寝落ち配信した妹の横でギターの練習してたら伝説になってた件について   作:五河 緑

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大変、遅くなってしまい申し訳ありません。

今回の話では、実在する楽曲をパロディした架空の楽曲と歌詞が登場します。

HoneyWorksさんの『可愛くてごめん』
黒うさPさんの『千本桜』
高橋洋子さんの『残酷な天使のテーゼ』

3曲とも素晴らしい楽曲で、リスペクトをもってパロディさせて頂きました。


#14 発狂する妹とボーカル教師な俺

 

 ボーカル練習において大事な要素は色々あるが、最も重要なものを1つ挙げろと言われたら『自分の歌唱を客観的に分析すること』だと俺は思う。

 

「レッスンを始める前に1つやりたいことがある。……自分の歌っている動画を今一度見直すことだ」

 

 音痴が治らない奴ってのは大抵、『自分はそこそこ歌が上手いと思い込んでる奴』か『どの辺が下手なのか理解していない奴』の2択だ。

 

 それを是正する為にも自分の歌声を聞き直して何が問題なのかちゃんと把握することが大切になってくる。

 何が悪いのか分からなければ口でいくら説明しても直すことは難しい。

 

 ……なのだが自分の歌声を聞くことを嫌がる奴ってのは結構多いもので、今も目の前で1人騒いでる奴がいる。

 

「ちょっ!?おにぃ!?嘘でしょ!?ここであの動画流せっての!?アレを!?」

 

 恐らくこの中で1番歌唱力に自信がないであろう妹が発狂寸前の表情で慌てふためいている。

 

「3人とも歌ってみた動画とか投稿してるんだよな?」

 

「そうっすね。ジャンルとかはみんなバラバラっすけど全員1個以上は投稿してるっすよ。一応、あたしらアイドルなんで」

 

「でも確かに改めて聞くとなると恥ずかしいですね。精一杯やったつもりですけど本職の方に聞かせられるようなものかと言われると、とても……」

 

 エメとシズクも少しムズ痒そうな表情を見せるが、そこまで嫌がる素振りを見せない辺り絶望的なオンチでは無いのだろう。

 

「無理無理無理無理!こんな大勢の前で公開処刑なんてやめてよぉぉぉ」

 

 ……対するうちの妹はこの世の終わりみたいな表情で俺の足にすがりついてくる。

 

「……いや、公開処刑はこの前もうやったじゃん。今更だろ?つか、動画自体は常に公開してんだから隠したって意味ねーだろ」

 

「わたしの知らない所で見られるのと目の前で見られるのじゃ全然違うでしょぉ!?あんなの2度も経験したくないっつーの!なんでこんな意地悪するのぉぉ!?」

 

 漫画だったら背景にギャオーンとか効果音つきそうな勢いで喚き続ける妹を力づくで足からひっぺがす。

 

「いいか?声ってのは自分に聞こえてる音と他人に聞こえてる音で凄い差があるんだよ。本人はデカい声出せてて抑揚つけてるつもりでも、傍から聞いたら小さいし棒読みに聞こえるなんてザラにあるんだ」

 

 自分の声ってのは耳の穴を塞いでも聞こえる。

 鼓膜で空気振動を捉えなくても、骨振動で身体の中を巡る音を捉えているからだ。

 

 要するに人間は自分の声を聞く時、空気振動と骨振動の両方を介して聞いている。

 一方で他人の声を聞く時は、空気振動のみで音を捉えている。

 

 他人と自分、録音と生声で聞こえる音に差があるのはこれが原因だ。

 

 自分の声を自分で聞くと骨振動の音が混じってどうしても正確には音を把握できなくなる。

 

 オマケに脳が補正を掛けるから、どうしても多少聞き心地が良くなるように錯覚を起こしてしまう。

 

 歌が上手くなりたいなら、他人が聞いている空気振動だけの自分の声を良くしなければならない。

 

 その為にも骨振動と脳の補正を取り除いた自分の声を正確に把握する必要がある。

 

 ……という説明をするが当然それで妹が納得するはずもなく。

 

「正論パンチやめてよぉぉ!なんも言い返せなくなるじゃん!?」

 

「アリアたそ諦めるっす。専門家の言葉には素直に従うっすよ」

 

「大丈夫ですよ、アリアちゃん。最初は誰だって下手なものです。これから上手くなればいいじゃないですか?」

 

「は・な・せぇぇぇ!」

 

 尚も無駄な抵抗を続ける妹の両腕をエメとシズクが拘束して席に強制的に戻す。

 

「若いっていいわね~」

 

 ワーキャーやってるJK3人組を傍目に老け込んだことを言う白峰。

 ……癇癪起こしたお前はこんなもんじゃなかったけどな。

 

「あ、もしかしてわたしの歌ってる動画とかもチェックしちゃう感じですかぁ?せ・ん・せ・い?」

 

 どこまでも人をおちょくるようなこと言いやがって。

 

 当然だがコイツ……白峰は音楽に関しては素人ではない。

 

 得意としている鍵盤楽器の腕は言わずもがな、歌唱力に関しても第1線で活躍できる程度には申し分ない実力を兼ね備えている。

 

 バンド内ではバックコーラスを担当していたし、ツインボーカルの曲を演奏する時は俺が男声パートを担い白峰が女声パートを歌っていた。

 

 要するに何が言いたいかって?

 

 俺がこの女に教えられることなんて1つもないし、先生等と呼ばれる筋合いもないっつー話だ。

 

「……白峰さんは既に十分お上手じゃないですかね」

 

「えぇ?ひょっとしてもう既にチェック済みですか?わたしの歌ってみた動画?きゃー照れちゃう」

 

 違ぇよ。散々デュエットしてきたから知ってるに決まってんだろ。

 

「……まあ、そんなところっす。正直俺が教えられることなんてあんまりないと思いますけど」

 

 ……一体なにをどうアトバイスすりゃいいんすか、と暗に尋ねる。

 

「ありゃ?自信なくしちゃった?」

 

 一々煽りやがって。

 

「もうちょっと肩の力抜いていきましょうよ先生。ぶっちゃけ、わたしは賑やかし要員だし?」

 

 可愛い後輩から頼られちゃったからね~、と言いながら暴れる妹を取り押さえているシズクに目をやる。

 

 まあ確かに誘ったのはシズクの方だもんな。

 可愛がってる後輩から頼りにされたら無下に断る訳にもいかんだろうし、コイツはただそれに応えただけだ。

 

「それにこの方が面白いでしょ?」

 

 ……だよな。言うと思った。

 コイツはこういう奴だ。

 

「どうせやるなら、楽しく……か」

 

「そゆこと」

 

 

 

 

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 コメント欄

 

 :アリアたそ発狂してて草

 

 :悪夢再びww

 

 :エメ公歌の方は普通だかんなぁ

 

 :録音すると自分の歌クソ下手になるのマジわかる

 

 :シズクちゃんは普通に上手いっしょ

 

 :アリアちゃんそんな音痴なん?

 

 :暴れ散らかしてて草

 

 :落ち着いて

 

 :この娘、清楚って聞いてたんだけど……

 

 :AP〇Xの時とキャラ全然違うやんw

 

 :わー棒読みライブだぁ(遠い目)

 

 :朗読会始まるぞー

 

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 歌ってみた動画、翡翠エメの場合。

 

 楽曲は『可愛すぎてゴメン☆』。

 

 自己肯定感の高いオシャレ女子の心情を表現した歌詞が特徴で、少し前にSNSのテックトックを中心に大流行した楽曲だ。

 

 画面に映し出されてるのは健康的な小麦色の肌と緑髪が目をひく美少女、翡翠エメがあざとくウィンクしつつ舌を少し出しているイラストだ。

 

 そんな可愛らしいイラストをバックにエメの快活な歌声が聞こえてくる。

 

『チュッ☆可愛すぎてゴメン!この世に爆誕しちゃってゴ・メ・ン!チュッ☆強すぎてゴメン!秒殺しちゃってゴ・メ・ン!』

 

 自分のことを褒め称えまくり、少し煽るような歌詞もウザかわ系キャラを売りにしているエメによく合っている。

 

 肝心の歌唱の実力に関してだが、ハッキリ言って悪くなかった。

 

 所々テンポを外している所はあるが、変に吃ったりせずに自信を持って歌い切っている。

 

 恐らく頻繁にカラオケに通っているのだろう。

 ボイトレを受けた経験はなくとも、十分に歌い慣れていることが伝わってきた。

 

 勿論、ライブハウスにいるような本職たちと比べ物になるようなものではなかった。

 しかし、一般的な女子高生の中では十分上澄みの部類といえるだろう。

 

「え、普通に上手いじゃん」

 

「へへ~ん。まぁ、流石のあたしでもコレくらいは余裕っすよ」

 

 めちゃめちゃドヤ顔のエメ。

 

「ちなみに実はこれ一発録りなんすよ。収録の時、あたしリテイクしなかったんで」

 

「あー、そういえばエメちゃんはそうだったね。別に配信とかライブって訳でもなかったんだから、納得いくまで録り直せば良かったのに」

 

 よほどの自信作だったのか更にドヤ顔で自慢し始めるエメに、不思議そうに妹が尋ねた。

 

「あたし、歌う時はいつも『これはやり直しがきかないライブだ』て思うようにしてるんすよ。そんくらい気持ち込めときゃ、そうそうミスんないし羞恥心にも負けないっすよ」

 

 これがロック魂っす、とエメは語る。

 

 ……まあ、ロック魂云々はよく分からんが1曲1曲の歌唱にそれだけの緊張感を持つことは悪いことじゃない。

 

 実際、ライブでステージに立つと「やり直しのきかない一発勝負」というプレッシャーに否が応でも晒されることになる。

 

 そのプレッシャーに押し潰されて苦い想いをした駆け出しバンドマンは星の数ほどいる。

 

 いつか、ステージに立って人前で演奏することを夢見ているのならエメの心構えはきっと無駄にはならない。

 

「で、どうっすかHIBIKIさん!なんかアドバイスとかあるっすか!それとも、歌だけならもうステージ立てるレベルっすか!?」

 

 ひとしきりイキリ散らかした後、エメがフリスビー拾ってきた子犬みたいな顔して駆け寄ってくる。

 

 目ぇキラッキラさせながら「撫でろ」と言わんばかりに頭突き出してきた。

 素直に撫でたらなんか調子に乗りそうだから、おでこをチョンと人差し指でつついて離れさせる。

 

 とはいえ、歌の方は素直に褒めたくなる出来栄えだったのは間違いない。

 

「正直、普通に上手い方だと思うぞ。カラオケとかよく行くほうだろ?」

 

「あっ、分かります?カラオケ超好きっす。1人でもよく行って無観客ライブ開催してコールアンドレスポンスやってるっす」

 

 無観客ライブでコールアンドレスポンスってどういうことだよ。

 自分で呼びかけて自分で返事するのか?

 ただのやべぇ奴では?

 

 なんか物凄く悲しい光景が頭に浮かんだが、とりあえず無視しておく。

 

「……ただ、カラオケの歌い方とライブの歌い方って結構違うからな。どんだけカラオケ得意でも実際にステージ立ったら、すげぇ音痴になるってこともあるんだ」

 

「カラオケとライブの歌い方の違いっすか?」

 

 エメはいまいちピンと来てない様子だ。

 

「カラオケは機械が音流してくれるから確実に原曲通りのテンポで歌える。機械は絶対に間違えないし緊張もしないからな」

 

 だが生の人間が演奏するライブはそうはいかない。

 

「実際のライブでは人が演奏する。間違えることもあるし、緊張のせいでアホみたいにテンポが早くなることもあるんだ」

 

 実際に体験した方が分かりやすいかもな。

 キーボードでスタンバってる白峰に目を向ける。

 

「白峰さん、『可愛すぎてゴメン☆』弾けます?」

 

 俺がギターアレンジで弾いてもいいが、『可愛すぎてゴメン☆』はキーボードパートが多い楽曲だ。

 ここはアイツに任せるとしよう。

 

「もち」

 

 待ってましたと言わんばかりに指をポキポキと鳴らす白峰。

 

「テンポ早めで演奏とかできます?」

 

「できるけど、どんくらい早くした方がいいとかある?」

 

「駆け出しのバンドでよくある……クッソ走り気味のドラムに引っ張られたって感じで」

 

「あーはいはい。あれね、オッケー」

 

 ライブ演奏ではベースやドラム、いわゆるリズム隊がテンポを決める。

 

 特に重要なのがドラムだ。

 ドラムがズレたら、どんなに上手い奏者が集まっててもグダグダの不協和音になる。

 

 影響をモロに受けるのはボーカルだ。

 

 歌い慣れてる原曲とは違うリズム感、テンポで歌わされる羽目になるからな。

 

 難易度ベリーハードどころの話ではない。ルナティックだ。

 

 俺と白峰も実際に経験がある。

 

 駆け出しの頃、うちのドラム……獅子郷が緊張のあまりクソ馬鹿テンポで暴走して大惨事を引き起こしたことがあった。

 

 そん時のライブがどうなったかって?

 お通夜だよ。

 

「エメ、1番のサビあたりまででい。白峰さんの演奏に合わせて歌えるか?」

 

「え、お、おぅ。いきなりっすね。いいっすよ。やったるっすよ。日頃のヒトカラ修行の成果を見せたるっす!」

 

 軽く屈伸して、スタジオに用意されたマイクを取るエメ。

 白峰の指が鍵盤に走る。

 まずは、伴奏から。

 スウッと小さく息を吸う音が鳴り、歌唱パートに入る。

 

「わたしが自分のこと、超大好きで何が悪いのでしょうかーー」

 

 最初は原曲通りのテンポで。

 そこから白峰が徐々に上げていく。

 ただでさえ、鍵盤の上で素早く動いている指が更に速く踊り出す。

 

 最初はエメもついて行こうと早口言葉みたいに歌詞を繋げていくが、やはり限界が来る。

 

「チュッ、可愛すぎてゴメン……て、無理っす!いくらなんでも早すぎるっす!」

 

 ゼェハァと荒い息をつくエメの肩をポンポンと叩いて労う。

 

「お疲れさん。……まあ、今のはちょっと極端な例だけど。でも実際にライブで緊張し過ぎて大なり小なりテンポが早くなるってのは珍しくないんだ」

 

「それに慌てて気づいて、今度は逆に一気に遅いテンポになることもあるしね」

 

 白峰も補足説明をしてくれる。

 

「なにか対応策とかはあるのでしょうか?」

 

 シズクが顎に手を当てながら聞いてくる。

 まあ、難しい問題だよな。

 結局は気持ち的なところが1番大きいし。

 

「正直、こうならないように合わせの練習を沢山するのがベストなんだけどな。とはいえ、ボーカルやる奴は多少テンポがズレても混乱しないくらいの柔軟さが必要なんだ」

 

 これはカラオケでは身につかない。

 

「生の演奏で歌ってみたり、アカペラで歌う練習を多くしてみると少しは助けになると思う」

 

「はえ~、アカペラっすか。分かったっす。今日からお風呂で大熱唱してやるっす」

 

「……あんま家の人に迷惑かけないようにな」

 

 なにはともあれ、エメの歌唱力とテンポについての話はこんなもんでいいだろ。

 

 

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 コメント欄

 

 :おぉ!可愛すぎてゴメン!

 

 :いいじゃん

 

 :エメち歌は普通に上手いよな

 

 :ウザかわっ!

 

 :エメちの煽り顔よw

 

 :でも可愛いからよし

 

 :エメ公のくせに可愛いじゃねぇか

 

 :ウザ可愛いぞエメ公!

 

 :一発録りなんか

 

 :リテイクなしは普通にすげぇ

 

 :おめぇ、その熱意をギターにも見せろや

 

 :これにはお兄さんもニッコリ

 

 :本職から褒められるってすげぇじゃんエメち

 

 :ヒトカラ楽しいよな

 

 :1人コールアンドレスポンスは草

 

 :なんでそんな悲しいことやってんの

 

 :カラオケとライブの違いか

 

 :テンポはなぁ

 

 :クッソ走り気味のドラムてw

 

 :今のお兄さんすげぇ実感篭ってたなw

 

 :バンドあるある

 

 獅子郷レオン/【2clolk 3clock公式】:

 その節は申し訳ありません……申し訳ありません

 

 :草

 

 :そういやそのドラムここにおったわ

 

 :あんたかーいw

 

 :おぉ!ユキちゃんのキーボード!

 

 :お兄さんもだけど即興で弾けるのすげ

 

 :テンポはやw

 

 :これは無理w

 

 :風呂で熱唱すんの気持ちいいよね

 

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 歌ってみた動画、蒼羽シズクの場合。

 

 楽曲は『千年桜』。

 

 言わずと知れたボーカロイド楽曲の金字塔。

 発表されたのは10年以上前だが今なお人気は高く、ボーカロイドに明るくない人でも聞き覚えのある人が多い。

 

 大正浪漫な世界観を想起させる歌詞が特徴で、和楽器を取り入れた有名バンドが和風アレンジを加えてカバーしたりもしている。

 シズクの『千年桜』の歌ってみたは、この和風アレンジバージョンの音源を使っていた。

 

 画面に表示された和装姿の青髪のクールビューティな美少女、蒼羽シズクの透き通った歌声が厳かに響き渡る。

 

『千年桜、闇に隠れ、君の歌も聞こえないよ。此処は狂宴、鉄の牢獄、断頭台を振り下ろしてーー』

 

 伝統的な和楽器の奏でる音色と現代的なロックミュージックの音色が美しく融合した音楽にシズクの美声が綺麗に溶け合う。

 

 幼い頃から音楽に親しんできたというだけあってシズクの歌唱力は流石の一言だった。

 テンポ、抑揚、原曲のボーカリストの歌い方に可能な限り近づけた正しく『音楽を知る者』の歌唱力だ。

 

「いやー、流石ねぇ。自慢の後輩だわ……なんなら、わたしより歌上手いまであるわよ」

 

 俺よりも先に白峰が称賛の声を送る。

 妹、エメ、シズクと3人とも大事な後輩であることに変わりはないのだろうが、やはり自分を一番に慕ってくれる子は可愛くて仕方ないのだろう。

 

 本人の実力を加味してもエメの時には出なかった絶賛の言葉を惜しみなく白峰は送る。

 

 対するシズクも敬愛する白峰に褒め称えられて嬉しさと恥ずかしさが同時に湧き上がってきたのか、雪のように真っ白な肌を薄紅色に染めて俯いている。

 

「いえ……白峰先輩よりもなんて、そんな恐れ多いですよ。子供の頃、音楽教室に通わされてたので少し慣れてるだけです……」

 

 モニョモニョと謙遜したあと、シズクがチラリとこちらを見る。

 

「えっと……先生的にはどうでしょうか?」

 

「流石の一言だ。やっぱ子供の頃からやってるとなると違うもんだな。テンポのズレも一切なかった」

 

 多分、カラオケで歌わせたら文句無しの100点を叩き出せるタイプだろう。

 

「わたしは何度もリテイクさせてもらいましたから……」

 

「それが普通さ。何度録り直しても最終的にこのレベルの実演ができるなら大したもんだ。人前で歌った経験は?」

 

「音楽教室の合唱コンクールとかでしたら……小学生の頃の話ですけどね」

 

 つまり、生の演奏や他者に合わせて歌う経験もあるという事だ。

 恐らく、バンドとしてステージにたっても臨機応変に変動するテンポにも対応できるだけのポテンシャルを既に持っている。

 

「ただ一つ気になるのは、声量かな」

 

「声量ですか?」

 

「想像つきにくいと思うんだけど、実際にハコの中でライブやると楽器の音が狭い空間で凄まじく反響するから声掻き消されるんだよ」

 

 これは実際に経験してみないと中々イメージつかないと思うが、密閉空間で楽器が放つ大音量はボーカリストの声など容易く塗り潰してくる。

 

 カラオケ程度の生半可な声量でいけば、ほぼ確実に負けてしまう。

 ライブのステージでは、それくらいの声量とそれを可能にする肺活量が求められてくる。

 

「シズクさん、デカい声だす自信ある?」

 

「いえ、そう言われるとちょっと自信ないですね」

 

 だろうな。

 透き通った美声だが、声を張り上げるってタイプじゃないもんな。

 

「テンポの対応と同じで、声の張り上げ方も練習あるのみだ。ちょっとずつでいいから大き目の声で歌う練習とかしてみるといいかもな」

 

「なるほど……お風呂で全力で叫ぶとかですか?」

 

 真顔でシズクがとんでもないこと言い出しやがる。

 おいこら、エメ。お前の影響受けちゃってんぞ。

 

「いやいや、親御さん心配するからな?そこは普通にカラオケでいいと思うぞ。マイクの音下げて歌ってみるといい練習になるよ」

 

 御丁寧にポケットから小さなメモ帳出して書き留めるシズク。

 ホント真面目だな。

 

 さて、シズクについてはこんなものだろう。

 

 となると、あと残っているのは……。

 

「……シテ……コロシテ……コロシテ」

 

 死刑執行待ちの囚人みたいな面で妹がブツブツとなにやら呟いている。

 

 そんな嫌か。

 

 

 

 

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 コメント欄

 

 :千年桜!

 

 :声きれー

 

 :和楽器バージョンじゃん!

 

 :和装イラストのシズクたそ最かわ

 

 :ユキちゃん大絶賛

 

 :照れてるw

 

 :めっちゃ照れてる

 

 :可愛いなぁ

 

 :てぇてぇ

 

 :キマシタワー

 

 :シズユキてぇてぇ

 

 :納得いくまで録りなおすのプロ意識高い

 

 :さすが音楽やってただけある

 

 :子供の頃の経験て大事よな

 

 :声量かぁ

 

 :確かにシズクたそ熱唱てイメージないわ

 

 :慣れないとデカい声って出ないよね

 

 :デカい声で更に歌うって難そう

 

 :お風呂w

 

 :風呂で叫ぶのw?

 

 :事件かな?

 

 :そりゃ心配になるわ

 

 :草

 

 :残るはアリアちゃんか

 

 :聞くの初めてー

 

 :そんな酷いん?

 

 :もう発狂してるやん

 

 :お経聞かせてくれー

 

 :声がもう死んでるのよw

 

 :来るぞぉ

 

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 歌ってみた動画、紅アリアの場合。

 

 楽曲は『残忍な天使のテーゼ』。

 

 カルト的な人気を誇るロボットアニメのテレビ版主題歌でありオタク、非オタクを問わずに幅広く知られている名曲だ。

 

 カラオケで歌われる楽曲ランキングでも長年上位を保持し続けており、歌うのは決して難しい方ではない。

 

 ……難しい方ではないはずなのだが。

 

『ざーんーにーんな、てーんしのテーゼ、しょーねーんよ、しーんわになーれー……』

 

「……何度聴いても念仏なんだよなぁ」

 

「念仏でももうちょっとテンポいいと思うっす」

 

「ま、まぁアリアちゃんも一生懸命でしたから……!」

 

「………………ブフォッ」

 

 おいこら白峰、笑うなや。

 気持ちは分からんでもないが耐えろや。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 妹が上半身をありえない方向に捻って床に倒れこみ、ビクビク痙攣しだした。

 

 くたばったか。おかしい奴を亡くした。

 

 …………冗談はさておき、こいつに関しては本当にどうしたものかと。

 

 エメなら細かいテンポの機微に対する柔軟さ。

 

 シズクなら楽器の音量に負けない声量。

 

 2人には歌ってみた動画を見たあと何かしらのアドバイスをやれた。

 それは2人ともある程度の力量があったからだ。

 なおすべき箇所が少なければ、その分アドバイスもしやすい。

 

 ところがドスコイ、この妹に関していえば最早なおさなくていい所の方が少ない。

 喉から声が出てて偉い、くらいしか褒める所がない。

 

「おーい、妹よ。立てるか?」

 

「アビャビャビャビャ」

 

 ダメだ。完全に逝っちまってる。

 

「アリアたそ、配信中っすよ。頑張って立つっす」

 

「そうですよ、アリアちゃん。一緒に練習しますから頑張りましょ」

 

 エメとシズクに両肩を支えられながら、妹はなんとか立ち上がる。

 

 妹はしばらく「あー」とか「うー」とかゾンビみたいな呻き声を上げながら虚ろな目をしていたが、やがて恨めしげな眼差しを両脇の同期に向け始めた。

 

「……2人はなんでそんな歌うまいのさぁ」

 

 ずーるーいー、と八つ当たりする子供みたいな駄々のこね方をする。

 

「なんでと言われましても……」

 

「友達とカラオケとか行かないんすか?」

 

 何気なく放ったエメの一言が妹にトドメの一撃を入れた。

 

「ガチの陰キャ舐めんなぁ……こちとら友達の大半がオンラインにしかいないっつーのぉ」

 

 なんの宣言なのか。

 

 つか、ゲーム以外なにやらせてもポンコツなのはボッチが原因なのか。

 お兄ちゃんは悲しいです。

 

「あー、とりあえず基本からやってこう。どんなに下手でも練習すりゃ大抵どうにかなるから」

 

 一応、これでも音楽やってきた人間だ。友人から「歌い方教えて」なんて言われたのも1度や2度じゃない。

 中には、相当音痴な奴もいたけど最後はかなり良くなった。

 

 といった話を聞かせてやると、少し生気が戻ったのか弱々しく俺に目を合わせてくる妹。

 

「わたしくらい下手な人もいた?」

 

「…………いや、流石にお前ほど酷くはなかったかな」

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙、やっぱダメだァおしまいだぁ」

 

 一瞬回復したSAN値が再び消し飛び、テンションが奈落の底まで落ちる。

 

 流石にこのままじゃ話が進まないので、ちょっと荒療治に出る。

 

 パンッと妹の目の前で両手を打ち合わせる。

 猫騙しだ。

 

「ひゃぴぃっ!」

 

 音にやたら敏感なこいつは、変な声を上げて目を丸く見開く。

 ちょっとは正気に戻ったな。よし。

 

「なあ、いいか?どんな事でもそうだが、下手でも1回練習すりゃちょっとはマシになるんだ。それを続けていけば、続けただけ上手くなんの。ゲームもそうだろ?」

 

「う゛ぅ……」

 

「苦手だからって練習もなんもしなかったら一生下手なままだぞ?いいのか?」

 

「うぅ……やだぁ、おにぃなんどがじでぇ」

 

「おしおし、練習頑張るか?」

 

「がんばりゅ」

 

 よし、調教……もとい治療完了。

 これでやっと練習に進めるな。

 

 と、思ったらシズクがなにやら引き攣った表情でコメント欄の方を見つつリスナーに語りかけてる。

 

「……リスナーの皆さん、音だけだとちょっと分かりずらいと思いますが今のは先生が猫騙しをした音ですよー。決して聞き分けないアリアちゃんに平手打ちした音じゃないですからね」

 

 ……そっか、音だけだとさっきのパンッて音もそう捉えられかねないのか。

 

「HIBIKIさん、コメ欄で『DV兄貴』とか『妹わからせビンタ』とか言われてるっすよ」

 

「うおぉぉい!?誤解だ!生まれてこの方、妹を殴った事なんか1度もねぇぞ!むしろ、いつもこいつに蹴り回されてる方だ!」

 

 あわや、妹に手を上げるクズ男認定されそうなので必死に弁明をする。

 

 おい、妹よ。

 頼むからお前からもなんか言ってくれ。

 

「……ズビッ、はい。おにぃはとっても優しいです。おにぃはいつも正しいです。馬鹿なわたしが悪いんです」

 

「完全にDV被害者の言葉っすね」

 

 おいゴラァ、クソ妹。

 なに誤解増えるようこと言ってんだよ!?

 

「い、妹様よ。頼むから兄ちゃんを虐めないでくれ。な?な?」

 

「…………グッチのバッグ」

 

「おしグッチか。グッチだな。次のバイトの給料日、金曜だからそれまで待ってくれるか?」

 

「うっしゃ言質とった。いつも優しいおにぃ、だーい好き。世界で1番好きー」

 

「……ファッキュー」

 

 さっきまでの沈み具合が嘘みたいに満面の笑みで首に抱きついてくる妹。

 逆に俺の表情が死んだが。

 

 ……グッチて1番安いのでいくらするんだ?

 

「いいなぁ、あたしもお兄ちゃん欲しかったすー。アリアたそ、ずるいずるいー」

 

 兄貴は便利なATMじゃねぇぞ、エメ公。

 

「昔っから女の押しに弱いわよねぇ、あんた」

 

「昔?」

 

「あーこっちの話。昔っからこういう男多いよねぇって意味よ。シズクちゃん」

 

 クッソニヤニヤしながら、いらんこと口走る白峰。

 おい、危うく前世バレしそうになってんぞ。

 

「だー、もう。とにかくボーカルレッスンに話戻すぞ」

 

 正直、まったくの歌初心者に対する訓練なんてあまりない。

 沢山楽曲を聞いて、下手でもいいから沢山歌い続けるくらいだ。

 

 とにかく歌うことに慣れるしかない。

 

 とはいえ、リズム感を少しでも向上させる練習方がない訳では無い。

 鼻歌ーーハミングだ。

 

 大きな音を出さず、いつでもどこでも練習できる。

 裏声を出す練習にもなる。

 

 アカペラで鼻歌1曲歌いきれるようになれば、音痴もかなり改善される……と思う。

 

「オッケー、おにぃ。鼻歌ね。鼻歌ならわたしでもできるよ」

 

 意気揚々と名乗りを上げたのは妹だった。

 

 なんか無駄に自信ありげだったのでやらせてみることにした。

 楽曲は、妹が歌った『残忍な天使のテーゼ』で。

 

「ふーん、ふふーんふ、ふふふーふふーん」

 

「……鼻づまりか?」

 

「ああぁー!おにぃがまた言っちゃいけないこと言ったぁっ!」

 

 さっきの意趣返しに軽く煽ってやったら、また妹が発狂しだした。

 

 

 

 長い道行になりそうだ。

 

 

 

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 コメント欄

 

 :残忍な天使のテーゼか

 

 :草

 

 :oh

 

 :これは

 

 :マジで棒読みw

 

 :念仏の方がまだマシw

 

 :念仏って意外とテンポ良くて聞き心地いいよな

 

 :念仏以下てw

 

 :シズクちゃん、必死のフォロー

 

 :ユキちゃ吹いとるし

 

 :わろてるやんけ

 

 :あ、アリアたそぶっ壊れた

 

 :発狂w

 

 :えーこの子こういうキャラなん?

 

 :八つ当たりしだしたw

 

 :ガチ陰キャて

 

 :アリアたん友達おらんの?

 

 :まぁ何事も練習あるのみよな

 

 :お兄さんのありがたいお言葉

 

 :草

 

 :なおアリアたんより酷い音痴に会ったことない模様

 

 :草

 

 :また発狂してて草

 

 :めっちゃ駄々こねるじゃん

 

 :子供かな?

 

 :ファッ?

 

 :え?

 

 :ビンタ?

 

 :お兄さんアリア叩いたん?

 

 :マ?

 

 :DVか?

 

 :DV兄貴やん

 

 :妹解らせビンタか?

 

 がんばりゅてw

 

 :分からされてるw

 

 :調教されてて草

 

 :猫騙し

 

 :あー手鳴らしただけ

 

 :ほんとに叩いとらん?

 

 :びっくりした

 

 :お兄さんめっちゃ焦ってるw

 

 :アリアたんお兄さん蹴り回してんの?

 

 :いつも優しいw

 

 :DVされてる彼女かな

 

 :めっちゃ懇願してる

 

 :グッチw

 

 :おい

 

 :グッチをねだるなw

 

 :だーい好き(ちょろい)

 

 :ふぁっきゅーw

 

 :ファッ〇ユーww

 

 :昔?

 

 :ん?

 

 :ユキちゃん?

 

 :男はちょろい

 

 :あぁそういう

 

 :まあそんなもんよ

 

 :やっとボーカルレッスン

 

 :鼻歌ね

 

 :意外と難しいて聞くけど

 

 :アリアちゃんその自身どっからw

 

 :うーん音痴

 

 :鼻づまりw

 

 :ボロくそ言うやん

 

 :これは要練習

 

 :俺たちの戦いはこれからだw

 

 ------------------------------------------------------------

 

 

 

 




改めまして遅くなってしまい、楽しみにしていて下さった皆様には申し訳ない気持ちで一杯です。

最後まで書ききりたいと思っておりますので、どうか感想等で応援して頂ければ幸いです。

今後ともよろしくお願い致します。
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