれ合う二人。互いに歳不相応な幼稚な応酬に間に挟まれているおっさんは堪らず爆笑する。

 

「タツヤ君、やっぱり良い顔するようになったよね」

 

「えっ?!え、えっと……あ、ありがとうございます……」

 

急に声を掛けられて振り向くと隣の席にサクラさんが座っていた。その言葉にどう返せばいいのかは全く分からないが至近距離で綺麗な笑みを向けられたらそんな答えにならない曖昧な返事を返す事しか俺には出来ない。どぎまぎしている俺が可笑しいのだろう後ろの二人の笑い声が聞こえる。

 

「あっ…そう言えばあの時の代金ってどうすればいいですか?」

 

「あの時?あっ、お皿の事かしら?」

 

その居た堪れない空気を変えるために何とか話題を作る。人差し指を頬に乗せながらどうしようかしら……と悩んでいるサクラさん。数秒ほど考えていると急に閃いたという感じで掌をパンっと叩くとグラスを手渡してきた。

 

「それじゃ、一杯貰おうかしら?」

 

「いやでもここの飲代ってタダじゃ……」

 

「いいからいいから」

 

それで納得するなら……俺はカウンターでグラスを磨いているエギルにウイスキー1つと注文する。はいよ、と目の前にボトルを差し出すエギル。それの蓋を開けてグラスの中にそれを注ぎ返すと彼女は空っぽの俺のグラスを見る。

 

「タツヤ君もどう?」

 

「あ、いえ俺まだ十九なんで」

 

「そうなんだ。じゃあまだ飲めないわね、残念」

 

琥珀色の液体を飲みながら上品に微笑むサクラさん。何だろう……お酒に凄い慣れてる感じがする。バルトスの豪快な飲みっぷりも慣れてるって感じだけどそれとは違う。何というか……嗜むっていうのはこういう事なんだと思う。もし飲む機会があれば彼女のように飲みたいものだと二十歳の自分に思いを馳せる。

 

「えっ?!お前まだ十九だったのか?」

 

「うっそだー。絶対結婚適齢期過ぎてるでしょ?」

 

だがそんな時に限ってどうでもいい事に反応する奴が二人。お前らぁぁぁぁ……!そんな地の底から響くような声を出しながら俺は奴ら睨みつける。老け顔はこれでも気にしてんだよ!てか結婚適齢期って三十超えてるじゃねえか!そんな射抜くような視線を向けても悪びれる様子も無くヘラヘラと笑っている二人。何かスゲーイラつく!!

 

でも……きっと今の俺がいるのはこいつらのお陰なんだと思う。戦闘以外では極力人を避けていた俺。そんな俺に世話を焼き気に掛けてくれたお節介な人達……いつしかあの人達の居場所があの世界での俺の憩い場になっていた。

 

「何ニヤついてんだ?」

 

「……別に何でもねえよ」

 

ありがとう……と心の中で言わして貰う。本人の前で絶対言えないけど。

 

 

 

 

 

 

 あの後歳上二人と歳下一人に弄られてグロッキー状態の俺は店の隅の方に向かっていた。というのは俺の探し人がそこにいるだろうと思ったからだ。案の上そこにいた予想通りの人物は思った通りに一人でチビチビとオレンジジュースを飲んでいた。

 

「隣いいか?」

 

「えっ?は、はい。どうぞ……」

 

俺はそこにいた人物――桐ケ谷直葉に声を掛けて隣に座る。隣に座ると同時にざわつき始める心……それを落ち着かせるためにグラスに残っていた飲み物を飲み干して隣の彼女に顔を向けた。

 

「久しぶりだな」

 

彼女は一旦飲み物を口から外して言葉を返す。

 

「そうですね。タツヤさんはALOが運営再開した後、一度もログインしませんでしたからね」

 

彼女の言葉に『あぁ、そうだな』と俺は返した。そう……彼女の言う通り運営会社が代わり再開したALOに俺は一度もログインをしていないのだ。ここにいる連中のほとんどがやっているのにも関わらず、だ。その理由はご存じの通り――

 

「まあやる事が多くて忙しくてな、家の事とか色々」

 

家の事――つまり紗夜や爺ちゃん、婆ちゃんの事だ。今まで迷惑を掛けてしまった分の埋め合わせ――といえば聞こえはいいが別段俺は特別な事は何もしていない。飯を食べたり買い物に付き合ったり、彼らが知らない俺の話を彼らにしたり、逆に俺の知らない話を聞いたり……そうそうあの紗夜がプラモデルを作っているのを知った時はひどく驚いた。彼女の部屋に大事に飾られているそれらを見た時には”丁寧に作り込まれている”という嬉しい気持ちと、”俺も負けてられない”という対抗心に火が付いたものだ。

 

俺が送ったのはただあの独りでいた頃よりも騒がしく慌ただしい毎日。まあ――

 

「まあ……楽しかったけどさ」

 

「紗夜ちゃんと仲直り出来たんですよね?」

 

「お陰様で、な」

 

俺の言葉に嬉しそうに表情を明るくする直葉、だがその表情は一瞬で曇ってしまいある一点を見つめる。その視線の先にいたのは色んな奴に絡まれているキリト(兄貴)。だけど俺には彼女はキリトではなくどこか遠くを見ているに思えた。

 

「悪いな」

 

「え?」

 

「みんな良い奴なんだけどやっぱり久しぶりだからあの世界での思い出話に花を咲かせちまうんだよ。…………つまらないか?」

 

「いいえ!そんな事は無いですけど、ただ……」

 

「ただ?」

 

「…………私何か場違いじゃ無いですか?」

 

苦笑混じりにそう呟く直葉。はっきり言えば彼女の言い分は分からんでもない、SAOという世界にはいなかった彼女……ここにいる奴らとの接点もほとんど無いのだろう。それでも――

 

「あっ!」

 

俺は右手を彼女の頭の上に乗せる。突然の事に直葉は驚いて声を零すが、そんな驚いている彼女を他所に俺はそのまま髪をワシャワシャと撫で回した。

 

「お前がいなけりゃこのオフ会は開けなかった。お前のお陰でみんながこうやって集まれたんだ、寧ろ胸を張るべきじゃねえのか?」

 

この言葉は嘘偽りの無い本心だ。彼女――リーファの協力が無ければキリトはアスナを助け出す事が出来なかった……アスナが未だ目覚めなければみんなでこんなパーティーを開いてワイワイガヤガヤしようなんて誰も考えなかっただろう。彼女のお陰……紛うことなき事実だ。

 

まあ、それに――――

 

「少なくとも俺はお前が来てくれて嬉しいと思ってる」

 

「…………ありがとうございます」

 

彼女のお礼に『気にすんな』とそっけなく返す。すると彼女は今ふと思い出したかのように呟いた。

 

「タツヤさんの手って暖かいですよね」

 

「暖かい?こいつは義手だぜ、体温なんか無い筈だが……」

 

この義手が相手に与えるものは無機物特有の冷たさ。それと相反する”暖かさ”というものは触れる見ている人にも与える事は無い筈のだが……。それでも、と彼女は言う。

 

「それでも暖かいんです。……私、タツヤさんのその掌好きですよ」

 

「そっか………………ありがとう」

 

その真っ直ぐな好意がくすぐったくて……俺は尻すぼみに感謝の言葉を言いながら彼女から顔を逸らしてしまう。横目で彼女の方をチラリと見ると自分の発言の大胆さに今更気づいたようだ……顔を見られないように慌ててそっぽを向いた。彼女的にはそれで隠したつもりなのかもしれないが、真っ赤になっている耳のせいで全く持って誤魔化せていない。おそらくは顔はリンゴのように真っ赤になっているのだろう、俺と同じように……

 

沈黙が流れる…………それでも居心地の悪いものではなく、内側から暖まるような、永遠に味わいたいと思えるような…………そんな朝日のような静けさだ。自分からこの空気を壊す必要なんかないのだろう……でも――

 

「なあ……」

 

「はい?」

 

「何かあったか?」

 

俺はそんな空気を自ら壊しに掛かる、というのも俺が彼女の元に来たのは世話になった礼――もあるが一番の理由はこの店に入った瞬間から気になっていた彼女らしからぬ暗い表情だ。 困ったような笑顔……あの時と同じように俺はそんな彼女にお節介を掛けたくなったのだ。

 

「なんでそう思ったんですか?」

 

俺の問いに肩をビクッとさせて聞き返す直葉。そんな彼女に俺は普段通りの口調で答える。

 

「見くびって貰ったら困るな、こんなんでも俺はお前より人生の先輩だ。…………言ってみな」

 

最後だけ安心させるような声色で促す、隣の彼女は俺の言葉を聞いて話すか話さまいか、まだ迷っているようだ。

 

さて……彼女の悩みを聞き出すにはもう一押し必要だろう。ぶっちゃけると彼女の悩みについて俺は大方の予想はついている――が、俺がそれを言ってしまうよりも彼女自身の口から言って貰った方がずっと本人のためだ。彼女が正直に自分の悩みを打ち明けてくれる――それが何よりも一番良いだろう、我慢強い彼女にそうさせるのは非常に困難な話だとは思うが……

 

ともかく俺は、隣の彼女に視線を落としながら更に後押しの言葉を掛けようとする。

 

「もし何か『おーいタツヤ、あんたもこっち来なさいよー』…………ハァ……」

 

だがそんな時に限ってお邪魔虫――失敬俺の名前を呼ぶ声が向こうから……思わず溜め息を出してしまったのも仕方無い事だ。

 

ちなみに声の主であるリズベットはものすごい朗らかな笑顔でこちらに向けて勢いよくブンブン手を振っている。その隣には困った顔をしているキリト達が…………絵面だけ見れば飲み会で新入社員にうざ絡みをしている会社の上司みたいだ。…………本人の前では絶対に言わないが、実におっさん臭い。

 

……ちなみにあそこにいるリズベットの顔がどこか真っ赤になっているように見えるのは――俺の目の錯覚だろう。うん、そうに違いない。ここにいる良識的な大人が未成年に飲酒をさせるなんて有り得ないだろう、と俺は暫しの現実逃避を行う。

 

「…………リズさん、呼んでますよ 」

 

リーファの言葉で現実に戻された俺はもう一度同じ場所を見る。そこには未だこちらに手を振り続けるリズベット。だが俺は奴らの元を訪れる事はしない、酔っ払いの相手なんて御免だし今は目の前の方が先決だ。リズベットの奴はぶー垂れるであろうが知った事ではない。

 

そして俺は再び彼女に向き合い同じ言葉を掛けようとする。

 

「なあ、もし何かあるな――」

 

「行って下さい、タツヤさん」

 

だが彼女はそれを許さなかった。だからといって俺はすぐさま引く事はせず

 

「いや、でも――」

 

「私は大丈夫ですから」

 

こちらに笑顔を向ける直葉…その笑顔は以前ALOで見たようなあからさまに強がっている笑顔だ。でもこれ以上俺が何を言っても強情な彼女はおそらく大丈夫の一点張り…………その光景は想像に難くない。

 

仕方無い……非常に不本意ではあるが彼女の言葉に従うしかない、適当にあれを捌いた後にでも彼女の所に行けばいいだろうし…………俺は壁に預けた背中をのっそりと起こしてあいつらの元へと向かう。

 

「やっと来たわね!早くこっち来なさい!」

 

「そんなに大声出さなくても聞こえ――ってお前、酒クサッ!!」

 

大声を上げるリズベット、アルコールの臭いに顔を顰める俺、そんな俺に”嗚呼、次の犠牲者が……”的な憐みの視線を送る周りの奴ら…………結局オフ会が終わるまであいつらに捕まってしまった俺は彼女に再び話掛ける事無く家へと帰るのであった。

 

 

 

 

 

リーファside

 

 あのオフ会が終わり家に帰った私はALOにダイブし空を翔んでいた。目的なんて無い、ただこのどうしようも無い想いを忘れたくてなったのだ。この世界で翔んでいる時だけは嫌な事を忘れられるから……

 

お兄ちゃんに連れられたオフ会で私が感じたのはみんなとの距離感だった。SAOという私の知らない世界を共有しているお兄ちゃん達…………ただそれだけの事の筈なのに私にはみんなが凄く遠くの存在に見えてしまったのだ。――――まるで目の前にあって夜を照らしているあの月のように…………

 

だから私はあの月を目指して翔んで行く。高く高く――私はひたすら上昇する。お兄ちゃんやみんな、それにあの人に届くように――――そう祈りながら…………

 

だけど私の目の前に現れたのは限界高度という無慈悲な四文字。その警告に従って翅が動かなくなった私の身体は地面に向けて真っ逆さまに墜ちていく。

 

猛スピードに墜ちて行く身体に反してゆっくりと流れる私の思考……まるで走馬灯のように頭を()ぎるのはどうしてか楽しい思い出…………お兄ちゃんやあの人と一緒に味わった楽しい楽しい冒険の数々だ。

 

一緒に翔んだ、一緒に戦った、一緒に笑った…………それらは考えるまでもなく私の胸に大事に秘めている輝かしい思い出だ。だけどそんな楽しい記憶を思い浮かべても私のこの孤独感は和らぐことはない、寧ろより一層私を蝕んでいく。

 

だってこんなに思い出があるのに――――私じゃあそこまで行けない。みんなの場所はあまりにも遠すぎる――――

 

きっとこの想いを口に出来たらこの辛さも少しは楽になるのかもしれない、けどそれは出来ない。彼らを困らせるような事をしたくないのだ。

 

もう……考えるのは止めよう。だって私にはどうしようも無いのだ、どうしたってあの人達には追いつけない。そして私は現実を受け入れるように瞼を閉じて――――

 

「――ったく。気になって来てみたら案の定って奴だな」

 

だけど背中に軽い衝撃を受けた私の身体は墜落を免れた。背中越しから伝わるのは硬い感触……つまり私は誰か受け止められたという事だ。一体誰が?そんな疑問を抱いた私が後ろを振り向くと、そこには予想通り――なのだけど全く予想していなかった顔があった。

 

「タツヤ……さん?」

 

「さっきぶりだなリーファ」

 

そこにいたのはタツヤ君。だけどその姿を見て私は思わず驚きの声を上げてしまった。

 

サラマンダーの特徴である燃えるような真っ赤な髪に同色の瞳――そこまでなら何も変わらない、問題は他の場所――眉間に刻まれた皺とか常時不機嫌そうに見える鋭い瞳。そして何よりも目を引くのは、墨のように真っ黒な右腕……

 

彼の姿は私とALOで冒険した時のそれとは違い、現実の容姿そっくりだったのだ。

 

 

 

 

 

「なんで……?」

 

 私が零した疑問の声……それは彼のアバターが現実と寸分違わないものになっていた事に対するものだ。勿論SAO帰還者のプレイヤーが容姿を引き継げるようになった事は知っている、リズさんやシリカちゃん、クラインさんやエギルさん等は容姿を引き継いでALOをプレイしている人は多くいるのだ。お兄ちゃんは違うけど……

 

それでもタツヤさんはてっきりその大多数じゃないと思っていた。その一番の理由が――彼の右腕だ。他人のそれとは違うものは嫌でも人目を集めてしまう……だから目立ちたがり屋ではない彼はてっきり違うのだと思ったのだ。

 

「あぁ、これね……」

 

視線から私が言わんとしている事を察したのであろうタツヤさんはその疑問に答えてくれた。その自分の右手を見つめながら……

 

「自分で言うのも可笑しな話だけど俺は自分が嫌いだったんだ。情けなくて惨めで臆病で……誇れるものなんて何一つ無いって思ってたんだ……」

 

思い出すように呟くタツヤさん。その独白が気分の良いものではない事はその内容や彼の苦虫を潰したような表情から明らかだ。でもそこまで言うと彼は口元をフっと緩めて柔和な笑みを浮かべる。

 

「でもそんな俺でも少しだけ、ほんの少しだけマトモな奴なんだって思えたんだ。こいつはその証…………みたいなもんだな」

 

最後にそう言って優しい目をする彼の表情はどこか誇らしげだった。

 

彼と紗夜ちゃんとの間に何があったのかは知らない。何に彼が苦悩していたのか、どうして長い間仲違いしたままだったのか、どうやって仲直りしたのか……私は全くしらない。きっと知っているのは当人だけだと思う。

 

それでもきっとあの右手がその切っ掛けになったんだという事は私でも分かった。あの手のお陰であの人達は昔みたいな仲の良い兄妹に戻れたのだ、と。今のタツヤ君の姿はあの時私が後押ししたのは間違いじゃなかったんだって実感出来たようで凄い嬉しかった。

 

でも正直言うと寂しい。あの時一緒に冒険したタツヤ君がいなくなったみたいで……

 

「それでもここにいるのはお前と一緒に冒険をした奴だ。お前が直葉と同じように何も変わらない」

 

唐突に呟かれた言葉……それはまるで私の心の声に答えているようだった。えっ?!もしかして口から出てた?思わず口を手で覆い隠すと彼は違うよ、と言う。

 

「忘れたか?俺とコンビ組んでくれたのはリーファだろ?相棒の考えていることぐらい分からないとな。ついでにさん付けは止めてくれ、何か変な感じがする」

 

そのまま右手で私の頭を撫でるタツヤ。髪越しに伝わる彼の手の感触がどこかこそばゆくて心地良い。そんな浮ついた気分だからだろうか、私は彼に一つ提案をしてみた。

 

「ねえ、タツヤ君踊ろっか」

 

「踊る?生憎ダンスなんてやった事ねえぜ」

 

「大丈夫だって!私が手取り足取り教えてあげるから」

 

私の言葉に目を丸くするタツヤ君、そんな彼に私は両手を掴んで促す。

 

この踊る、というのは最近開発した高等テクニックだ。ホバリングしたまま横移動するのだが実際上昇や下降するのではなく位置を保ちながらも翅を動かすというこの技術は中々難しかったりする。けどきっとタツヤ君なら大丈夫だろう、意外に器用だし……

 

「それじゃ――」

 

「悪いけどちょっと待ってくれないか」

 

そう言って私を静止し手を離すタツヤ君。気持ちを落ち着かせるように深呼吸を不自然なほど繰り返す彼は明らかに挙動不審だ。一体どうしたのだろうか?

 

その後もゆっくりとした深呼吸を続ける。そして五回目の深呼吸を終えた所で彼は舞踏会で女性にダンスを申し込む紳士のように前に手を差し出した。

 

「一緒に踊ってくれませんか、お嬢さん」

 

「…………プッ、アハハハハハ!タツヤ君面白過ぎだよ」

 

彼渾身のキザな台詞……それは謀らずも私のツボにクリーンヒットした。

 

だって、あのタツヤ君が、あんな台詞を、吐くなんて……駄目だ、思い返すとまた笑ってしまう。特に動作が意外に様になっていた所がより一層私の笑いを誘う。

 

私の反応が相当不服だったのだろう、目の前の彼は『あーあ、言わなきゃ良かった』と若干不貞腐れたようにそっぽを向く。そんな彼にゴメン、と言うと『まあしゃあねえか……』と諦めたような返事を返された、やっぱり自分でも似合わないとは思っていたらしい。私は気を取り直すように再び彼の手を掴みリードする。

 

右へ左へとホバリングする。最初こそ慣れていない彼の動きはぎこちないものだったが次第にこちらに動きを合わせるようになる。どうやらもうコツを掴んでしまったようだ。

 

「なるほど……姿勢を真っ直ぐにして翅を同じリズムで小刻みに動かし続ければいいのか」

 

「そうそう!上手い、上手い!それじゃ本番いくよ?」

 

私はストレージから小瓶を出して蓋を開ける。中から出たのは星屑のような光りの粒と優雅な楽器の音、それらがキラキラと私達を彩っていく。

 

大きく小さく、また大きくとステップを踏み淡い光に照らされながら……さながらここは二人だけの舞台だ。その手から伝わる熱に思わず頬が緩んでしまいそうになる。

 

こんな時間がずっと続けば良いのに……そう思っても終わりは訪れる。暫らくするとアイテムの効果が切れて静寂が私たちを包む。正直言えば名残惜しい気分だがそれでも私の気持ちはさっきよりは幾分か晴れやかになっていた。

 

「ありがとね、少しは気が晴れたかも」

 

「そっか、それなら良かった」

 

「うん、だから私今日はもう帰るね」

 

きっとお兄ちゃん達との距離感は一生埋まらないのだと思う。でももうそれでもいい……目の前にいるこの人のお陰で少しは気を紛らせる事が出来た、それにどうしようも無い事をグダグダ言うのも私らしくない。そして私はメニューを開きログアウトしようとする。

 

「あのー、タツヤ君?」

 

だけどそれは叶わない、というのも未だに私の両手を彼が握っているからだ。痛くはないのだけれど自力でほどく事は出来ないという絶妙な力加減で私の手を掴み続けるタツヤ君。視線を送っても彼は一向に力を緩める気配が無かった。

 

「――と言いたい所なんだけど悪いな。今日はもうちょっと付き合いな」

 

「えっ?ちょ、ちょっと!」

 

掴んだ私の手を強引に引っ張りながらものすごいスピードで翔んで行く。一体どこに?そんな疑問を抱きながらも私は為されるがままについて行くと数十秒程翔んだところで急停止した。

 

「ここは……世界樹?」

 

連れて行かれた場所は大陸中心部の巨大な樹、世界樹だった。一体何故?さっきとは違う疑問を抱いた私は未だ手を握ったままの彼に問い掛ける。

 

「どうしてここに?」

 

「まあ、そんな慌てんなって…………もうそろそろだな」

 

答えになってない返事を返されるまま指で示された方向を見る。そこにあったのは丸い月、私が向かおうとしていて無惨にも敗北した場所だ。先までと何も変わらな――

 

「――――えっ?う、嘘……」

 

だが突如鳴り響く鐘の音。それと同時に月が欠けた。月食――じゃない!丸い月とは全く異なるひし形の巨大なシルエット、それが月を隠し月食が起きたかのように見せていたのだ。月を隠した巨大な物体……それが突然黄金のような光を発し、その姿が露わになる。

 

「あれってまさか……」

 

その姿は城だった、巨大な巨大な鋼鉄の城……。全く初めて見たものの筈なのに私はそれを見て一瞬でそれが何か分かってしまった。

 

あれは――あの巨大な城は――――お兄ちゃん達を二年間もの間閉じ込めた――

 

浮遊城アインクラッド……

 

 

 

 

 

 眩いばかりの輝きと共に現れたのは《浮遊城アインクラッド》。あのSAOというデスゲームの舞台だった場所だ。キリトの話では電脳世界に転がっていたありとあらゆるデータをかき集めてこの城を再現したらしい。

 

正直良い思い出ばかりでは無かった。自分が死にそうな目に遭った事も何度もあるし、それ以上に他人が死ぬ所を何度も見たのだ。もう一度あのデスゲームに行きたいと思うか?と聞かれれば迷わずNOと答えるだろう。

 

それでもあの世界での二年間もの時間は無駄では無かった。今の俺を構成している大事な――とても大事な経験(思い出)だ。

 

「お前の気持ちは分からなくもないよ、リーファ。自分だけ知らない世界っていうのはどうしようもない距離感を生んじまうもんだしな」

 

だが過去は変わらない。どんなに後悔しても思いを馳せても起きてしまった事は取り返しがつかないようにどう足掻いても彼女はSAO時代の記憶を得る事が出来ないのだ。だけど――

 

「だけどその距離感を埋めれるくらい楽しい思い出を……共有出来る思い出を作ればいい。みんなと一緒に」

 

「みんな?」

 

聞き返すリーファの声と同時――丁度良いタイミングで後ろからおーい!という声が起こる。そこにいたのはクラインやエギル、リズベットやシリカ等さっきまでオフ会にいた連中だ。他にもシルフやケットシー、それにサラマンダーといったALOを生きる人達。皆々我先にへとあの城へ向かって翔んで行く姿を見て餓鬼だな……という感想を抱く。まあ俺も大概だけどな。

 

「あいつら筋金入りのお人好し共だからさ、どんだけ掛かってもリーファの事を待ってくれるよ」

 

あいつらとの冒険……それはきっと彼女の心の距離を埋めてくれるだろう。かつて俺とキリトが彼女と心を交わす事が出来たように。それにリーファは知らないかもしれないが、あそこにいる連中はみんなリーファの事を仲間だと思っている。不安がる事は無いみんなお前の味方だ。

 

「それでも不安なら俺がお前の手を引っ張ってやる。どこまで一緒に、な」

 

次々とあの城に向かって行く奴らを見送りながら俺は彼女に宣言する。それに安心したような笑みで返すリーファ。

 

すると目の前に黒い影と水色の影……キリトとウンディーネを選んだアスナだ。こちらを振り向いたアスナが目の前に手を差し出す。

 

「ほら、行こ?リーファちゃん」

 

差し出されるアスナの手、それを掴もうと手を伸ばしたリーファの手を俺は先に掴む事で制した。

 

「悪いな、ちょっと野暮用があってさ。先行っててくれ」

 

驚いた表情で俺を見つめる三人。我が儘かもしれないがちょっとした大事な野暮用を済ましたいのだ。そのためにはこのタイミングを置いて他には無いと思う。

 

「野暮用って何だよ」

 

「大した事無いよ。すぐ追い付くからさ。な?」

 

訳が分からないという顔で俺をまじまじと見るキリト。実際にはかなり大した事なのだがそれを言ってしまうといくらこの鈍感朴念人フラグ建設者でも分かってしまう。そうなれば俺はこいつに八つ裂きにされてしまうだろう、わりと冗談抜きで。

 

そんな朴念人キリトに行こっか?と腕を引っ張り促すアスナ。そのムカつくほどニヤついた笑みから察するに俺の行為に賛同してくれるそうだ。キリトには分からないように口パクで頑張って、と伝えて来た。余計なお世話だ。

 

「それで野暮用って何?」

 

そう振り返りながら尋ねてくるリーファ。眩い光に照らされながらエメラルド色の瞳でこちらを見つめる彼女の姿に一層俺の胸は高鳴るが、今はそれよりも大事な事がある。今まで保留してきた返事を返さなくてはいけないのだ。

 

「あん時の返事……」

 

「あん時?」

 

「…………告白された時の」

 

その言葉に顔を真っ赤にするリーファ、その姿を見ているこっちまで恥ずかしくなりそうだ。

 

正直言えばリーファは大衆の前で告白したのだからこれ以上恥ずかしがる事なんて無いと思うのだが……まああの時は勢いに任せた感じだったからあまり気にしてなかったのだと思う。

 

「自分で言うのもおかしな話だけどさ、俺って相当メンドイ男だと思う」

 

この自己評価は間違っていない。臆病で嫉妬深くて情けなくて……悪い所を上げれば限りが無い重い男、そう……俺は重い男だ。実の所、俺は未だに両親が亡くなったのは自分の所為だと思っている。妹にあれほど散々言われたにも関わらずだ。きっと紗夜(あいつ)が知ったら怒るか『しょうがないな』と呆れるに違いない。それでもこれはきっと俺が一生胸に抱えていかなければならない罪なのだ。罰ではなく罪、誰かに与えられるものではなく自ら課し背負っていくもの。

 

そんな重たい奴が彼女のように明るく元気で優しい少女とは釣り合わないのかもしれない。それでも――

 

「でもきっとお前に相応しい男になってみせる。だからその……」

 

バクバクと鳴り続ける心臓、激しくなる動悸、そして”俺なんかが想いを告げてもいいのか?”という自念……それらを振り切り俺は重たい口を開ける。

 

「…………隣で見守ってくれると嬉しい」

 

目をパチクリとしてこちらを見つめたまま固まるリーファ。再起動した彼女は

 

「つ、つまり……いいって事?」

 

それに頷いて返す。すると彼女はパッと表情を明るくして俺に突撃するように抱きついてきた。

 

「ぐふ!」

 

腹部に走る重たい衝撃……七種族随一を誇るシルフの飛行速度で放たれたそれの威力に俺は何とか持ち堪えた。い、息苦しい……抱き締めるというよりはまるで締め上げているようで呼吸が苦しくなるが、それよりも密着したその身体から伝わる喜びの感情に思わず頬が緩みそうになる。

 

「本当?本当だよね?良かった……」

 

「まあ俺がリーファに愛想尽かされなければの話だけどな」

 

もし彼女が俺以外の男に好きになればその時は潔く諦めるつもりだ。俺には勿体無い程良い女だった、愛想尽かされた俺が悪いってな。そんな俺の返事にあっけからんとした感じで彼女は笑う。

 

「そっかそれなら大丈夫だよ。だって私あなたの事大好きだもん、きっとずっとね」

 

自信を持ってそう言う彼女……その言葉に俺は唖然としてしまう。だけど嫌な気分じゃない、むしろ嬉しい……俺はより一層彼女に惹かれてしまいそうだ。本当に……良い女の子だと思う。

 

「お前、やっぱ兄貴に似てるな」

 

「……そうかな?」

 

ああそっくりだ、人誑しな所が特に。そんな内心には流石に気づいていないであろうリーファは未だよく分かっていない顔で『うーん』と唸っている。まあ今は分からなくてもいいさ、どうせ何れ自分の魅力に気づくのだろうし……

 

そんな唸っている彼女の手を俺は決して離さないように掴んだ。

 

「ほら、行くぜ?あいつらが待ってる」

 

「――――うん!!」

 

そして俺たちは翔んで行く。俺は彼女の、彼女は俺の掌をしっかりと握り締めながら……

 

 

 

 

 こうして俺が主題となる物語は終わりを迎えた。ここから先はありふれた――――本当にありふれた、一人の少女に恋し続ける男の日常(物語)だ。ただ普通に生き、彼女といるだけで幸せだと感じるようなそんな凡庸過ぎる物語……

 

それでも宜しければこの物語の行く末を見守って欲しい。平凡な物語、例えそれが脚光を浴びなくてもその物語はしっかりと続いていくのだろうから……

 




よぉぉぉぉやくここまで書いたぜ!!(笑)

元々ALO編の最後までは一通りのシナリオは考えていたのですが、如何せん私に文章力が無いのでこんなに時間ばかり掛かってしまいました(笑)今まで読んで頂き本当にありがとうございます。

あ、ちなみにまだ終わりませんよ。はい、ちゃんと続きます。GGOとかマザーズロザリオとかもちゃんとやります。

最後にもう一つ報告を……実は今回から次回予告がありません!!それでは!!

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