寝落ち配信した妹の横でギターの練習してたら伝説になってた件について   作:五河 緑

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すいません、書きたいこと全部詰め込んでたらまた1万字を超えてしまいました。

追記:ドレミファソラシドの語源をフランス語と書いていたのをイタリア語に訂正しました。
教えてくださった皆様、本当にありがとうございます┏○┓(恥ずかしい)


#8 マジでガチのお嬢様と先生な俺

 

「せーの……」

 

「「「特別コラボ企画!『アートライブ 3rd、音楽教室コラボ!!!』」」」

 

 ドンドンパフパフと定番の効果音と共に紅アリア、翡翠エメ、蒼羽シズクの3人が声を揃えて今回のコラボ企画名をタイトルコールする。

 

「皆さん、こんリア!アートライブ3期生、ゲーマー女子担当の紅アリアです!」

 

「おいっすー!3期生のロック担当、翡翠エメっす!ぽまいら、盛り上がってるかぁ!?」

 

「ぽま……?皆さん、こんにちは。同じくアートライブ3期生の蒼羽シズクです。まじめ担当です♪今日は楽しんでいってくださいね!」

 

 三者三様にそれぞれの個性を全面に押し出した自己紹介。

 配信画面では、大量の文字列が流れるコメント欄をバックに色とりどりの髪色をした3人の美少女のライブ2Dアバターが身体を左右に揺らしている。

 

 

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 コメント欄

 

 :きちゃ

 

 :キタ━(゚∀゚)━!

 

 :始まった!

 

 :おぉ!

 

 :こんリア!

 

 :こんリア!

 

 :アリアちゃん可愛い

 

 :シズクたそぉ!

 

 :アリアちゃん、ついに清楚担当やめたんかww

 

 :エメ公、この前ロック名乗んな言われたやろがい

 

 :ぽまいらってw

 

 :古いんだよw

 

 :シズクちゃん困惑してるじゃねーか

 

 :シズクちゃんやっぱ可愛いなぁ

 

 :癒し

 

 :分かってたけど、やっぱりマムシちゃん来てない感じか……

 

 :できれば3期生全員で見たかったなー

 

 

 

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「今日は、わたし達3人でギターの弾き方をお勉強したいと思います!目指せ、音楽つよつよアイドルVtuber!……そしてギターを教えてくれる先生がこちら!」

 

 妹の掛け声と共に配信画面にガスマスク姿のアバターの立ち絵が現れる。

 

「最近、何かと話題のうちのおにぃです!」

 

「どうも、おにぃこと紅アリアの兄です。先週に引き続き、ギター鳴らしにお邪魔させてもらってます。今日はよろしくお願いします」

 

 ジャガジャーン、と軽くギターを鳴らてから頭を下げる。

 俺の動きに連動して配信画面に映し出されているガスマスク男も身体を前のめりに傾けていた。

 なるほど、こんな感じでカメラが動きを拾ってアバターが再現するのか。

 試しに身体を少しばかり左右に振ってみると、ガスマスク男も浮かれたように身体をピョコピョコと横に揺らしてる。

 ……自分でやってみると結構面白いなこれ。

 調子に乗って更に大きく身体を揺らすと、やはりガスマスク男も大きく身体を振り回していた。

 

「……ちょっとおにぃ、そのおもしろい動きやめて。ツボる。超馬鹿っぽい」

 

「凄いですよね、ライブ2Dアバター。わたしも初めて動かした時、すっごい楽しかったの覚えてます」

 

 口元に手を当てて笑いを堪えてる妹と包容力ある言葉をかけてくれる蒼羽シズク。

 2人は本当に対照的だ。

 ……一時とはいえ、このウザさMAXの妹が蒼羽シズクを差し置いて清楚系を名乗っていたという事実に頭が痛くなる。

 あるかどうかは知らんが、もしもアートライブのVtuber達の間で人気投票とか総選挙とかあったらシズクに投票しよう。

 うちの妹なんかよりも、よっぽど正統派アイドルやってるぞ。

 え?翡翠エメ?あれは論外だ。

 

「えー、今回はこの4人でお送りします!……シズクちゃんはおにぃと話すの初めてだよね?」

 

「そうですね。アリアさんの配信で演奏は拝聴させて頂いたんですけど、こうして直にお話させてもらうのは初めてですね。ロックミュージックについてはあまり触れてこなかったので、今日は本当に楽しみにしてました」

 

 よろしくお願いしますね先生、と最後に締め括るシズク。

 優しげな微笑みを浮かべるシズクにこっちの表情も自然と解される。

 

 

 

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 コメント欄

 

 :ガスマスク男?

 

 :これアリアのお兄さんか

 

 :威圧感半端なくて笑うw

 

 :身体振ってるの可愛い

 

 :お兄さんウッキウキで草

 

 :楽しんでらっしゃる

 

 :そしてナチュラルに煽ってくアリアたんw

 

 :相変わらず兄妹仲良いのか悪いのか

 

 :シズクちゃん気ぃ遣ってるww

 

 :やっぱシズクちゃんしか勝たん

 

 :この包容力よ

 

 :ママァ

 

 :やべぇの湧いてる

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「さて、じゃあここからは本日の主役……もとい先生にお任せしようかな。おにぃ、選手交代。この後の進行おなしゃす」

 

「おうよ。えー、まずは今回のコラボでやることの内容から。運営さんから頂いているコラボ枠は今んとこ今日と来週末の2回分な。内容としては今日はギターのレッスン。来週はボーカルのレッスン。どちらも初心者向けの基礎的なことに重点をおいていくつもりだけど、『難しくて分からない』とか『○○についてもっと詳しく教えて欲しい』とかあったら遠慮なく言って欲しい」

 

 一息。

 

「楽器で挫折する人ってのは、1番最初の序盤で躓いて諦めちゃうケースが殆どなんだ。理由は簡単。『できない』ことが『つまらない』に直結してしまっているから。俺がこのコラボで皆に教えたいのは技術とかよりももっと根本的なこと。『楽しむ』ことを教えたいと思っている」

 

 現状、俺が彼女たちにギターを教えることができる機会はこのコラボ配信中……概ね1時間ちょっとの間だけだ。

 来週はボーカルのレッスン。そちらも同じく1時間くらいしか教えてやれる時間はない。

 ギター、ボーカル、どちらも1回のレッスンだけで劇的に技術を向上させるなんて不可能だ。

 

 また、これから追加でコラボの機会を貰えたとしても教え子である3人のモチベーションが維持出来なければ、なんの意味もない。

 故にこの場で俺が彼女たちに教えるべきことは、付け焼き刃の技術などではなく、心構えや音楽に対するメンタリティに関する部分だ。

 

 このコラボで俺が教えることを起点に彼女たちが今後も音楽の道に興味を持ち続けて欲しいと切に願う。

 その為にも、まずは音楽の楽しさを知って欲しい。

 なんせ、『辛い』『つまらない』は長続きしない。『楽しい』『面白い』がその道を進み続ける原動力になり、続けることが技能を上達させる。

 

 ただひたむきに続けることこそが、その道を極める1番の近道なのだから。

 

「音を楽しむで『音楽』だ。楽しくないなら、それは音楽じゃない……と俺は思う。だから、どんなに難しくても上手くいかなくても楽しむことを第一に話を聞いてくれたらと思う」

 

 実際、1番最初は分からないことばかりで楽しむ所の話ではないと思う。

 当然だ。誰だって最初は何も分からないし。何もできない。できないことは楽しくない。

 至極当然のことだ。

 でも、そのできないことができるようになる。音楽という道において、1つ上の段階に成長する。それは、確かな達成感を得られる瞬間であり、自身の努力で勝ち取った紛れもない成功体験だ。そこには、他の何にも変え難い楽しさがある。

 

 困難にぶつかることの楽しさ。

 そして、困難を乗り越えることの楽しさ。

 それら全部ひっくるめて音楽の楽しさだ。

 それが伝わってくれればと願いたい。

 

「ふぅん、おにぃもたまにはいいこと言うじゃん。まっ、確かに楽しむって大事だよねー。エンジョイ勢こそ至高だよ」

 

 ニヤリと笑いながら手にしているギターの弦を指で撫でる妹。

 

 アンプによって増幅された心地いい音色が奏でられる。

 ピックも使ってない、コードもくそもない適当に出された素人の音色。

 それでも楽器を弄る妹の顔は楽しそうで、活き活きとしている。

 

 そうだ。これでいい。

 ただギターを持って鏡の前に立ってカッコイイとはしゃぎ、適当に弦を弾いて音が出たと喜ぶ。

 最初の入口はそんなもんでいいんだ。

 

 その時に感じたモノが多分、音楽続けてく上で1番大切な芯になるから。

 

 

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 コメント欄

 :2回に分けるのか

 

 :えー2回しかないの?

 

 :今日はギターオンリーなのね

 

 :アリアちゃんの棒読みは来週にお預けか

 

 :楽しいをモットーに、いいね

 

 :楽器はなぁ、挫折する人はホントすぐやめちゃうから

 

 :俺も高校の軽音部1週間でやめちゃったわ

 

 :目指せエンジョイ勢

 

 :みんなギター持ってきてるの?

 

 :いい音

 

 :楽しそう

 

 :俺も楽器復帰しようかな

 

 

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「あっ、そうだ先生!ちょっといいっすか?」

 

 初めて楽器を手にしたかつての自分を思い出しながら感慨に耽っていると、エメが思い出したように手を挙げる。

 

「ん、なんだ?」

 

「いきなりでアレなんすけど、あたし1個教えて欲しいことあるんすけどいいっすか?」

 

「おう、俺に分かることだったらな」

 

「ボトルネック奏法ってやつできるようになりたいっす!」

 

 …………。

 えぇ?

 本当にいきなりだなオイ。

 ピック握る前にスライドバー(ボトルネック奏法に使用する筒状の道具)を指に嵌める奴があるかド阿呆…………と言いたくなるが、グッと言葉を呑み込んで耐える。

 せっかく初心者が前向きに音楽学ぼうとしているんだ。頭ごなしに否定するのは良くない。

 ……おおかた、バンドを題材にしたアニメにでも影響されたのだろう。

 

「ボトルネック奏法なんてよく知ってるな。でも、あれ初心者がやるような奴じゃないぞ?なんでまた……」

 

「アニメで見たっす!」

 

 あぁ、やっぱり?

 

「これ使って演奏するんすよね!?先生もできるっすか!?」

 

 そう言ってエメが足元においてあったバッグから出したのは、『鬼○し』のラベルが貼られたカップ酒の瓶だった。

 

「おい、未成年。なんでワンカップ酒持ってんだよ」

 

「パパが飲んだ奴、貰ってきたっす!」

 

 そうかよ。

 いや、待てや。

 そういう問題じゃない。

 

「てか、なんでワンカップ酒?普通スライドバーだろ?」

 

「なんすか?スライドバーって?」

 

「ボトルネック奏法に使う道具だよ。指輪みたいに指に嵌めて使うパイプみたいな奴」

 

「はぇ?アニメじゃこれで演奏してたっすよ?これじゃできないんすか?」

 

 いや、できるけどさ。

 世界に目を向けてみれば、ナイフだのジッポライターだのでボトルネック奏法やってる奏者もいる。

 原理的にはできるが……。

 仕方なく、エメの差し出してくるカップ酒の瓶を受け取って弦にあてがう。

 右手で弦にピックを走らせつつ、左手で持ったワンカップ酒をスライドさせて即興で思いついた適当なメロディを奏でる。

 ボトルネック奏法特有の伸びるように滑らかな音色が収録室に響き渡る。

 

「こんな感じか?」

 

「おぉ!」

 

「流石に今この場でこれ使って1曲やれって言われても無理だぞ?」

 

 ……思ってた以上に難しいな、コレ。

 普段使わない奏法故に勝手が分からない。

 原理が頭の中で理屈として理解できているから、なんとなくイメージ通りにできたが流石に曲1本これでやれと言われたら絶対無理だ。

 即興でやるなら今やったみたいな適当なメロディが限界だろう。

 とはいえエメは満足したらしく、爛々と目を輝かせている。

 

「へぇ、ギターってそんな弾き方もあるんだ。これ普通に弾くのと何が違うの?」

 

「チッチッチッ、分かってないっすね。アリアたそ。このボトルネック奏法は弦が切れた時にやる技なんすよ?ちゅーにんぐ?を無視して演奏できる凄技っす」

 

 ニワカにはちょっと難しかったみたいっすね、と恐らくアニメで聞きかじったであろう知識をドヤ顔で披露するエメ。

 

「いや、弦切れてなくても使うぞ」

 

 というかライブ中に弦切れて咄嗟にボトルネック奏法で乗り切れる奴の方が少数派だろう。

 普通は、1曲ちゃんと練習して最初から最後までボトルネック奏法で演奏する時に使う。

 

「そうなんすか?」

 

「こういう1つの演奏法なんだよ。音が少し伸びるような感じだったろ?これが1番の特徴で、普通に指で弾こうとしたらフレットで区切られた音階を段階的にしか変えられないけど、この奏法ならスライドさせるだけでいいから音を無段階でシームレスに変えて演奏できる……」

 

 そこまで言ってエメと妹の顔を見る。

 

「??????」

「??????」

 

 ……うん、分かってないな。

 

「……まあ、そういう演奏の仕方があるって話だ。もっと基本的な奴からやってこうな」

 

 そんな感じで、コラボ配信はスタートした。

 

 

 

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 コメント欄

 

 :おいコラ、エメ公

 

 :ボトルネック奏法てww

 

 :なんで普通に弾けんのにいきなり応用編に行こうとする

 

 :カップ酒w

 

 :未成年!

 

 :アニメに影響されすぎだろ

 

 :なぜそうなる

 

 :普通はスライドバーでやる

 

 :いや、できるのかいw

 

 :これが噂のボトルネック奏法

 

 :エメ公、なぜすぐイキる

 

 :お前アリアちゃんニワカ呼ばわりできる立場じゃないだろ

 

 :冷静なお兄さんの解説

 

 :なお全く理解できていない模様

 

 :アホくさ

 

 :ほんまコイツw

 

 

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「じゃあ、さっそく始めるんだけど。まずはチューニングからな」

 

 絵面的には地味だし、初心者からすればそんなに面白いものではないと思うが大切なことだ。

 どんなに普段から調整していてもケースに入れるだけでチューニングはズレてしまう。

 

「おにぃがいつもやってる奴だよね。それってそんなに大事なことなの?」

 

「大事だよ。初心者だろうとプロだろうと皆ギター弾く前に毎回やらなきゃいけないことだからな。……ちょっとギター貸してみ」

 

 俺のギターはさっき配信が始まる前にチューニングしてしまったので、妹の持っているギターを貸してもらう。

 俺が普段は予備として使っているギターでチューニングは合わせておらず、めちゃくちゃな状態だ。

 チューニングが合っていないギターにピックを走らせてコードを弾いてみる。

 出てくるのは音程の合っていない不協和音。

 

「どうよ?」

 

「めっちゃ下手くそ」

 

「チューニングしないと、どんな風に弾いてもこうなるからな」

 

 ギターを今後も続けていくならば決して避けては通れない必須の技術と知識だ。

 

「エメはどうだ?普段はちゃんと調整してるか?つーかやり方分かるか?」

 

「ふっふっふっ、侮らないで欲しいっす。それくらい分かるっすよ」

 

 言いながらギターのペグを回し始めるエメ。

 どうやらペグを弄って調整するということは分かっているようだ。

 逆に言えばそこしか分からないようだが。

 傍から見ても適当にしか見えない感じでペグをいくつか回した後、弦を軽く弾いて満足そうな笑みを浮かべている。

 

「こんなもんっすかね」

 

「いや、せめてチューナーつけろや」

 

「ちゅーなー?シンク○召喚っすか?」

 

 ……頭痛くなってきた。

 分からないの次元が違いすぎる

 これでよくイキリ散らかせるな。……まあ、それが彼女の芸風でウケがいいからやっている所も少なからずあるのだと思うが。

 

「これな。チューナー」

 

 ポケットからクリップタイプのチューナーを取り出してギターに取付ける。

 

「これ付けて音を出すと、その音程がチューナーに表示されるからそれを見て合わせるんだ。音程はさっきエメが回していたこのペグって奴を回して調整できるから」

 

 左向きに回せば音を高くし、右向きに回せば逆に音を低く調整できることから始まり、チューニングの際に音が高すぎると感じたら徐々に低くくするのではなく一気に低くしてそこから少しずつ高くした方がチューニングが狂いにくくなること等々、チューニングにおける基本的な知識やコツを妹のギターで実践してみせながら説明する。

 

「今日は時間が限られてるから俺がチューニングするけど、もしこれからギターやるなら必須だからちゃんと覚えるように。特にエメ、お前には後でみっちり教えてやる」

 

 言いながら妹のギターのペグを回して調整する。エメが「よっしゃあ、個別マンツーマン授業来たァ」とガッツポーズしてるが無視する。

 ……妹から余計なこと言うな、と脇腹に肘打ち食らってるし。あれは痛いだろうな。

 

 

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 コメント欄

 

 :チューニング大事よな。

 

 :こうして聞くとチューニングって本当に大事なのよく分かる。

 

 :音全然違う

 

 :エメ……

 

 :エメ公……

 

 :お前なんでギター好きなのに何も知らないんだよ……

 

 :あかん

 

 :ポンが過ぎる

 

 :エメちゃん、ポンコツ過ぎて罵倒されるの通り越して憐れまれてるw

 

 :エメちゃんTCGやるのw?

 

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 ふと、シズクの方に目を向ける。

 驚いたことにシズクは自前のチューナーを取り出してギターに取りつけてペグを回していた。

 流石、まじめ担当を自称するだけあって事前に調べてきたのだろうか?それとも……。

 

「あれ、シズクさん経験者?」

 

「ただのシズクで結構ですよ。アコースティックを少し触ったことがあるくらいです……あっ、演奏とかできるほどではありませんよ?」

 

 本人はそう言うが結構慣れた様子でチューニングを合わせている。

 

「どちらかと言うと両親の仕事の関係上、楽器に触る機会が多かったので覚えてしまったという感じです」

 

「ご両親の?楽器屋さんか何か?」

 

「いえ、父が経営している会社が楽器メーカーでして」

 

 は?

 思わず手を止め、視線を上げる。

 

「ど、どこのメーカー?」

 

「流石に配信では言えませんよ。……少し耳を貸して貰えます?」

 

 苦笑いしながら立ち上がり近付いてくるシズク。

 耳元に顔を寄せて、マイクに声が乗らないようにミュートにしてからボソボソと一言その会社の名前を呟いた。

 同時に俺の背中に大量の冷や汗が流れる。

 

「ま、マジか。……あの失礼ですけど、ご両親はシズクさんの活動のことご存知で?」

 

 先程フランクに接してくれと頼まれたが、それでも思わず畏まった姿勢になる。ならざるを得ない。

 シズクが口にした楽器メーカーの名前、当然だが俺の知る会社だった。

 流石に国内シェアトップ層とまでは言わないが、未だに根強い人気を誇り、中堅以上の売上を出している老舗企業だ。

 音楽関係のイベントなんかにも結構出資していてこの国の音楽業界を支えてくれている会社の一角だったりする。

 

「もちろん知っていますよ。今日のコラボ配信のことも話したらとても楽しみにしていたので、多分今も見てるんじゃないですか?」

 

 更に冷や汗が加速する。

 

「あの、先程まで大変馴れ馴れしく無礼な態度をとってしまいました。以後気をつけますので、何卒お父様には……」

 

「えー普通に接してくださいよ。エメさんとはもっと親しいじゃないですか?わたし少し寂しいです」

 

「……仰せのままに」

 

 深く深く頭を下げ、再びチューニング作業に戻る。

 

「おにぃ大丈夫?顔真っ青だよ?」

 

「富や権力に屈するのはなんかロックじゃないと思うっす」

 

 外野2名が好き放題言っている。

 ……畜生、なんであいつらあんな呑気なんだ。後者に至っては、もうロックロック言いたいだけだろアレ。

 

「……俺はまだこの国のライブハウスや楽器屋から出禁になりたくないんだよ」

 

「流石にそんなことできないと思いますよ」

 

 ホワンホワン笑いながらシズクは言うがこっちは生きた心地がしなかった。

 ……『できないですよ』ではなく『できないと思いますよ』なのが本当に怖い。

 

 

 

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 コメント欄

 

 :おーシズクちゃんはチューニングできるのか

 

 :エメ公ちゃんと見習えよ

 

 :シズクちゃんの親御さん楽器作ってるって言ってたもんな

 

 :結構大きいとこなんだっけ

 

 :結局どこのメーカーなんだろうな?

 

 :あ

 

 :お兄さんめちゃくちゃビビってるw

 

 :そういやまだ知らなかったか

 

 :お嬢様なのは知ってたけど音楽関係とは知らなかった感じかw

 

 :草

 

 :めっちゃ畏れてるw

 

 :ライブハウス出禁w

 

 :楽器屋だけじゃなくてライブハウスもか

 

 :そんな影響力あるとこなん?

 

 :迂闊なこと言ってシズクちゃんのお父さん怒らせたらヤバそう

 

 :音楽やってる人はビビるやろなw

 

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 エメのギターのチューニングも終わり、いよいよ実際にギターを弾いていく。

 

「弦が6本あるだろ?1番細いのが1弦、太いのが6弦な。1弦が1番高い音が出て6弦に近づくほど低くなるんだ。で、全部の弦にそれぞれ音の高さが決まってて6弦がE、5弦がA、4弦がDってな具合で……」

 

 ギターの基礎となる弦についての説明から始める。

 

「先生!EとかAとかDてなんすか!?なんで急に英語出てくるんすか!?」

 

 まだそんな難しいこと言っているつもりは無いんだが、早くも目をグルグル回しているエメ。

 

「だから音の高さだって。要はドレミファソラシドだよ。それを英語にするとCDEFGABになんの」

 

「ドレミって英語じゃなかったんすか!?17年生きてて初めて知ったんすけど!?ややこしいっ!」

 

「ありゃイタリア語だ。ギターやってたら自然とこっちに慣れるから大丈夫だって」

 

 早くも発狂寸前のエメを宥めつつ次に進む。

 ピックの持ち方や力を入れ過ぎないようにするためのコツなんかを一つ一つ実際にやって見せながら進めていく。

 

「……で、この6本の弦の内の何本かを1度に鳴らすのがコードな。そうするとほら、こんな風にジャーンっていい音が鳴るだろ?」

 

 妹やエメ、シズクも真似するようにピックを持って思い思いにギターを鳴らしてみている。

 

「じゃあ、次は左手使ってくぞ。今日はさっき言ったコードって奴をいくつか覚えていい感じの音が鳴らせるようになったら大成功だ。それだけでもギターが弾けてる感じがして楽しくなってくるから」

 

 左手で弦を押さえて軽くメロディを奏でる。

 

「まず最初は、Asus2とEっていうコードから覚えていこうか。どっちも沢山の曲に使われてるから覚えておくといいぞ。音もいいし」

 

 取っかかりとしてはこんな所だろう。

 ゆくゆくは他のコードも練習していって、Fコード辺りで1回心折れるだろうから上手いことフォローしないとな。

 

「……なんかまた新しい英語出てきたんすけど」

 

「ASUS……?PCとかマザーボード作ってる会社?」

 

 ……エメと妹は早くも心折れかけているが。

 そんな中、やはり目を引いたのはシズクだった。

 まだ慣れていなようでたどたどしくはあるが、俺が教えた通りに指板を押さえてコードを奏でている。

 

「飲み込み早いな。本当に初心者?」

 

「初心者ですよ」

 

 謙遜するようにシズクは言う。

 

「ギター以外でなんか楽器やってた?」

 

「ピアノは幼少の頃から続けてますね。音楽に馴染み易いとしたら、その頃の経験が活きてるのかと……」

 

 なるほど。

 ギターは初めてでもピアノを通して音楽自体には結構触れて育ったのか。

 ならこの飲み込みの速さも納得だ。

 何か1個の特技を極めてる奴は、他のことをやらせても大体卒がない。

 新しく学ぶことを、自分の得意分野で学んだことに上手く落とし込んで論理的に理解しようとするからだ。

 ましてや今回は同じ楽器の経験が活きている。

 

「実はVtuberを知るきっかけになったのもピアノだったりするんですよ」

 

 ついでのように語り始めるシズク。

 Vtuberとピアノ、一見なんの接点もなさそうに見えるが……。

 

「わたし達のグループの1期生の先輩に凄いピアノが得意な方がいらっしゃって、見つけたのは偶然なんですけど思わず一目惚れしてしまったんです」

 

「へぇ、それは凄い」

 

 シズクは幼少の頃からピアノをやっている言っていた。

 ならば、少なく見積っても10年近くピアノを嗜んでいる計算になる。

 そんな彼女をして『一目惚れ』なんで言葉を使わせる程の実力者がいるのか。

 やはりVtuberの世界は面白い。どこにどんな個性を持った人材が眠っているか分からないもんだ。

 

「あー、白峰先輩っすか?確かにあの人も凄いっすよね」

 

 コードに悪戦苦闘していたエメと妹も興味がある話題なのか乗ってきた。

 

「ピアノだけじゃなくて、色んな音出るキーボードとかギターみたいに肩から下げる……なんだっけ、あの鍵盤ハーモニカみたいなやつ」

 

「ショルダーキーボードか?」

 

「そうそれ!色んな楽器できる人なんだよ。シズクちゃん1回コラボしてたよね?いいなぁ、わたしも先輩達とコラボしたいー」

 

 どうやら名前を白峰というらしい。

 少し気になるな。

 

「ギター上手くなって音楽の話できるようになったら、コラボできるんじゃないか?ほら、頑張れ頑張れ」

 

 手が止まっているエメと妹に発破をかける。

 

「うぇぇ、指つるっすぅ……」

 

「安心しろ、こんなん序の口だ。この先もっと指と手がイカれるエクストリームなコードも待ってるからな」

 

「げぇ、おにぃ楽しくやるって言ったじゃーん」

 

「楽しいだろ?」

 

 

 

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 コメント欄

 

 :分かりやすく解説してくれるなぁ

 

 :悲報、エメちもうギブアップ

 

 :ウッソだろお前w

 

 :ドレミファってイタリア語だったのか

 

 :知らんかった

 

 :コードなぁ、難しそうよな

 

 :アリアたそ、Asus違い

 

 :確かに綴り一緒だけどさぁw

 

 :やっぱシズクたんよ

 

 :さすシズ

 

 :ピアノやってたなそう言えば

 

 :白峰パイセン?

 

 :シズクちゃん憧れてたもんなぁ

 

 :あの人も大概ガチよな

 

 :いつも綺麗なのはガワだけで中身がないって文句言ってくるVtuberアンチが唯一何も言えんくなるお人

 

 :あの時のコラボ良かったなぁ

 

 :鍵盤ハーモニカw

 

 :鍵盤ハーモニカ呼ばわりされるショルダーキーボードw

 

 :頑張ればコラボできるかもなぁ

 

 :アリアちゃん頑張れー

 

 :おらエメ公、お前も頑張るんだよ

 

 

 

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 時間にしておよそ1時間弱。

 基礎的なコードを教え、ひたすら弾かせてみた。

 その甲斐あってか妹もエメもゆっくりたどたどしくはあるが、教えたコードを間違えずに切り替えながら弾けている。

 

「おぉ!これがギターを弾いてるって感覚なんすね」

 

 まだ単調にコードを押さえているだけだが、それでも大きな進歩だ。

 こういう成功体験がモチベーションを高め、更なる成長を促してくれる。

 だから、存分に褒める。大袈裟なくらいで丁度いい。

 

「いい感じだエメ。才能あるよ。コードを覚えちまえば、すぐに1曲くらい難なく弾けるようになるから。この調子で頑張ろうな」

 

「ウェヒヒヒ、そうっすか?あたし才能あるっすか?いやぁ参っちゃうなぁ」

 

 ……褒め方間違えたかもな。

 気っ色悪い笑い方をするエメに思わず数秒前に褒めて伸ばそうと決めたことを後悔しそうになる。

 

「……でも、本当に良かったっす。これで夢に1歩近付けたから」

 

「夢?」

 

「あたしバンド組んでみたいんすよ!アニメに出てくるガールズバンドみたいなの結成してファンの皆の前でライブやってみたいっす!」

 

 できれば3期生の皆でやってみたいんすよねぇ、と少し恥ずかしそうに頬を掻きながら言うエメ。

 その顔は無邪気そのもので、かつて同じようにバンドを組むことを夢見ていた自分と重なる。

 

「えー、エメちゃんそんなこと考えてたの?」

 

「あたしがギターでアリアたそはボーカルっす。そんで、ピアノできるシズクたそはキーボードとかどうっすか?」

 

「いやいや、わたしの音痴っぷり知ってるでしょ!?」

 

「あたしだってマトモにギター弾いたの今日が初っすよ?初心者バンドガール達が成長していくサクセスストーリーをファンに見せつけてやるんすよ!そしてゆくゆくはメジャーデビュー!!」

 

 拳を突き上げて豪快に夢を叫ぶ翡翠エメ。

 それはただの絵空事なのかもしれない。

 まだ曲もろくに弾けないニワカロッカーの戯言に過ぎないのかもしれない。

 でも、それでいいと思った。

 メジャーデビューして大成したバンドマンも、夢半ばで燃え尽きたバンドマンも皆最初はエメと同じだったはずだ。

 身の程知らずの大それた夢を掲げて走り出す。

 行き着く果てがどうなるかなんて知ったこっちゃない。大成するかもしれないし燃え尽きるかもしれない。

 けれど、夢を叫ばなかった奴はそのどちらにもなれない。

 夢を持たない奴は燃え尽きることすらできない。

 だから俺はエメを嗤わない。

 応援したいと思った。

 彼女は夢を叫んだから。

 燃え尽きても構うものか、と1度しかない人生に盛大に火をつけてみせたのだから。

 

「皆でバンドですか、素敵です。……でしたら、やっぱりマムシさんも誘いたいですね」

 

 シズクが零したその一言で盛り上がってたエメと妹の間に少し静かな雰囲気が流れる。

 

「マムシちゃんかぁ、来てくれるかな?」

 

「根気強く誘うしかないっすね。あたしもマムシたそとはもっと仲良くなりたいと思ってたんで」

 

 紫マムシ。

 アートライブ3期生、最後の一人か。

 性格に難があって人と関わるのがあまり得意ではなく、孤立気味だったと聞いた気がする。

 

「確かボカロPをやってた子だよな?そんなに気難しいのか?」

 

「いえ、別に悪い子ではないんですよ?ただ話す機会にちょっと恵まれなくて、皆距離感を掴みかねていると言いますか……」

 

 歯切れが悪そうなシズク。

 相手を少しも悪いように言わない彼女は本当に優しい性格をしてるのだろう。

 

「……まあ、あんまり無責任なことは言えないけどさ。ちゃんと気持ちを伝えてみるべきなんじゃないか?一緒にバンドやりたいって本心で思っていて、それをきちんと伝えられたらきっと分かってもらえると思うぞ。…………伝えることを怠ったらきっとすれ違っちまう。そんでいつかその事をめっちゃ後悔すると思うから」

 

 脳裏に最後まで本心を察してやれず、バンドを抜けていったアイツの顔が過ぎる。

 

「俺もバンド組んだ時、ドえらい苦労したからさ。エメ達も大変だと思うけどきっと大丈夫だ。その苦労もいつかいい思い出になるよ」

 

「『共プレ』誕生の秘話っすか!?めっちゃ聞きたいっす!」

 

「……時間ないからまた今度な」

 

 食い気味に近付いてくるエメを押し返して腕時計に目をやる。

 配信開始から1時間と少しが経過している。

 そろそろお開きの時間だ。

 

「えっと、せっかくギター持ってきたから最後に1曲弾いてみようと思うんだけどなんかリクエストある?」

 

 すかさずシュバっと手を挙げるエメ。

 

「はいっ!『明日、隕石降ってこねぇかな』がいいっす…………て、言おうと思ってたんすけど気が変わったっす」

 

 エメが珍しく神妙な面してポケットからスマホを取り出す。

 画面にはいくつかの楽曲の曲名が並んでいるプレイリストが表示されていた。

 

「これは?」

 

「マムシたそがボカロPやってた頃に投稿してたボカロ曲っす。結構話題になった曲もあるんすけど、HIBIKIさんどれか弾けるのあります?」

 

 エメが見せてくるプレイリストの曲名を確認する。ほとんどは俺の知らないものだったが一つだけ、知っている曲があった。

 かなりウケた曲だ。ニッコニコ動画でミリオン再生叩き出したヤツ。

 これの作曲してたのか……。

 

「マムシたその曲、HIBIKIさんがカバーしてくれたらマムシたそもこの配信のアーカイブ喜んで見てくれるかなって思って」

 

「……そっか。そういことなら協力させてくれ。コレなら弾ける」

 

 その曲は、決して万人ウケを狙ったようなものではなかった。

 多感な10代の女子が抱えている行き場のない鬱屈とした感情を理不尽な社会に叩きつけるような、そんな暴力的で過激な曲調。

 別に人から理解されなくてもいい、そんな声が聞こえてくるような本心から出た魂の叫びを音楽にした。そんな曲だ。

 

 謹んで、弾かせて頂こう。

 

「それじゃあ、最後に1曲弾かせてもらいます。アートライブ3期生、紫マムシ作で『スクリーミングソウル』」

 

 

 

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 コメント欄

 

 :エメたそだいぶ弾けるようになったな

 

 :まだまだこれからっしょ

 

 :褒めて伸ばすスタイル?

 

 :笑い方きめぇw

 

 :笑い方よ

 

 :ガールズバンド系Vtuberねぇ

 

 :いそうでいないよな

 

 :いいじゃん

 

 :頑張れー

 

 :問題はマムシちゃんかぁ

 

 :あの子はなぁ

 

 :おぉ、最後にお兄さん弾くのか

 

 :楽しみ

 

 :マムシちゃんの曲!?

 

 :いいね

 

 :あの曲はお兄さんも知ってるか

 

 :うめぇ

 

 :相変わらず上手いな

 

 :ギターアレンジバージョン、めっちゃメタルっぽくて好き

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 紫マムシが作り上げた曲を弾く。

 彼女が何を思い、何を想ってこの曲を産んだのかを想像しながら。

 

 記憶の中の譜面を呼び起こしながら、時折自分好みのメタルチックなアレンジを加えながら一心不乱にピックを走らせる。

 

 ふと、画面に移るコメント欄に目を向ける。

 数多のコメントが流れては消えていく。

 皆、満足している様子なのが何よりも嬉しい。

 そんな中、あるコメントが目に映った。

 映ってしまった。

 

 

 

 

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 コメント欄

 

 獅子郷レオン/【2clock 3clock公式】:

 やっぱうめぇなぁ。さっすがヒビキ

 

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ご愛読、ありがとうございます。
皆さんの感想を眺めながら筆を取らせて頂いております。
次の話もなるべく早く投稿致しますので、どうか、どうか励ましのお言葉を頂けたらと思います。
今後も本作を何卒よろしくお願いします(:D)| ̄|_
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